[2008年08月27日(水) ]
私は子供の頃とても不器用で、何をするにも時間のかかる子でした
。運動神経も鈍く、おとなしく、しかもすぐメソメソ泣くという根性無し。なので、幼稚園に入った時、集団生活についていくのが大変でした。親も、さぞヤキモキ
したことでしょう。
ただ、当時は今とは違ってマジメな性格だったので、「みんなについていこうとがんばる」ことは自分なりにしていたのだと思います。
そういう状態は小学校に入ってからも続きましたが、3,4年生の頃にはだいぶマシになりました
年齢があがるにつれて自然に成長したということ、周囲が温かく見守ってくれたこと、友達の存在がよい刺激になったことなど、さまざまなことが重なって自分をよい方向へ導いてくれたのだと思っています。
もっとも、人間は基本的なところはそうそう変わるものでもないので、今でもじゅうぶん不器用だったり鈍かったりしていますが・・・それでもそれなりに社会生活は営めるようになるものなのです。
最近になって、昔の大変だったこととか嫌だったこととかも、実は自分の人生で貴重な体験になっているのだなぁと感じているのですが、それは子供と接する時に一番強く感じます。
特に次男。たまに驚くような大胆さを見せるわりには、普段ちょっとしたことでメソ〜と涙が出てしまうことも多い子供です
。私も口では「すぐ泣くんじゃないの!」と言ってしまうことが多いのですが、心の奥では、涙が出る時のあの「うぅ・・・・」という切ない気持ちがわかって共感すら抱くことがあります。
実際は、「子供の気持ちがわかります」と大いばりするほどにはわかっちゃいないのでしょうけれど、それでも自分が通ってきた道だから、「あぁそうだよね。仕方ないんだよね。そういうこともあるよね。」と寛大になれるのですね
また、私は幼稚園に行くのがどちらかというと嫌いでした。卒園式で「やったーこれでもう幼稚園に行かなくて済む!」とひそかに喜んだことを、今でもはっきり覚えているほどです。
ですから、長男の時もそうだったのですが、次男が保育所を「楽しい」と言うととてもとてもうれしく、なにやら感謝の念まで湧き上がってきます。
このように、私の中の、母親としての基準線は、比較的低いところにあるようです。それが子供にとって、いいことなのか悪いことなのか、正直言ってわかりません。「もっとできるはず」という信念を親が持っているほうが、子供は伸びるのかもしれません。でも・・・私自身の親は多分そのタイプだったけれど、私は伸びたのかな(苦笑)??結局、子供は親の思うようには育たないのでは
・・・(父母よ、ごめんなさい)?
この先子供たちは、数え切れないほどの失敗・挫折・悔しく悲しい思いを体験していくことでしょう。そのたびに、私も焦ったり嘆いたり落ち込んだりわめいたりするのでしょう。それは容易に想像できます・・・。
でも願わくば、親としてわめくのはそれはそれとして、一方で子供にとっては辛いときこそ居場所になる、心が回復するまで休んでいられる、そういう拠り所に自分がなれたらいいなあと思います。
そして普段は、子供を「応援する」というスタンスでいられたら・・・と最近思うようになりました。下の子がもうすぐ6歳、徐々に手がかからなくなり、子供なりに自分の世界を作るようになってきたらからこそ、そう思うのかもしれませんね。
ここまで書いてきて、自分がとてもステキなお母さんになれそうな気がしてきました
が!
現実では、「応援する」前に「早くやんなさーい!
」の声が、毎日あがっています。お母さんするのもラクじゃない・・・
[2008年08月22日(金) ]
最近少し涼しくなった気がしてホッとしています。
特に夜は、風がひんやり
そしてここのところ毎日のように夕方になると雷雨です
。何回か停電もしました。
稲光は、安全な場所から眺めていると思わず「きれい・・・」と思ってしまうのですが、やはり雷は怖いです。
今月がお誕生日
の知人がいて、おめでとうメールを送りました。
さすが夏生まれ!なのかどうなのか、その人は夏が大好きで、暑くなればなるほど絶好調、これまで「夏バテ」は経験したことがないのだそうです。これは、老後は南の島に移住するしかない
?!
