ウサギとカメの法則[2007年10月25日(木) ]

※この記事は2007年10月25日に「キャリアでざいんBOX」で掲載されたものです。


こんにちは。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。


先日、四国に過去3年ほど仕事のために滞在し、今年の春に東京に戻ってきたばかりの友人(女性)の話を聴く機会がありました。彼女(以降、Yさんと呼びます)は、せっかく四国に長期滞在するのだからと、「お遍路」に挑戦。88カ所もの札所(お寺)の巡礼を「徒歩」で見事達成しました。(Yさんによれば、お遍路さんを徒歩で回る人は少数派らしいですね。多くの人が、車や交通機関を利用するそうです。)


私は、この「お遍路」について、人間に「88」あるとされる煩悩と同じ数のお寺を巡ることで、それらの煩悩が消え、願いが叶うらしい、といった程度の知識しか持っていませんでした。失礼ながら、皆さんも「お遍路」に詳しい方はそれほど多くないんじゃないかと思います。Yさんも、四国に行くまでは「お遍路」にさほど興味があったわけではなく、実際に自分自身が「お遍路さん」となって体験することで、いろいろなことを学ぶことができたと言っていました。



さて、Yさんのお遍路さん話は本当に興味深く、面白いネタ満載だったのですが、今回はその中からひとつだけご紹介したいと思います。


お遍路さんは年間約30万人にものぼり、そのうち徒歩の人は、少数派とは言え5000人もいます。Yさんも「お遍路」の途中でたくさんの同志、すなわち、お遍路さんたちに出会いました。出会う人は老若男女さまざまですが、やはり定年後の記念に回るシニアの方が多いようです。


Yさんは、こうした人たちと同じ遍路をたどりながら、「ウサギとカメ」のおとぎ話を「実話」として語れる体験をしました。つまり、はりきって速足で歩く人は、最初のうちは確かに早く先に進みます。ところが、すぐに疲れるので休みが多くなったり、山道ではペースが大きくダウンしてしまう。その結果、倦まず弛まずマイペースで歩いた人が、早く目的地(次のお寺)に着くのだそうです。


小さい頃から単なる「寓話」として知っていただけの「ウサギとカメの法則」は、現実に起こっているということをお遍路さんになると実体験できるのですね。



私は、Yさんの話に感銘を受け、「ウサギとカメの法則」について改めて考えてみることにしました。


ウサギの間違いは、「短距離走」ではなく、「長距離走」の勝負だということを考えていなかった点ですよね。ウサギのダッシュ力は、おそらくカメの数十倍あります。だから、短距離では負けることはありません。しかし、ダッシュ力は長時間持続できない。しばらくダッシュした後には、十分な休憩が必要になってしまいます。おとぎ話の中では、ウサギは油断して昼寝したことになっていますが、疲労のせいで長寝しすぎたんじゃないでしょうか(笑)。その結果、歩くスピードは遅いかもしれないけれど、着実に前進を続けた長距離走に強いカメに負けてしまったのです。


前述したように、この「ウサギとカメの法則」は、お遍路でも再現されていました。そして、おそらくYさんも実感されていると思いますが、ウサギとカメの競争にしろ、お遍路にしろ、それは「人生」と重ね合わせることができること、この人生とは「長距離走」であること、そして、「短期的な成果」はすぐにだめになること、むしろ、地道な努力を重ねてようやく実を結ぶような「長期的な成果」こそが、人生の本当の成功につながることをこのおとぎ話は教えてくれていたのだと私は思います。


最近は、やたらと効率やスピードが重視される風潮がありますよね。ビジネスの上でこれらのことが重要な要素であることは否定しません。しかし、それと「短期的な成功」を目指すことは違うと思います。


例えば、イケイケドンドンで事業を急速拡大、株式上場を果たして文字通り一夜にして大金を手にする起業家がいますよね。ところが、上場をピークに事業が一気に下り坂となり、あっという間に転落する人も多いわけです。短期的な成功には、反作用も大きいのです。上るのが早いと落ちるのも早い。得意絶頂期はすぐに過ぎ去り、天国から地獄へとまっさかさま。こんな「ウサギ人生」をあなたは望みますか?


