2008.10.31 00:11


 麻生総理が景気浮揚策を打ち出しました。 なんでも、国民一人当たり1万5千円あげるって言うんですよ。



 でも、年収2000万円の人にとっての1万5千円と、年収300万円の人にとっての1万5千円は、誰が考えてみても価値が違いますよね。



 どうせなら、年収500万円以下の所得層に限定して給付しようと呼びかければ、確かに「庶民派」なのかもしれません。



 しかし、ホテルのバーで月に10日間以上もお酒を飲むのが、「庶民派」でしょうか?



 東京・新橋には週末だけ2000円でおつりが来る立ち飲みバーで酔って帰るオヤジ・サラリーマンがいっぱいいますが、そういうところには顔を出さないのが、麻生総理ってわけですね。



 アメリカ大統領候補のオバマ氏は、若いころ、犯罪都市の下流資産層の少年たちの更生や雇用に従事した経験があるそうですが、麻生さんには、せめて今ここにある貧乏な国・日本を知るために、ぜひ深夜の東京駅の京葉線改札口で寝転ぶホームレスたちを視察してみてほしいです。



 彼らは、お金をもらっても、その日を生きるのが精一杯です。

 お恵みでは、決して自立できないわけです。



 いま、日本は800兆円という莫大な借金を背負っています。

 これを次代に引き継がせたくないと麻生総理は言いました。



 それならば、投資効果の根拠のないばらまき給付ではなく、下流資産層の家庭の子どもたちに「稼ぐ技術」を徹底的に教え込む教育のために投資してはいかがでしょうか?



 貧乏から這い上がる力をつけられる教育を施せば、貧乏人が金を持ち、消費が動機づけられ、経済が活性化しますよ。



 ホームレス中学生だって、やがてその経験で印税数億円の金持ちになるわけで、貧乏から這い上がるための方法は学べばいくらでもあるのです。



 麻生総理には、ぜひ、この歌をクリスマスに聞いてほしいですね。




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2008.10.28 19:43

 発展途上国で餓えている貧しい国民は、豊かになることが希望になります。


 だからこそ、豊かになれる仕組みを支援すれば、喜んでそれを受け入れます。



 グラミンバンクのマイクロクレジットのように少額融資で自営業支援をしていけば、自分の能力で食べていけるという自信を持つに至るという成功事例は、それを裏付けています。



 しかし、すでに豊かな国である日本で、ホームレスやネットカフェ難民、ニートなどのワーキングプア層を支援する際、彼らに生活保護や無料の宿を与えても、希望は感じません。



 希望を感じないのですから、支援すれども、いつかは宿を自発的に出ていってしまったりします。




 なぜなら、すでに豊かな国に住む人間にとっての貧困層が求めているのは、希望ではないからです。




 もっとかみ砕いて言うならば、自分自身が幸せになることを考えられるような心の余裕を既に失っているため、希望を求めれば上滑りして、ただただ疲れるような感覚になるため、希望を持たないが楽に生きられると学習してしまったのだろうと思うのです。




では、彼らはすでに何も求めていないのかといえば、そうでもないように思います。



 彼らが求めているのは、希望ではなく、愛情です。




NHKの番組「一期一会」では、北海道でホームレスを支援している若者が紹介されていました。



 彼らは、ホームレスのおじさんに嫌われても、うざがられても、執拗に彼らに声をかけ、売れば売るだけで収益の一部が収入になる雑誌「ビッグイシュー」を売ろうよと励まし続けています。



 最初は、自分より若くて未来もある若者が近寄ってくるのを「うざい」と感じていたホームレスも、少しずつ心を開き、だめもとで「ビッグイシュー」を売るようになっていきます。



 そして、少しずつ少しずつ若者と一緒に経済的に自立していこうと考えるようになっていったのです。



 そこには、「自分は一人で生きているのではない」という確かな絆があります。



 人間不信に陥っている中高年のホームレスと絆を作るのに、若者はへこたれずに声をかけていました。



 それはとても大変なことだろうと察しますが、こういう支援そのものが労働対価としてのビジネスになっていかないと、なかなか支援が持続可能にならないという不安もあります。



