生きている実感と喜び、ワクワク、そして、自分の成長が実感できる「幸せなキャリア」を目指したいと思いませんか?
あなたの「キャリアデザイン」にきっと役立つ情報・ヒントを毎週お届けします。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
「プロフェッショナル」と「アマチュア」の違いって何だと思いますか?
NHKの『プロフェッショナルの流儀』では、番組の最後に、当日のゲストに対して必ず、
「あなたにとってプロフェッショナルとは?」
という質問が投げかけられますよね。
この質問に対するゲストの答えはさまざま。
例えば、メジャーリーガーのイチローは、
“ファンを圧倒し、選手を圧倒し、圧倒的な結果を残す・・・”
と言い、
ミシュラン日本版で三ツ星が与えられた銀座の寿司店「すきやばし次郎」の寿司職人、小野二郎氏は、
“自分の仕事に没頭し、もっと上を目指す・・・”
とおっしゃっています。
「プロの定義」はそれぞれ違っていても、プロの中のプロとして自他共に認めるゲストの方々の言葉は、プロフェッショナルの本質を突いていると感じます。
ただ、どちらかと言えば抽象的な表現が多く、どのように見習えばいいのかちょっと困りませんか?
私もそうです。
もう少し具体的に
プロを目指す、あるいはプロとして技を極めるためには、どんな行動が必要なのかを知りたい
と思っています。
でも、「エンツォ・フェラーリ」をデザインしたことで世界的にも有名な工業デザイナー、奥山清行氏が、ある講演で語られた内容には深く納得させられました。
キーワードは“1万分の1”です。
どういうことかというと、
アマチュアのひとつのアイディアのひらめきにはプロもかなわない。
しかし、プロは1万倍の努力を1万回続けて、その中からたったひとつのベストを選ぶことができる。
組織やチームといった仕組みも駆使して、アマチュアのひらめき以上のものを作り出すのがプロだ
というのが、奥山氏の考えなのです。
要するに、「ビギナーズラック」でたまたま一回成功しただけの人は、プロとは言えないということなのです。
偶然のひらめきや運に頼るのではなく、圧倒的な努力によってたくさんのアイディアを出し、一定以上の成果を出し続けることができるのがプロだ
ということなのでしょう。
前々回の記事でご紹介しましたが、幻冬舎社長、見城徹氏もまた、圧倒的な努力を続けることによって、アマチュアのひらめきを上回る成果を次々と残してきています。
逆に言えば、プロは常に一定以上の成果を出すのが当たり前。
成果を出せたり出せなかったりするのはまだまだアマチュアなのです。
プロの世界はそれほど厳しい。
自戒を込めて、改めて圧倒的な努力を続けて安定した成果を常に出せるのが「真のプロ」であるということを深く胸に刻みたいと思います。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
先日、両国の国技館に行き、生まれて初めて、大相撲を生で観ることができました。
私は小さい頃から、相撲好きだった祖父の影響で、NHKの大相撲中継は毎日のように見ていたんですね。
でも、18歳で東京に出てきてからは、その気になればいつでも国技館に行けたのに、その頃から相撲に対する関心が薄れたこともあって、これまで行ったことがなかったのです。
でも最近、再び相撲に対する興味が高まってきたので、思い切ってチケットを入手し、大相撲を初体験したというわけです。
やはり生の迫力は違いました!
