2008.08.29 03:36


 僕はここのところ、「社会起業家」のことばかり、ブログでも雑誌でも本でも書いているわけですが、政治や行政が解決できない社会問題の解決にビジネスの手法を使って取り組んでいる彼らにも悩みはあります。

 その一つが、市民を味方にするために、自分たちの取り組んでいる社会問題の一般への認知を広げていくことなんですが、社会起業シーンには、どうしても市民運動とビジネスという両面を往復するばかりで、ふつうの人と上手につながることが忘れがちになっている傾向があるんですね。

 もちろん、社会問題の解決にまじめに取り組んでいるからこそ、なかなかふつうの人たちの生活まで関心を持つ余裕がないのかもしれません。

 しかし、ふつうの市民からの理解を得たいのであれば、ふつうの市民がどんな暮らしをしているかに関心をもつのは当然でしょう。

 もっと端的にいえば、ふつうの人たちがふだんのくらしの中でふれるメディアに出ていくことが大事だろうと思うのです。

 それは、テレビや新聞といったマスメディアだけではなく、映画や音楽、演劇やアート、マンガやアニメ、本などの娯楽も入ります。

 ところが、なかなか、社会起業家は自分たちの活動がそうしたふつうの市民のアート・コンテンツになっていけることを知りません。

 僕はその突破口として、社会起業家の仕事をドラマティックに描くマンガの原作を手掛けたいと常々思っています。

 いま、目を引く新鮮なドラマがある働き方は、社会起業のように公益のために汗を流し、助成金を取り付けるだけの社会的成果を上げている人たちくらいです。

 たとえば、バングラデシュでジュートという麻を使ったおしゃれなバッグを作り、日本で売っているマザーハウスの山口絵理子さんの起業に至るまでの奮闘ぶりは『裸でも生きる』(講談社biz)という自叙伝で明らかにされていますが、これはまさにマンガそのものです。

 読んでみれば、実録マンガとして成立する条件がいっぱいあるとわかるはずです。
 それをマンガ雑誌を発行している講談社が漫画化しないのは、とても残念です。

 他にも多くの社会起業家がいて、それぞれにドラマチックな起業、斬新なアイデア、ユニークな働き方など、マンガになりうる魅力が満載です。

 ぜひ、社会起業家自身が漫画化に動けなくても、自叙伝を書いてマンガ編集部や、漫画家に売り込んでみれば、0円で宣伝できるか、原作権があれば、印税をもらいながら広報することができるでしょう。

 せっかく苦労してみんなのために社会問題の解決をしているのですから、それをマンガや映画のようなポップなメディアでふつうの市民の届く場所へ知らしめてほしいように思います。

 もちろん、売れているシンガーソングライターやロックアーチストに歌を作ってもらうのもいいかもしれませんね。

 その印税の一部を社会問題を解決する活動原資に充当させられるような時代が来たら、きっと日本はもっと楽しい国になるような気がするのです。


 
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2008.08.26 00:13


 自殺志願者に「生きろ」とは、簡単に言えない…。

 そんな趣旨の記事を、NHK福祉ネットワークの特設サイト「自殺と向き合う」に書きました。
 「死にたい」という人に「生きていてほしい」というのが精いっぱいの人に、自殺対策のほんとのところを知ってほしいからです。

 これまでの自殺対策は、精神科医療に問題解決を預けるか、地域で連携して支援できる人間関係を作っていくか、「いのちの電話」などの支援団体に任せるかというもので、それらにお金を投じれば何とかなると考えられていました。

 しかし、ここ10年、日本の自殺者数は年間3万人台をキープしていて、劇的に減ってはいないのです。

 となれば、根本的に自殺対策が間違っていたと反省するのが、当たり前の反省でしょう。

 では、何が間違っていたのでしょうか?