 学生はやがて卒業し、支援から手を引かざるを得なくなるからです。



 しかし、それでも自分で雑誌売れば、なんとか収入を自力で作れるという仕組みは、ホームレス自身にとって生きていける自信につながると思うのです。



 ただ、お金を恵んであげればいいというものでは、ホームレスは決して満足はしないでしょう。



 雑誌を売って自立するということへ、励まし続ける絆が必要不可欠なのです。



 これは、自殺志願者への支援にも同じことが言えます。



 ただ、生活保護の受給者にすれば、それでいいというのでは、あまりにさみしすぎます。



 民生委員やソーシャルワーカー、そして支援グループが一体となって、生活保護の暮らしから経済的に自立させ、自力で稼ぐことで自由になるお金を増やすと同時に、その気になれば、いつでも精神的にも支援してくれる仲間がついてくれるのだという安心を与えられるような社会起業が生まれてほしいと思うのです。



 こうしたワーキングプア層の現実に関心のある方は、ぜひこの映画を見てください。

 現役のホームレスが主演した映画です。



◎ホームレスが中学生

http://homelessga-movie.com/






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2008.10.24 00:00


 毎度、新刊本を書いた後は、しばらくフヌけたような日々になります。

 今年も6月に、『社会起業家に学べ!』(アスキー新書)を出したのですが、その翌月の7月に「社会起業支援サミット」という大きなイベントをやって早稲田大学の大隈講堂に300人も動員するという作業に追われていたので、フヌケになる時間がなかったんですね。

 8~9月は、上記のサミットの後始末みたいな作業と出版以外のビジネスの可能性を模索していたので、わりとフヌケてもいられなかったわけですが、ここへきて、どうもフヌケています。

 そろそろ次の本の構想を企画書にしようと思うのですが、「もう1冊社会起業ネタをやるか」「それともCSR最前線みたいなものにするか」「あるいは小説でもそろそろ書くか」などと考えあぐねているうちに、結局何一つ決まらないまま、日々が過ぎていく次第(笑)。

 こういう無為徒食の日々ほどつまらんものはないので、自宅の部屋で一人で悶々としているよりは、酒場に繰り出して人と会っているほうが実りあると思うので、そう思ったらなじみのバーに行くことにしているのです。

 ものかきも40歳も過ぎると、執筆業以外に講演・講師のオファーがあったり、メディアにコメントしたり、取材なしでエッセイのように書ける連載が持てたりと、あんまり体力任せの取材をしないですむようになります。

 というか、体力任せの仕事は30代までしかできないんですよね。
 なので、体力がなくても高い収益につながる仕事を開拓する必要があるわけです。

 いま、興味を持っている仕事は、マンガの原作と、オンラインゲームの企画です。
 ほかには、作詞やエッセイなどの仕事もしたいところです。

 僕は自営業ですから、企画書を書いて営業(売り込み)し、商品を作るという基本的な流れであれば、何を作ってもいいわけです。
 本でも、歌でも、番組でも、広告でも、ゲームでも。

 自営業とは自由業ですから、自己責任で好きな仕事を作り続けていけば食えることになります。
 これを持続可能な仕事にするには、売れる企画書を書けばいいわけで、商品が印税のようなインセンティヴ収入になればいいわけです。

 今の日本のソフト産業の中で一番新商品の予算が大きいのは、ゲームでしょう。
 ゲームなら、世界中に売れるからです。

 日本語前提の本だと1冊で600~800万円、日本人キャスト中心の映画なら1000万~1億円程度(大作なら1本20億もあるでしょうが、まだ少ないですな)。

 予算が大きいところには、才能が集まってきます。
 面白そうじゃないですか。
 そういうところには、なるだけ首を突っ込んでおきたいと思うのです。

 とくに、ゲーム業界は娯楽から実用へと市場を広げつつあります。
 そこには、未開拓の市場があるってことです。
 娯楽ゲーム漬けのクリエイターには気付けない市場があるってことです。

