2019.02.18 04:20

 犬がチーズが好きで困りますよ。困ることもないのですが、何よりもチーズが好きです。気まぐれに食べさせていたのですが、少し太ったので量を半分に減らしました。半分ずつ朝と晩に食べさせています。
 食べさせていますというか・・・向こうから来るわけです。チーズをくれ。チーズをくれと喋りはしませんが、どう考えても「チーズをくれ顔」なのです。それ以外のことは考えていないぞという決然たる表情で来ます。
 
 朝は決められたエサを食べるまえに来ます。少し食べかけて、おっとー! という感じで私のところにすたすた来る。まずチーズを食べてからと考える気持ちはわかるようなわからないような複雑なところですね。つまらないものでお腹がいっぱいになってしまったらもったいないと考えているような気はします。
 そのあたりは私が人間だから「もったいない」ともっともらしい理屈を考えてしまう可能性もあります。もっと行き当たりばったりなのかもしれません。
 
 大変なのは、私が夜中に帰ってきたときです。犬が寝ている隣の部屋でごそごそしていると「キャン!」と鳴く。「ワン」ではなく「キャン」です。悲鳴に近い感じ。何度も何度も鳴いてなかなかあきらめません。こっちが根負けしてカーテンの内側をのぞいてみると柵に前脚をかけて出てくる気満々ですよ。
 こちらの顔を見て「夜のチーズをまだもらっていないぞ」と訴える。これまた喋るわけではありませんが「夜のチーズくれ顔」なのです。
 
 柵を開けるとすたすた出てきます。人間のベビー用の薄いチーズを半分だけちぎってやるのですが、待ちきれなくなって瞬間的にふらーっと立ち上がったり(?)する。「立てるのかよ!」こっちもびっくりしますよ。だいたい5回ぐらいに分けてやります。量は同じでも、何度も食べたほうが満足がいくでしょうからね。チーズを食べるたびに私の指もぺろぺろ舐める。そうしたことに羞恥心はないみたい。最後のひとかけを手に「待て」と言うと、大げさに顔をそむけます。見ているとついつい食べてしまうからでしょう。
 
 食べ終わると暗い部屋に戻って行く。満足して寝る。習慣になってしまいましたよ。毎朝毎晩、そんなことをしています。
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2019.02.17 01:27

 以前ブログの記事にも書いたGreta Van Freetの日本公演の模様が、先日読売新聞の夕刊に載っていました。内容的には非常に充実して素晴らしかったと書かれていました。まあ、私もアルバムを買いましたがツェッペリンに似ていますからね。ただ記事の最後にこういうことが提起されていました。
 来ているお客さんは40代50代が多かったらしく、先のことを考えるともっともっと若い世代を巻きこんでいかないといけないのではないかというのです。
 
 40代50代の方は、それこそレッド・ツェッペリンの再来みたいな感覚でとらえているのではないかと思います。ホンモノは凍結状態で、ロバート・プラントが乗り気ではないそうなのでもはや再結成は無理でしょう。そういうこともよくわかっていて、同系列の新人バンドに熱狂しているのではないかという気がします。
 確かに10代20代の方は昔ほどロックを聴いていないですね。私の学生時代は、レッド・ツェッペリンのアルバムが出たりするといちおう誰もが話題にしていました。
 
 アルバムが出たらしいね・・・程度ではあっても、どうだった? ぐらいの話にはすぐなりました。高校時代の遠足のときに、あちらでもこちらでもそんな話が出ていたことを覚えています。そういう意味では、根本的に熱気が違うような気がします。
 昼間から入れるロック喫茶もいくつかありました。私はあまりそういうところへ行かなかったのですが、友人は常連でした。アルコール類だけでなく、普通にコーヒーを頼むことができました。看板にマーク・ボランの大きな写真が使われていたお店が原宿にありましたね。
 
 この教室の向かいのビルの地下にも同じようなロックのお店が2つありました。そのうちの1つは現在も残っています。私は1972年(高校生でしたよ)にはじめて入っています。昼間からウイスキーの水割りを頼んだ。何となく、そういうものを頼むのが礼儀だと勘違いしていました。
 そのとき一緒にいた友人はいわゆるスポーツマンで、ロック好きというわけではありませんでした。それでもストーンズとかツェッペリンだけでなく、ウイッシュボーン・アッシュなんかも聴いていました。それが普通の都会の高校生でしたよ。
 