そして「かりめろんさんはバテそうだから気をつけるように。涼しくなったらおなかを出して寝ないように。」と。ご親切にどうもです

さて長男は、漢字検定の問題集を少しずつ、本当にすこぉしずぅ〜つやっています。
受検するかどうかはわからないのですが、本人が今のところ漢字が好きで漢字をたくさん覚えたいという気持ちを持っているので、その気持ちが消えないうちに(!)と、漢検の問題集を買ったのです。
「栄」という漢字の用法として、「栄光」という熟語を見つけた長男。
長男「『栄光』ってどういう意味?」
私「金メダルとって、『やった〜っ!キラキラ〜
』みたいな(←語彙力のなさに我ながらビックリ)?えっと、自分で辞書ひいてみて!」
長男「えーとね、『かがやかしい名誉』だって。『名誉』ってなんだ?」
私「それも自分で調べなさいな。」
長男「うーんと、『ほまれ。体面。かがやかしい評判』だって。『ほまれ』って?」
私「ほれほれ、辞書辞書!」
長男「えーなになに〜、『ほめられて晴れがましいこと』か。よし、これでわかったゾ!ふぁ〜、これ以上辞書をひかなくて済んで、よかったぁ〜
」
あはは。これってその昔、英英辞典をひいた時に、よく経験しました。
ある単語の意味が知りたいだけなのに、その意味を説明している単語がわからなくてまたひいて、その先でもまたわからず・・・などと延々と言葉の海を旅している間に、最初に知りたかった単語がなんだったのかを忘れたりして。
その時の疲労感は、なかなかに大きいものがありました。でも、そういうことを繰り返しているうちにだんだん辞書をひくのが早くなり、負担感が減ってきたりするものですよね
「栄」の熟語欄を引き続き見る長男から今度はこんな発言が。
「うわー『栄光』のほかに『光栄』っていうのもあるよーっ
『栄光』と『光栄』って意味違うの?」
そんなに驚くか?語彙が少ないのは母譲りでしょうか(泣)。さぁ、言葉の海に漕ぎ出しておいで・・・
。
長男の部屋には夫のお下がりの机と、私のお下がりの折りたたみ式スツールがあります。きちんとした学習机は買っていません。以前は勉強は居間でしていましたが、4年生になってからは自ら部屋にこもり、ゴソゴソ勉強しています
(こもっている時間のうち何割かは、勉強以外のことをしていそうです・・・)。
夏休みは、時々居間で勉強していました。すると、上述のような会話が生まれることもあるのです。
長男の、ちょっととぼけ気味なところが好きな私は、たまにはこういうのもいいなぁと思ったのでした。
最後に、宿題の進捗状況:
長男→ 一応、終了しました。ホッ。
私 → 子供たちとプールに行きました
。半日プールに浸かってぐったり。
でも、「親の任務は果たした!」的な、妙な爽快感が
日記のほうは、8月第二週がぽっかり抜けています。自分の記憶力のなさに驚いています。
この週、私、何やっていたんだろう
??
[2008年08月14日(木) ]
小学生の夏休み、と言えば「宿題」が必ずついてまわります
もうお盆の週ですから、そろそろ進捗状況が気になるところですね。お盆を過ぎると、なぜかあっという間に8月も終わりになってしまうのですよね
長男の夏休みの宿題はどちらかと言うと少ないです。というか、量が「多い少ない」というより、全体的に「漠然としている」という印象です。
明らかに<やらねばならない>のは、1学期に使った計算ドリルと漢字ドリルそれぞれ、まるまる一冊を1回以上やる、というもの。
それから「作文または読書感想文」「絵または習字」は必須のようです。
「読書:10分以上」というのもありますが、これは特に記録の提出などは求められていません。
「その他:統計グラフ、理科自由研究、発明工夫、子ども郷土研究など」も宿題としてあります。
そのほかには「リコーダー練習」「体力作り」「月・星の観察」「漢和辞典・国語辞典を使って漢字調べ・意味調べ」といったものが<自主的にやりましょう>コーナーに書いてあります。
私だったらこの中で、やりやすい「ドリル」を真っ先に終わらせるだろうと思うのですが、長男によると、漢字ドリルがまだ終わっていないそうです。
「早くやったら」と声をかけてもあまり積極的ではなく・・・漢字は好きなので、もしかして最後まで残しておきたいのか

よくわかりませんが、まあ本人に任せることにしました。
<自主的に>コーナーは、「一回済ませればOK」というよりは日々継続して取り組むという感じの項目なのかなと思います。
今のところ毎日はとてもやってはいないものの、ひととおりは取り組んだかな。
そのほかは、私がわいわい騒いでやっとのことで「絵」が一枚書き終わり。
市の講座を一つ受けたので、この資料に肉付けして「自由研究」に代えて。
そして今、苦戦しているのが「読書感想文」です
学校では、「読書カード」というのでしょうか、自分が読んだ本をクラスの皆に紹介するという趣旨のカードは何回か書いていたようですが、原稿用紙に綴る「
The 読書感想文
」というのは、どうやら書いたことがなかったようです。
本のあらすじを書けばいいのだと長男が考えていることを知り、軽くショックを受けた私。
読書感想文とはなんぞやを説明したら、長男、「あ、そうか〜
」ですって。大丈夫ですかーーっ!
2行書いては床にゴロゴロ、一休み。また2行書いては本をペラペラめくり。ものすごいスローペースで、今日は原稿用紙2枚目の後半まで埋めました。たいそう疲れてしまって、続きは翌日やるのだそうです(規定は3枚以内)。
がんばっておくれ。
それにしても、学校で読書感想文を書いたことがないなんてこと、ありえるのでしょうか?
うちの長男がぼんやりしていて、覚えていないだけとか?