私は「カメ人生」を目指しています。自分が心から求めることにじっくり真摯に取り組みたい。決して目先の成功を追わない。でも、ふと気づいた時、自分でもびっくりするほどの高みに達していたらいいなと思っています。

自分の未来を予言しよう![2007年10月18日(木) ]

※この記事は2007年10月18日に「キャリアでざいんBOX」で掲載されたものです。


こんにちは。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。


5、6年ほど前に開催された、ある半日のセミナーで一緒になったというだけの縁なのに、いまだに年に1、2回定期的に集まっている仲間たちがいます。みな、別々の会社で様々なポジションに就いていて、まったく利害関係のない集まりです。ですから、本当に気のおけない、ざっくばらんな楽しい会話で毎回遅くまで盛り上がります。


実はこの会、きっかけが自然発生的なこともあって名称がありません。もちろん、別に名称がなくても困りはしないのですが、以前に一度、私の提案で「予言の会」として集まったことがあります。「予言の会」なんて、ちょっと怪しい響きですよね。でも、内容は決して怪しくありません。「予言の会」でやったことは、各自が順番に、将来の夢をみんなの前で話すというものです。語る夢は、10年以上先のものでも、3〜5年先の比較的近いものでもなんでもOK。


「自分の未来はこうしたい、こうあってほしい」


という思いを自分の胸の中にだけしまっておかずに、仲間に公言することが目的でした。


さて、私が「予言の会」を提案するに当たって、仲間に説明したのは「自己成就的予言」というキーワードです。「自己成就的予言」とは、「自分の未来はこうなる(こうしたい)」と強く願っていると、実際に実現することが多い、という現象のことです。


これは不思議なことでも何でもありません。「こうあってほしい」という願望を持っていると、意識的・無意識的にその願望が実現するような行動をしてしまう。その結果、その予言が成就しやすくなるというだけのことです。


そこで、「予言の会」では、あえて各自の「夢」を意識的に言葉に出し、みんなの前で「予言」することによって、その夢の「実現可能性」を高めましょうという趣旨だったのです。



この「自己成就的予言」は、あなたも今日からでも活用することができます。あなたの夢はきっと叶うと信じ、それを「予言」として周囲の人に伝えるのです。


たとえば、あなたが、どうしても中国に関係する仕事がしたいと思っていたとします。でも中国にはなんのツテも知り合いもいない。どこから手をつけていいかもわからない。でも、どうにかしたいという思いが強いのであれば、そのことを会う人会う人に「夢」として語りまくるのです。あるいはブログなどに折に触れ書くのです。そのうち、「中国に詳しい人に先日会ったから、紹介しようか?」などと言ってくれる友人が出てきます。あるいは、たまたまパーティで隣になった人が、「えー、あなた中国に関心があるんですか。私は中国関連ビジネスをやってるんですよ!」などと、幸運な出会いが起きたりします。


成功している人の多くは、成功の理由を聞かれた時、「運が良かった」とか、「偶然のいい出会いがあった」と説明することが多いですよね。しかし、「幸運」や「偶然のいい出会い」は、「成功したい」という強い思いが様々な行動に反映され、その結果としてひきよせられたものに過ぎません。すなわち、「自己成就的予言」が効果を発揮したおかげで成功したということなのです。



もちろん、すべての予言が実現するほど世の中は甘くありません。しかし、社会の中で生きている私たちに「運」を運んできてくれるのは、ほとんどが「人」です。「幸運」も「悪運」も両方ですけどね。ですから、自分の未来は、自分の夢は外に出す。つまり、紙に書く。そして皆に語る。そうやって夢を語る行動を起こし、多くの人と出会うなかから、夢の実現につながるチャンスを掴み取るのです。


いわゆる「自己啓発本」を読まれた方はおわかりになると思いますが、ほぼ全ての本に共通して書かれていることは、自分の将来の夢や目標を紙に書きだすことなんですよね。これって要するに「自己成就的予言」の考え方がベースにあるわけです。


ちなみに、自分の夢を紙等に書きだすだけではなく、他人に公開することはプラスアルファの効果があります。それは、他人に話すことによって「もし実現できなかったら、言った手前恥ずかしい」と後に引けなくなるという点です。これを「宣言効果」と呼びます。


さあ、あなたも自分の未来をみんなの前で予言しましょう!

資格は役に立つのか?[2007年10月11日(木) ]

※この記事は2007年10月11日に「キャリアでざいんBOX」で掲載されたものです。


こんにちは。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。


いつもは、どちらかと言えば抽象的な話が多いこのコーナーですが、今回は、このブログをご覧になっている皆さんにとって最も身近なことを取り上げてみたいと思います。


すなわち、「資格は役に立つのか?」という古くて新しい「問い」に対する私自身の考えをお伝えします。


なお、ここでの議論の対象とする「資格」には、FP(ファイナンシャルプランナー)や行政書士などの純粋な「資格」だけでなく、特定分野について一定水準の知識や技能を持っていることを認定するMBAや簿記、英検、TOEICなどの試験も含めて考えます。



