2009.10.23 00:42



 若槻千夏さんが「インドに学校を建てるために」行った「セミヌードTシャツ」の販売収益によるチャリティが寄付先に断られたと発表された2月18日から、既に241日めです。


 しかし、このチャリティを番組で企画したTBSの番組ホームページには、まだ新着情報はありません。


 つまり、市民の善意で集められた「チャリティTシャツ」の売り上げ1200万円を、TBSは今日も宙に浮かせたままでいるのです。



 さて、TBSが問題を解決しないまま、200日間以上も視聴者にうんざり感を与え続けている一方、世の中には今より少しでもマシな時代状況を作り出そうと働く人たちが一部で増えてきています。



 出版でも、社会貢献はできます。

 僕の2冊の新刊も、親から虐待されて家にいられなくなった子どもたちを預かって育てている自立援助ホームに印税のうちの10%を寄付することにしました。



 詳細は、こちらのサイトをご覧ください。



 2冊の新刊とは、『日本一醜い親への手紙』の復刻版と、新たな手紙集『パパとママからのラブレター 生まれてくれて、ありがとう』です。



 『日本一醜い親への手紙』は、親から虐待されて育った人々から公募した手紙を100編選び抜いて編集した本です。



 なぜ、今回この本を復刻するのか(※3部作シリーズの1,2から100本を厳選)。

 それは、子ども虐待が増えているからです。


 全国の児童相談所が受け付けた児童虐待相談の受付件数は、『日本一醜い親への手紙』が初めて出版された1997年(平成9年)当時、5352件でした。

 ところが、2008年(平成20年)には、42.662件(※厚生労働省雇用均等・児童家庭局総務課調べ)。


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 この11年間で児童虐待の相談件数は、実に約8倍も増加したのです。


 親自身が「自分がしていることは虐待かもしれない」と認知し、子どもも「自分がされていることは、虐待かもしれない」と気づくために、虐待された当事者からの実例を集めた本書は、その絶好のアイテムになります。



 虐待防止キャンペーンのアイテムとしても有効ですし、学校の「命の授業」にも最適です。

 団体による一括購入をお勧めすると同時に、図書館や学校(保健室)へ寄贈すれば、今まさに虐待されている子どもを救うことができるかもしれません。



【内容の一部が動画でわかる購入予約サイト】

http://www.createmedia.co.jp/yoyaku.html



 ぜひ、趣旨に共感いただきましたら、上記へのリンクをあなたのブログやmixi日記などに貼ってくださると、ありがたいです。


 よろしくお願いします!




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2009.10.16 09:04



 若槻千夏さんが「インドに学校を建てるために」行った「セミヌードTシャツ」の販売収益によるチャリティが寄付先に断られたと発表された2月18日から、既に234日めです。


 しかし、このチャリティを番組で企画したTBSの番組ホームページには、まだ新着情報はありません。


 つまり、市民の善意で集められた「チャリティTシャツ」の売り上げ1200万円を、TBSは今日も宙に浮かせたままでいるのです。



 さて、TBSが問題を解決しないまま、200日間以上も視聴者にうんざり感を与え続けている一方、世の中には今より少しでもマシな時代状況を作り出そうと働く人たちが一部で増えてきています。



 その中の一つに「社会起業家」の活動がありますが、11月21日の午後から翌22日午後3時に、京都の廃校になった小学校を利用した施設に泊まり込んで、社会起業家になりたい方向けの講座を1泊2日で行います。



★「綾部里山交流大学2009」11月講座

http://www.satoyama.gr.jp/topix/2009/07/200911.html
(※講座内容を具体的に追加しました)


 ぜひ、興味のありそうな方に上記リンクを教えてあげてください。

 mixi日記やブログ記事などで書いていただけると、うれしいです。



 たまには、僕自身の近況も書きますか。


 来月(11月)に、今年初めての新刊が毎日コミュニケーションズ新書(MYコミ新書)から出ます。


 タイトルは未定ですが、草食系男子に見る「奪われた性欲」をテーマにしたもので、草食男子を手放しには肯定できないという趣旨のものですが、草食男子を自認する担当編集者とあれこれ相談しながら原稿を書き直しています。