 僕は、死にたい理由がそれぞれあるのに、その個々の事情に踏み込んで、一緒に解決を伴走できるだけの個人的な試みを軽視してきたからだろうと思います。

 自殺対策には、マニュアルがありません。
 死にたい理由はさまざまであり、当事者がうつ病でも、うつ病を治せば死にたくなくなるかといえば、そうではなく、死にたくなる誘因が親からの虐待であれば、親から引き離して暮らせるだけの手ほどきが不可欠なのです。

 ソーシャルワーカーがそこまで道筋をつけられるかといえば、なかなか難しいと思います。
 少なくとも、僕は自殺者の葬式で、ソーシャルワーカーが列席しているのを見たことがありませんから。

 こう言ったら語弊があるかもしれませんが、葬式に出る程度の深い人間関係を当事者と結ばない限り、死にたいという気持ちをほぐすだけの支援ができるとは思えないのです。

 「死にたい」と望む人に対して「生きてほしい」と言うのは、立派なエゴです。
 しかし、それがエゴでなくなるのは、「死にたい」とまで追い詰められているその人の問題を一緒に解決にまで導くという強い気持ちなしには難しいでしょう。

 そして、そういう強い気持ちがあると、支援する側の時間が奪われますから、支援する個人にこそ経済的な支援を取り付けることが必要だろうと思うのです。

 しかし、今日に至るまで、財団や国、自治体が、自殺者を食い止めるために日夜飛び回ったり、相談電話を受けては解決に走っている個人にお金を援助した、という実績を聞いたことはありません。

 ニートの社会復帰のための支援事業においても同じことがいえるのですが、何年も働いていないニートに人並みの職業技術を身につけさせたところで、すぐに雇用されるとは限りません。

 なぜなら、失業していたことはマイナスの履歴となり、採用される際に他の人と比べられるとハンデになるからです。
 労働意欲についても、マイナスの実績は「薄い」と見られがちです。

 ニートどころか、自殺を繰り返しているような人は、さらに社会復帰が厳しいです。
 たいていの企業は、そういう人を「危ない人」「怖い人」と考えて遠ざけがちですから。

 だからこそ、自殺したい人を救うには、伴走者が必要なんです。
 向かい風がどんなに強くても、一緒に闘ってくれる仲間が必要なんです。

 あなたはタダでそれができますか?
 僕には、もうできません。
 そんな体力もありません。

 だからこそ、自殺を誘引する社会問題の解決をビジネスの手法で取り組む「社会起業家」を応援することにしたのです。



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2008.08.25 23:47


 社会の仕組みが悪いせいで貧乏や失業、病気などを強いられている「社会的弱者」は、世界中にいっぱいいます。
 逆に、それほど生きることに困っていない人も、いっぱいいます。

 だったら、「生きることに困ってない人」が社会的弱者を救ってあげればいい。
 僕は自然にそう思うのですが、現実はそう自然に思う人は決して多くはないようです。

 たとえば、「アフリカでHIVウィルスをもったまま生まれてきた子どもがいます。ぜひ支援してください」と言われたとき、自分とのかかわりがよくわからず、結果的に無関心を装ってその場から離れたくなる、ということはあるでしょう。

 他にも、「ニートを支援して社会復帰につながる活動をしています。その活動を手伝ってくれませんか?」と言われた場合も、やはりそれだけでは自分がかかわる意味がよくわからないということもあるでしょう。

 社会問題は国内外に山積みであり、無差別テロ、年金問題、減らない自殺者、子ども虐待、失業対策など、数え上げればきりがないほど多いので、目を覆いたくなる気持ちもわからないではないのです。

 世界中に社会的弱者はいっぱいいて、深刻な社会問題が毎日のように新聞やテレビなどで報道されている今日、そのすべてに責任を感じていては、身が持たないのも道理なのです。

 しかし、そうではあっても、社会問題というのは自分から遠い出来事ではないのです。
逆にいえば、自分とは無縁のように見える問題もどこかで自分とつながっているからこそ、どこか生理的に放り出したくなるような重さを感じるのではないでしょうか?