さて、資格は役に立つのか、もちろん私の答えは「YES」です。役に立ちます。その理由として3つ挙げたいと思います。


1 就職・転職に有利である
2 専門分野の「基本知識」が習得できる
3 自分に自信が持てるようになる


それぞれについて説明します。



1 就職・転職に有利である


ある程度難易度の高い資格や認定試験に合格していれば、履歴書に書けますよね。私の場合、30歳前後に、「中小企業診断士」と「英検1級」に合格したのですが、その後の転職の際の履歴書には、もちろんこれらの資格を記載しました。実際のところ、どれだけそれらの資格が評価されたのかわかりません。しかし、採用する側に立てば、もし同じようなレベルの候補者が別にいた時、やはり資格のある方を選択するでしょうし、書類審査に通る可能性が高くなることは間違いないでしょう。就職にしろ、転職にしろ、採用を巡る応募者同士の競争だというのが現実ですから、「武器」はいろいろと持っていたほうがいい。すなわち、「資格」は、就職・転職を戦い抜く有効な武器になります。


ただし、ただ講座を受講するだけで修了証がもらえたり、一夜漬け勉強で合格できるような安易な資格の価値はゼロです。そうした資格は、「見かけ(名称)」だけは立派な刀に見えますが、実態はただの「木刀」です。切れ味は悪い。就職・転職の真剣勝負で勝てるはずがありません。もし私が面接官だったら、安易な資格を取得し、履歴書にずらずらと列記してくるような応募者は、「見かけだけ取り繕う手抜き人間」と判断して絶対に採用しません。安易な資格は、遊びで取るのはご自由ですが、キャリアアップにはまったく役立ちませんので、時間と金の無駄になることを認識しておきましょう。



2 専門分野の「基本知識」が習得できる


「専門的な知識・スキル」は、誰もが持っているわけではないので、自分ならではの「強み」になりますよね。資格取得のための勉強を通じて、専門的な知識・スキルが習得できるというのはキャリアアップに大きなプラスです。ですから、私が強調したいのは、できれば「合格すること」を最終目的にしてほしくないということです。


さて、本屋の資格試験コーナーに行くと、「○○資格に最短で合格する法」といった類の本がたくさん出回っていますよね。これらの本に書かれている「効率的に勉強して合格するテクニック」は、単に「箔」をつけたいから資格を取りたいのだ、ということであれば活用していただいて結構だと思います。しかし、その資格で学んだ専門知識・スキルを「実務」に役立てることが目的なら、むしろ、非効率な勉強法をお奨めします。


すなわち、「その資格を取る」という強い動機付けを活かしてその専門分野を幅広く深く学んでみるのです。人は目標がないとなかなか勉強にも身が入らないものです。「資格試験合格」というやりがいのある目標をエネルギーにして、専門知識を貪欲に吸収する。試験に出そうなところだけを集中的に勉強しない。「試験対策」のための勉強ではなく、資格取得後に「専門家」として活躍することを目的に、専門知識を体に沁みこませるようにするのです。単に理解しているのではなく、活用できるレベルを目指すのが私の「資格」活用法です。


私は以前から「資格は取得することに意義がある。保持することにはあまり意味がない。」ということを言ってきました(もちろん弁護士や公認会計士など、その資格を保持していないと仕事ができないものは除きます)。試験勉強を通じて身についた「専門知識」、そしてそれを実践で使いこなせることに価値があるのであって、「資格」そのものを保持し続けることはあまりそれほど意味がないと私は考えています。


というのも、専門家としてのスキルは、資格取得後は独学や実践を通じて高めていけばいいからです。私の場合、「中小企業診断士」の資格の更新は2年目に止めました。中小企業診断士の肩書きを保持することは、経営コンサルティングをメインでやっている方には意味があるでしょうね。しかし、私はマーケティングに特化していますので、保持する価値を見出せませんでした(更新には結構お金がかかるのです)。それでも、この資格取得のために学んだ「財務」や「労務」など経営全般の基本知識は、経営全体の視点からマーケティングを考える上でおおいに役立っています。まさに、取得することに意義があったという実感を持っています。


なお、また厳しいことを書きますが、「資格試験合格者=専門家」ではないということを肝に銘じておいてください。資格試験で認定されるのはあくまで「基本知識」「基本スキル」です。現場への応用は一筋縄ではいきません。「専門家」とは、専門知識・スキルを活用して現場での問題解決を図れる人です。資格を取ったからといって自分は「専門家」だとは考えないこと。ようやく「専門家もどき」になっただけだ、という謙虚な気持ちを持ち、真の専門家を目指して日々の鍛錬を怠らないことです。