今回は、1階のマス席ではなく2階の椅子席からの相撲観賞でしたが、国技館の雰囲気には独特のものがあります。
自然に気分が高揚するのを感じました。
さて、途中でトイレに立った時のことです。
現役時代には幕内上位で活躍された力士であり、現在はある相撲部屋を運営している親方をたまたま見かけました。
その日の親方は、たまたまワイシャツにスラックス姿でしたが、着物よりも、こうした洋装の方が体の線がわかりやすいですよね。
2メートル近くの上背を持つ親方の、ヘラクレスのようながっしりとした肉体にはさすがに圧倒されました。
この親方のことを全く知らない人でも、おそらくほとんどの人が、元力士だとすぐにわかったことでしょう。
(国技館の中でなくても・・・)
そのくらい、「力士」という職業を目指すには身体的に飛びぬけた資質が必要なんだということをこの親方のほれぼれするような体格を目の前で見て感じたのです。
私たちは通常、自分の好きな職業、やりたい職業を自由に選べるという前提でキャリアデザインを行いますよね。
ところが、スポーツ、とりわけ大相撲のような格闘技の世界では、言うまでもなく、誰でも力士になれるというわけではありません。
新弟子検査にパスするためには、一定の身長・体重をパスしなければならないのはご存知かと思います。
どんなに相撲の技がうまくても、身長2メートル前後、体重150キロといった外国人力士が活躍する現在の大相撲では、そもそも身体的に対抗できる資質を持ち合わせていなければ、生き残ることはできないのです。
梅澤正氏(日本教育大学院大学客員教授)は、近著の『職業とは何か』の中で、
「職業が人を選んでいる」
という側面もあるとおっしゃっていますが、大相撲の場合には、まさにこの言葉が一目瞭然で納得できますよね。
しかし、悩ましいのは、一般のビジネスパーソンの場合です。
ほとんどがデスクワークですから、身体的な資質はそれほど問われません。
むしろ、ある仕事(職業・職種)が自分に向いているかどうか、またうまくこなせるかどうかは、目に見えにくい知能的・心理的な資質次第です。
そして、現実には
「職業が人を選んでいる」
ということが一般のビジネスパーソンにも起きています。
これは、「人」の立場から言えば、
「その職業に対する適性がない」
ということになりますが、ある職業に対する適性があるかどうかは、事前の「適性検査」だけでわかるものではありません。
適性検査を否定しているわけではありませんが、人の知能的・心理的資質を正確に把握するのは、身体的特徴ほどは容易ではないということです。
ですから、適性の有無は、ある程度の期間、その仕事を実際にやってみた結果として好きになれるかどうか、あるいは相応の成果を出せるかどうかを確認するしかないのです。
その意味では、一般のビジネスパーソンにおける職業選択は、多くの場合、「お試し」的なものと言えるのではないでしょうか。
まずやってみるまでは、それが自分にとっての「適職」とは確信が持てないわけですから。
もちろん、「お試し」だからといって適当に流してはいけません。
全力でその仕事にぶつかってみる。とことんやってみる。
それでうまくやれればよし!
一方、100%の力を出し切ってもうまくできないようであれば、残念ながら
「その職業はあなたを選んでくれなかった」
ということです。
でも、選ばれなかったからといって、落ち込む必要はありません。
あくまで「お試し」だったんですから。
別の仕事にチャレンジすればいいのです。
自分の可能性を拡げつつ、目の前の仕事に全力を尽くしていれば、いつか必ず、あなたを選んでくれる職業に出会えます。
(参考図書)
『職業とは何か』
梅澤正著、講談社現代新書
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
現役で活躍されているビジネスパーソンの中で、講演家として知られる中村文昭さんと並んで、最も尊敬する方のひとりが、幻冬舎社長の見城徹氏です。
残念ながら、見城氏と直接の面識はありません。
ご著書を読んだり、出演されたテレビの情熱大陸などを見て、
「なんだかすごい人のようだなぁ・・・」
と思っていただけです。
しかし先日、見城氏の講演会に参加し、至近距離で生のお話を聴いて、改めて本当に魅力的な人だと思いました。
さて、私が見城氏のことをすごいと感じた点はたくさんあるのですが、なかでも、若い頃から辣腕編集者として名を馳せ、また幻冬舎を立ち上げ、短期間で上場に導く、という成功と最も密接な関係がありそうな点を3つ挙げたいと思います。
● 誠実さ
見城氏は、20年以上のつきあいのある方を講演会にゲストとして呼び、対談形式で話をされたのですが、そのゲストの話で印象に残っているのは、
「見城氏は約束を守る人」
という言葉です。
見城氏自身も、どんなことがあっても約束は破らないようにしているとのこと。
待ち合わせの時間などにも遅れたことはないそうです。
これは、相手に対する配慮、思いやりの深さの反映ですね。
誠実なお人柄であることがうかがえます。
見城氏は、初対面の人との挨拶の際にいつもやっていることを話してくれました。
それは、名刺交換する際、たまたま名刺がなくて渡せなかった場合、見城氏は、その方に翌日、自筆の手紙とともに、自分の名刺を必ず郵送するということです。
これはなかなかできることではありませんよね。
しかし、上場企業の社長として多忙を極める身でありながら、見城氏は、相手が誰であれ欠かさずやっているのです。
それだけ相手に対する「礼節」を大事にされているのだそうです。
●真摯さ