自分の小学生時代を持ち出すのは不適切かもしれませんが、それでも持ち出しますと、私は小1の時から感想文でも作文でも、しょっちゅう原稿用紙に書かされていたと記憶しています。たまたまそういうことに熱心な先生だったのでしょうか。
ここで少し脱線しますが、長男が1・2年生の時、確か2学期頃からだったと思いますが、毎週末作文を書くことが宿題になっていました。私は長男の作文を読むのが好きで、毎回楽しみにしていました。2年生の時は「読まないでね」と言われていましたが・・・長男、ごめんね
文章は別にうまくもないのですが、何かの出来事に対する気持ちが素直に書かれており、「へぇ、こんなふうに思っていたんだ〜」ととても興味深かったのです。作文の内容に関わらず、最後が必ずと言っていいほど「楽しかったです。」で強引に締めくくられているのも、妙に微笑ましく(あ、これは自分の子供の作文だからかもしれませんね
)。
普段思っていることを文章にするということは、とても頭を使うし勉強になるものです。そして、「書く」ことはある程度慣れも必要ではないでしょうか。学校でも、「書く」ことをより積極的に子供たちに働きかけてほしいなあと思います。
さて、私から見て長男のこの夏休みの勉強量はお世辞にも多いとは言えず、彼の姿勢は「とりあえず最低限のことはがんばろうとしています」というものです。
長期休みならではの取り組みを・・・例えば読書にいそしむとか・・・と願ってはいるのですが、なかなか、です。
もう遊ぶことで頭がいっぱいなのですもの。
大切なのは「めりはり」ですよね。
夏なんだもの、楽しいことをいっぱい経験してほしい。暇で、けだるい昼下がりもあっていい。夜更かししちゃっても、たまになら許されるでしょう。
そして、勉強をやる時には集中してやってほしいです。
なるべく口うるさく言うまいと思いつつも、どうしても「あれは終わったの?もう今日は8月○日だよ
」とつい言ってしまうのですが、きっとそれさえも夏休みの楽しい(?)思い出の一つになるはず(??)。
我が家では子どもの宿題は手伝わないから(相談には乗るけれど)、8月31日にはすっきりしていられるように、きちんと自分でやることやってちょうだいね(切実)(>_<)!
[2008年08月08日(金) ]
毎日本当に暑いですね
残暑お見舞い申し上げます。
もう立秋を過ぎてしまいました。でも暑さはまだまだ続きますよね。
社会人になって以来、夏休みと言えばせいぜい3、4日くらいなものでした。子供が産まれてからもそれは同じで、平日毎日仕事に行っていると、「海の日」を過ぎても「うぉ〜夏休みだぁ〜!」という感慨はそれほどありませんでした。
しかし学童クラブを卒業した今年度は、我が家にも「うぉ〜夏休みだぁ〜!
」がやって来ました。「子供が約40日間、毎日うちにいる夏」の到来です。毎日昼ごはんを作るのかぁとか、何して過ごせばいいのだろうかとか、7月前半に少しは心配しましたが、8月も一週間が過ぎた今、特に困ったこともなくわりと穏やかに(?)日々を過ごせているように感じています。
昼ごはんについては、学童クラブに通っていた時も毎日お弁当を作っていたのだし、そもそも家で仕事をしている私は自分の昼食は準備するのですから、子供一人の分が増えても別にどうってことはないのです。メニューも、おにぎり+ありあわせのおかず、とか、麺類、とかですし♪
(次男は夏休み中も保育所にお世話になっていて、毎日プールで遊び、給食を頂いております。)
「何して過ごす?」については、平日のうち少なくとも4日間は基本的に私が仕事をしているので、どうやって過ごすのか悩む以前に、あまり子供に構ってやれないという現実があったのでした。
でも、そこはもう4年生!さすがにそれほど手がかかりません
特に行事がない日は午前中は家にいると決め、宿題とかZ会とかをやっています。とは言ってもそんなに何時間も勉強しているわけではなく、その日の分の勉強が(一応)終わったら、あとは基本時に自由時間。「静かに本を読んでいるな〜
」と思っていたら、実はゲームの攻略本を熟読していた
、なんてことはザラですが、「まあいいか〜」と私もゆるいものです。
午後はだいたい近所の友達と遊んでいます。
たまに、仲良しさんが誰もつかまらず、長男が孤独かつ暇になってしまう午後もあります。「ちょっとかわいそうだな〜
」と思いつつも、私は基本的には「自分の暇は自分でなんとかしてね」という姿勢です。
時々は外で一緒にキャッチボールをしたり(翌日は当然、筋肉痛←母のみ)、図書館に行ってみたりもします。
イベント関係では大きな旅行等は残念ながらないのですが、長男が既に習い事関係のキャンプに行ったほか、あちらやこちらの祭りに出没したり、あちらやこちらの実家を訪問したり、ドッジボールの試合があったり、友人ファミリーと映画に行ったり、公民館で上映する無料の映画を見たり、自治体が主催する無料の子供向けセミナーに行ってみたり、電車に乗ってちょっとお出かけをして、同時になんとかスタンプも集めたり、家族でなぜか早朝5時から近所で釣りをしてみたり(←これは我が家的には相当珍しいことでした)・・・。
という具合に、適宜次男も保育所を休み、親子(と言うかほとんど「母と子」。夫よ、すまないね・・・。)で遊んでおります
実はこの夏、私は私自身に、宿題を出しています
その1.日記を毎日つける
→ 昨年の正月に「5年間つけられる日記」を購入し、今2年目です。ですが、相当サボりがちです。
長男が夏休みのしおりに「ひと言日記」を書いているのを見て、私も自分の日記を書こうと決めました。
なんとなく流れて行ってしまう夏休みの一日一日を、今のところ細々とですが記録することができています。
その2.子供たちを市営プールに連れて行く
→ 「宿題」にするほど大仰なことではないかもしれませんが、私にとっては「気合をいれなければ実行できない」ことなのです。
去年一回遊びに行ったのがよほど楽しかったようで、あれ以来一ヶ月に約2回のペースで(真冬であっても!)