3 自分に自信が持てるようになる


難易度の高い資格を目指して、長期間にわたって勉強を継続するのは大変なことですよね。しかし、最後まで投げ出さず、とうとう合格証を手にしたときの嬉しさには格段のものがあります。そして、「やりきった」という成功体験は、自分に対する自信を与えてくれます。「資格」は、仕事で何か難しい業務に直面したとき、「自分ならやってやれないことはないだろう」という「自己効力感」を生み出してくれるのです。そうして、次々と難しい仕事に取り組んでいくうちに、あなたのビジネスパーソンとしてのキャリアがますます磨かれていくわけです。


また、資格をお持ちの方はおわかりになると思いますが、勉強方法にはコツがあります。どのような形で勉強すれば理解が速いのか、またやる気を維持するためにはどんな工夫が自分には効くのか、ということがわかるので、別の新たな資格にチャレンジするのが簡単になるんですよね。

なお、1の説明と同様に、簡単に取得できる資格が与えてくれるのは「見かけ倒しの自信」に過ぎません。自分に自信が持てるようになるためには、現在の自分から見て、そこそこ難易度の高い資格を目指しましょう。(最初からあまりに難易度の高い資格は避けましょうね。自信喪失の元になりますから。)

XとYの法則[2007年10月04日(木) ]

※この記事は2007年10月4日に「キャリアでざいんBOX」で掲載されたものです。


こんにちは。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。


今年の流行語大賞に入賞間違いなし!


「そんなの関係ねぇ!」


を引っさげて、現在ブレーク中のお笑いタレント、小島よしおは好きですか?


「うーん、やっぱりちょっとキモいなあ」というのが、私の正直な感想です。



さて、彼は、「一発屋」のにおいがプンプンしてますね。外見も同じ「海パン芸」で、一瞬だけブレークした昔の「ルー大柴」をほうふつさせます。まあ、彼自身、自分が一発屋であることを素直に認めていますけど(笑)。


ただ、テレビ番組での島田紳助とのやりとりを見てると、なかなか当意即妙の答えができますね。私が言うのもなんですが、結構「地頭(じあたま)」は良さそうです。私はふと、小島よしおが、紳助が説く「XとYの法則」を知っているかどうかが気になりました。



「XとYの法則」は、島田紳助が体験を通じて編み出した、


「タレントとして売れ続けるための法則」


なのです。


「XとYの法則」における、「X」とは、タレントが持つお笑いのスタイル、すなわち個性や強みのこと。一方、「Y」とは、「お笑いのトレンド」です。紳助は、お笑いの世界で「売れる」ためには、まず、自分たちのスタイルを理解すると同時に、


 今受けているお笑いのスタイルはどんなものか
 また、今後受けるだろう新しいスタイルはどんなものか


を把握する必要があると考えています。「お笑いのトレンド」とは、その時々で大衆が求める「お笑いニーズ」と言い換えることができると思いますが、要するに「XとYの法則」は、


「(変化する)お笑いニーズと、お笑いの供給(自分のお笑いのスタイル)のマッチング」


というビジネスにも通じる基本原則のことなんですね。紳助は、“XもYもわかっていない芸人が多い”と言っています。これはお笑いの世界だけでなく、一般企業や個人にも言えることでしょう。



一発屋は、偶然にX(自分の強み)とY(世の中のニーズ)がたまたま合致して売れた人です。
そして、すぐに没落してしまうのは、本人がXとYを理解していないかったから。


Y(世の中のニーズ)が変わってしまうと、ついていけずに大衆から見捨てられる。それが「一発屋」です。しかし、長期にわたって収益を上げる企業や長く活躍できる人は、X(自分の強み)が何かをわかっています。そして、変わり続けるY(世の中のニーズ)をしっかり分析して、YにXがうまく合致するように微調整をしているのです。



一般ビジネスパーソンのキャリアデザインの枠組みで考えても、会社(雇用側)が求めるスキルや知識と、自分の現在のスキル・知識がぴったり合うことはほとんどありません。仮に現時点でぴったり合っていたとしていても、会社があなたに求めるスキルや経験は、絶えず変化していきます。


したがって、あなた自身も、今できることだけにあぐらをかいていないで、微調整する努力、要するに、今後求められるスキルなり知識を学習し続けることが、一発屋で終わらない、つまり会社に「あなたはもはや不要です」といわれないために必要なのです。


小島よしおにも、「XとYの法則」をしっかり理解して欲しい、そして、「そんなの関係ねぇ」を凌駕する新しい芸を生み出して、「一発屋」で終わらない立派な芸人へと進化することを期待したいと思います。