 それと、社会起業に関する漫画の原作を延々と書いています。

 マンガ原作、もしくはフィクションを仕事で書くのは初めてなので、いろいろ考え込んでしまうことが多く、なかなかものになりません。



 それでも、家にこもっていたところで何も生まれないので、久しぶりに都内に飲みに出ようかと思い、今日(金曜日)、新宿3丁目あたりのバーにしけこむ予定。



 僕を直接お知り合いの方は、ケータイでも鳴らして、合流してくださいな。



 今日は、午後1時頃までは在宅で社会起業のマンガ原作を執筆しつつ、新刊企画書も準備しつつ、酒飲みの時間を楽しみにしています。



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2009.10.02 18:31



 若槻千夏さんが「インドに学校を建てるために」行った「セミヌードTシャツ」の販売収益によるチャリティが寄付先に断られたと発表された2月18日から、既に220日めです。


 しかし、このチャリティを番組で企画したTBSの番組ホームページには、まだ新着情報はありません。


 つまり、市民の善意で集められた「チャリティTシャツ」の売り上げ1200万円を、TBSは今日も宙に浮かせたままでいるのです。



 さて、TBSが問題を解決しないまま、200日間以上も視聴者にうんざり感を与え続けている一方、世の中には今より少しでもマシな時代状況を作り出そうと働く人たちが一部で増えてきています。


たとえば、岩手県の人口わずか約8000人の西和賀町には、村の誇りを映画化する動きがあります。



 平成17年11月1日に旧湯田町と旧沢内村の町村合併により誕生した人口約8000人の町ですが、昭和30年代の旧沢内村は豪雪地帯で病気や怪我をしても病院には行けず、赤ン坊や高齢者が亡くなるという状態が続いていました。



 そんな惨状を、第18代村長の深沢晟雄氏が、冬季交通、医師や保健婦の確保、患者のカルテを集落ごとにまとめ、全ての村民の健康を把握するなど保健医療の仕組みを築き上げ、乳児・老人医療費無料化の提言を全国に先駆けて英断し、昭和37年に日本で初めて乳児死亡率ゼロを達成したのです。



 その証言の記録映画が、『いのちの作法』です。







 そして、この歴史的な実録エピソードは、今年、劇映画として語り継がれることになりました。

 それが、映画『いのちの山河 日本の青空Ⅱ』です。







 僕はどちらの作品も見ていないのですが、まさに映像の舞台となっている西和賀町の高校に招かれ、講演することになり、9月末に行ってきました。



 確かに過疎化が進み、若者に出くわすことがほとんどない温泉町ですが、僕はこの町にはまだまだ大きな可能性が眠っていると感じました。



 もっともっと元気になれる要素が、この町にはたくさんあるのです。

 だから、高校生たちには、こう言いました。



「就職や進学でこの街を離れても、いつかここに戻って来ても暮らせるように、君たちはビジネスを学ぼう!
 人の役に立てば、みんなから必要とされる。君の価値を存分に評価してくれるだけの町民が、ここにはいっぱい暮らしているんだよ!」



 僕は高校生にビジネスの面白さを伝えたのです。

 もちろん、彼らにとっては背伸びして聞くような話かもしれません。

 しかし、彼らと同じ高校生で、別の県にある過疎の町では、既にいろんな商品を開発し、収益を作り、県の教育委員会へ売上金を提供しているところだってあるのです。



 そういう話を、全学年合わせても200人ちょっとの生徒たちの前で話しました。

 それだけの人間がいれば、1人くらいはいつかこの町を変えていけるでしょう。

 講演とは、教育に似て、未来への種まき作業なのです。



 同じ日には、夕方から保護者の方への講演もさせていただきました。

 内容は生徒向けの話とかぶっていますが、講演会場の300人以上収容可能なホールの有効活用にまで踏み込み、大人も子どもも一緒になってこの町が元気になれるように、わくわくできるアイデアをいっぱい話しました。



 「何もない町」なんて、この世にありえないのです。

 日常生活で当たり前になりすぎてしまっただけで、よそ者から見れば魅力的な資源が、西和賀町には山ほどあるのです。



 その魅力を再発見し、商品化すれば、そこで生まれ育った人々のふるさとは、そこに住む町民自身が守れるのです。



 上記の2本の映画は、きっとそのことを町民たちに改めて気づかせてくれるのかもしれません。



 だから、この映画を作られた制作者の方々に感謝します。
 ありがとう!