「夏になったらあのプールにまた行こうね!」と子供たちは言い続けています。ちょっとプレッシャー。
現時点ではまだ実行できていません。
その3.子供たちにお手伝いをたくさんしてもらう
→ これが自分の「宿題」というのは少しおかしいですね。「今年の夏のテーマ」と言いましょうか。
恥ずかしながら、普段お手伝いをあまりさせていません。せいぜい、朝の新聞取りと配膳の手伝いくらいです。乾いた洗濯物たたみのプロになってもらい、そして台所でもお米を研いだり簡単な調理をしたりしてほしいのです。
今のところ、洗濯物たたみはよくやってくれて、台所系はまだまだです。指導する側に、心と時間のゆとりが必要ですね・・・。
さあ、8月が終わる頃、宿題もきちんと済んでいるのでしょうか。ドキドキ・・・
最後に長男にひと言言いたい。彼はここを読まないですけれど。
夏休みのしおりの「がんばること」に「草取りをがんばる」と書いてあるよ。母に「全然やっていないね」と指摘されて、「えっ!?そんなこと書いたっけ?!」と大マジメにとぼけるのはやめましょう〜。
[2008年07月29日(火) ]
これは先月のことだったと思うのですが、ふと居間のゴミ箱に目をやると、木綿の糸が巻いてあった厚紙(なんと呼べばいいのでしょう?「糸巻き」でよいですか?)が捨ててありました。
私が小学5年生の時、学校の家庭科の授業でもらったお裁縫箱。そこに入っていた黒の木綿糸が終わりになり、厚紙が捨てられていたのです(夫が自分でボタン付けをしたのだとあとで判明。あ、我が家では夫も普通に糸と針を持つのです)。
黒の糸だけ中途半端に残っていたのを、なぜか使わずずっと箱に入れっぱなしでした。ほとんど無意識に。買ってきた別の糸はじゃんじゃん使っていたのに。
思わずゴミ箱から拾い上げると、「5年○組(1) かりめろん(←もちろん旧姓)」と、当時の自分の筆跡で記名してありました。懐かしい〜
そして、糸を巻きつけてあった部分にこのような言葉が書いてあるのを発見。
(心のともしび)
夫を忘れて
子供本意に
暮す妻は、
やがて子にも
そむかれます。
金亀つよい糸(発売元・工藤商店)より
・・・インパクト大ですね
。思わずその厚紙を、お裁縫箱にまた戻してしまいました。
もし小学生のうちに糸を使い切ってこの言葉を目にしたら、どういう感想をもったでしょうね。おそらく「ふーん」と言って、そのままゴミ箱行きだったことでしょう。
今、ウン十年の時を経て私の前に現れたということは、これは何かの啓示??
とにかく、夫を忘れることのないよう気をつけよう、と心に刻みました(笑)。
そう言えば、これを捨てた夫はこのお言葉を目にしていたのかな?と思い確認すると、まったく気付いていなかったとのことでした。
そして、「夫を大切にしろ。」と威張られました。
あーあ、余計なこと言わなければよかった
(先ほどの決意はどこへやら
)
[2008年07月16日(水) ]
・・・になりつつある今日この頃・・・なのであります
昨年末にこちらに越してきてよかったことの一つに、「すぐ近所に長男と気の会う同世代の男の子が数人いた」というのがあります。
これは、親子共々本当にありがたいことです
今年の3月末に学童クラブを卒業した長男は、4月からは放課後ほぼ毎日、誰か友達と遊んでいます
彼にとって今の生活は幸せなんだろうなぁ〜と思います。
友達がうちにあがることもしょっちゅうあります。私自身、誰かを家に呼ぶことは好きなほうですし、子供の友達が遊びに来てくれるのは大歓迎です。でも、こういう生活に私も慣れてきたからでしょうか、徐々に目に付く点・気になる点も出てきました。
一つは「挨拶」。
ほとんどの子が「お邪魔します」とか「こんにちは」とか「ありがとう」とかきちんと言えていて気持ちがいいのですが、時々やたらと急いでいて、玄関に靴を脱ぎ捨てる勢いでダダダー
と駆け込んでくる子もいて、その場合は挨拶は省略されてしまいます。
そんな時私はその子に「こんにちは!」と声をかけるし、それに気付かず無反応だとわざわざその子の顔の前に行き、目を合わせて「こんにちは!」と言ってしまいます。そこまですれば誰もが(ちょっと引き気味に)挨拶を返してくれます(^_^);
あと、挨拶の言葉を発してはいるけれど、口の中でモゴモゴっと言っていて聞こえないというパターンもあります。
しかもなぜか足音もなくススス〜と入ってくるため、私が子供部屋に麦茶を運びに行ったら「わ!一人増えてる!」。
そしてまた子供部屋に「そろそろ帰る時間だから片付けて〜。」と声をかけに行くと、「あれ?!○○君、いつの間に帰ったの?!」。
・・・という事態が発生します。
今度そういうことがあったら、「おばちゃん(=かりめろん)、キミがいつの間にかいなくなっちゃうと心配になるんだ。帰る時と、それから来た時にも、聞こえるように挨拶してね♪」と話してみようと思います。
その子は「なんでー。僕、ちゃんと言ってるジャン
」と思うかもしれませんね。でも、挨拶って、やはり相手に聞こえないと意味がないかなと思うのです・・・。
気になる点の二つ目は「脱ぎっぱなしの靴
」。
きちんと靴をそろえる子のほうが珍しい・・・という状況です。
当初は、私が皆の靴をそろえていました。でも、最近暑いじゃないですか。えぇ、靴がくさいのです
!いい具合に蒸された靴を3足4足5足とそろえるうちに嫌になって、「自分の靴は自分でそろえるように指導しよう!」と決めました。
まあ「くさいから」という理由もナンですが、でもでも、靴をそろえる習慣がついていたほうが、本人のためにも絶対よいはずですもの。