見城氏は、角川書店時代から、幻冬舎を創業して現在に至るまで辣腕編集者として、数々のベストセラーを生み出してきました。
見城氏が口説き落とした方々はそうそうたる人々。
例えば、五木寛之、林真理子、村上龍、宮部みゆきなどなど。
あちこちの出版社から執筆の依頼が殺到している有名作家ばかりですから、軽い気持ちで本を書いてくださいと頼んでも門前払いされるだけです。
ですから、見城氏は、執筆の依頼をする方の著書を片っ端から読み、自筆の手紙をしたためます。
その手紙の中では、自分なりに作家の作品を咀嚼し、気付いた点を指摘して、相手の作品を表面的ではなく、深く読み込んでいることを示すのです。
作家たちは、こうした見城氏の真摯さに心打たれ、ぜひ見城氏と一緒に仕事をしたいと思うようになるだけでなく、全幅の信頼を置くようになっていくのです。
●率直さ
見城氏は、自分の長所だけでなく、短所を直視しています。
目をそむけることはしない。また、自分の中にある弱さも隠そうとしません。
若い頃には、例えば、新宿のゴールデン街で作家の中上健次とともに毎日のようにケンカをするような時期もあったそうですが、そうしたことをあけっぴろげに話してくれました。
見城氏は、
「私は自分の人生を真剣に生きている」
と言っていたのですが、自分自身の人生をまるごと受け入れていて、何も後悔していないのです。
恥じることもない。だから、ありのままを話せる。
ビジネスパーソンとして、ものすごい実績を上げた方でありながら、彼の驚くほどの率直さ、また謙虚さに人は魅了されてしまうのです。
ただ、見城氏の率直さの背景には、とことん努力しているのだから、相応の実績が出て当然だという、揺るがぬ強固な自信の存在を感じました。
私たちは、ビジネスの世界で成功を収めた人に対して、
「あの人は運が良かっただけだよ」
などとやっかみ半分で言いがちです。
しかし、「運」だけで何十年にもわたって成功し続けることはできません。
ですから、圧倒的な努力を継続してきた見城氏は、しばしば次のように言って嘆くのです。
「これほどの努力を人は‘運’と言う」
しかしなんと言われようと、見城氏は圧倒的な努力をひけらかすことなく、これからもずっと続けていくに違いありません。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
‘Name Dropper’(ネーム・ドロッパー)
という英語の意味、ご存知ですか?
これは、
「私はテレビによく出てる芸能人の誰々さんと知り合いだよ!」
などと、有名人の名前を挙げて自慢する人のことです。
‘Name Dropper’という英語を文字通り解釈すると、
有名人などの「名前」(Name)が頻繁に口からこぼれる(Drop)人
ということでしょうか。
こうした英語の慣用語って他にもいろいろありますが、ほんと英語って簡潔に表すことができる言語ですよね。
日本語で同じ内容を表そうとすると、前述のように長ったらしい説明文になってしまいます。
さて、有名人の知り合いなどと得意げに吹聴するネーム・ドロッパーに対して、聴き手としては、ポジティブ、ネガティブの両面の印象を持つものです。
ポジティブ → その人を知ってるってことは、この人も結構すごい人かも!
ネガティブ → 自分はたいしたことがないから、有名人を引き合いにだすんだな!
意識的か無意識かはさておき、ネーム・ドロッパー自身は、口に出した有名人ではなくて、自分のことをすごいと思って欲しい。
つまり、有名人の「威」を借りて自分を良く見せようとしているわけですね。
まぁ、本当に有名人となんらかの形でつながりがあるのなら、優れた人脈構築力があると言えないこともありません。
ですから、そうした関係を口に出すことで、実際に権威付けができる場合もあるでしょう。
しかし、多くの場合、聴き手からはネガティブな印象を持たれるだけです。
有名人の名前を出すことで、逆にネーム・ドロッパー本人の「ダメさ加減」がより強調され、「すごい人」というよりもむしろ「かわいそうな人」と同情されてしまう・・・。
私たちは、自分に対する本当の自信や確信が持てるようになるまではどうしても外部の力を借りて自分を本質以上に良く見せたくなるものです。
有名人の名前を挙げることだけでなく、現在の地位や収入に照らすと明らかに不相応な高額のブランド製品(高級車や装飾品など)を買うのも、それらの製品が持つ高いブランドイメージを使って自分を良く見せたいからですね。
こうした高額なブランド製品は、英語では
‘Ego Booster’(エゴ・ブースター)
と言うことがあります。
文字通りは、
自我(エゴ)を拡張、あるいは肥大化させてくれるもの
という意味です。
高額なブランド商品のエゴ・ブースターとしての役割を100%否定するわけではありません。
例えば、大事な商談の席に一流デザイナーのスーツ(決め服!)を着ていくことで、いつもよりも自信を持って話ができるといったポジティブな効果も確かにあります。
しかし、本来は事業に成功を収めるなどして得た現在の地位や収入を象徴するものとして高額な製品やブランド製品は購入すべきものです。
また、有名人などとの関係も、自分がなんらかの分野の第一人者になり、対等の関係でつきあえるのが本来でしょう。
どんなに着飾っていたとしても、有名人の名前やブランド製品を取り去ったら、
「タダの人」
に戻ってしまうのでは、ほんと「かわいそうな人」です。
有名人やブランド製品の権威を借りることなく、裸一貫で勝負できる実力、周囲からのゆるがぬ信頼を得るのが、ビジネスパーソン、いや社会人としての究極の目標ではないでしょうか。
ネーム・ドロッパーになるな!