 若者の興味関心が拡散していっているのでしょう。20世紀の最大の発明はロックン・ロールではないかと言われていた時代を知っている私としては、ロックや文学が勢いを失っている現状はちょっと寂しい気もします。
 
 
 
 
 
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2019.02.16 02:11

 これから若干仕事の上でも煩雑さが増すかもしれません。いろいろ事情もあり、個人ですべて何とかできるわけではないですからね。あれこれ考える部分がなくはないのですが、予断を持ちすぎるのも問題でしょう。
 結局私は私の人生を生きているのですから、うまくいくいかないは自分がどうなのかなのだという気持ちもあります。うまくいかないのであれば、それが自分なのですから仕方がない。うまくいかない私という結論が出る場合、ごまかす必要はないと思っています。これは仕事に限らないですね。
 
 最近はブログによく徳性や善性のことについて書いています。それは非常に自然な心境の変化で、それこそ10代20代のころはロックン・ロール的スタイルにかぶれたりもしていましたが、ふと気づいてみるとそうした枠からはほとんど脱落してしまっている自分を意識します。
 そうやって歳をとったことを「堕落」であるとは考えていません。こういう表現もあまり好まないですが、どちらかと言えば進歩や成熟に近いのではないかと思います。
 
 先日、好きな者同士で班を組みなさいと言われた少年時代の思い出を書いたところ、驚くほど反響がありました。そうした自身の本質的な気質はそれほど変わっていませんね。ただ、昔だったらその惨めさから何でもいいからめちゃくちゃなことをしたいという破壊的願望を抱いたのですが、いまはみんなの中で余るところが自分のよさ(?)であると淡々と受け止められるようになり、どうして自分だけ? と動揺しなくなったという変化はあるように感じます。
 
 昔、将棋の谷川浩司永世名人がまだお若くてあれこれ悩んでいらっしゃるとき、関西棋界のある重鎮から「弱ければ負けてしまえばいいだけだ」という意味のことを言われ、啓示を得たと何かに書かれていました。
 弱ければ負ければいいというのは非常に含蓄のある表現で、弱いのに強いふりをしたりしていてはいけない、まだ実力が足りないのだから素直に努力を続けよという意味でしょう。原因があって結果がある。ただこうしたことは、あくまでも自戒の範疇だけにとどめておきたいとも思っています。
 
 
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2019.02.15 09:01

 世の中、情報化機械化が進んで昔のような職人さんが必要とされなくなってきたというお話はいたるところで見聞きします。数年前、あるベテランの大工さんが「おれみたいにぜんぶの工程を熟知している人間が必要とされなくなった」と自嘲気味に嘆いていらっしゃるところに偶然居合わせたのですが、その大工さんは私とだいたい同じぐらいの年齢の方でした。
 レストランでもときどきそう感じることがあります。本店は由緒ある天麩羅屋さんのチェーン店に入ったときなんかですね。
 
 期待して天丼を食べてみるとあまりおいしくなかったりする。揚げ方の巧拙の問題なのだと思います。いくら何でもそういうお店では機械で揚げているということはないでしょう。職人さんが揚げているはずですが、冷静に判断して機械で揚げているお店のもののほうがからっとしていておいしかったりする。
 いつでもどこでもそうだというわけではもちろんないので、人間のやることにはむらが出てしまうのでしょう。
 
 何年後かにはAIに人間の職が次々奪われるという話題もさかんに出てきますが、人間側も創意工夫をこらさないと機械にとって代わられる可能性はあると思います。回転寿司で寿司ロボットが作っているところがありますが、あれはまだ人間のほうが勝っているような気がします。寿司そのものの味がどうのこうのは私にはよくわからないものの、職人さんが動いていると何となく楽しいという要素はあります。新幹線みたいな器で寿司だけ出てくるのは・・・子どもならうれしいのでしょうが、ちょっと大人にはね。
 
 私はこうして塾の先生として生きてきました。教える仕事ですね。おそらく死ぬまでーー教えることが不可能になるまでーー続けていくと思います。天職という意識はないのですが、ほかのことをするよりは慣れたことをしていたほうが人さまのお役にたてるのではないかという気持ちがあります。また生活するための収入は、自分が得意なことで得るのが自然だろうとも思います。
 とくに最近は、自分にしか話せないような話をしたいとよく考えます。教える内容は同じでも、そういうことは可能なのです。
 