指導を始めて日は浅いですが、靴をそろえる子が出始めました。でも、最初にうちにあがるときにはきちんとできても(ピンポ〜ンと来た時は、私も玄関に出て靴のことを言うので)、その後うちと外を行ったり来たりドヤドヤやっていると、靴をそろえるなど忘れてしまうようです。
私も常に玄関で見張りをしているわけではないのですが、気がついたら声をかけるようにはしています。
以上の二つ以外にも、例えばうちのすぐ隣のおうちに、ご夫婦が日曜大工で手作りした木の柵があるのですが、うちに遊びに来た子達(&うちの子)がよくそこに登って腰掛けて、足をぶらーんぶらーんさせているのです。確かに、ちょうど座るのによい感じではありますし、そこの小1の男の子は皆の友達でもあるので、気兼ねがないのかもしれません。
ご夫婦共働きで男の子も学童クラブ、ご家族ご不在のことが多いので(「ので」ってちょっと変ですが)、そこに腰掛けている子供を見つけ次第、「おーい、そこはダメだよ〜
!公園のベンチじゃないのよ〜!」と私が叫んでいます。
というわけで、私はかなり小うるさいオバサン・・・・(いや、「かなり」なのだから「小」は不要ですね、「うるさいオバサン」だ
)・・・・になっています。
息子のお友達の皆さん、「うるさい」背景にはオバサンの愛情があること、わかってくれるかなぁ?君たちとずっとお付き合いしていきたいからこそ、あれこれ言ってしまうのよ
悪いわねぇ・・・。
さてさて、そんなオバサンの子ども達は、さぞかしお利口さんで礼儀正しいお子様に育って・・・・・いるのでしょうか
実はこれが一番問題だったりして
?!
「よそのお宅にお邪魔した時、ちゃんと靴そろえてる?」→「そろえてるよ〜
」
「『お邪魔します』とか『こんにちは』ってご挨拶できてる?」→「おっけ〜
」
うーん、この生返事。怪しい(苦笑)。今度、お友達ママに様子を聞いてみなければならないかもしれません。
[2008年07月09日(水) ]
七夕の翌日7月8日には、保育所の庭で笹を燃やし、煙が天に昇っていくのを見ながら皆で「願いが叶いますように」とお祈りしたそうです。「みんな一生懸命お祈りしていました!」とは、保育所の先生談。
帰りの車中でそのことを次男に話してみたところ、「がんばってお祈りしたよ(←力強く
)!でも、叶わなかった・・・(←しょんぼりと
)。」ですって。
願い事は「かけあしがはやくなりますように」だっけ?それはすぐには叶うものじゃないよ〜これからこれから!!夏の間いっぱい走っておけば、願いが叶って秋の運動会では足が早くなるのさ
!
と、励ましておきました。
さて、七夕の日は長男の学校がたまたま休みで、私の在宅ワークも休みだったので、次男も保育所を休み、3人でおでかけしました
。
普段の土日祝祭日は午前中にドッジボールの練習があるので、丸一日あく日というのがとても貴重に感じられます。
行き先は、さいたま市大宮にある「鉄道博物館」。
前身の「交通博物館」へは、何度か行ったことがありました。最初は、私が小3の時(!)の社会科見学。その後長いブランクを経て、長男が小さい頃に何度か行きました。次男も1,2回は行ったと思います。
建物も展示物もなんともいえないレトロな感じがあって、「乗り物=移動・輸送手段」という認識しか持たない私なのに、なぜか好きな場所でした
2006年5月に閉館した時は、さみしかったです。
さて、初めての鉄道博物館。JR大宮駅からニューシャトルに乗って3分、「鉄道博物館駅」到着。屋根つきのプロムナードを歩きます
床のタイルが時刻表になっていたり、左右には昔の鉄道の車輪の実物展示や機関車の先頭部分の展示(交通博物館から持ってきたらしい)があったりして、気分がもりあがります。
建物に入ると・・・・広々!きれい!そして係員がたくさんいて皆対応が良い(外国人の方にはもちろん英語対応)!もともとこの場所は、大宮の車両解体施設があったところで、線路に沿った細長い建物なのですが、その形をうまく利用していろいろなものが配置されていました。屋根の上が緑化されていて、太陽光発電のパネルもあり、環境に配備しているようです。
平日だったのですが、人は多かったです。でも休日はもっともっと多いのでしょうね。
まずは「模型鉄道ジオラマの運転プログラム」を見学。係員さんが巨大ジオラマの鉄道たちを走らせながら、解説をしてくれます。交通博物館にもこれはありましたが、鉄道博物館では階段式の座席がきちんと用意されているので、とても快適!未就学児は、ジオラマ近くの専用座席で見ることができます。昔、長男を抱っこして更に背伸びをしながら15分間立ち見をしてフラフラだったのが、かなり昔のことのように感じられます。
それから早くもお昼ご飯
。館内のレストラン「レストラン日本食堂」で「いただきまーす♪」
トレイに、昭和40年代前半の駅弁の包み紙を印刷した紙が敷いてありました。「木更津のバーベキュー弁当 150円」!ポンポコ狸のイラストに心惹かれました。私、もしかして「レトロ」に弱いのかしら・・・。
(あとでネットで検索したところ、バーベキュー弁当は今でも販売しているようです。さすがに150円ではありませんが。)
私が頼んだのが「幻の賄い食 ハチクマライス」というものです(写真ご参照)。どんぶりご飯にハンバーグ、カレー、半熟卵×2が乗っています。ボリューム満点でした。
次に、ミニシャトル列車。遊園地の「なかよし汽車ポッポ」のようなミニミニサイズの新幹線「はやて号」にのり、「博物館中央駅」から「博物館北駅」へ。所要時間は約3分。帰りは徒歩2分で中央駅に戻ってこられるというのがオツですね
ミニ「はやて号」がかわいくて、◎です。