 今は詳しく書けませんが、某ゲームプラットフォームに、これまで見たこともないゲームの企画を持っていく予定です。
 ふふふ。
 それがどう結実するか、お楽しみに。

 
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2008.10.21 11:10


 いきなりですが、僕の読書タイムはトイレです。
 で、いま、読んでいるのは小室直樹さんの『論理の方法』という本です。

 その本に、「予定説」と「因果律」という言葉が出てきます。

 「予定説」とは、あの人が言えば、それはすべて正しいと考えること。
 そこには「なぜ」という問いかけはなく、そういうものだと受け入れてしまうことです。

 それが本当に正しいかどうか、その人が善人か悪人かという判断より先に、その人が言っている以上、それは正しいものだと受け入れてしまうことを意味します。

 いわば、「理屈じゃない、信じろ!」と迫られて、「ははー!」と頭を下げるような感じで、真理の是非の前に、その人の存在の前でひれ伏してしまうこと。

 何が正しのかを決める判断の主体は、その人以外にないのだから、自分は考えない(考えてはいけない、考えなくていい)という行動規範なんですね。

 一方、「因果律」は、前述の「予定説」とはまったく違って、「その人が正しいことをするから信じる」という具合に、相手とその行動を見る側が主体的に善悪や真理を探す(決める)ことを意味するのです。

 これは、魔法と手品の関係に似ていますね。

 非科学的・非論理的な魔法でも、それを信じていられるなら、予定説。
 そこに、科学的な因果関係を探し、客観的な真理を求める主体となろうとすれば、それはちゃんとタネのある手品になりますから、それは因果律というわけです。

 さて、なんでこんな話をしているかといえば、現代日本のような格差社会であっても、国全体では貧乏でもなんとか生きていける程度の「そこそこ満足」という感覚で生ぬるく生きられる時代の場合、人はものを真剣に考えるチャンスに乏しいといえるのです。

 すると、どうしても平安無事な生活の中で、多くの人は知らず知らずのうちの「予定説」のように、社会に対して主体的に考えるチャンスを奪われているような気がするのです。

 逆に、格差社会の末端で、今日の飯の調達にも困っているような、たとえばホームレスの暮らしを見ると、湘南の海岸近くの森を違法占拠して住み込んだり、自家発電装置を調達してくるなど、自分で知恵を働かせて生きていくことを学ばざるを得ません。

 人は追い詰められてこそ、主体的にものを考え、知恵をひねり出そうとするわけです。

 どうすれば、毎日残飯をあさらずに済むのか。
 それには、自家栽培で野菜を育てたほうがいいい。
 それなら、コンクリートジャングルの路上よりも、森林の密生地が好都合だ。
 自分の生活の快適さを求めるなら、それができる土地に移動しよう。

 そこには、一つ一つの行動が現状分析から論理的に因果関係にある結論を導き出そうとする営みが見られます。
 こうなると、因果律の行動規範そのまんまですね。
 誰かの言葉をうのみにするのではなく、自分自身にとって気持ちよい方向へ主体的に考え、行動するわけですから。

 で、日本人の多くは、この「予定説」と「因果律」を状況に合わせて使い分けていることに鈍感です。

 自分の努力で五輪で金メダルをとっても、天皇の前では「あなたのために頑張りました」と言う。
 平時は「因果律」でも、非日常的な場面では「予定説」になる。

 これが多くの日本人の特質だと、小室さんは再三指摘しているわけです。

 『論理の方法』を読むと、これまで教科書ではよくわからなかった日本史も、よくわかるようになります。 
 それは、日本人自身が日本人とどう付き合えばいいのかを理解する大きなヒントになるかもしれません。