 人間にたとえると所作みたいなものですかね。いい意味で伝染していくものもある。今日も何か一つ心に残ればという気持ちはいつも持っています。
 
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2019.02.13 01:15

 先日、ある生徒が気分が悪くなって廊下で吐いてしまいました。かわいそうにトイレまで我慢できなかったのですね。体調が悪く、教室や廊下で吐いてしまう事件はときどき起きますが、こちらは慣れているのでそんなには驚きません。淡々と片づけるのみです。
 自分がいないときは仕方がありませんが、こういうとき教室長がアルバイトの方か何かに「適当に片づけて」ではいけないのであって(と私は感じます)、私も雑巾を手に廊下に出ていきました。
 
 ちょうど授業が終わるところで、何人かの保護者の方がお迎えに来られていました。廊下ではなく受付に入っていただいていたので、幸い混乱はなかったのですが、おひとりだけお父さまが廊下の隅に立っていらっしゃった。
 受付は暖かく椅子もあるのですが、こういうのは気質的な問題も大きくて、例えば私であれば少し離れた廊下で1人で立って待ちたいと絶対に思うでしょう。ですから、あえてうるさく「受付にどうぞ」とはお勧めしていません。
 
 お父さまは静かに私の作業をご覧になっていらっしゃったのですが、途中で私を手伝おうとなさるではないですか! いくら何でもお迎えに来られた保護者の方にそんなことまでさせられませんから「大丈夫です、大丈夫です」と申しあげたのですが、「本当にいいのですか・・・」と何度かおっしゃってくださったので、世の中まだまだ捨てたものではないなと感動しました。
 こういう「徳性」みたいなものが、現在はあきらかに昔より欠落していると思うのです。
 
 大げさなお話ではないですよ。困っている人がいるところに偶然居合わせた。何かしら手伝えることがあるような気がする。そういうとき「何のメリットが?」などと考えずにさっとお手伝いできる感性を昔は「徳」と呼んで大切にしたものでした。メリットあるなしなどという発想自体、私は非常に貧相な思想だと感じます。
 自宅近くの商店街で聞いた話ですが、新しくお若い方がお店を開く。町会費の規定を話しに行くと「そんなもの払って、うちの店に何のメリットがあるんだよ」と色をなす店主さんも最近はいらっしゃるそうです。
 
 街路灯なんかもぜんぶ町会費から出ているんですがねえ・・・と町会の方はおっしゃっていましたが、時空を超えられない感性にはなかなか「徳」が根づかないということなのでしょう。
 ろくでもない事件が多々起こりますが、それでも世の中を何とか支えているのはじつは「徳性」を持った市井の方たちの静かな力なのではないかと感じることがあります。気さくに世の中全体のためになることができること以上のメリットなんか、人間社会にはないですね。と同時に、ああいうお父さんに育てられたお子さんは大きな示唆を得られて幸せだと思いました。
 
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2019.02.12 09:34

 ご縁というのは不思議なもので、何となく卒業後も消息を知らせてくださる昔の生徒が何人かいます。気質的に何かしら共通するものがあるのでしょうね。全然違うようであっても、そう感じることがあります。私は自分のことを「上昇志向を持つ破滅派」という珍しいタイプだったと自己分析しているのですが、そういう感じが何となく引き合うのかなと考えるときもあります。
 彼ら全員が、すべての試験で第一志望校に合格しているとは限りません。そんな生徒はむしろ珍しいですよ。
 
 そして、彼らの現状は充実しています。あるいはその過程を黙々と歩まれています。学生の方も働いている方もいらっしゃいますが、ご自身の望む環境下で日々生活されている。「あのとき第一志望に落ちたせいで人生はめちゃくちゃです」などとおっしゃる方はそれこそ1人もいらっしゃらないですよ。そのことはよく考えてみてください。
 受験結果が出てきています。私の立場としては、仮に99人の合格者が出ても1人の方が残念な結果であれば、何となく大喜びはできなかったりはしています。
 
 ですが、冷静にそれこそ歴史的に(?)判断すれば、第一志望に仮に合格できていなくても「それがどうした?」ということではあるのです。多くの先輩たちがその後を自己責任で上手に生活されてきたのですから、何も心配はないはずです。
 ですから、万一結果が思わしくなくても極端に打ちひしがれたりせずに前を向いて進んでください。瞬間的に泣いたり悲しくなったりということはあるでしょうが、少なくとも未来が閉ざされてしまったという大げさな絶望感は持たないようにしてください。
 