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2009.09.15 00:52



 若槻千夏さんが「インドに学校を建てるために」行った「セミヌードTシャツ」の販売収益によるチャリティが寄付先に断られたと発表された2月18日から、既に203日めです。


 しかし、このチャリティを番組で企画したTBSの番組ホームページには、まだ新着情報はありません。



 つまり、市民の善意で集められた「チャリティTシャツ」の売り上げ1200万円を、
TBSは今日も宙に浮かせたままでいるのです。


 さて、TBSが問題を解決しないまま、200日間以上も視聴者にうんざり感を与え続けている一方、世の中には今より少しでもマシな時代状況を作り出そうと働く人たちが一部で増えてきています。



 その中の一つに「社会起業家」の活動がありますが、先日のフジテレビのテレビ番組『サキヨミ』では、「なかなか成功しない」と言っていました。



 そもそも、10年持ちこたえるベンチャーは10%程度というビジネス業界ですから、わざわざ社会起業だから難しいと言う必要性はありません。



 本当に「難しい」のであれば、そのソルーションこそ解説して打開策を打ち出せば公共放送らしいのに、そのへんが十分に語られていないんですね。



 もっとも、社会起業を語る文脈には、ビジネスモデルを中心に語られることが多く、社会起業のキーポイントであるところの「社会的弱者に対するコンパッション」が軽視されているのは、本当に困りものです。



 「社会的弱者に対するコンパッション(共感)」とは、社会の仕組みが悪いせいで「社会的弱者の立場を強いられている人々に対して、彼ら自身の望む思いに寄り添って生きていきたいという気持ちのことを意味します。



 たとえば、なかなか仕事を得られない、就職面接でも採用されにくい障害者自身が所得アップして人並みに結婚や恋愛をしたいと思えば、仕事をなんとかして「作り出す」必要がありますが、自分たちだけではいかんともしがたいという時に、彼らと一緒に腰を据えて自立できるだけの収入が得られる仕組みを創出していこうと思うのが、コンパッションです。



 コンパッションはあくまでも切実な社会的ニーズに対する「共感」であって、上から目線の「同情」ではありません。



 それは、あらかじめ「現状を打破して救われたい」と望む人と同じ志を共有すること、と言い換えることもできます。



 それゆえ、アバウトな「社会貢献」のために起業するのではなく、解決を待たれている切実なニーズ(=社会的課題)に悩み苦しむ当事者と一緒に、そのつらさを共有するところから、社会起業は始まります。



 逆に言えば、コンパッションなしには社会起業は成立せず、また持続可能にもならないはずです。



 ところで、市場の需要には「ニーズ」と「ウォンツ」という2つの異なった商品・サービスがあります。


 ニーズとは、それなしには生きていけない切実なもので、衣食住やトイレットペーパー、家電製品などを意味します。

 一方、ウォンツとは、なくても生きていくのに困らないけど、あったらあったで便利なものを意味します。

 音楽や映画などのアート商品や、タバコのような嗜好品、ブランド商品などがそれに相応します。



 ニーズのある商品に真っ先に群がるのは、所得層で言えば、中流以下の所得層です。

 ウォンツ商品に手を出せるのは、主に中流以上の所得層です。



 さて、社会起業家が切実な社会的課題を解決するためにビジネスを行うことは、どんな本にも書かれています。



 しかし、そこで紹介されている社会起業家たちを見ると、社会的ニーズというより社会的ウォンツの市場(需要)でビジネスを行ってる人たちが少なくありません。



 しかし、僕は思うのです。

 真っ先に称賛されるべき社会起業家は、社会的弱者の「ニーズ」に応えた人だろうと。



 社会が「弱者」として蹴落としていった人たち、たとえば、ホームレス、低学歴、被虐待児童、ネットカフェ難民、被差別部落出身者、限界集落の住人、みなし子、同性愛者、ニートなど、教育・福祉行政のダメさによって高所得の職場から追いやられ、中流以下の暮らしを強いられてしまっている人々は日本でも少なからずいます。



 社会的ウォンツなら、いくらでもあります。

 しかし、社会的ニーズの高いものほど、切実な問題を抱えています。



 切実さの度合いの大きなものほど、生死の危険を常に抱えているのです。

 僕はそうした社会的ニーズの高い場所で戦っている社会起業家にこそ、もっとテレビや新聞が光を当ててほしいと思うのです。



 もっとも、そのためには新聞記者やテレビ・ディレクターが自らの高収入を省みないほど、低所得を強いられている人たちの生活に密着し、「コンパッション」を実感しなければ、話が進まないでしょう。



