生きている実感と喜び、ワクワク、そして、自分の成長が実感できる「幸せなキャリア」を目指したいと思いませんか?
あなたの「キャリアデザイン」にきっと役立つ情報・ヒントを毎週お届けします。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
‘Name Dropper’(ネーム・ドロッパー)
という英語の意味、ご存知ですか?
これは、
「私はテレビによく出てる芸能人の誰々さんと知り合いだよ!」
などと、有名人の名前を挙げて自慢する人のことです。
‘Name Dropper’という英語を文字通り解釈すると、
有名人などの「名前」(Name)が頻繁に口からこぼれる(Drop)人
ということでしょうか。
こうした英語の慣用語って他にもいろいろありますが、ほんと英語って簡潔に表すことができる言語ですよね。
日本語で同じ内容を表そうとすると、前述のように長ったらしい説明文になってしまいます。
さて、有名人の知り合いなどと得意げに吹聴するネーム・ドロッパーに対して、聴き手としては、ポジティブ、ネガティブの両面の印象を持つものです。
ポジティブ → その人を知ってるってことは、この人も結構すごい人かも!
ネガティブ → 自分はたいしたことがないから、有名人を引き合いにだすんだな!
意識的か無意識かはさておき、ネーム・ドロッパー自身は、口に出した有名人ではなくて、自分のことをすごいと思って欲しい。
つまり、有名人の「威」を借りて自分を良く見せようとしているわけですね。
まぁ、本当に有名人となんらかの形でつながりがあるのなら、優れた人脈構築力があると言えないこともありません。
ですから、そうした関係を口に出すことで、実際に権威付けができる場合もあるでしょう。
しかし、多くの場合、聴き手からはネガティブな印象を持たれるだけです。
有名人の名前を出すことで、逆にネーム・ドロッパー本人の「ダメさ加減」がより強調され、「すごい人」というよりもむしろ「かわいそうな人」と同情されてしまう・・・。
私たちは、自分に対する本当の自信や確信が持てるようになるまではどうしても外部の力を借りて自分を本質以上に良く見せたくなるものです。
有名人の名前を挙げることだけでなく、現在の地位や収入に照らすと明らかに不相応な高額のブランド製品(高級車や装飾品など)を買うのも、それらの製品が持つ高いブランドイメージを使って自分を良く見せたいからですね。
こうした高額なブランド製品は、英語では
‘Ego Booster’(エゴ・ブースター)
と言うことがあります。
文字通りは、
自我(エゴ)を拡張、あるいは肥大化させてくれるもの
という意味です。
高額なブランド商品のエゴ・ブースターとしての役割を100%否定するわけではありません。
例えば、大事な商談の席に一流デザイナーのスーツ(決め服!)を着ていくことで、いつもよりも自信を持って話ができるといったポジティブな効果も確かにあります。
しかし、本来は事業に成功を収めるなどして得た現在の地位や収入を象徴するものとして高額な製品やブランド製品は購入すべきものです。
また、有名人などとの関係も、自分がなんらかの分野の第一人者になり、対等の関係でつきあえるのが本来でしょう。
どんなに着飾っていたとしても、有名人の名前やブランド製品を取り去ったら、
「タダの人」
に戻ってしまうのでは、ほんと「かわいそうな人」です。
有名人やブランド製品の権威を借りることなく、裸一貫で勝負できる実力、周囲からのゆるがぬ信頼を得るのが、ビジネスパーソン、いや社会人としての究極の目標ではないでしょうか。
ネーム・ドロッパーになるな!
エゴ・ブースターに頼りすぎるな!
自分を磨いて真の実力と自信をつけよう!
*ネーム・ドロッパーの話は、日経ビジネスアソシエ(2008.10.21)連載中のマックス桐島氏の人気コラム『ハリウッド発 イケてる大人への羅針盤』をヒントにしました。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
キャリアの話題からちょっと離れるようですが、
「ダイエット」
(すなわち「減量」のための食事や運動療法)
を続けるのがなぜ難しいのか、その本質的な理由をご存知でしょうか?