「博物館北駅」下車後はノースギャラリーで展示物を見て、それから本館に戻りました。
入館直後に予約してあった、「ミニ運転列車」の時間が近くなってきました。これは、(これまた)ミニミニサイズのかわいい列車に乗って、小学生以上が自分で運転をして線路を一周できるというもの
運転手含め3人乗車できるので、私達に好都合です。
長男は緊張しながら武蔵野線車両の運転に臨みました。自動列車制御装置つきですので、追突や脱線の心配はありません。でも、駅でうまく停車させるのは少し難しかったようです。
そのほか運転シミュレーターでも遊べたし、ジオラマの運転プログラムももう一回見ることができました。屋上にあがるとすぐそばを本物の東北新幹線
が通っているのを眺めたり、また館内にもどって鉄道の原理や安全について装置を触りながら学べるコーナーでいろいろ触ったりもしました。
あっという間に夕方になってしまい、お土産タイムです
ジオラマを2回も見たためか、長男が電車の模型をほしがってほしがって・・・。彼はかつて乗り物大好き坊やで、車の車種とか新幹線の○○系というのを、幼児向けの本やビデオでよく研究(?)していました。そして、模型(というか電車のおもちゃ)ももっていましたが、関心が他にうつってからはまったく遊ばなくなっていたのです。友達にあげてしまったおもちゃもありますが、まだ家に残っているものもあります。私は「今日は買わないから、家にあるので遊んで」と言ってしまいました。今回、模型を買う分の予算は組んでいなかったのだよ・・・
たくさん歩き回って疲れましたが、なかなか楽しかったです。
普段鉄道に対して格別な思い入れはないのですが、博物館という場所の持つ力なのか、出かけてみたら「鉄道、好き
」という気持ちになってしまったのが我ながら不思議でした。単に影響されやすいだけなのでしょうか?ヒストリーゾーンには、広いスペースに列車の実物がたくさん展示してあり、それを2回から見下ろした時にはちょっぴり感動さえしました。
子供達も普段は「ポケモンだマリオだ○○レンジャーだ」とキャラクターものに走りがちですが、ここでは純粋に鉄道の世界を楽しんだようでした。休憩所で若者のグループが一人一台DSを持ち全員無言で遊んでいるのを見て、「なんで?」と不思議がっていました(←本当に、「なぜここでゲーム?」と私も思いました。鉄道系のソフトで遊んでいたのでしょうか?)。
人間の知恵と技術で、鉄道はずっと進化してきました。これからも、より環境に配慮した列車で、より安全に人や物を運び続けてほしいです。
[2008年07月04日(金) ]
もうすぐ七夕ですね
七夕って、学童期を過ぎると急に疎遠になるというか、認識が薄れる日という気がしてなりません。
保育所では笹に短冊や飾り物をくくりつけて七夕気分を味わうし、小学校では・・・給食に七夕的なメニューが出てきたりしませんか?長男の献立表をチェックしたら、「ほしがたメンチカツ」というのがありました
。あ、でも長男の学校は、今年7月7日は振り替え休日で学校は休みだったわ・・・。
7月7日、織姫と彦星のお話に思いをはせて、夜空を見上げながら願い事をするというのも、よいかもしれません
それにしても、毎年のこの日の夜は「雨天か曇天の特異日なのでは?
」と思うほど、これまで晴天の星空を見た記憶がほとんどありません。今年はどうなのでしょうね。
さて、保育所では6月の終わりが近づくと、折り紙で七夕飾りの製作をするとともに、短冊を家庭に持ち帰って各々願い事を書くことになっています。
思い出深いのは、次男がゼロ歳の時の短冊です。
4月に入園してから奇跡的に風邪をひくことなく順調に登園していたのですが、6月後半に体調を崩し、2週間くらいずっとお休みしてしまったことがありました。
短冊が手元にあるものの、登園できないので先生にお渡しすることができず、「このまま七夕が終わっちゃうよ〜
」という状態でした。
その時の願い事はずばり「健康」。
なんとか七夕に間に合うように笹にくくりつけることができ、そのおかげかそれから2週間も休むほどの病気はしなくなりました・・・。
昨年の次男は、「せんせいのいうことをきけますように」でした。
七夕の願い事がそれなの?と内心驚いたのですが、去年の担任の先生はシャッキリテキパキタイプの方で、すぐにめそめそ〜
としてしまう次男はよく叱咤激励されていたので、子供心に「ちゃんとしなくちゃ
」という思いがあったのかもしれません・・・。あくまでも想像ですけれどね。
そしてこの時は、私が鉛筆でうすく下書きをして、それを次男がマジックペンでなぞったのでした。すごく集中してなぞる様子の写真が、今でも私の携帯に保存されています。懐かし〜♪
今年は、私が何も言わないうちに勝手に自分で書いて、しかも願い事とは無関係なイラストとか文字とかもたくさん書いていました。願い事は「かけあしがはやくなりますように
」。
お、いいね〜。かけあし、早くなるといいね〜。
他にも「ほしのコックさん」と彼の「おニもつ(=お荷物)」とか・・・うーんよくわからないけれど、今の次男は何かを「書く・描く」ことがなによりも楽しいので、楽しく書ければまあいいや(笑)。それにしても、ひらがなとカタカナを混ぜて書いてしまうのはどうなのでしょう。何度か言ったのですが、「これでいいの!」の一点張り。学校に上がったら、がんばろうね。
話がずれますが、この前も広告の裏にびっしりなにやら書き込んでいました。書いたはいいのですが、自分の字があとで判読できなくなり、私に「ママ〜これなんてかいてあるの〜?」と聞いてきました。
「ニラニ゛ラセい」
・・・
。
「に」に「濁点」って何?
