生きている実感と喜び、ワクワク、そして、自分の成長が実感できる「幸せなキャリア」を目指したいと思いませんか?
あなたの「キャリアデザイン」にきっと役立つ情報・ヒントを毎週お届けします。
※この記事は2007年9月27日に「キャリアでざいんBOX」で掲載されたものです。
こんにちは。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
ちょっと古い話ですが、民営化される前の国鉄についてのエピソードをご紹介します(私の記憶に頼っていますので、細部は多少違っていることをあらかじめご了承お願いします)。
某大学教授が教え子たちに対して、
「国鉄の将来性はないから、あそこに就職するのは止めたほうがいい」
と話したところ、ある教え子の父親がこの教授のところを訪ねてきました。この父親は国鉄に勤めており、教授の話に憤慨して来たのです。
「国鉄ほどいいところはありませんよ」
と父親は断言し、その理由として次の点を挙げたそうです。
一日3−4時間しか働かなくてもいい
毎日仕事が終わった後、風呂に入れる
たとえ損が出ても、国が補てんしてくれる
これを聞いた教授は、
「だからこそ将来性がないのですよ」
と返したら、父親は席を蹴って帰っていったそうです。
結局、国鉄は放漫経営がたたって大赤字を積み重ねてしまい、民営化せざるを得なくなりました。教授の言うことは正しかったわけです。
私は、この父親を非難するつもりはありません。また、当時の国鉄に勤務されていた個々人に責任はないと思っています。こうした組織運営を許した国や国鉄トップにもちろん重大な責任があります。
ただ、まさに「ぬるま湯」に毎日浸かっていた当時の多くの国鉄職員にとって、国鉄は天国のような場所であったに違いありません。正直なところ、経営が赤字になろうが「そんなの関係ねぇ!」と開き直れ、パートさん並の短時間労働でボーナス込みの満額の給料に加えて、手厚い福利厚生制度、退職金もしっかりもらえるなんて、本当にうらやましい(笑)。
でも、本当の意味で、国鉄が「天国」だったのかには疑問を持ちます。「ぬるま湯」だからこそ外に出ると寒い、だから「出たいけれど出られない」という状態の中、無気力感を持ったまま、惰性で仕事を続けていた人も多かったんじゃないでしょうか。
この国鉄の話を聞いて、私はふと『カッコーの巣の上で』という名作映画を連想しました。
ジャック・ニコルソン演じる主役のマクマーフィは、刑務所から逃れるため、精神疾患のフリをして精神病院に入院します。そこで出会った患者たちは、本当に重い心の病に罹っている人もいましたが、実はその気になれば日常生活に戻れるにもかかわらず、病院での安逸な毎日に流され、看護婦長の厳しい統制に素直に従っている者もいました。すなわち、安定した生活のために、自らの「自由」を喜んで犠牲にしていたのです。
しかし、マクマーフィは、あまりに自由のない病院内のルールに我慢ができず、あの手この手でルールを破り、挙句の果て、病院全体を巻き込んでの乱痴気騒ぎを起こします。このため、マクマーフィは、最後にはロボトミーという手術を受けさせられてしまいます。ロボトミーは、人の知性を司る脳の前頭葉の部分を切り離す脳外科手術でした(今は行われていません)。激しい気性の人も、この手術を受けると穏やかな性格に変わりましたが、それは前頭葉の手術によって「知性(人間性)」が失われたからに過ぎません。ロボトミー手術は、いわば「生けるしかばね」に変える手術だったのです。手術を受けたマクマーフィーも、別人のように素直でおとなしい人物に変わっていました。
旧国鉄を精神病院にたとえたかったわけではありませんが、社会的に知られた「いい会社」は、国鉄ほどではないにせよ、安定した毎日が得られますよね。一方で、当然ながら組織の様々なルールやしきたりには従わなければなりません。これらのルールやしきたりの中には、明らかに、第三者が見れば詐欺や不正、顧客に対する背信行為としか思えないものさえあります。しかし、目先の職のために、会社の方針に素直に従わざるを得ないという方が多いでしょう。もし、自分の良心に従い、会社の命令に背けば、ロボトミー手術に等しい仕打ちがあるかもしれませんし。
しかし、そんなキャリアを送って本当に幸せでしょうか?