世の中には様々なダイエット方法がありますけど、減量に成功するポイントは、摂取カロリーよりも消費カロリーを増やすことに尽きますよね。
具体的には、食事量を減らして摂取カロリーを減らす。
また、運動量を増やして消費カロリーを増やす。
どちらか一方だけでも相応の効果がありますが、この両方を並行してやれれば、体重が減るスピードが早くなります。
ただ、社会人の場合、時間的な問題もありますから、なんらかの「運動」を継続するのはなかなか大変です。
一方、「食事」は毎日のことですから、その気になれば食事量をコントロールするのは簡単なはず。
ところが、食事を制限するのは実際にはとても難しいですよね。
私自身も数年前、運動+食事制限をやって、いったんは10キロ近く体重を減らすというダイエット成功体験がありながら、その後リバウンドしてしまった体重を減らすための食事制限には何度も挫折しています(今も再挑戦中ですが・・・)。
実は、ダイエットが難しいのは、
遺伝子レベルで組み込まれているとも言える
「生物的な本能」
に人間も支配されているからなのです。
人間社会では、特に日本のような国に住んでいると、普通に生活している限り、すぐに飢えるという危機に直面することはありません。
ところが、生物界全体として見ると、すぐに飢える心配をしなくていいという状況は、極めて例外的です。
ほとんどの動物は、今目の前にある食べ物(獲物)が取れなければ、すぐにでも飢えて死んでしまうという毎日を送っています。
ですから、「生きる」ためには、なにはさておき、目の前の食べ物(獲物)を確保することが最優先事項になってしまうのです。
前述したように、これは本能的な欲求から来るものです。
生物の一種である人間もまた、この本能的欲求から逃れることができません。
ダイエット中にも関わらず、訪問先で、おいしそうなケーキが目の前に差し出されてしまうと、
「まぁ、断るのは申し訳ないし、今日くらいはいいか!」
などと言い訳しながらつい食べてしまうんですね・・・。
さて、身近なダイエットの話を通じて、私が何を言いたかったかというと、
人間を含む生物は
「生きる」(生命の維持)
という究極の目的のために
「短期的思考」
で行動するのが常態である
という点です。
短期的な思考は、食べ物に限りません。
私たちは、1週間後、1ヵ月後の楽しみより、目先の楽しみに心を奪われるようにできているのです。
また、目先の苦痛や危険を回避することを最優先するようになっているのです。
それが自然界において
「生きる」
ために最も有利な行動だからです。
しかし、人間だけが、こうした短期的な思考を乗り越え、長期的なメリットや目標のために目先の楽しみやおいしいものをあきらめることのできる力を持っています。
すなわち「意志の力」です。
おおげさな言い方になるかもしれませんが、本能に支配されるのではなく、自分の「意志の力」を駆使することが可能だったからこそ、人間は文明を発展させることができたのかもしれません。
もちろん、目先の楽しみを優先したいという本能的な欲求に打ち勝つのは簡単ではありません。
まずは、そもそも私たちは「短期的思考」するのが普通なのだ、という点を理解しましょう。
その上で、長期的なメリットや目標の実現のために、どんな工夫をすれば、目先の楽しみをうまく振り切り、やるべき行動を取れるようになるか、考えたいものです。
難易度の高い資格試験に合格した人や、地に足の着いた立派な事業に成功した人は、皆、短期的な思考を克服するために様々な工夫をしているものですよ。
なお前回、「反応と判断」というテーマの記事を書きましたが、今回の話に照らすと、
「反応 = 本能的なもの」
「判断 = 意志力」
だと言えます。
短期的な思考が普通だからこそ、長期的な思考ができる人が成功を手にするのです。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
最近、
「企業に就職した新社会人の3割は、3年以内に最初の会社を辞めてしまう」
と言われます。
実際、統計数値を見るとその通りです。
そして、この話の後は、たいてい
「最近の若者は我慢が足りない!」
という説教的な内容が展開されることが多いですよね。
実は、恥ずかしながら、私も我慢が足りない若者の一人でした。
大学を卒業して入社した会社をわずか1年半で辞めてしまったからです。しかも、次の働き口を見つけないまま・・・。
最初の会社を辞めた後は、短期間でしたが、千葉・船橋の工場の夜勤などのアルバイトをして生活費を稼いでいました。
いわゆる「フリーター」のはしりです。
(「フリーター」という言葉が生まれる前の話ですよ・・・)
今思えば、この退職は100%間違っていたと思います。
なぜ、たかだか1年そこらで、せっかく新卒で入社した会社を離れることにしたのか、その理由は、これまで誰にも話したことがないほど、情けなく、他愛もないことです。
ですから、さすがにこのブログでも恥ずかしくて書けません。
ただ、1つ言えるのは、どちらかと言えばかなり感情的な理由で、衝動的に退職を決めてしまったという点です。
「若気の至り」といえばちょっとマシに聞こえるかもしれませんが、率直に言えば、「未熟だった」ということに尽きます。
幸い、短期間のフリーター経験後に入社した会社では、現在の私にとって「天職」となったマーケティングの仕事に出会い、また素晴らしい上司や先輩たちに鍛えられたおかげで、それ以来は十分に幸せなキャリアを築いてこれました。
ただ、私の場合本当に運が良かっただけだと思います。
当時は、自分の身勝手な理由で辞めたくせに、いざ冷静に周囲を見渡してみると、自分の将来は真っ暗、不安で一杯だったことを思い出します。
さて、こんな私の情けない過去をあえて書いたのは、若いあなたには、私の二の舞を踏んで欲しくないからです。
その時々の気分や感情で衝動的に会社を辞めてしまうのは、必ず後悔します。
長期的なキャリアデザインに基づかない、せつな的な行動は、「次」につながることがないからです。
私のようにキャリアの断絶を招くだけに終わることが多いでしょう。
あなたの可能性を閉じてしまうかもしれない。
日本を代表するアニメ監督の高橋良輔氏は、あるインタビュー記事(※参照)で次のようなことをおっしゃっています。