悩んでいると長男がやってきて、あっさり「こうごうせい(=光合成)だね!」ですって。
「ニ」に見えたのはひらがなの「こ」、「ラ」に見えたのはやはりひらがなの「う」だったようです。
ちなみにうちの5歳児は既に小学校の理科の知識が豊富なおりこうさんなのではありません。「光合成」はポケモンのワザの一つなのだそうです。はあ〜
話は七夕に戻ります。
保育所では8日に「七夕送り」といって笹を燃やしてしまうので、今年も短冊の画像を保存しておきました。来年の今頃これをみて、次男本人や私がどのような感想を持つのか、楽しみです
[2008年07月01日(火) ]
長男がドッジボールのチームに入って初めての試合が、先日ありました。
近隣の小学校の体育館で4つのチームが集まって行われる、小規模の試合です。
午前中はいつもの体育館でいつもの練習。
少し早めに切り上げたら体育館でお弁当を食べ、ユニフォームに着替えて試合会場に移動です。
私は午前中に練習に「当番」で付き合い、昼にいったん帰宅して昼食をとってから、次男と一緒に応援に行きました。
6年生のお母さんが「まあ、今度のは試合にならないかもね(初心者が多いから)。」とにっこり微笑んでいました。
確かに・・・存続さえ危ぶまれた、少人数チームです。
4月はじめの時点で6年生3人、5年生2人、4年生3人。
その後徐々にメンバーが増え、4年生は8人、3年生も1人加わりました。みんなドッジが好きで入ってきた子達・・・でも何と言ってもまだまだ初心者です。うちの子をはじめ、ルールも「やっとわかってきた・・・」程度。さあ、試合はどうなるのでしょうか?
雨の中、初めての場所で道に迷いながら私と次男が会場に着くと、我がチームが2回目の試合を戦っている最中でした。長男は控えの選手でした。皆、緊張している様子・・・私もほかのお母さん達と一緒に声を張り上げて応援しましたが、試合時間の5分間もたずにうちのチームは内野がゼロ人になってしまい、完敗してしまいました。
1回戦も負けてしまったとのこと。ギャラリーから見下ろしていても、子供達の「がっかり感」が伝わってきます。大丈夫かしら・・・。
このまま一回も勝てずに今日は終わってしまうのかという不安を抱いたのは、私だけではなかったと思います。
でも、でも!
次の試合ではだいぶ動きが良くなってきて、なんと勝つことができたのです。ドッジの試合は5分間で、試合終了時の内野の人数で勝敗を決するのですが、同点だった場合(この試合では)サドンデス方式を採っていました。試合を再開し、最初に誰かが当てられたらその瞬間にそのチームが負けるのです。
この時はサドンデスで勝つことができました。接戦で、見ていてもドキドキです。
今回は試合初体験者が多く、ゲームごとにメンバーを交代して全員に出番があるとコーチから聞いていました。
長男は、2回戦目以外は、すべての試合に出させてもらえました。よかったね!
もっとも、出させてもらったものの、それほど活躍はなかったのですが・・・別の試合のサドンデスでは、長男が当てられてうちのチームが負けてしまったりもしていましたし。それでも、相手チームのアタックボールをガシっと取ることもでき、本人も少しは自信になったかもしれません。まあ、反省点のほうがもちろん多いですけれど・・・。
自分達の出番でない時に、他チームの戦いぶりを見られるのも、試合の良いところですね。実は私も、これが一番楽しみでした。子供達も何か学ぶことができていればいいなと思います。自らを省みて、他から学ぶ。スポーツって、身体が強いだけではだめですよね。
それから、試合の柱となって戦った5,6年生。男女を問わず、そのかっこいいことと言ったら(ホレボレ〜)!「いつかは自分も・・・」なんて長男も向上心を持ってくれたら、親としてはうれしいところです♪
さてさて、その後も子供達は(私の予想以上に)がんばりました。終わってみると、なんと準優勝!