 お勧めです。
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2008.10.17 08:30


 先日、あるNPOの若者たちとお話する機会がありました。
 彼らは、ある社会的弱者を支援するために活動しています。

 そこで、ある学生スタッフが「一生、この支援活動を続けていきたい」と言ったのを聞いて、僕は違和感を覚えたのです。

 一生を賭けて活動を続ける覚悟があるといえば、聞こえはいいですが、それは同時に支援される側の問題が延々と続くことを意味します。

 そこには、「〆切」という感覚がないように僕には感じられたのです。

 社会的課題を解決するには、数値目標が必要です。
 でないと、活動を支える経費を賄うための寄付も集めにくいからです。

 たとえば、「100万円あれば、ホームレスを1年間で10人就労させることができます」と聞けば、1万円くらい出してもいいかなと思う人はいるかもしれません。

 しかし、「ホームレスのために寄付してください」とか、「こんなにホームレスは大変ですから支援金をください」と言われても、そのお金をあなたなら出しますか?

 やはり、自分の財布からお金を出す以上は、自分のお金が実際に何に使われているのか、そのお金が有効に使われるための担保は何なのかを知りたいと思うはずです。

 それには、上記のように「100万円」「1年間」「10人救う」といった数値目標と〆切を明らかにしてもらえないと、さすがに私費を出す甲斐を感じないでしょう。

 これは、企業から寄付を集める際も同様です。

 「こんなに悲惨ですからお金をください」と人情だけに訴えても、それは路上のホームレスに投げ銭するようなもので、持続的で安定的な経済支援にすらならないわけです。

 そこには、支援する側と支援される側の「対等な関係」もないのです。

 対等であるなら、お金を支援される側から支援する側へも「与えられるもの」がないと、おかしいです。

 それは、「ありがとう」という言葉のようなあいまいなものではないはずです。

 支援される側も、自分たちが「おめぐみ」されるばかりでなく、何かを提供できるだけの価値ある存在であるという誇りあるパートナーシップを求めているはずなのです。

 対等なパートナーシップとは、お互いに自分の力だけでは成り立たないものを補い合う関係を意味します。

 そうだとしたら、短中期目標として、支援する側と支援される側との間に目標と〆切を分かち合い、そのための努力を続けることで成果と達成感を共有しようと動くのが健全なパートナーシップに基づくものといえるでしょう。

 先日、あるNPOが寄付を受けていた企業の経営破たんによって活動資金の調達ができなくなり、活動継続のための資金を提供してもらえるよう、ホームページから緊急カンパを訴えていました。

 これは、路上のホームレスが「おめぐみください」と言っているのと同じです。

 支援される側からの声として、自分たちも自分たちの自立のためにこれだけのことをしているが、それだけでは解決が難しいから、こうした支援が欲しいという声明を、支援する側と一緒に発表していたなら、少しは寄付を理解する人も現れるかもしれません。

 しかし、その「支援される当事者の声」がないと、お金を出しにくいのが当然でしょう。

 もし、あなたが社会的弱者を救いたいと考えるなら、弱者自身ができることと、できないことを活動を知らない一般市民に理解できるように明らかにする必要があるのです。

 そして、そこには「いつまでに」「何を」達成するために活動するのかについて、支援を求める当事者と共有している目標を明示することが不可欠なのです。
 
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2008.10.14 10:05


「なぜ、社会起業について取材しているの?」

 そう質問されることがあります。

 理由はいろいろありますが、たぶん少年時代のこんなエピソードが
尾を引いているのかもしれません。

 僕が中学時代、校内暴力の風が吹き荒れていました。

 ヤンキーの男の子たちは、当たり前のように学ランの
胸ポケットにナイフを忍ばせていました。

 僕はそんなことはしませんでしたが、あるとき、番長と喧嘩せざるを
得なくなりました。

 結局、僕はケンカすることになったんですが、それ以後、僕と番長は
仲良くなったわけです。

 文字通り、命がけで向かっていけば、相手はビビります。
 そういう勇気の引き出しが自分にあることは、今でも僕の誇りです。

 しかし、番長と付き合ううちに、学業成績が悪いだけで教師からにらまれ、
学校や町内でもつまはじきされるような目で見られる彼や、彼の取り巻きには、
将来への希望も、自力で夢をつかんでいく自信も、進学するお金を出せる親も
なかったわけです。