 僕自身、すべての社会問題に付き合っていたら、生きていけません。
 それでも、自分が見過ごせないと思ったことは、自分の無理なくできる範囲で支援をしたいと思うのです。

 この「無理なく」というのがポイントで、ほんの少しの支援を無駄なことと思わず、たとえば、支援したいNPOやNGOの団体のサイトを自分のブログで紹介してあげるだけでもいいと思うのです。

 そして、自分が「どうしても見過ごせない!」と思った社会問題についてだけは、その解決のために日夜働いている社会起業家を探し、活動を手伝ったり、広報してあげたり、あるいは自分で解決できるビジネスを始めるなど、アクションを始めたらいいと思うんです。

 あるホームページで、こんな言葉を見つけました。

「先進国に住む私たちの心の飢餓が、世界の飢餓をつくりだしている」

 あなたは自分自身の心を満たすことばかりを考え、自分が救えるはずの社会的弱者の苦しみについては忘れていいと、本当に思っているのですか?

 違うはず。
 僕はそう思いたいのです。

 元ビートルズのジョン・レノンは、「imagine」でこう歌いました。

「僕は一人じゃない。
 君もいつか仲間に加わってほしいな」
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2008.08.22 02:46

 たまには、音楽の話をしましょう。
 音楽は、弱者のもてる一番安い希望だからです。

 ここ数年、僕はユニバーサルな音楽というものを考えながら、流行歌を聞いています。
 ユニバーサルとは、人類普遍なもの。
 国籍も文化も歴史も言語も超えて、どこの誰でも「いいなぁ」と感じうる音。
 そんな音が作られる時代が既に始まっているような気がするのです。

 そもそも、音楽には、冠婚葬祭などの儀礼や、収穫祭や農作業などの生活、戦争や政治などの中から自然発生的に生み出されたという歴史があります。

 世界の民謡を見ても、牛追いの歌があったり、花を摘む歌があったり、もちろんラブソングもあります。

 しかし、そうした土地に根差した土着の歌が多くの人に受け入れられていた時代から、20世紀に入ると蓄音機が誕生し、レコードという複製音楽が商品化されるにつれ、「音楽のグローバル化」が進みました。

 気がつけば、どこの町にもネット上にも商品化された音楽があふれ、国内外の音楽を自由に選べる時代になってきました。

 こうなると、同じ時代や同じ国に生まれていたとしても同じ歌を歌う機会は減り、同じ流行歌をみんなで歌うことは、他人とのあいさつ程度に「抑えておくもの」になり下がり、いつもは個人的に好きな楽曲にはまるということが当たり前になってしまいました。

 そうした中で面白い傾向も生まれてきているように思います。
 それは、どこの国の音楽であっても、自分が好きならそれでいいというリスナーの感覚です。
 端的にいえば、どの言語で歌われていても、そのアーチストがインディーズであろうとなかろうと、好きな音楽ならかまわない、というわけです。

 そこで、下記の映像を見てください。
 日本では、まず知られていない「キューティーパイ」という2人組(※現在は3人組)が自分たちで作った歌を、サビだけ、リスナーであるドイツ人に合わせてドイツ語で歌っています。

http://www.youtube.com/v/bH9PhhceJYw&hl=ja&fs=1

 そういえば、日本の仙台を本拠地に活動しているバンド「モンキーマジック」も、カナダ人兄弟と日本人2人の混成バンドで、日本語と英語の両方を歌詞の中に入れ込んでいます。

http://www.youtube.com/v/JDAm9Bz1E8w&hl=ja&fs=1

 「ハイブリッド・バンド」などとも呼ばれてますが、彼らの音楽は日本以外でもリスナーを獲得しているらしいです。

 ちなみに、ゆらゆら帝国というバンドも、ニューヨークで日本語で歌うライブが受けて、ライブ盤を現地のレコード会社から発売するなど、言語を超えた受け方をしています。

 そもそも、音楽に乗っている言語の意味などは、音楽の魅力であるグルーヴの次の次くらいに必要なものかもしれませんが、一部だけでもリスナーの理解できる言語が含まれているだけで、ミュージシャン側が伝えたいフィーリングは伝わるというものでしょう。

 そのぐらい、すでにいろんな音楽が20世紀の間に世界中に流通し、ロックはアメリカの専売特許ではなくなり、テクノポップも日本の専売特許ではなくなったというわけなのです。

 みんなが自分の好きな音というものを知っている世界。
 そこには、国境も言語の違いも関係ないってわけです。

 でも、だからこそ、母国語では理解できないリスナー向けに一部でも相手の言語を混ぜてあげながら、独自の音楽世界を聞かせていくというモードが支持されていくのだろうと思うのです。