後になって、大きな後悔をすることはないという自信がありますか?
最近、あまりにも多く会社ぐるみの不祥事が明らかになっているため、今回はちょっと厳しい指摘をさせていただきました。口で言うほど簡単ではないことはわかっています。でも、充実した幸せなキャリアのために、「自分の良心に恥じない仕事」をしたいものです。そのためには、あなたは「プロのビジネスパーソン」としての高い能力を身につけ、「キャリアの自律」を果たさなければなりません。
※この記事は2007年9月20日に「キャリアでざいんBOX」で掲載されたものです。
こんにちは。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
先日のNHK「トップランナー」、海洋冒険家の白石康次郎さんが出演された回はご覧になりましたか?
白石さんは、約8ヶ月も続くヨットでの単独世界一周レース「5OCEANS(ファイブオーシャンズ)」(2006年10月−2007年5月開催)で、アジア人として始めて総合2位の快挙を達成しています。平穏無事、逆に言えば、あまりダイナミックな変化のない毎日を過ごしている私にとって、何ヶ月も海の上で一人ぼっちで過ごし時に荒れ狂う海に立ち向かう、死と隣り合わせの冒険に挑む白石さんの話はとても刺激的でした。
さて、白石さんは1967年、鎌倉に生まれ海を身近に育ちました。そして、水産高校を卒業後、第1回単独世界一周レース(BOCレース)で優勝した故多田雄幸氏に弟子入りし、海洋冒険家としての道を歩み始めます。1986年のことでした。多田氏は1989年に開催された第3回のBOCレースを最後に引退する予定で、彼自身が設計したヨットは白石氏に譲るといってくれていたそうです。ところが、白石さんもサポートしていたこのレース中、多田氏は寄航先のシドニーで死去。白石氏は恩師を失います。
しかし、白石さんは、多田氏の残したボロボロになった船を修復して「SPIRIT OF YUKOH」と名づけ、その船に乗って単独無寄航世界一周を目指すことにしたのです。結局、この目標が達成できたのは1993年、26歳の時でした。
実は、白石さんはそれまでに2度も失敗をしています。多くの方の支援を受けつつ、勇躍出航したにも関わらず、どちらも船の故障などのトラブルに見舞われ、1週間かそこらで早々と冒険を断念せざるを得なくなったのです。白石さんは、冒険を途中で断念する様子を自らビデオに記録していましたが、最初の失敗では無念の涙を流し、2度目にはもう涙もでないほどの落ち込みようでした。
でも、白石さんは、決して目標を「投げ出す」ことはしなかったのです。だからこそ、3度目の正直で見事に成功することができたわけです。番組の中で白石さんは、「あきらめてもいい」と言っていました。「あきらめる」とは、「明らかに見極めること」なのだそうです。目標を目指して進む途中で、しばしば予期せぬトラブルなどでこれ以上行けない、行くべきでないという状況になったとき、潔く撤退を決める。まさに「名誉の撤退」と言えるでしょう。もちろん、十分な準備をしてから再び出発する。大切なことは「目標」や「夢」を投げ出さないことなのです。
「あきらめてもいい」でも「投げ出さないこと」
と言うのは、冒険に限らず人生の真理のひとつだと私は思いました。「あきらめる」というのは、要するに自分のこれまでのやり方が間違っていたと素直に失敗を認めることです。負けを認めることで、これまでのやり方に固執することなく、新たなやり方を模索できます。目標や夢を投げ出さない限り、あきらめる回数が増えるほど、それは目標に近づいているのかもしれません。
ちょっと前に「くじが当たるまで引いた人が成功者」というテーマの内容も書きましたが、たまにはやる気を失い立ち止まることがあってもいい。うまく行かない時にへたに無理をするよりは、しっかり休んで英気を養ったほうがいいのだと思います。でも、あなたの「目標」や「夢」だけはどうか投げ出さないでくださいね。
白石康次郎さんのブログ
白石康次郎さんの公式ホームページ