 僕は中学時代に、「格差社会」を肌で感じ取っていたのです。
 公立中学校に行かなければ、気付かなかったことでしょう。

 僕自身、小学校5年生の頃までは勉強がさっぱりできなかったので、
勉強ができないだけでせせら笑うような空気が嫌でした。

 中学に入ると、せせら笑いをするような連中よりも
段違いに成績が良くなったのですが、
べつにそういう連中を軽蔑する気も起らなかったんですね。

 むしろ、かつての自分と同じように勉強ができないだけで少しずつ
社会のルールの外側へ追いやられていくヤンキー連中の居場所の無さを
自分の痛みのように感じていました。

 自分は成績が良くなるだけで学年トップになり、先生にちやほやされる
存在になったけど、どうしてもそれができずに学歴社会から落ちこぼれ、
高収入の得られる人生へありつけないと絶望してしまう一群がいる。

 彼らを無視して、自分だけ優秀な成績を武器に社会に出ていくこともできるでしょう。

 周囲が優秀な連中ばかりになれば、社会全体には弱者がいることも忘れて、
周囲に負けないように頑張るのが当たり前だと思って、つぶれない会社をめざして
頑張り続けるのでしょう。

 そして、会社に入ったら今度は「世間並み」あるいはそれ以上の暮らしを求めて
また頑張るのでしょう。
 自分だけの幸せを求めて。

 いやなことに目をつぶって、そのうちに忘れてしまえば、現実には存在していても
無かったことになります。

 自分だけの幸せを求めるとは、社会的弱者の存在や価値さえ無視することと同じなのです。

「それで、自分に誇れる人生になるんだろうか?」

 そういう自問を僕はずっと自分に突きつけてきました。

 番長は深夜にバイクで僕に勉強を教わりに来るような可愛いやつで、
なんとか高校に入りましたが、社会の底辺で彼がその後に味わった苦しみは
想像を絶しました。

 詳しくは書かないけれど、僕は自分だけ頭の良い高校に行って、
当たり前のように大学進学を目指していいんだろうかと、ずっと思っていました。

 大人になってみるとわかりますが、良い大学に入れば選択肢が増えるというのは
大人の方便であり、鉄板の真実ではありません。

 むしろ、確かな職業技術を持っている人間こそが食いっぱぐれないわけです。
 必ずしも学歴はものは言わないし、低学歴でも社長として成功している人もいます。

 社会起業家には、そのように自分の学歴キャリアを放り投げても、社会的弱者に
チャンスを与えたいという強く思える人間こそがなれるのです。

 君には、そう思った経験がありますか?
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2008.10.10 11:14

 NHK総合テレビで「CHANGE MAKER」(10月10日00:10~00:40)を見ました。

 次のレギュラーを目指す単発の試験番組で、ビジネスを通じて社会問題の解決を試みる2人の社会起業家を紹介するものでした。

 NHKは2006年には既にBS1「世界のドキュメンタリー NEW HEROES」で海外の有名な社会起業家を紹介し、今年からは教育テレビの番組「福祉ネットワーク」で日本国内の社会起業家を何度も取り上げてきました。

 おそらく反響が良かったのでしょうね。

 「CHANGE MAKER」では、「金を儲けて戦争を止めよう」を合言葉に食用ペーストを売る「ピースワーク」社のユダヤ人社長をまず紹介していました。

 フランスパンに塗って食べるペーストの原材料をパレスチナから仕入れ、イスラエルで加工することで、両者の国民に仕事を与え、製品をアメリカなどの先進国で販売しているのです。

 両国間は紛争状態にありますから、ビジネスを続けても、テロが起きて両国間の行き来が難しくなります。

 そこであきらめて撤退しようとする社長に、両国の国民とも「2倍テロが起きても私たちは2倍働くから辞めないでくれ」と言ったそうです。

 つまり、両国民は互いに相手の存在なしには自分の生活が脅かされることを知ったんですよ。

 安定した仕事を作り、守るだけでも厭戦気分は高まるってわけです。

 飢えや失業の前には、戦争も宗教対立も色あせる。
 そういうことを知らしめる意味でも、これは戦争を食い止める画期的なビジネスですよね。

 消費者は、こういう会社の製品を買うだけで中東紛争を食い止めるお手伝いができるんですから、これは素晴らしい!