 それは、国境や地理、お国事情や文化などを超えるための約束のようなものです。
 言い換えるなら、個人的なフィーリングをどんな人にも伝えられるようにするための変換プラグのようなものです。

 そして、そうした配慮が目指す先は、自宅パソコンからネット上にアップした音源が、世界のどこかにいる誰かが支持するという音楽の流通の面白さを実現し、「私の痛みはみんなの痛み」といえるだけの回路を作るという音楽の新しい方向性なんだろうと直感するのです。

 私の痛みは、君にも理解できる「みんなの痛み」。
 それが目指される時、私は(ふだんは周囲から疎外されていようとも)決して孤独ではない。
 そうした希望的観測に基づいたポップソングを、僕は「ソーシャルポップ」と呼んでみたい気がするのです。

http://www.youtube.com/v/PLiM1MFpBEY&hl=ja&fs=1

 かつて、YMOという日本のバンドが、「テクノポップ」という音楽の新しいジャンルを世界に発信し、「世界中のマイノリティ(少数派)のみなさんへ」と呼びかけ、音楽のジャンルとして世界的な認知を受けたように、「ソーシャルポップ」はやがて当り前のジャンルになっていくのかもしれません。
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2008.08.20 16:31


「サッカーボール1個を貧しいアジアの子に贈ったところで、何も変わらない」

 そう思う人がいるかもしれません。

 でも、サッカー通なら、世界のサッカー選手の多くが貧しい国の貧しい街の出身であることを知っているでしょう。

 サッカーは11人で1チーム。
 ボールが1個あれば、22人がゲームを楽しめます。

 草サッカーを楽しむ子どもたちの中から、将来のプロサッカー選手が出るかもしれないのです。
 その可能性は、カネも遊び道具も食事も満足にない子供たちにとって、一つの希望です。
 自分がプロになれなくても、一緒にゲームに興じた友達がプロになったら、それは、その街の人たちにとって大きな誇りでしょう。

 貧しいからって、希望がゼロになるわけじゃない。

 そう思えることは、今日1日を元気に過ごすために最低限必要な気持ちだと思います。

 もちろん、サッカー以外にも、野球やバスケ、映画俳優や歌手など、貧乏から脱出できるチャンスはいっぱいあります。

 しかし、そうしたチャンスに希望を感じるのも、ボール1個があるという現実を作り出すことから始まるのだと思います。

 いま、北京オリンピックを見ていても、同じ思いを感じることがあります。

 ボール1個がなくても、ただ走るだけで国民的英雄になれるかもしれない。

 アフリカの選手や南米、アジアなどの貧しい国の選手がアスリートとして国を代表して走る時、それは、国を背負う以上に自分自身と家族の生活を豊かにする少ないチャンスに賭けているのです。

 そんなことを思いながら、サッカーボールをカンボジアのこどもたちに贈ろうとしている「ゆるかも」の活動(一つ前の記事)に関心をもってほしいと思うのです。

 できれば、サッカーボールをメーカーから直接安く買って、メーカーにも趣旨を理解してもらって、より多くのボールが届けられるようになるといいですね。
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2008.08.19 21:21


 mixiというSNSのコミュニティで、こんなイベントの案内を見かけました。

 国際協力サークルの「ゆるかも」と申します。
 ゆるかもは、毎月第3土曜日に、「自分が楽しんで、しかも国際協力♪」がテーマのイベントを開催しています。その名も、サン(第3)ド(土曜)会!
 8月のサンド会はフットサルです。
 暑い夏に、一緒に思いっきり気持ちのいい汗を流してみませんか?
 皆さんの参加費の一部で、カンボジアの子どもたちにボールなど届けたいと考えております。皆様どうぞお誘い合わせの上お越しください。

■種目 フットサル
■日時 8月23日(土)【今回は第4土曜日となります】16:00~18:00 
※19時半から新宿で懇親会を行います。懇親会からのご参加もokです!  
■会場 西東京アスタジアム 西武新宿線田無駅より徒歩1分
http://www.ginza-de-futsal.com/tanashi/
〒188-0011 東京都西東京市田無町2丁目1番1号 アスタビル屋上
■集合 田無駅北口 15:40
■持物 運動靴、着替え・タオルなど(更衣室有)
■定員 先着20名
■参加費 学生1500円 社会人1800円