 社会起業家について語る前に、解決を切実に望む人の声にじっくりと耳を傾けられるほどの関心を社会的弱者に持てるかどうかが問われているのです。



 苦しい人たちの話を聞くだけでも時間が奪われ、体力も消費し、資産も飛んでいきます。

 しかし、自分が貧乏になるのを恐れず、それができる人だけが、社会起業家が何かを伝えていけるのだろうと僕は思うのです。



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2009.09.08 01:52



 若槻千夏さんが「インドに学校を建てるために」行った「セミヌードTシャツ」の販売収益によるチャリティが寄付先に断られたと発表された2月18日から、既に196日めです。


 しかし、このチャリティを番組で企画したTBSの番組ホームページには、まだ新着情報はありません。



 つまり、市民の善意で集められた「チャリティTシャツ」の売り上げ1200万円を、
TBSは今日も宙に浮かせたままでいるのです。


 さて、TBSが問題を解決しないまま、約200日間も視聴者にうんざり感を与え続けている一方、世の中には今より少しでもマシな時代状況を作り出そうと働く人たちが一部で増えてきています。



 その中の一つに、アーチストの存在があります。



 音楽、マンガ、映画、小説など、多くのアーチストは自分の作品を商品化しているわけですが、それに接しているだけでは、もちろん現実のつらさは何も変わりません。



 小説『蟹工船』を読み終えたからと言って、現実の貧困はそのままです。

 ネトゲ廃人のようにオンラインゲームで1日が過ぎてしまっても、そのユーザの悩みが解決できるわけではありません。



 しかし、アーチストの作品によって自分の気持ちが癒されたり、忘れていた感動を味わったり、嫌な気分を吹き飛ばすなどの心理的効用はあるでしょう。



 アーチストが変えるのは、そうした内面の世界です。

 すぐれたアーチストは、受け手に与えた変質を持続可能にします。



 たとえば、誰かの音楽で感動し、自分もミュージシャンを目指すという夢を獲得し、初めて自分の人生の意味を感じられるようになった人はいるでしょうし、くじけない心に憧れるようになって何度も読み返す漫画があるという人もいるでしょう。



 だから、アート作品が無駄だなんて、僕は思いませんし、積極的に消費者になることも悪いことだとは思いません。



 しかし、年を取り、大人になってくると、若い頃のように好きな作家の新刊本をチェックしたり、新譜CDをまめに買い込んだりはしませんし、「大人買い」だって、決まった傾向のものしかお金を出しません。



 アートが本来持っているワクワク感は、それに慣れてしまうと、それ以上のものを求めていくことに限界を感じますし、実際、作り手も年老いていくので、かつてのような興奮を持って受け入れられる作品を量産していくことは難しくなり、いつのまにか、本もCDも買わなくなっていくのが大筋の傾向なのです。



 昔の歌や、何度も読み返した本の中に「安心」のようなものを求めるのが精一杯なんですね。



 しかし、本当に新鮮な「わくわく」を感じられるソフトがあれば、買いたいというのも本音なのです。



 僕にとって、そんな作品(商品)は何だろうと考えると、「やればやるほど稼ぐ力が身につくゲーム」といったところでしょうか。



 英語が身につくといった学習教材代わりのようなゲームソフトはありますが、実際にはその英語を使ってこう稼げるということがシミュレーションでき、現実のビジネスにも十分に応用可能なゲームのスペックであれば、ない良いと思うのです。



 しかも、失業率が高まり、雇用ではなく、自営業による自助努力で人生を挽回せざるを得ない社会的弱者に対しては、ゲームをしながら稼ぐ力が実際に身につくゲームのほうが、ハローワークに足を運ぶ時間以外を有益に過ごせるように思うのです。



 ゲーム・クリエイターも昨今ではアーチストのような存在ですが、ただの娯楽ではなく、ゲーム代を払っても余りある収益をユーザに生み出せるゲーム商品を作れたら、画期的でしょうし、そういう気概をもったクリエイターがいれば、僕はいつでも一緒に組んでゲームを作ってみたい気持ちもあります。



 というのも、家出人の取材をしていた頃、いろんな家出経験者から具体的なサバイバルの方法を聞き出し、彼らの自立のプロセスこそが、ゲームのように面白く、かつ、有益なものだと気づき、彼らのノウハウがそのまんま資本主義社会を生き延びる方法そのものなのだという実感を得ていたからです。



 実際、財布にわずかなお金しかなかったり、あるいは無一文だったりする時に、あなたはどうやって生きていきますか?