会社を辞めるのもそうですが、何かについて選択肢から選んで決断に至るまでに‘反応’と‘判断’があると思うんですよ。
‘反応’というのは、脊髄反射に近い感覚的なものですね。
例えば、会社に入りました、ばんと怒られてぱっと辞めちゃう。そういうのは反応でしょう
私は、高橋監督のこの言葉を聞いて、
「あぁ、私が最初の会社を辞めたのは、明らかに‘反応’だった」
と思いました。
高橋監督は続けます。
‘反応’したらダメというんじゃないですよ。
人間というのは反応しちゃう生き物で、また反応しないとだめなんだけど、‘反応’だけだとだめなような気がするんですよ。
‘判断’がないと。
そして、‘反応’と‘判断’の違いについて次のように説明しています。
会社でガツンと怒られたとして、あぁ怖い、腹が立つ、悔しい、と思って、もう行くのが嫌になっちゃって、何日かしたら辞表を郵送するというのは、「反応」しちゃったというだけであって。
一方で、「ああそうか、この会社ではこういうことをすると、ああいう怒り方をされるんだな、それについては、俺は嫌だな」といのは「判断」だと思うんです。
私も当時、まだ20代前半でしたが、高橋監督が言うような‘判断’する力があれば、最初の会社を辞めることはなかっただろうと思います。
既に社会人になってらっしゃる方は実感していると思いますが、会社の仕組みには理不尽なことも多く、仕事のこと、そして社内外の人間関係にも、悩みやトラブルが尽きませんよね。
そうしたことにいちいち過剰反応して、会社を次々と替わったり、人間関係を絶っていたらまともな社会生活が営めないのが現実です。
もちろん、明らかな人権侵害や搾取をしている会社とは即刻縁を切るべきですが、そうでない普通の会社にも、それぞれ良いところ、悪いところがあります。
また、あなたが人生で出会う様々な人たちにも、それぞれ良いところ、悪いところがある。
自分に取って不愉快なことに‘反応’して衝動的な行動をするのではなく、ある程度受け入れ、理解し、適切な付き合い方を‘判断’した上で行動するようにしませんか?
複雑な人間社会のなかでうまく適応するには、
‘反応’と‘判断’
の両方をうまく使い分けることが大事なのです。
※高橋監督のインタビュー記事
NBonline(日経ビジネス オンライン)
今日から始める「敗者復活」
〜“アンチ天才”のボトムズ流仕事術・2
5:今いる会社の辞め時、見切り時
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
あなたは、今の仕事を始めてから何年目ですか?
「仕事」というのは、現在のポジションでやっている仕事の種類や内容のことです。
まだ始めたばかりの方は、いろいろと慣れなくて大変でしょうね。
でも、それだけに新鮮な毎日。最初はわからなかったことが、だんだんとわかってきたり、できなかったことが、少しずつできるようになることが楽しいと感じる日もあるのではないでしょうか。
一方、もう何年も同じ仕事をやっている方の中には、既に達人の域に達していて、鼻唄を歌いながら楽に仕事を終えられるようになっている人もいるでしょう。
ただ、今の仕事にすっかり慣れてしまっただけに、新鮮味はもはや感じられないかもしれません。
もちろん、毎日充実感を持って仕事ができているのであれば問題はありません!
しかし、ふとした拍子に、仕事に対する不快感や違和感、将来に対する不安感など、ざらついた感情が頭をもたげてくることがあるなら、その思いを打ち消そうとせず、なぜそんな気持ちになったか立ち止まって考えてみることをオススメします。
多くの人は、同じ会社で同じ仕事を長く続けていると惰性状態に陥りがちですよね。
そして、「なんのためにこの仕事をやっているのか」といったそもそもの目的や将来の夢を見失ってしまい、深く考えることなく、決まりきった手順・行動を毎日繰り返してしまう。
でも、そんな状態になっても、無意識の中では
「このままではよくないぞ・・・!」
という思いが増殖しています。
その結果、不快感や違和感などのネガティブな感情となって現れてくるのです。
つまり、そうした感情は、自分自身が自分に対して鳴らしているアラーム、つまり「警戒信号」なのです。
警戒信号なのですから、気が滅入るからなどと強制終了してはいけません。
その警戒信号の持つ意味を考えてみるのです。
おそらく、その警戒信号は、
「そろそろ仕事の内容そのものか、もしくは仕事のやり方を変える時期だよ」
という意味であることが多いでしょう。
「現状のままを続けていてもこれ以上の成長はないし、自分の可能性は拡がらないよ。変化をしかける時だよ」
ということを教えてくれているのです。
コピーライターとして有名な、糸井重里さんは、以前から
「寝返り理論」
というユニークな理論を提唱されています。
病気になって同じ姿勢で寝続けると背中に床ずれができますが、この原因は、体の重みで血流が滞ってしまうためです。
ですから、血が滞らないようにするには、寝返りを打つことが必要なのです。
仕事でも同様で、「滞っている」と思ったら、
“寝返りを打つ”
つまり、別の仕事をやってみたり、仕事のやり方を変えるなど、何かを変えてみるのです。
そのことによって、新たな成長や可能性がひらけてきます。
会社にお勤めの方は、「そうは言っても自分の願いどおりに別の部署とかに異動させてもらえるわけじゃないし、仕事のやり方だって勝手に変えられない」と反論されるかもしれません。
でも、会社って意外に柔軟なんですよ。
現状を変えたいという強い思いがあればたいていのことは受け入れてくれるものです。
(もちろん、その変化は会社にとってもよい効果をもたらすものであることが必要ですけど)
前述したように、なにも考えずに同じ仕事を繰り返していると、、なかなか「仕事が滞っている」ということも感じられなくなってしまうものです。
ふとした瞬間に浮上してくる「ざらついた感情」こそが警戒信号です。
そんな感情が生まれてきたら、それは変化をしかける時なのです。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
‘納棺師’と呼ばれる職業があるのをご存知でしょうか?