※この記事は2007年9月13日に「キャリアでざいんBOX」で掲載されたものです。
こんにちは。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
先日、福岡の高校時代の親友が上京してきたので、久しぶりに2人で飲みました。彼は、あるサービス事業を福岡市内に展開することに成功し、現在スタッフ60人ほどを率いる立派な企業経営者になっています(ここでは、彼のことを「Yくん」と呼ぶことにします)。
実は、去年までお互いほとんど交流がありませんでした。ですから、高校卒業後にどのような人生を歩んできたのかを知らないままだったのですが、今回、ゆっくりと酒を酌み交わしながら、Yくんのこれまでの結構波乱に富んだ人生について話を聞くことができました。その彼の話の中で、ここで皆さんにもぜひ伝えたいなと感じたことがあります。Yくんの許可を得て書きます。
Yくんは、私が入学した大学に強い憧れを抱いていました。幸い、私は現役で合格しましたが、彼は残念ながら不合格で、次年度に再チャレンジするため浪人の道を選びました。結局Yくんは2浪したのですが、2年目の入学試験では、合格するだけの実力があったにもかかわらず、なんと第一志望のその大学の受験を棄権してしまったのだそうです(この事実は、今回初めて教えてくれたことでした)。
棄権した理由は、もし今回もその大学の入学試験に不合格だったら「自分は立ち直れないだろう」と思ったからです。すでに第二志望以下の大学からの合格通知はもらっていたこともあり、「失敗するかもしれないのがいやだ」という自分の消極的な気持ちに負けてしまったのです。
これは20年以上も前のことですが、今聞いてもとても身につまされる話ですよね。私がもし当時のYくんと同じ立場だったらやっぱり試験を受けなかったかも知れません。愛を告白したいけれど、もし振られてしまったら悲しすぎる。こう思って、片思いの相手に自分の気持ちを打ち明けられなかった10代の頃の弱気な自分をつい思い出してしまいました。
Yくんは後になって、その憧れの大学を受験しなかったことを大いに後悔しました。今でも後悔の念を持ち続けています。しかし、おかげで、「やれたことをやらなかったこと」がどんなに大きな後悔をもたらすかを身をもって知ることができました。以来、彼は、さまざまな人生の局面において常に積極的に行動するようにしてきたそうです。このことが現在の成功につながっていることは疑う余地がありません。Yくんは20歳そこそこで、「やらない後悔ほど大きいものはない」という人生におけるきわめて重要な「学び」を得ることができたというわけです。
私も、20代前半までは、傷つくことを恐れるあまり一歩を踏み出すことができませんでした。このため、消極的な行動が多かったように思います。しかし、なにかのきっかけで、「やらない後悔はしたくない」という気持ちが生まれて、積極的な行動が取れるようになりました。最近は、よく考えずに直感で行動するものだから、あれこれ手を広げすぎて首が回らないほどです。積極的になり過ぎるのも問題ですね(笑)。
さて、後悔したくないからと積極的に行動すると、当然「失敗」が増えます。笑われたり、叱られたり、罵倒されたりして大いに傷つくことになります。でも、「やらない後悔」よりましです。
「やらない後悔」より「やって反省」
です。やって失敗したら、その後しっかり反省すればいい。そして、どこが悪かったか、問題だったかを直視して、自分の行動を修正するようにすれば、次に成功する確率は確実に高くなります。以前、「心の筋トレ理論」で書いたように、「傷つくこと」によってあなたの心はよりいっそう強靭になります。また、「失敗することでしか見えてこないものがある」や「失敗して賢くなる」で指摘したように、「失敗」こそがあなたを成長させてくれるのです。
「やらぬ後悔」より「やって反省」。今後、行動にちゅうちょするようなことがあったら、この言葉をぜひ思い出してください。特に、片思いの人がいる人、思いを伝えられなかった後悔は一生続きますよ。今すぐアタックせよ!