 それを具体的なシナリオに落としこめるのは、そういう経験の持ち主から学んだ者だけでしょう。



 稼ぐ力とは、生きていける力です。

 そういう学びができるゲーム、やればやるほどこの社会で生きていける自信が身につくゲームというものを、オファーがあれば、作ってみたいものです。



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2009.09.04 22:43



 若槻千夏さんが「インドに学校を建てるために」行った「セミヌードTシャツ」の販売収益によるチャリティが寄付先に断られたと発表された2月18日から、既に192日めです。


 しかし、このチャリティを番組で企画したTBSの番組ホームページには、まだ新着情報はありません。



 つまり、市民の善意で集められた「チャリティTシャツ」の売り上げ1200万円を、
TBSは今日も宙に浮かせたままでいるのです。


 さて、TBSが問題を解決しないまま、約200日間も視聴者にうんざり感を与え続けている一方、世の中には今より少しでもマシな時代状況を作り出そうと働く人たちが一部で増えてきています。



 その中の一つ、社会起業家については、さんざん書いてきたので、今日は別のことを書きます。



 みなさんは、ノンフィクション取材を生業にしているフリーライターの仕事をご存知でしょうか?



 フリーライターというのは、特定の雑誌編集部に属さず、自分の足で取材したネタを持って雑誌に売り込み、記事を執筆してギャラをもらう仕事です。



 僕も10年以上、そのフリーライターをやっているわけですが、取材にかかる交通費や飲食費などの雑費の現金は、ほとんどが自腹です。



 しかも、1ページあたりのギャラは数万円ですから、1つの取材ネタで何ページも書かないと、飯の食いあげになるわけです。



 それでも多くのフリーライターは誰よりも先に新しい現象を発見し、誰よりも先に取材し、原稿を書くことで、社会がより良くなるコンテンツを提供します。



 もっとも、こうした仕事は体力勝負ですから、年を食ってくると、時間も労力も手間ヒマもかかるノンフィクション取材は続けられなくなります。

 そこで、僕も含めて、フリーライターの多くはべつの収入手段の開拓に乗り出すことになります。



 中には大学の先生になる人もいれば、取材なしで書ける小説の書き手に転向したり、マンガ原作者になる人もいます。



 僕自身もそうした転向を迫られる年頃になってきました。

 しかし、そうおいそれと移行できるわけではなく、少しずつ段階的にシフトしていくことになるでしょう。



 もっとも、収入手段よりも大事なことがあります。

 それは、収入や貯蓄の額面を上げることではなく、いつでも稼げるだけのスキルを磨いておくことです。



 先日、世間に出たことのない大学生が「フリーライターって食えるんですか?」と質問してきました。

 40歳を過ぎた大人に平気で失礼な物言いができるのが、世間知らずの若者の特権です。



 儲ける自信がないなら、フリーライターとして10年以上も続けられるわけがありません。



 実際、年収ベースで3000万円ほど行ったことがありますが、そんなことが実際に起こるのが出版業界という「賭場」なんですが、世間知らずのお嬢さんに言ったところでわかるはずもありません。



 スーツを着て、ネクタイを締めて、白髪でもはやしておけば、高収入の人。

 そういうイメージしか持っていないお子ちゃまに話してあげるほど世話焼きではないので、言いませんでしたが、スーツもネクタイも「それを着なければ生きていけない人」たちの拘束具です。



 いつでも自在にお金を稼ぎだせる自信のある人は、そういう表面的なお約束を守る必要がないのです。



 僕は仕事柄、普通の人なら腰を抜かしそうな桁違いの大金持ちに会うことがありますが、彼らは一様に質素であり、ふだんはまず高い服など着ません。



 いかにも高い服を着ていれば、「私は大金持ちです。犯罪者予備軍の皆さん、どうぞ襲ってください」と宣伝して歩いているようなものです。



 僕は金持ちにあこがれないので、彼らがどんな服を着ようとべつに気に止めませんが、その程度のことは気づきます。



 そういう表面的なことよりも、その人の仕事が誰をどれほど幸せにしているかにどうして関心がわかないのか、不思議なくらいです。



 金にはならないけど、確実に社会的弱者を救える仕事もあれば、社会にとってはクソの役にも立たない高給取りの仕事もあります。



 どんな人も社会で働く以上、金になって社会に役立つ仕事がしたいわけですが、残念ながらほとんどの仕事は上記の2タイプのどちらかにあてはまってしまうんですね。



 僕はフリーライターをなかなかの仕事だと思えるからこそ続けて来れましたし、当たるとでかい「賭場」のような業界なので、桁違いに儲かることがどういうことなのかも経験してきました。