ひとことで言えば、遺体を棺(ひつぎ)に納める仕事をする人のことです。
「納棺」といっても、単にモノを箱に入れるような作業をするだけではありません。
故人の全身をきれいに拭いて清め、あの世への旅立ちのためにふさわしい服を着せる。
顔については、口の中に含み綿を入れ、お化粧をほどこす。もし故人が女性なら、生前使用していた口紅をさす。また、故人が好きだったネックレスなどの装飾品もつけてあげる。
故人の手を胸元で結び合わせる。その後に、故人を棺に移して、親族との最期のお別れをしてもらう。
こうした一連の動作は、
‘納棺の儀’(のうかんのぎ)
と呼びます。
今年(2008年)9月13日封切りの映画、『おくりびと』は、この‘納棺師’の話です。
私は、試写会でいち早く観ることができました。
『おくりびと』は、「死」という重いテーマを扱っていながら、暗さ、陰気さはほとんどなく、むしろカラっと明るい雰囲気。笑える箇所もあちこちにあります。
なにより、全編を通して、人々に対する穏やかで、暖かな愛情に満ちている映画でした。
主役の納棺師を演じる本木雅弘さん、NKエージェント社長役の山崎努さんを始めとして、俳優陣の演技が素晴らしいです。
おそらく、『おくりびと』は、現代の日本映画における「名作」のひとつとして数えられることになるのではないかと思います。
では簡単にストーリーをご紹介しましょう(ネタばれにならない範囲で・・・)。
本木さん演じる主人公、小林大梧は、東京のクラシックの楽団のチェロ奏者でした。
ようやくつかんだプロ音楽家の仕事でしたが、その楽団は突然、経営難により解散してしまうのです。
小林は、自分の音楽的才能に限界を感じていたため、音楽家としての道を続けることをあきらめ、奥さん(広末涼子)と共に故郷山形に戻り、新たな人生を始めることにします。
そして、故郷の町で職探しをする中で小林は、ひょんなことから、「納棺」を請け負う会社‘NKエージェント’で働くことことになるのです。
彼は、この会社の社長に強引に引き入れられたような形で、この仕事を始めることになっただけです。
決して自分から納棺師になりたいと思って、NKエージェントに就職したわけではありませんでした。
彼の初仕事は、なんと死後2週間経って発見された一人暮らしの老人の腐乱死体です。
しょっぱなからいきなり納棺師の厳しい現実を味わい、大きなショックを受けます。
このため、小林は、奥さんにはどんな仕事をしているのか言うことができません。「冠婚葬祭」関係という説明でお茶を濁していました。
しかし、ある時奥さんに仕事の内容がばれてしまい、
“こんな仕事をして恥ずかしいと思わないの。どうか他の仕事を探してちょうだい!”