 関連記事は、ここにも、ここにもあります。

 さて、まだまだNHKはやりますよ。

 来る10月13日月曜日と14日火曜日の20時から20時半に放送されるNHK教育テレビの番組「福祉ネットワーク」のテーマは、「社会起業家の挑戦」です。

 この2夜連続の番組において、第1夜となる13日の放送では、「カンボジアに"自立"のチャンスを」をテーマに、「アンコールクッキー」の小島幸子さんの活動が紹介されます。

 また、第2夜となる14日の放送では、「カンボジアの農村を救いたい」をテーマに、「かものはしプロジェクト」の村田早耶香さんの活動が紹介されます。

 再放送の予定は、 10月20日(月)・21日(火) 13時20分-13時50分。
 みんな見てほしいな。
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2008.10.09 15:12


 最近、世界同時不況だの、汚染米だのと暗いニュースが続いたので、ノーベル賞の日本人受賞が4人も出たのは、明るい話題でしたね!

 明るいニュースは、人を幸せにします。

 そこで、こんなブログを新設してみました。

☆元気になれるニュース
http://ganbarow.blogspot.com/

 何気なく聞いてみた音楽が、とても心を明るくさせてくれたり、やさしい気持ちにさせてくれたりしますよね。

 だから、そういう音楽ネタを心が動いた後に、みんなとシェアしようと。

 音楽ばかりでなく、心が軽くなるようなニュースもリンクし、いずれは少しずつ「明るくなれる本」なども紹介していこうと思います。

 ネタには必ずアフィリエイトリンクをつけています。

 学生の時は生活費など考えないかもしれませんが、社会人になると、ただ遊んでいるわけにはいきません。

 何もしないと1銭も入らない自営業者なら、なおさらです。

 なので、amazonアフィリエイトリンクをつけて、その音楽を気に入ってくれた読者の方が、その音楽を買ってくれたら、その収益の一部(3%程度)が、元気になれるネタを紹介した僕に入る仕組みを作ったわけです。

 自分も元気になり、その気持ちを人とシェアするというアクションにお金が払われる。
 そういう収益の作り方があってもいいように思うのです。
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2008.10.07 09:13


 連日、NHKの国会中継を見ているんですが、自民党VS民主党の一騎打ちに焦点が絞られているような構図に、違和感を覚えています。

 そもそも、国会って何をするところ?

 政党が自分のえらいところを自慢をするところじゃないですよね。
 今の国にとって、より大事なことをみんなで「決める」ところです。

 何を決めるのか?

 法律です。

 では、なぜ予算編成の話をするのか?

 法律の運用には人件費などの経費がかかるので、それを国民が働いて貯めた税金によってその経費を賄うためです。

 つまり、より少ない予算で最大の投資効果を生むための方法を議論し、「決める」わけです。

 この「決める」ということが、ねじれ国会の場合、衆議院で可決されても参議院では否決され、再度、衆議院で決定するという時間のかかるあり方になっているわけです。

 これは、与党と野党の人数が拮抗しているためで、2大政党制を事実上、実現しているという向きもあります。

 しかし、重要法案をこのプロセスのまま「決める」というシステムは、本当に時間がかかってしまう。

 たとえば、年金。

 日本人の平均寿命は80歳ですから、何年も年金不払いの実態解明に時間をかけてしまったり、正当な額面の年金を受給できないままだと、結局、高齢者の方々は年金をまともに受け取らないまま、続々と亡くなってしまいます。