※この記事は2007年9月6日に「キャリアでざいんBOX」で掲載されたものです。
こんにちは。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
9月2日(日)夜、私が1年ほど前から参加しているゴスペルグループのコンサートが行われました。場所は渋谷のC.C.Leomonホール(旧渋谷公会堂)、定員2,084人の大会場です。当日は、ほぼ満席となった来場者の前で、総勢数百人のメンバーによる歌、そしてプロのダンサーを招いてのダンスパフォーマンスなどが繰り広げられました。
私も含めゴスペルのメンバーは、主婦だったり、会社員だったり、学生だったりと、要するに皆アマチュアです。それぞれ様々な用事で忙しい中、猛暑の続くコンサート直前の8月はほぼ毎週末集まり、練習に精を出しました。おかげさまでコンサートは無事終了し、お客さまにも楽しんでいただけたようでほっとしています。
さて、コンサートの前、友人の一人にゴスペルの話をしたところ、「ゴスペルって、自分たちだけが楽しんでるイメージがあるよね」と辛らつなコメントを返されました。確かに、教会で歌われる黒人霊歌が発祥のゴスペルは、自分自身の歌声に酔っているかのような、歌い手の恍惚とした表情がイメージとして思い浮かびます。実際、数百人の仲間たちとともに、魂を絞り出すように歌うゴスペルは実に楽しい。私は、ゴスペルを歌っている時、「まつおっち(私のニックネームです)は、笑顔いっぱいで歌っているね」と人から言われますが、心から楽しんでいるので自然と笑みがこぼれてしまうんですよね。
ただ、今回、おそらく数年に1度の大規模な単独コンサートを目前にして、ゴスペルグループのマネージャーから厳しく叱責されたことが今でも忘れられません。
マネージャーの言葉は、次のようなものでした。
“普段の練習では、自分が楽しんでくれればいい。あまりうるさいことは言いません。しかし、今回のコンサートのように、お金をいただいて聴いてもらう場合はそうはいかない。お客さまに喜んでいただける、納得していただけるパフォーマンスができなければなりません。甘えは許されないよ・・・”
すなわち、「自己満足で歌うな、プロ意識を持て」ということをメンバーに伝えたかったのです。
今回のコンサートでは、演出家、舞台監督、生演奏をしてくれるバンド、ダンサーチームの皆さんは、全員プロ中のプロです。つまり、超一流の方が私たちメンバーをサポートしてくれていました。そして、来場者の方には、安くはないチケット代をきちんといただいています。もし、「私はしょせんアマチュアだから」という甘えがあり、それが表に現れたとしたら、周囲を失望させることになります。聴衆にすれば、「金返せ!」ということになるでしょう。
たとえそれほど自信がなくても、相応の対価をいただいている以上は、「プロ意識」を持ち、自分のベストのパフォーマンスが出せるように最大限の練習を積み、本番では、堂々とプロとして振舞うことが求められるんじゃないでしょうか。
このことはもちろん、仕事においても同じです。
以前、ある有料セミナーに参加した時のことを思い出します。セミナー講師は、その専門分野では第一人者です。ブログやメルマガにも精力的に取り組まれていたので、大きな期待を持ってセミナーに臨みました。ところが、丸1日のセミナーのうち、私は午前中だけで受講を中断し、会場を後にしました。内容は良かったのですが、講師の言葉が気になったからです。彼は話の中で頻繁に次のように話していました。
「たぶん、XXXなんだと思います。」
「たぶん、XXXです。」
つまり、頭に「たぶん・・・」をつけて話すのです。「なにかについての推測」ならいいのですが、専門分野についての説明をしている時も、「たぶん・・・です。」と言う。この言葉使いは、たぶん(笑)、彼の口グセなんでしょうね。思わず出てしまう感じでした。
しかし、普通に、「これは・・・です」と断言できる話にも「たぶん」をつけてしまうと、内容に自信がないように聴こえてしまい、説得力がありません。こちらはお金を払って講師の専門分野を学びに来ているのに、「たぶん」の話ばかりじゃ聴いてられない。ばかばかしい。そう思って途中で逃げ出したのでした。
私はちょっと厳しすぎますか?
しかし、お金をもらう以上は、プロとしての誇りや自信を、態度や言葉でも示すべきではないでしょうか。彼の場合は、たぶん、プロ意識はあったと思います。ただ、それを受講者に示すことがうまくできなかったのが残念な点でした。
社会人の皆さんも、新人であれ中堅であれベテランであれ、給料をもらっている以上は、全員プロです。「謙虚さ」は失うべきではありませんが、必要以上の謙遜はダメです。プロとしての矜持を持ち、お客様の前ではプロらしく振舞いましょう。中味はまだ十分でなくても、そのギャップを埋めようと精進を怠らなければ、少しずつ「一流のプロ」としての「中味」も「振る舞い」も身についていきますよ。
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