エゴ・ブースターに頼りすぎるな!
自分を磨いて真の実力と自信をつけよう!
*ネーム・ドロッパーの話は、日経ビジネスアソシエ(2008.10.21)連載中のマックス桐島氏の人気コラム『ハリウッド発 イケてる大人への羅針盤』をヒントにしました。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
キャリアの話題からちょっと離れるようですが、
「ダイエット」
(すなわち「減量」のための食事や運動療法)
を続けるのがなぜ難しいのか、その本質的な理由をご存知でしょうか?
世の中には様々なダイエット方法がありますけど、減量に成功するポイントは、摂取カロリーよりも消費カロリーを増やすことに尽きますよね。
具体的には、食事量を減らして摂取カロリーを減らす。
また、運動量を増やして消費カロリーを増やす。
どちらか一方だけでも相応の効果がありますが、この両方を並行してやれれば、体重が減るスピードが早くなります。
ただ、社会人の場合、時間的な問題もありますから、なんらかの「運動」を継続するのはなかなか大変です。
一方、「食事」は毎日のことですから、その気になれば食事量をコントロールするのは簡単なはず。
ところが、食事を制限するのは実際にはとても難しいですよね。
私自身も数年前、運動+食事制限をやって、いったんは10キロ近く体重を減らすというダイエット成功体験がありながら、その後リバウンドしてしまった体重を減らすための食事制限には何度も挫折しています(今も再挑戦中ですが・・・)。
実は、ダイエットが難しいのは、
遺伝子レベルで組み込まれているとも言える
「生物的な本能」
に人間も支配されているからなのです。
人間社会では、特に日本のような国に住んでいると、普通に生活している限り、すぐに飢えるという危機に直面することはありません。
ところが、生物界全体として見ると、すぐに飢える心配をしなくていいという状況は、極めて例外的です。
ほとんどの動物は、今目の前にある食べ物(獲物)が取れなければ、すぐにでも飢えて死んでしまうという毎日を送っています。
ですから、「生きる」ためには、なにはさておき、目の前の食べ物(獲物)を確保することが最優先事項になってしまうのです。
前述したように、これは本能的な欲求から来るものです。
生物の一種である人間もまた、この本能的欲求から逃れることができません。
ダイエット中にも関わらず、訪問先で、おいしそうなケーキが目の前に差し出されてしまうと、
「まぁ、断るのは申し訳ないし、今日くらいはいいか!」
などと言い訳しながらつい食べてしまうんですね・・・。
さて、身近なダイエットの話を通じて、私が何を言いたかったかというと、
人間を含む生物は
「生きる」(生命の維持)
という究極の目的のために
「短期的思考」
で行動するのが常態である
という点です。
短期的な思考は、食べ物に限りません。
私たちは、1週間後、1ヵ月後の楽しみより、目先の楽しみに心を奪われるようにできているのです。
また、目先の苦痛や危険を回避することを最優先するようになっているのです。
それが自然界において
「生きる」
ために最も有利な行動だからです。
しかし、人間だけが、こうした短期的な思考を乗り越え、長期的なメリットや目標のために目先の楽しみやおいしいものをあきらめることのできる力を持っています。
すなわち「意志の力」です。
おおげさな言い方になるかもしれませんが、本能に支配されるのではなく、自分の「意志の力」を駆使することが可能だったからこそ、人間は文明を発展させることができたのかもしれません。
もちろん、目先の楽しみを優先したいという本能的な欲求に打ち勝つのは簡単ではありません。
まずは、そもそも私たちは「短期的思考」するのが普通なのだ、という点を理解しましょう。
その上で、長期的なメリットや目標の実現のために、どんな工夫をすれば、目先の楽しみをうまく振り切り、やるべき行動を取れるようになるか、考えたいものです。
難易度の高い資格試験に合格した人や、地に足の着いた立派な事業に成功した人は、皆、短期的な思考を克服するために様々な工夫をしているものですよ。
なお前回、「反応と判断」というテーマの記事を書きましたが、今回の話に照らすと、
「反応 = 本能的なもの」
「判断 = 意志力」
だと言えます。
短期的な思考が普通だからこそ、長期的な思考ができる人が成功を手にするのです。
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