 だからこそ、あえて言いたくなるのです。

「儲からなくても、誰かを確実に救える仕事は、自分で作れるものなんだよ」と。



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2009.08.07 05:21



 若槻千夏さんが「インドに学校を建てるために」行った「セミヌードTシャツ」の販売収益によるチャリティが寄付先に断られたと発表された2月18日から、既に167日めです。


 しかし、このチャリティを番組で企画したTBSの番組ホームページには、まだ新着情報はありません。



 つまり、市民の善意で集められた「チャリティTシャツ」の売り上げ1200万円を、
TBSは今日も宙に浮かせたままでいるのです。


 さて、TBSが問題を解決しないまま5か月以上も視聴者にうんざり感を与え続けている一方、世の中には今より少しでもマシな時代状況を作り出そうと働く人たちが一部で増えてきています。



 その一つが「社会起業家」という存在であることはこのブログでさんざん書いてきましたが、そもそも彼らが解決に取り組んでいる社会的課題がどうして生まれたかのかを考えてみると、興味深いものがあります。



 よく社会問題というと「社会のみんなが作ってきた問題」と言われがちですが、本当にそうでしょうか?



 僕は違うと思っています。


 社会問題といえば、たとえば年間3万人という自殺者数だったり、夫婦共働きをしないと食えないくらいの生活費・教育費の高さだったり、あるいは精神的な病の果てに無差別殺人や失業してしまうなどの社会的ストレスだったりがすぐに思いつくわけです。



 でも、これって下流化している中産資産層か、あるいは既に下流資産層に転落した方々の問題ですよね。



 「貧すれば、鈍する」とはよく言ったもので、食えない生活が続けば、その人のモラルは低下します。



 それをただちに悪人扱いしたところで「社会悪」は消えません。



 つまり、中流資産層の市民を下流化させたのは誰かといえば、「中の上」か「上流」の資産層が作った社会の仕組みそのものでしょう。



 マンガ「ドラゴン桜」では、「バカとブスは東大へ行け!」という一理ありそうなアジテーションから始まりますが、東大に行って救われるのは現実的にはほんの一部にすぎないでしょう。


 あのマンガの良いところは、「社会のルールを勝手に作ったやつらにだまされるな!」ルールを作れる人になれ!」というメッセージにあるわけです。



 それは必ずしも政治に期待して代議士になる道ばかりとは限りません。

 それこそ、「社会起業家になる」という道もあるわけです。



 法律を変えるのは大変ですが、それに比べれば、新しい仕組みとビジネスモデルを開発して社会的課題の当事者である社会的弱者を救うことは難しいことはないはずです。



 とくに、マンガ「サラリーマン金太郎」のような熱い人間が一人いれば、そういう社会的弱者の立場にたった社会起業家が誕生する余地は多いにあると思います。



 そういえば、「サラリーマン金太郎」を描いた本宮ひろ志先生の作品に「大いなる完」という田中角栄の自伝を地で行くようなマンガがあり、主人公は貧農の田舎の市民に対して「おまえら、ぜーんぶ貧乏から引き揚げてやる!」と言って選挙に受かります。



 そろそろ、ヤンキー・ソーシャルベンチャーが続々と台頭しても良い頃です。



「俺と一緒に貧乏から一緒に立ちあがろうぜ!」

「みんなで貧乏から抜け出して、俺たちクズどうしが助け合って自分たちの力で稼ぎまくろうぜ!」



 そんなふうに低資産層の家庭出身ゆえに低学歴→低所得者を再生産する仕組みをぶち破るような志をもった社会起業家が生まれてほしいと僕は考えているのです。



 彼らはアジアで貧乏な子どもを見ても、売春するしか暮らせない少女を見ても、「同情」なんかしないです。

 だって、それは自分の周囲の友人達や自分自身が抱えてきた日常生活そのものだったから。



「なぜ遠い国の貧しさを見ないと、弱者の存在に気づかないのだろう?」



 僕はたまにそう感じる時があります。

 だからこそ、「今ここ」にある日本の貧困再生産の構図をひっくり返すような人材の出現を待ち望んでいるのです。



 彼らはメンツなんかかまってられないでしょう。

 そんなもんで飯なんか食えないことを知っているからです。

 だからこそ、そういう人材は強いのです。



 「草食系男子」が叫ばれる今、そのような「肉食系男子」はヤンキーの一部にしかいないでしょうが、六本木ヒルズを目指すようなちっぽけなスケールの人間ではなく、もっと大きなスケールで社会の仕組みを発見しながら変えていけるモデルを見つけ出せる人材は、その「一部」の中にこそ隠れているような気がしてなりません。