優勝したチームはずば抜けて強かったので、優勝は当然という感じ。
長男のチームは、4チーム中の2位とは言えども、相当健闘したと思います!閉会式の講評では、「1試合ごとに良くなっていった」とうちのチームがお褒めにあずかりました。
小さい試合なりにきちんと賞状・トロフィー・賞品(真新しいドッジボール)が閉会式では授与され、メンバー全員で集合写真を撮った時のみんなの顔は、比喩でなく実際に、本当に、輝いていました。
体育の時間や昼休みにやるものとはまったく違う(と言ってもよいくらいの)、競技としてのドッジボール。
新しい世界を教えてくれた息子に感謝したくなるくらい、私も興奮してしまいました。
来月は遠いところでまた試合があります。
今度は大きめの大会のようなので、こてんぱんにやられてしまうかな?そうだとしても、きっと得るものは大きいはず。みんなみんな、がんばれ〜!
[2008年06月23日(月) ]
次男の「保育参観」がありました。年長組なので、保育参観もこれで最後・・・さみしいです
保育参観はたいてい親と一緒に取り組む/遊ぶ企画が盛り込まれており、今回はゲームをしたり、踊りを一緒に踊ったりしました。楽しかったです
音楽がかかって、その切れ目で身近にいる人とじゃんけんし、負けたらその人のうしろにつながる・・・というゲーム。
なが〜い汽車ポッポ状態で、列がどんどん伸びていく中、私が勝ち続けて最前列になってしまいました。先生に「優勝は、[次男]君のお母さんでーす!
」と言われ、ちょっと赤面。ここで優勝してしまうなんて大人げないと思いつつも、じゃんけんなので仕方なかったんですよね(苦笑)。
この保育参観には懇談会と給食の試食もついており、特に給食を子供達と一緒に食べられるのがいつも楽しみでした
同じテーブルになったお父さんやお母さんと話せるのも、良いものです。あ〜これも、最後なのね・・・うぅ(涙)。
張り切りすぎたせいか疲れてしまい、帰宅してから思いっきり昼寝をしてしまいました(私が
)。次男、ごめんね。
でもそのあとで、外に出て一緒にシャボン玉で遊びました。心癒されるひと時です
保育所の最後の学年ですので、この一年は「これで最後」のオンパレードなんですよね。
あまり悲しがっていないで、親もしっかり楽しみたいところです。
その点子供は純粋に楽しんでいて、次男も「もうすぐ○○だ。ぼく、楽しみだな〜
」「今日は△△だ!なんだかドキドキしちゃうな〜
」と、まぁかわいいものです。いいねいいね。そうやってたくさんの楽しいことを体験できるのは、本当に幸せなこと。思う存分堪能して、思い出をたくさん作ろうね
ある日のこと、用事があって保育所近くの銀行へ行き順番を待っていたら、「かりめろんさん!」と声をかけられました。
次男の保育所の、年中組の男の子のママさんでした。
一緒に役員をしたこともあるし、会えば挨拶はしますが、特に何かを話し込んだことはないという関係。そもそも保育所では、親同士でいろいろと話すという機会はあまりありません。学年が違えばなおさらです。こうやって、保育所以外の場所でばったり会うと(買い物中とか、小児科の待合室とか・・・)、その時初めて話ができたりします。この時がちょうどそのような感じでした
思った以上に親しい雰囲気で話ができてうれしかったのですが、まもなく私の番号が呼ばれ、そこで話は終わりました。
銀行を去る前にそのママさんに「じゃ、またね♪」と声をかけ、私は次の目的地に向かいました。
その途中、思ったんです。「お互いに約束をして会うような間柄ではないし、小学校の学区も別。来年3月に卒園したら、あのママさんとはもう会うこともなさそうだな。せっかく今日偶然に会えたのだから、彼女の順番が来るまでの数分でもいいから、もう少し話せばよかった。」と。
そしてしばしの間、感傷的な気分に浸ってしまいました。
次男の学年で、次男と同じ小学校にあがる子はいません
長男の時は休みの日にお互いの家を行き来する保育所の友達が何人かいたけれど、次男は・・・一人・・・あ、もう一人いた!でも圧倒的に少ないです。次男はいつも長男にくっついて、長男の友達の中で遊んでいることがどうしても多くて、次男がメインということが少なかったと気付きました。
お互いに気楽に連絡を取り合う間柄
、つまり親同士が友達でないと、卒園以降もつながっているのは難しそう・・・。せっかく次男には今友達がたくさんいるのに、皆「過去の友達」となり、そのうち忘れてしまうのでしょうか。小学校で新しい友達を作るのもとても大切だけれど、保育所時代の友達も大切にしてほしいな(なにしろ長いお付き合いですから。長い子では、0歳児の時から一緒です)。
でも、そう思うのは親だけなのかなあ、なんて・・・。
ちなみに長男は、会うことのなくなった保育所時代の友達のことは、結構忘れてしまっています。「今を生きている
」という感じです!
私自身だって、幼稚園の時の友達とは小学校でほとんど別々になってしまったので、卒園後一緒に遊んだ記憶はほとんどありません。
保育所や幼稚園の子がごっそり(または少人数でも・・・)同じ小学校にあがるような環境でなければ、友達関係を続けるのは難しいのかもしれません。
子供が案外あっさりしている一方で私が一人さみしがっているのは、私自身が「少し親しくなった他のお母さん達」と離れてしまうのを悲しんでいるからに他ならない、と今頃気付いたのでした。
友達が多いか少ないか、ではなくて、家に呼べるかそうでないか、でもなくて。
出会えたことに感謝して、朝夕の送迎時の挨拶や雑談も楽しみたいなと思いました。ちょっと「さびしがり屋の日記」みたいですね(笑
)?!