 このイベントに参加するだけで、つまりフットサルを楽しむだけで、カンボジアの子供たちにサッカーボールが届けられるという、ささやかな社会貢献なんですね。

 貧乏な国の子供たちは、サッカーボール1個を調達するのも大変なんです。
 そういう事実を多くの人に知ってもらおうという試みは、まさに元サッカー選手の中田英寿さんが「Take Action2008」と称してフットボールの試合を行い、観戦客に世界の社会問題の映像を見てもらうというソーシャル・ビジネスのカジュアル版と言えそうです。

 僕自身の著書『社会起業家に学べ!』(アスキー新書)も、買うだけで日本に社会起業家を増やすお手伝いができます。
 本の定価の1%が、社会起業家を育成・支援するNPO法人etic,に届けられるからです。

 このように、社会貢献は、それが正しいからやるというあり方から、「自分が楽しめることで自動的に社会貢献になる」というアクションへと変わってきているんですね。

 これを読んでいるあなたも、ぜひ「楽しみながらできる社会貢献」の仕組みを考えてみませんか?
 きっとゲームのように楽しい社会貢献を新たに生み出せると思いますよ。
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2008.08.15 03:03


 僕は、4年前から『高校教育』(学事出版)という月刊誌に連載記事を書いています。
 高校の校長先生・教頭先生しか読まないという、ある意味でマニア雑誌です。

 そこの次号の連載用に書いたネタが、ビジネスに関心のある高校生についてなんですね。

 というのも、今世紀に入ってから、地方大学を中心に高校生を対象にしたビジネスプラン・コンテストが盛んに開催され、一つのコンテストに3000人以上の高校生から応募があったりするわけです。

 いろんな大学で公募していますから、応募者はおそらく数万人に上るでしょう。

 日本全国で330万人の高校生がいるので、だいたい100人に1人、3クラスに1人くらいの割合でビジネスプランを考えるような高校生がいる計算になります。

 そして、彼らが考えるビジネスプランがまた面白く、コンテンストに上位入賞しているプランの多くは、なんと「社会起業」そのものなんです。

 つまり、今ここにある社会問題を解決するためのビジネスを作りだそうとしている高校生が既に現れてきており、彼らが大学に行く頃には、本気で社会起業を目指そうとするのかもしれません。

 実際、社会起業支援サミットの反省会で新規スタッフを募ると、さっそくやってきたのは、神奈川の高校に通う高校生2名でした。

 ただ、自分の生活を守るだけに働いたり、自分が稼げればそれでいいという働き方自体に魅力を感じないという世代が、確実に始まっているように思うのです。

 社会問題を解決しようとするとき、昔の高校生は政治家になろうとしました。
 そして、法律を作ったり、改めていけば、世の中は良くなると単純に考えていたのです。

 しかし、法律をほいほい作ることは、それだけ税金を使うということを意味します。
 国にお金のない今日では、国税による予算分捕り合戦の中で福祉や教育などの予算が度外視されやすいことは自明のことです。

 それに、そもそも法律さえ変えればいいというのは、早計です。

 社会問題を解決するには、国税に頼らずに市民の自分がまず解決のためのコストをどう賄うのかについて考え、寄付や収益事業などによる資金調達ができるのであれば、それを真っ先に解決コストの原資として考え、それで済むのなら法律はいらないとするのが、国税の無駄遣いを官僚にさせない方法でしょう。

 つまり、政治の力を借りなくても、世の中を変えていくことはできるのです。

 自前の収益事業をもって、社会問題を解決するためのコストをまかなう。
 まさに、それは社会起業そのものじゃないですか。

 そして、「社会起業」という言葉を知らないはずの高校生までが、そういう事業プランを自発的に考え始めたことは、この国にはまだ希望があり、その種はすでに撒かれ始めているということなんだろうと思うのです。