 
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2009.07.28 06:35



 若槻千夏さんが「インドに学校を建てるために」行った「セミヌードTシャツ」の販売収益によるチャリティが寄付先に断られたと発表された2月18日から、既に157日めです。


 しかし、このチャリティを番組で企画したTBSの番組ホームページには、まだ新着情報はありません。



 つまり、市民の善意で集められた「チャリティTシャツ」の売り上げ1200万円を、
TBSは今日も宙に浮かせたままでいるのです。


 さて、TBSが問題を解決しないまま5か月以上も視聴者にうんざり感を与え続けている一方、世の中には今より少しでもマシな時代状況を作り出そうと働いている人たちが一部で増えてきています。



 たとえば、社会起業家支援委員会



 彼らは、大学生を主体としたボランティアの任意団体です。



 僕もその末席に属しているのですが、その活動は全国規模。

 全国で「社会起業支援サミット2009」という無料イベントを企画・開催しているのです。



 8月に2日は神奈川(慶応義塾大学日吉キャンパス)で、8月7日には東京(早稲田大学)で同イベントが開かれますが、これはその後、京都や大阪、福島や愛知、和歌山屋や熊本などにどんどん広がっていくんですね。



 既に静岡・兵庫・茨城・岡山・北海道は終わっていますが、このイベントの運営を地元で主催した若者たちは、社会人とふれあい、社会起業家の活動現場に赴いて、世の中には政治や行政だけでは解決できない問題が数多く横たわっているリアリティを実感すると同時に、そうした問題に取り組んでいる社会起業家の凄味にも気づくわけです。



 社会起業家は総じて「熱い」です。

 いまどきの若者は珍しいほどの「熱さ」です。



 では、なぜ社会起業家はなぜ熱い気持ちで働けるのでしょうか?



 その理由の一つは、社会的課題を解決することで、救われて笑顔になれる人がいることがわかっているからです。



 たとえば、障害者には働く場所がなかなかありません。

 そこで、彼らを雇用できる職場や、彼らに出来る仕事そのものを作ってみる。

 その職場や仕事作りそのものを自らの仕事にすれば、働きながら社会的弱者を救えます。



 障害者は、働くことで社会に溶け込み、それまで得られなかった人間関係を得ることができ、笑顔になれます。



 社会起業家にとって、障害者などの「社会的弱者」は一緒に事業を続けていくパートナーであり、仲間なんですね。



 自分の働きで、仲間が救われる。

 その確かな実感を得られるビジネスモデルを編み出し、実現したからこそ、社会起業家は決して孤独な戦いをしてきたわけではないことを悟るわけです。



 しかし、どんな社会起業家も自らの活動が社会にいる市民たちによって支えられていることを知っています。



 ところが、市民のほうは社会起業家を知りません。



 そこで、社会起業家の活動をより多くの市民に知らしめ、市民と社会起業家の協働のチャンスを作ろうという趣旨で企画されたのが、前述の「社会起業支援サミット」なんです。



 ぜひ、お早めに公式サイトから参加予約をして、ご家族・兄弟・ご同僚・お仲間などと誘い合って、会場に足を運んでみてください。



 きっと新しい働き方、自分が社会の役に立つ働き方をそこで発見し、感動すること請け合いですから。



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2009.07.24 14:29



 若槻千夏さんが「インドに学校を建てるために」行った「セミヌードTシャツ」の販売収益によるチャリティが寄付先に断られたと発表された2月18日から、既に153日めです。


 しかし、このチャリティを番組で企画したTBSの番組ホームページには、まだ新着情報はありません。



 つまり、市民の善意で集められた「チャリティTシャツ」の売り上げ1200万円を、
TBSは今日も宙に浮かせたままでいるのです。


 さて、TBSが問題を解決しないまま5か月以上も視聴者にうんざり感を与え続けている一方、世の中には今より少しでもマシな時代状況を作り出そうと働いている人たちが一部で増えてきています。