と泣きつかれるのです。
また、幼なじみの友人からも、
“町で噂になってるぞ。ましな仕事を探せ。”
と、この仕事をやっている限りは、友達づきあいをしたくないような冷たい対応をされてしまいます。
確かに、納棺師は、死に関わる仕事ですから印象は決して良くありません。小林も最初の頃は辞めることを考えました。
でも、小林は、結局、納棺師の仕事を辞めることはなかったのです。たとえ、奥さんがあいそをつかして実家に帰ってしまっても・・・。
なぜなら、彼は、納棺師という職業の本質と喜びを早い段階で知ったからでした。
映画の中で、小林が独白として語った言葉の中で、納棺師の本質を端的に説明していると感じたフレーズがあります。
それは次のようなものでした。
“冷たくなった体にいのちをよみがえらせ、永遠の美を授ける”
納棺師によって丁寧に心を込めてお化粧された顔は、生前元気だった頃の故人に戻っています。
まさに「永遠の美」が感じられる美しさを故人は取り戻すのです。
そして、奥さんに死なれた喪主の夫からは、
「あいつは今までで一番きれいでした。ありがとうございました」
と心からの感謝の言葉をかけられるのです。
納棺師は、悲しい別れの場に立ち会う仕事ではあるけれども、故人と親族との間の「絆」や「愛」を感じることのできる職業であることを小林は実感します。
そして、納棺師の仕事に、やりがいと充実感を持って取り組むようになります。
うれしいことに、奥さんも最後には彼と彼の仕事を認めてくれます。
さて、世の中には実に多種多様な職業がありますよね。
こうした職業の中には、納棺師のような、対外的な印象が良くないものもあります。
また、肉体的、精神的にかなりの負担を伴うものや、逆に単純作業の連続のため、一見、退屈でつまらない仕事だと感じるものもあります。
でも、『おくりびと』を観て改めて思ったのは、仕事を表面的な印象や、見かけの仕事内容で判断すべきではないということです。
どんな仕事もそれは社会的に必要とされているからこそ存在しているのです。
その仕事をやってもらえて喜んでいる誰かがきっといます。
あなたの現在の仕事がどんなものであれ、どうか「その仕事の本質は何か」を考えてみてください。
そしてまた、「ありがとう」と言ってくれる人の存在を感じられたらいいですね。
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
ビジネス書評家の鹿田尚樹さんが、読書を通じて見つけた言葉に次のようなものがありました。
「100本の映画を観ることにより、10回繰り返して観る1本に出会う。そのために100本観る」
これは、10回繰り返して観るだけの価値のある「名作」を発見するためには、100本の映画を観るという、ある意味「無駄」とも思える行動をしなければならないことを教えてくれているのです。
私は、「そうそう、そうなんだよなぁ・・・」と思わずうなずいていました。
この言葉が当てはまるのは、映画に限りませんよね。
人生の多くのことに当てはまります。
例えば、「良書」に出会うことも全く同じ。
私自身、ちょっと興味を引いた本はかたっぱしから購入して、どんどん読むようにしているのですが、繰り返し読むほどの価値がある本にはめったに出会えません。むしろ、内容の薄い駄本によく出くわします。
結果論から言えば、私は、それほど読む価値のなかった本に無駄なお金と時間を使ったことになりますよね。でも、私は後悔したことはありません。
「良書」に巡り合うためには、そうした「意味のある無駄」が欠かせないことを経験を通じて自覚しているからです。
もちろん、だれがが読んでも「良書」と認めるものもありますよね。そんな本だけ誰かに教えてもらって読めばいいと思うかもしれません。
でも、読む人の年齢・性別、置かれた状況、性格、価値観などによって、本の評価は人によってずいぶん分かれます。
ある人にとっては「座右の書」となっているものが、別の人にとっては、眠れない夜のための「退屈な本」ということもあるわけです。
また、子供の頃は読んでもピンと来なかった本なのに、大人になった今になって再読してみたら、人生が変わるような示唆を得る
といったこともあります。
ですから、たとえ他の人がどんなに良い本だ、あるいは逆にくだらない本だと言っていたとしても、私は自分の目で判断することにしています。
自分にとっての良書は自分にしかわからないからです。
様々な分野の学習や、資格試験のための教科書、参考書選びも同様です。
過去の学習者、受験者の評価が高いかどうかを参考にするのは当然ながら、だれにとってもこれさえやればOKという決定本はありません。
「無駄遣いじゃないかな・・・」という気持ちにちゅうちょすることなく、目ぼしい教科書や参考書をどんどん購入して、実際にやってみるのです。
実際にやってみると、これが自分には一番しっくりくる、わかりやすいと認識できる、あなたにとっての良書に出会うことができるでしょう。
近年は、なにごとにつけ「効率」が重視されるため、上記のようなことは、「全くの無駄」だと考えてしまいがちの方が増えているかもしれません。
しかし、良いものと悪いものを見分ける力は、良いもの、悪いものの両方をたくさん自分で体験することを通じてのみ培われるのです。
効率を求めるのは、何を選ぶべきか、やるべきかがはっきりしてから!