 わからない言葉があったら、辞書を開くよりも先にググッて調べる習慣のあるネット世代の高校生や大学生にとって、「社会起業」は当り前のように浸透していくでしょう。

 そういう雰囲気は、大人が作っているマスメディアにはまだ取り上げられていません。
 しかし、社会起業は世界的潮流であり、海の向こうでは当たり前に知られています。

 日本の高校生は、マスメディアに教えられることなく、社会起業に希望を感じ、当たり前のように社会起業を始めようとしているのです。
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2008.08.14 13:40


http://createmedia2007.blog88.fc2.com/

 今月、東京にイギリスのLGBTの若者たちがやってきます。
 日本の若いLGBTと交流するためです。

 LGBTとは、レズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスセクシュアルの性的マイノリティ(少数派)を意味する総称です。

 同性愛者、両性愛者は、ヘテロセクシュアル(異性愛者)が圧倒的な多数派であることによって不当な差別やいじめを受けることが珍しくありません。

 しかし、今日では芸能界でもふだんの日常でも、そういう性的少数派(略してセクマイ)を見かけたり、知り合ったり、友達の友達にいたりするなど、身近な存在になっているように思います。

 でも、当事者のセクマイさんたちは、やはり孤独を感じることが多いようです。
 そこで、上記のイベントでは、イギリスからLGBTさんたちが来日し、日本のLGBTさんと交流しようというものなんですね。

 田舎にいると、なかなか周囲に理解されないと悩む10代の当事者も少なからずいると思いますが、ぜひこの機会に東京でイギリス人はもちろん、日本のセクマイさんどうしのつながりを作ってみてはいかがですか?

 ちなみに、このイベントには僕の友人のレズビアンの女性が手伝っています。

 僕自身はヘテロセクシュアルですが、僕には同性愛者や両性愛者、トランスジェンダーやトランスセクシュアルの友人が少なからずいます。

 もし、これを読んでいる君自身がヘテロセクシュアルであったとしても、友人に孤独を覚えながら暮らしているLGBTがいたなら、ぜひこのイベントを教えてあげてほしいのです。

 メールで上記リンクを教えてあげることも、友情のしるし。
 その1個のアクションを大事にしてみてください。

 
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2008.08.12 17:55


 先週末、「社会起業支援サミット2008」を運営した社会起業家支援委員会(CCC)によるサミットの反省会が行われました。

 CCCは事務所を持っていない任意団体なので、サミット前の打ち合わせ段階でも喫茶店や早稲田大学の教室などを転々としていましたが、反省会でも東大の教室や市民ボランティアセンターの会議室を転々としていました。

 いずれ、事務所を持つかもしれませんが、家賃を払えるだけの事業をまだ作っていないので、0円で借りられるような場合に限るでしょうね。

 さて、反省会はスタッフ全員がそろうことができませんでした。

 なぜなら、サミット準備を進めるうちに、スタッフの中から「もっとソーシャル・アクションを起こしてみたい」という人が続々と現れたからです。

 でも、それはとてもいいことです。

 社会起業家を支援するというミッションを持つCCCにとっては、 団体の維持よりも、ソーシャルアクションを生み出すことのほうが、社会的に有意義なことだからです。

 公式サイトの制作・運営に動いていたスタッフは、地元・長崎でのソーシャル・アクションを起こしていくことに目覚めましたし、サミットの司会を務めた女性は「おむすび」を通じて食の安全や環境を考えるイベントの準備を始めました。

 サミットに参加した「こども盆栽」のアクションに感動したスタッフは、「ミニ東京」というキャリア・サポートのアクションの準備を始めました。

 サミットが行われてから2週間もたっていませんが、CCCはサミットを運営すると同時に、新しいソーシャル・アクションを生み出す培養基として機能したわけです。

 もっとも、サミットに参加してくださった社会起業家に対して支援するという当初の目的を果たすには、サミットが終わっても「宿題」が残っています。

 それは、主に5つあります。


(1)サミット来場者300人の個人データを社会起業家10団体に提供すること


 この個人データは、サミットへの一般参加者がメール予約を行う際に、その人の持っている人脈・資格・技能などを教えてもらったものです。

 これらが社会起業家に渡されれば、新たにスタッフを増やす際にも声をかけることができますし、社会起業家が新しいイベントや商品を作った際にメルマガでお知らせできるほか、活動資金になる寄付や賛助会員を増やすこともできるでしょう。
 なので、個人データを編集しておく必要があるんです。