 毎日のように有名人の訃報が続きますよね。
 今日も、俳優の緒方拳さんが70歳過ぎで亡くなったという訃報が入ってきました。

 年金は、より若い世代から徴収された現金で受給資格のある高齢者に配分されているわけですが、この受給資格を得るためには自ら年金を支払っておくという義務を果たしてきたわけです。

 しかし、国家は正当な額面を支払わずに、高齢者を死なせてしまっています。
 これでは、より若い世代が国家を信用できずに、年金を払いたくなくなるのも道理でしょう。

 それによって、どんどん年金が支払われない時代が続くかもしれないのです。

 そこで、一つの提案。

 政治家や、彼らが信頼してきたシンクタンク(頭脳集団)が政策の実現ができないなら、もっとまともな政策、つまり与党も野党も納得せざるを得ない政策を打ち出せるような仕組みを作ればいいのです。

 それは、ひとつ前のブログに書いたグーグルのように、政策を公募するのです。


●プロジェクト 10の100乗

 これは、より多くの人を幸せにするアイデアを世界中から集めて、グーグルがその実現資金を提供しようというGoogleのプロジェクトです。

 そこで、たとえば、政治家によって何でも法律にして税金を奪われるよりは、政策をもっと安く実現できる能力を持った社会起業家に投資して仕事をさせるというアイデアを拾うのです。

 法律になるということは、税金がかかるということです。
 実際には、政府筋、官僚筋の団体を通じて仕事をさせてきた仕組みを、社会起業家に譲渡するのです。

 何でも政治的解決を図ればいいのではなく、社会起業家に任せて税金を浮かせるという方法もアリだと思うのです。

 既に、イギリスやアメリカなど欧米諸国は、10年前から福祉や教育などでは社会起業家に仕事を任せることで、政策を運営するための税金を浮かせています。

 日本も、そういう傾向がどんどん強まっていけば、800兆円もある国の借金をハイスピードで帳消しにできるでしょう。

 日本では今、続々と社会起業家が生まれ、若い世代を中心にビジネスによって社会問題を解決しようとする動きが顕著になってきています。

 ただ自分の生活のためにだけ働くのではなく、国税では守られない社会的弱者を救うために立ち上がった人が全国各地に同時多発の集団決起のように増えているのです。

 その証拠は、拙著『社会起業家に学べ!』(アスキー新書)をご覧ください。
 
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2008.10.03 10:23


 Googleが、すごいことを発表しました。

●プロジェクト 10の100乗
http://www.project10tothe100.com/intl/JA/index.html

 これは、より多くの人を幸せにするアイデアを世界中から集めて、グーグルがその実現資金を提供しようというプロジェクトです。

 概要は次の通り。

「Google が選出した 100 のアイデアの中から、最終選考に進む 20 のアイデアを投票で決めます。
 その後、専門の選考チームにより最終的に 5 つのアイデアが選出されます。
 Google ではプロジェクトの実現資金として 1,000 万ドルを提供します」

 すごくないっすか!
 1000万ドルというと、10億円規模ですよ!

 5つの最終アイデアで分配しても、1人に2億円程度をグーグルが渡すことになり、その「幸せにするアイデア」を実現してしまおうってわけです。

 〆切が近いので、興味を持ったら、速攻でアイデアを応募する必要があるけれど、ものは試しと思って、10代でも、中高年でも、障害者でも、主婦でも、学生でもどんどんアイデアをこの機会に公開してしまうといいと思うんです。

 この選考には、アイデアの参考資料の一部としてYoutube動画にアップするという手段があります。

 より多くの人を幸せにできるアイデアを30秒の動画にしてわかりやすく表現しておけば、仮に最終選考に選ばれなくても、あなたのアイデアについて「わー、すてき!」と思った誰かが実現してくれるかもしれません。

 ネットでコンテンツを共有できる時代には、自分一人では実現できないアイデアでも、それを知ったべつの誰かが実現してくれる可能性があるのです。

 僕もいくつかのアイデアを提出してみようと思います。

 あなたもいかがですか?
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