 たとえば、テレビ東京。



 テレビ東京では、『TVチャンピオン』という人気番組を終了させ、『チャンピオンズ』という新番組としてリスタートさせました。



 この『チャンピオンズ』は、かつて『TVチャンピオン』で優勝した各界の職人たちが、国内外に赴き、そこにある社会的課題を解決するために一肌脱ぐという企画で始まりました。



 時計のないアジアの学校に日本庭園を作ってししおどしを時計代わりにしたり、他県からの来客を増やすために特産品が欲しい町に出向いて新しいメニューを作って町おこしを手伝うなど、とってもソーシャルな番組が始まったと思ったものでした。



 ところが、最近その企画がブレ始めてきて、最新の番組サイトには「様々な特技を持ったチャンピオン達が登場! それぞれが記録に挑戦する」とあります。



 要するに、視聴率jが落ちたら、元の人気企画に鞍替えしようというわけですな。



 テレビにはよくあることですが、ブレ始めると長期スパンでは人気が下降線をたどるのは、自民党や麻生総理の人気を見れば明らかなのに、残念ですね。



 このブログのタイトルのある通り、僕らは同じ時代を「弱者」と共に生きています。



 その「弱者」には、僕ら自身の作りだした社会の仕組み(法律や制度、心理、教育、経済など)が悪いために「少数派の社会的弱者」として切り捨てられる人たちが含まれています。



 そうした社会的弱者を守れたり、救えたり出来るのは、「強者」だけです。

 弱者自身だけではできない困難がいっぱいあります。



 弱者以外のすべての人は、弱者の当事者にとって「強者」です。



 その中でも、チャンピオンになれるのは限られた最強の人たちです。

 だからこそ、『チャンピオンズ』は当初の企画に戻したほうが、よっぽどメディアの仕事として誇りあるものになれるでしょうね。



 
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2009.07.21 22:13



 若槻千夏さんが「インドに学校を建てるために」行った「セミヌードTシャツ」の販売収益によるチャリティが寄付先に断られたと発表された2月18日から、既に150日めです。


 しかし、このチャリティを番組で企画したTBSの番組ホームページには、まだ新着情報はありません。

 つまり、市民の善意で集められた「チャリティTシャツ」の売り上げ1200万円を、
TBSは今日も宙に浮かせたままでいるのです。


 さて、TBSが問題を解決しないまま延々と視聴者にうんざり感を与え続けている一方、世の中には今より少しでもマシな時代状況を作り出そうと働いている人たちが一部で増えてきています。



 たとえば、NHK。



 NHKには、地域市民が抱える日常的な問題に対して別の地域で解決した事例を紹介する『ご近所の底力』という番組があります。



 先日は、イノシシによって作っている農作物に壊滅的な打撃を受けた農家の嘆きが語られ、そこにけもの道を歩くとか、柵の上部を獣側に折り曲げておくとか、撒き餌をしないなどの具体的かつ実践的な解決策が紹介されていました。



 メディアは、事件報道なので「こんなに社会には問題が多いんですよ」と言わんばかりに暗い気持ちにさせてくれますが、一方では「このように解決できます」という情報も増やすべきだろうと思うんです。



 その点では、NHKには『チェンジメーカー』という国内外の社会起業家の活動を紹介する番組もあり、ちょっと頼もしい気がします。



 社会起業家とその支援団体には、高学歴・高所得の人たちが少なくないように見えますが、地方だとその逆の場合も珍しくないんですね。



 それは、社会起業支援サミットを全国で開催する作業の中で学び取ってきたことです。



 低学歴・低所得の人たちの立場にたった活動をしている人や、そうした属性の市民を忘れずにパートナーにしていく社会起業家は、むしろ地方に多い気がします。



 いま、社会起業家をさらに多くの人に知ってもらうにはどうすればいいかを考えています。



 サミットでの社会起業家の方々のプレゼン映像は、追ってYoutubeにアップされますが、それ以上に、たとえば、マンガになったり、連続ドラマになったり、映画になったりするなどの映像化による啓発がもっと進めばいいと思っています。



 その一つが、地元の社会起業家にカメラを向ける「社会起業家ドキュメンタリー映像大賞」です。



 この夏休みは、ぜひ地元のサミットに参加したり、地元の社会起業家にカメラを向けてみませんか?



 ご家族や会社の同僚、クラスメイトなど、ふだんの仲間で参加すると、きっと実りの多い夏になると思いますよ。



 この夏は、しばらく、この話題が続きそうです!
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