「子供の情景

」と言うことで1年間、気ままなお喋りをさせて頂きました。
私は小学生の親になる以前から多くの小学生たち

と関わってきました。
音大卒業と同時に楽器会社の音楽教室で勤め始めたからです。
生徒の多くが幼稚園児や小学生ですから、まだ自分が「子ども」の立場かもしれない独身の頃から周りは子どもたちでいっぱい


でした。
「ピアノ

」という範囲を限定された関わりではありますが、仕事の性質上、それぞれの子どもと数年単位での一対一でのお付き合いをしてきました。
「子ども」とは言っても、私には単に後から生まれてきたから自分より年齢が少ない人としか見えません。その「たましい

」は自分と同じ大きさ、存在としては対等なものに感じています。
「たましい」といっても最近流行りのスピリチュアル的なものではなく・・・河合隼雄さんのお話に出てくるような感じの「たましい」でしょうか。
自分が「たましい」の姿のまま子どもの前に立つと、子どもも「たましい」の姿のまま(子どもは自然体でいる状態がこれです)応じてくれます

幼い子供同士がアッという間に仲良くなる

・・・あんな感じでずっと子どもたちと関わってきました。
そんな関わり方をしていると、生徒の親御さんや我が子のお友達のお母さまに「ウチの子、そんなことを喋ったんですか


」と驚かれたりするような話を他所さまのお子さんから聞かされたりもします。
ブログ中の会話等で、時々子どもたちの口から衝撃のセリフ

が飛び出したりもしていますが・・・実話です

(私はシロウトなので実際にあった話しか書けませんし)
自分の子との間でも似たようなものです。
当然のこととして親と子ですから立場としては決して対等ではないのですが、親も子もそれぞれ自分の友達に接するような感覚があります。
ぶっちゃけ話


をしてしまう一方で、たとえ子供同士でも友達にはそうするように遠慮したり気遣ったりもしている、って感じでしょうか。
そういう関係だったことが、例えば反抗期のはずの長男にダンマリを許さなかった等々、我が子を子どもっぽい甘えから早くに卒業させることになったのかも知れないです。
そういう意味で、自分の子もそうでない子も、私の周りの子どもたちは私に対して「ちゃんと一人前」の誠実な態度

で関わってくれているんだな、とブログを綴っていて気付きました。
御縁のあった子どもたちみんなに改めて感謝です
そんな風に私はこれからも私の周りの子どもたちと一緒に「子供の情景」の中での日々を送っていくのですが・・・次男の小学校卒業

を機に(私も小学生の保護者ではなくなりますし)小学生コースBlog「かつぼんの日記」は今回をもって終了させて頂きます。
拙い文章を読んでくださった皆さま、
パルティオで直接・間接にコメントを下さったり励まして下さった
Z会保護者仲間の皆さま、禁止ワード

(内容もかな?)を不安がって最後までお目通し頂いてからのアップをお願いし続けたのに辛抱強くお付き合い下さった
Z会の担当さま、本当にありがとうございました。
感謝をこめて擱筆。 2008年 春待ち遠しい厳冬の晴れた日に