それまでは大いに無駄を重ねるべきなのです。
意味のある無駄なんですから。
*鹿田尚樹さんのブログ
>> 【ビジネス書評】鹿田尚樹の「読むが価値!」【ビジネスブックミシュラン】
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
8月24日で北京オリンピックが無事閉幕。
「世界新」が続出した熱い戦い。今でもまだ興奮と感動の余韻が残っている感じです・・・。
さて、オリンピックを目指すスポーツ選手たちにとって、4年ごとにやってくるオリンピックは、言うまでもなく人生における最大のイベントですよね。
オリンピックに出場できるか・できないかという関門突破もさることながら、出場した競技でメダルを取るか・取らないかでその後の人生が大きく変わってきます。
国によっては、メダルを取れば兵役が免除されたり、あるいは一生の生活が保障されるところもありますよね。
そんな国の代表選手の勝利に対する執着心や集中力は半端じゃありません。
でも、出場者全員が勝者になることはできません。
メダルを取った喜びに舞い上がる選手たちの影で、メダルを取れなかった悔しさ、無念さで涙する選手たちを今回もたくさん目にしました。
ところで、オリンピック代表選手にとって、オリンピックはその後の人生に大きな影響を与えるイベントですから、
「転機」
と呼ぶことができます。
この「転機」ですが、実は2種類あるのです。
すなわち、
・イベント − なんらかのモノゴトが起きること(予期していたかどうかに関わらず)
・ノンイベント − 期待していたこと、予期していたことが起きなかったこと
の2つです。
オリンピック代表選手において、イベントとはメダルを取ることであり、ノンイベントとは、メダルが取れなかったことやケガなどで出場を断念することです。
例えば、水泳の北島康介選手は、今回も、金メダル2個を含むメダルを合計3個取得したおかげで、今後の人生の可能性はさらに大きく広がりました。
彼にとっての「イベント」は予期した通りに起き、これまでの努力が報われたわけです。
ところが、女子マラソンの野口みずき選手はケガのため出場取り止め。
前回のアテネオリンピック金メダリストとしては、メダル取得どころか、出場さえできないという、とても残念な「ノンイベント」になってしまいました。
オリンピックにおいて「勝利してメダルを取る」というイベントを乗り切るのももちろんとてつもなく大変ですが、「メダルを取れなかった」というノンイベントを乗り切るのはさらに大変です。
ノンイベントには、ネガティブな問題や感情が伴うことが多いからです。
オリンピック選手だけでなく、私たちすべての人生にそれぞれイベント、ノンイベントがあります。
キャリアに関連したことを例に挙げれば、学生が会社に就職することは「イベント」。
一方、就職活動に失敗して就職浪人やフリーターになったとすれば、それは「ノンイベント」です。
うまく就職できなかったことが、当人にとってどんなにつらいことか、ずいぶん昔のことではありますが、私自身就職活動に苦労したのでよくわかります。
こうしたノンイベントを乗り切るのは簡単ではないのは想像できますよね。
では、厳しいノンイベント(就職や転職といった「イベント」も、新しい環境(職場)に適応しなければならないため、しばしばとても大変ですが・・・)を乗り切るためにはどうしたらいいでしょうか。
詳細はぜひ末尾に示した別のWebサイトでの私の記事を参照して欲しいのですが、そのポイントはまず、現状を客観的に把握することです。
そして、自分自身の性格上の特徴(強み・弱み)を自覚した上で、周囲の人々の支援も仰ぎながら、ノンイベント(あるいはイベント)を乗り切るための適切な戦略を立てることです。
つらいからといって、現状から目をそむけてはいけません。
現状を直視するのです。
もちろん、直視したからといって、必ずしも何らかのアクションを取らなければならないというわけではありません。
状況によっては、何もしないでしばらくじっと時が過ぎるのを待つという戦略が最適な場合もあるからです。
また、自分の問題だからと一人で抱えこまず、周囲の人たちに助けを求めましょう。
自分では思いもしなかった解決策やチャンスは、人との交流を通じて発見できることが多いからです。
『第4回 シュロスバーグ理論で転機をうまく乗り越えろ』
(@IT自分戦略研究所 エンジニアも知っておきたいキャリア理論)
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
猛暑となった今夏。
北京オリンピックでは、別の意味で‘熱い’戦いが繰り広げられています。
厳しいメダル獲得競争が予想された中、日本代表選手はなかなかに健闘してますね。お盆休み中は、テレビに釘付けの方が多かったのではないでしょうか?