(2)サミットで社会起業家たちがプレゼンした内容を動画でオンライン上にあげること

 当日、会場の大隈講堂(東京)に来れなかった人の中にも、10団体の活動を知りたい人はいっぱいいます。
 そこで、15分ごとのプレゼン内容を動画共有サイトにアップすることが事前に検討されていたので、ビデオカメラで撮影していました。
 ネット環境がない大学の教室での授業にも利用できるよう、DVDにして販売する計画もありますが、その前に肖像権の承諾が必要なので、そういうことも今後の課題になっています。

(3)「マスコミに取材されるための0円広報術」のレクチャーをDVD化して売ること

 これはサミットの日の午前中に早稲田大学の教室を借りて僕が行った無料レクチャーですが、東京までの往復交通費が2万円を超えてしまうような遠方の方でも必要だと思われるので、2~3万円の値段でネット通販によって売り出す計画があります。

 また、レクチャー内容は事前に原稿を書いていたので、そのテキストもPDFファイルによる有料ダウンロード販売を行う予定もあります。

 いずれも、収益の一部は今後のCCCの活動原資となり、寄付に依存しない活動ができるようにするための準備です。

(4)サミットまでに社会起業家10団体にインタビューした内容を公式webで紹介すること

 サミット本番までに、CCCのスタッフは参加する社会起業家10団体に独自のインタビューを行っていました。
 それを文章と画像で紹介することで、社会起業について何も知らない人や、当日来れなかった人たちにもわかりやすく社会起業家の仕事内容や面白さを伝えていくという支援を行います。

 また、インタビューを行うという経験は、スタッフ自身にも社会起業をよく知る経験になると同時に、新聞、雑誌、テレビ業界などのマスメディアに就職したり、マスメディアの仕事との違いを知るうえでも貴重な経験になります。

 社会起業家の言葉をうのみにするのではなく、「ふつうの市民」として疑問に感じたことを直接質問し、納得できることとできないことを実感していくことは、ジャーナリズムとして大事なことです。

 しかし、学生が行うインタビューだと、それが十分にできず、相手の言葉をうのみにしてしまい、自分の頭で検証することがないのです。

 そこで、インタビューした内容をプロの僕が編集し、プロの仕事としてコンテンツ化します。
 これは、学生の機動力と社会人の経験を合わせるシナジー(相乗効果)をCCCの原動力にしたいからです。


(5)寄付&web広告によって調達した20万円で学生スタッフの交通費などを精算

 これは、CCCリーダーの座間さん(大学生、18歳)が活動費用が困っていた経験から寄付などを募ったもので、調達できた20万円は、お金のない学生の足代や打ち合わせ飲食費などに支払い、サミットの収支をトントンにしました。


 このように、5つある宿題を今月末までに片づけるのが先決で、まだ9月以後にどんなことを実際に行っていくかについては、決まったものはありません。

 ただし、社会起業に対する国民の認知度が16%という低さをせめて32%にしたいという思いがスタッフ間にあるので、何らかのアクションは行っていくでしょう。

 しかし、この暑い夏に忙しさを増すようなことをしていれば、そのうち疲れてバテてしまいます。
 やっぱり、活動は「楽しく無理なくやりがいのあるもの」を目指したいので、スローペースでまったりと進めていくことになるでしょう。

 サミットの反省会には、横浜の高校生も新たに2人参加していました。
 社会起業について何かをしたい気持ちがあるようです。

 彼らが自発的に「こんなことがしてみたい」と言い出すとき、CCCは次の新たな展開を迎えるのかもしれません。
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2008.08.08 00:55

 「社会起業支援サミット2008」は、画期的なイベントでした。

 これまで、社会起業に関連するイベントは全国でもいっぱいありました。
 しかし、その多くは社会起業について「学ぶ」ものだったり、社会起業シーンについてあらかじめ詳しい方々の集まりでした。

 つまり、知っている人だけが参加するというもので、そういうイベントを延々続けてきたからこそ、「社会起業家」という存在は20年前からいるのに、「社会起業」という言葉を国民の16%程度しか知らないという現実を温存してきたように思います。