さて、小さいころからスポーツに打ち込んできた人たちにとって、「オリンピック」は別格の存在ですよね。
「オリンピックに出場してみたい」
こう漠然とでも思わない人はいないのではないでしょうか。
もちろん、ほとんどの人はどこかの段階で自分の能力の限界を悟り、オリンピック出場を早々とあきらめてしまいます。
また、あきらめずに努力を重ねたとしても、ぎりぎりのところでオリンピック代表選手の選考から漏れてしまう人がいます。
ですから、今、北京オリンピックの舞台に立っている選手たちは、つらい練習に耐え、日本代表の座を目指す競争に勝ち抜いてきた人。
メダルを得るかどうかに関わらず、オリンピックに出場したというだけで賞賛に値しますよね。
ところで、オリンピック出場選手の中で、小さい頃から
「オリンピック出場は間違いない」
と周囲が認めるほどの才能を示していた人はほんの一握りでしょう。
むしろ、ほとんどの選手は、
「オリンピックに出たい!」
などと口にしたら、
「なに言ってるんだ、お前がオリンピックに出場できるわけないじゃないか・・・」
と、親や友人たちから軽く鼻であしらわれたことがあったのではないでしょうか。
しかし、オリンピック出場を果たした選手の多くは、そんな周囲の嘲笑にめげることなく、オリンピック出場の「夢」を決して捨てなかったからこそ今があるのです。
今、オリンピック出場の「夢」と書きましたが、選手が一番最初に抱くのは「夢」のはるか以前の段階、すなわち、なんの根拠のない、とても実現しそうもない「妄想」です。
単なる「妄想」だからこそ、周囲から嘲笑されてしまうのです。
でも、まず「妄想」しなければ何も始まりません。
妄想が高じて、より具体性の高い「夢」となり、さらに明確な達成日を設定することで「目標」となるからです。
スポーツに限らず、人類の文明の発展を支えてきた様々な発見・発明は、やはり「妄想」から始まっていますよね。
例えば、「鳥のように空を飛びたい」という、最初は誰もが嘲笑したであろう妄想を人が抱かなかったら、いまだ「飛行機」は誕生していないはずです。
一人ひとりの人生もまた、「妄想」することから作られていきます。
ミュージシャンとして、またエンタテイメント・プロデューサーとして成功したつんく♂は、自伝的な最新著書『一番になる人』(サンマーク出版)で、次のように書いています。
“妄想を抱くことから、ほんとうの人生は始まる。
いや、もっといえば、妄想を抱かないかぎり、
大きな仕事はなし得ない。”
さらに、つんく♂は、妄想と夢や目標の違いについて次のように説明しています。
“夢が心のなかで描くものであり、
目標が頭のなかで立てるものだとすれば、
妄想には体の内側から湧き上ってくるような感覚があります。
いてもたってもいられなくなるような、
どこか突き動かされるような感覚、
それが妄想なのです。”
内側から湧き上ってくるのが「妄想」である、というのは実に的確な表現だと私は思います。
なぜその妄想に取り付かれているのか説明できない。ただただ、自分の内なる魂がそうさせてしまう。
妄想せざるを得ないことこそ、あなたの人生における使命であり、生きる意味なのだと思います。
周囲の嘲笑に屈することなく、おおいに「妄想」しようではありませんか!
>> つんく♂オフィシャルウェブサイト
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
今でこそトップセールスとして鳴らす人でも、営業の仕事を始めた当時は泣かず飛ばず。半年、1年の間、1件も契約が取れなかったという話をよく聞きます。
当初全く売れなかった理由は様々でしょうけど、おおむね、
セールスパーソンとしてまだ未熟であり、営業活動の「ツボ」を掴めていなかった
ことに加えて、
お客さんの「購入したいタイミング」と、セールスパーソンの「売り込みタイミング」がずれていた
ということが大きいようです。
どんな製品・サービス分野にしろ、すでに何かしらの商品を利用している人が多い今、強烈なセールストークでプッシュすれば売れるということはまずありません。
「セールス力」だけでガンガン売れた時代は既に終わっています。
今は、いつかは買ってくれそうな見込み客と継続的にコンタクトを取りながら、こちらから強引に購入を勧めるのではなく、見込み客の購入したい時期(車で言えば、「車検」のような買い替えをしたくなるタイミング)がやってくるのを辛抱強く待つことがトップセールスの条件なのです。
これは、要するに「売り手」ではなく、「買い手」の都合を優先したセールスですよね。
すぐに成果(販売実績)につながらないため、セールスパーソン側には焦りや不安が生じてきます。
このため、どうしても我慢できない人は、強引な売り込みを展開してしまい、逆に見込み客から嫌われてしまいます。
また、売り手都合の発想にこだわり、すぐに購入してくれそうな新しいカモを常に探し続けているため、以前断られた見込み客が今になって「買いたい」と思い始めたのに、既に接触を断ってしまっているため、別のセールスパーソンに契約を持っていかれてしまうのです。
某生命保険のセールスパーソンは、買い手都合を優先し、見込み客の購入タイミングを待つ時期のことを
「肝試し期」
と呼んでいるそうです。
売れない時期の不安や焦りに打ち勝ち、営業活動が軌道に乗るまでの間、粘り強い営業活動を続けるためには、まさに
「肝が据わっていないとだめ」
なのです。
この「肝試し期」は、営業活動だけでなく、人生のあらゆる場面でやってくるものでしょう。
たとえば、語学や資格試験の勉強もそうですね。
勉強を始めたばかりの半年〜1年は、基礎を固める時期なのでなかなか成果が実感できないもの。
基礎的な事項だけに学習自体が退屈ですし、まだ全体像が見えないため、難しさばかりが先に立ちとてもつらい時期です。
このため、多くの人が3日坊主、3ヶ月坊主で終わってしまいます。
しかし、何事にせよ成功を収めたかったら、肝を据えるしかありません。
何事も最初はガマンです。
精神論を説くつもりはありませんよ。
うまく歯車が回り始め、楽しくなってくるまでの時期は、以前「離陸理論」の記事で書いたように、飛行機で言えば
「離陸のための滑走」
であり、最大の時間エネルギーの投下と、結果を焦らない気持ちを必要とするのです。
あなたが今、なんらかの状況で人生の肝試し期にいるのなら、毎日、丹念にやるべきことを続けましょう。
必ずあなたのガマンが報われる日がやってきます。
*「肝試し期」については以下の記事を参考にしました。
>> 起-動線 『人生の肝試し期』
キャリア・アドバイザーの松尾順です。
いやぁ、暑い!今年は猛暑ですねぇ!
まぁ、夏は夏らしく、それなりに暑いほうが季節感があっていい・・・
とはいえ、最近は、「こんなに暑いのは、やっぱり温暖化の影響もあるのかな・・・?」なんてことも頭をよぎりますから、そうそう気楽なことを言ってられませんね!
季節感と言えば、私が若い頃の8月ってもっとビジネスがスローでした。
暑くて頭もぼーっとしてるし、夏はあまりガシガシ働かなくてもいい季節という感覚をほとんどのビジネスパーソンが共有していたように思います。
以前は、工場を持つ製造業だけでなく、その他の業界の企業でも、お盆になると全社一斉に休む会社が多かったので、
「8月はお客さんにもなかなか会えなくてあまり仕事にならないからのんびりやるか」
みたいな言い訳をしながら、余裕を持って働いていたものです。
ところが、最近はお盆休みの混雑緩和の要請だとか、「お盆休み」のような画一的・強制的な休暇が社員にあまり歓迎されなくなったため、一斉休暇を取り止める企業が増え、今では社員が好きな時に休むことが一般的になりました。
このため、あえて8月はきっちり働いて、9月以降に遅めの夏休みを取る人も増えていますよね。
また、企業競争もますます世知辛くなってますから、自社(自分)だけのんびり休んでるとあっという間に競合に出し抜かれてしまうという危機感のためでしょうか、真夏の照りつける太陽の下、いつもと変わらず皆さん全開バリバリで働いていますよね。
私もその1人ですが。(苦笑)
さて、今この記事を読んでいる方の中には、季節に関係なく、とても大変な仕事をやっていて、毎日残業続き、休みもろくに取れない状況にある方もいらっしゃるかもしれません。
(そこまで忙しかったら、この記事を読んでる暇もないかもしれませんが・・・)
昨今は、忙しくなるばかりのビジネスの状況に対するゆり戻しとして、
「ワーク・ライフバランス」
という言葉が注目されています。
これは端的に言えば、仕事だけでなく、仕事以外の余暇や学習などの時間もできるだけ確保し、仕事漬けの人生になってしまうことを避けましょうということです。
この考え方自体は大変結構なことですし、私自身も目指していることでもあります。
ただ、特に若いうちは学ぶべきこと、身につけるべきことが多いため、そうそう仕事以外のことに時間を割り振ることが難しいのが現実だと思います。
私だってそうでした。
ですから、私はあえて次のように言い切りたいと思います。
「人生のある特定の期間、仕事漬けの毎日があってもいい!」
オリンピックを目指すスポーツ選手の練習漬けの毎日を考えてみてください。
人が、何かについて飛躍的に上達したいなら、その何か以外のことを全て犠牲にして、その何かにひたすら打ち込むくらいのことが必要です。
もちろん、ビジネスパーソンが普段やっている仕事は、さすがにオリンピック選手のように人間の限界に挑戦するようなものではありません。
しかし、労働の対価として相応の報酬をもらうわけですから、プロとしての自覚、そして自分の能力を高めようとする意欲は欠かせません。
入社したての若いビジネスパーソンも、いちおう会社からお金をもらえますよね。
しかし、顧客の期待に応えることのできる能力がつくまでは、一人前になるまでのトレーニング(研修)を生活費をもらいながら受けさせてもらっていると考えるのが妥当なのです。
たらたらやっていたのではなかなか仕事の能力は身につきません。
今はあまり忙しくない人にも、いつか近い将来、他のことにわき目も振らずとことん仕事に打ち込んで、一段高いレベルを目指す必要がある時期が必ずやってきます。
その時がきたら覚悟を決めて仕事に打ち込みましょう。
仕事に集中的に打ち込む時期のことを営業コンサルタントの和田裕美さんは、
「人の高度成長期」
と呼んでいます。
和田さんは、営業パーソンとして成功を収めた方ですが、営業を始めたばかりの頃は、人よりも不器用だったため、何事につけ人よりも時間がかかってしまい、仕事があまりうまくいかなかったそうです。
そこで和田さんは、成果を出すにはより多くの時間を使うしかないと決意し、空を見上げて
「神様、私の時間をささげます。だから頑張るための力をください」
と本気でお祈りしたそうです。
そうして、約3年間、必死で仕事をしたことによって、和田さんは優れた営業力を身につけ、高い成果を出すことができました。
しかも、その高度成長期を越えると仕事が楽しくなってきたし、要領もつかめまて、余裕も出てきたそうです。
何10年もの間、ずっと仕事だけに集中するというのは無理がありますが、ある程度期間を限定して、とことん働いてみたらいかがでしょう。
あなたにとっての「人の高度成長期」を乗り越えるのです。
そうすれば、和田さんのようにきっと余裕を持って仕事がこなせる時期を迎えられますよ。
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