 「社会起業支援サミット2008」は、そうした従来のイベントとは違って、社会起業をまったく知らない「ふつうの市民」に開かれたイベントでした。

 実際、大学生はもちろん、主婦、団塊の世代、既存の企業の経営者、サラリーマンまで「ふつうの市民」が全国から大隈講堂に集まったのです。

 彼らの合言葉は、「なんか面白そう」でした。

 そして、サミットを運営する社会起業家支援委員会(CCC)の代表・座間さんのイベント制作のモチベーションも「社会起業家って面白いよ。だからまずは知ってほしい。そこからもっと面白い社会起業家が生まれてほしい」というものでした。

 「面白そう」

 この感覚を共有するために、全国から集結した社会起業家10団体のプレゼンテーションは、それぞれ個性のあるものでした。

 1団体15分間のプレゼンテーションなので、聞いていて飽きませんし、深く知りたいと思った参加者には、サミット終了後に団体ごとにカフェに流れてゆっくり話せる機会もセッティングしました。

 しかも、社会起業家が市民に広く支援を求めるにも、広報戦略が欠かせませんから、午前中にはマスメディアから取材されるための戦略について無料レクチャーを行いました。

 とくに、設立直後の新しい団体や地方で活動している団体、資金調達が潤沢ではない団体にとって、広報戦略を持つことは非常に重要です。

 なぜなら、どんなに社会的に有意義な活動をしていても、それが信頼のおけるものでなければ、市民は関心を持ってくれません。

 信頼を担保するには、第三者のマスメディアがその活動を検証した記事や番組を作り、世に問うという儀式が必要なのです。

 ところが、これまで社会起業家サイドでは、広告費をかけないのに、広報戦略(メディアへの効果的な売り込み)について学ぶこともなかったですし、マスメディアのほうでも社会起業家がどれほど社会的に有意義な活動をしているかについて不勉強(あるいは無関心)だったのです。

 ですから、このサミットでは、マスメディアからの取材はもちろん、取材しなくても、今後の記事や番組を作る参考として学びに来てほしいと訴え、報道陣の動員も呼びかけてきました。

 なので、読売新聞、産経新聞などで記事になったほか、いろんなメディアに載ることになったのです。

 メディアからの取材は、社会的に有意義な活動をしているからといって、自然現象のようにある日突然やってくる、というものではありません。

 メディア(報道陣)が取材したくなるような「ネタ」(報道価値)として適切な表現をもったプレスリリースを流しているのかについて戦略がないかぎり、「ただの宣伝」としてスパム扱いされることは必至です。

 だから、無料レクチャーを行ったわけです。

 このように、社会起業家に広報術を教え、その活動を支援したい市民と直接ゆっくり話のできるチャンスを提供し、webでも彼らの活動を知らしめるような「社会起業支援モデル」は、これまでなかったのです。

 もっと端的にいえば、ふつうの市民が社会起業を支援するという発想で運営されたイベントなど、これまでなかったのです。

 このイベントによって社会起業家団体はボランティアスタッフを増やしたり、寄付する賛助会員を増やしたり、メルマガ読者を増やすなど、有意義なサポートを得ることができました。

 その点で「社会起業支援サミット2008」は画期的なイベントであり、「社会起業」という言葉を広く知らしめ、ブロガーの中には「社会起業元年」になるイベントとして評す方も現れました。

 運営スタッフのCCCは、認知度16%を来年3月までに2倍の32%になるよう、新たなアクションを起こしていくようです。

 社会起業について3人に1人が知っていれば、その先はもっと加速度的に広まると思います。
 3人の友達が集まったら、2人「社会起業」を知らない人がいても、残り1人は知っているわけですから、説明してあげることができます。
 そうすれば、1人くらいはピンとくるでしょう。

 CCCは学生と社会人の混成チームで、既存の企業の経営者や有名人、マスメディアともつながっています。

 今後の活動は、オンライン&オフラインの両面で行われる予定ですので、ぜひ公式サイトをたまに覗いてみてくださいな!


☆社会起業支援サミット2008
http://www.cccjp.org/


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