 試験が終わって少し時間ができたらぜひ活字を読んでみてくださいよ。大きめの本屋さんに行って、自己啓発だとか精神世界だとか歴史、哲学、文学、健康やスポーツの棚の周辺をうろうろしてみてください。ぱらぱらめくって面白そうだなという本があったら、1冊ではなく3冊買ってしまいましょう。
 1冊読み終わるまで次は見ないというような硬直した姿勢はよくないので、もっと気楽に同時に読んでみてください。
 
 どこの学校に通われているかということ以上にその人が何を読んでいるかということは大切なのですが、そのあたりの理解がなかなか進まないのは残念です。つい先日もある卒業生(高校1年生)が遊びに来て、いまはドストエフスキーを読んでいますとおっしゃっていました。私にしてみれば彼がそういう人間だからこそ、進まれた高校がどこであっても心配ないという気持ちもあるのです。
 高校名以上に、ドストエフスキー体験のほうが彼の個人生活に確実に何かを残すでしょう。読書はどなたと出会ったかということなのですよ。個人と歴史の出会いですからね。
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2019.02.10 00:22

 人間はつねに何かしらに属しているわけですね。それは仕事や学校であったり趣味の会であったり飲み屋さんの「常連」(好みの言葉ではないのですが)であったり血縁関係であったりするのでしょう。
 するとそこに何かしら規約みたいなものができてきます。規約はもちろんある程度まで守らないといけません。気が向いたから夜中に仕事や学校に行って、朝になったら帰る・・・というような気まぐれは許されませんね。
 
 ただそこまではっきりした規約ではなくても、何となく守るべきであろうことというのができてきます。仕事だけではないですよ。私はそういう規約にはあまり積極的に関わりたくないのです。知らないほうが気楽なので、直接どなたかのご迷惑にならない限りはだいたい気づかないふりを装っています。
 世の中の常識や約束の中には不思議なパワーゲームの残滓みたいな要素もあり、自身の立場を有利にしたくて他者に押しつけたりするケースもあるかもしれません。
 
 私が大学生のころ、将棋の町道場では「駒落ち将棋で下手が穴熊に囲うのは上手に対して失礼なことである」という話を何度も聞きました。ただどの将棋テキストにもそんなことは書かれていませんし、プロ棋士の方がテレビなんかでそうおっしゃる場面は目撃したことがありません。ただ周囲では、それがある種の常識みたいになっていました。駒落ちどころか、そもそも目上(これは年齢と棋力の両方です)の人間に対して穴熊囲いを試みることが失礼であるという風潮が、確かにありました。
 
 大山康晴15世名人が60代になってから、当時の中原名人に挑戦するという前代未聞のタイトル戦がありました。一般的に棋界最高峰の名人戦で60代の挑戦者が出てくるなどということは起こりえない(これは今後もないと思います)のですが、唯一大山先生だけはそういう立場を経験されています。
 その大山先生に対して名人の中原誠先生は「穴熊」で臨みました。するとやはり名人が穴熊を指すのはどうなのか的な論調が一部に起きていました。名人らしく、もっと積極的に指すべきではないかというのです。
 
 しかし中原先生はまったく動じず、穴熊は単純に1つの「戦法」でしかないと明確におっしゃっていました。そして、その後も穴熊戦法を使われタイトルを防衛されています。そのあたりの落ち着いた自己主張というか、自立性というか、そうした姿勢が中原先生は若いころから非常に強かった印象があります。あれだけの大名人になられたのは、そのへんの事情が大きいのではないでしょうか。
 
 
 
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2019.02.09 02:21

 くわしいことはよくわからないのですが、中国の方はお客さんとしてどこかでご馳走を召し上がるときに少しだけわざと残すという話を聞いたことがあります。これは何人かの方にあくまでも会話で聞いたもので、書かれていた文章を読んだわけではありません。ですから、中国全土で通用する礼儀作法ではないのかもしれません。
 要するに「もう食べられないぐらい満足しました」ということを形で示すというのです。はじめて耳にしたときは、じつに面白い発想だなと思いました。
 
 先日、あるところでランチタイムにお鮨屋さんに入りました。高級店ではありませんが、回る寿司ではありませんでした。私は例によってちらしを頼みました。するとカウンターの左隣が3人組のグループで、皆さんいくつかの器にかなりの量のお寿司を注文していました。おそらくランチタイム用の握りのセットに、数種類追加したという感じですね。
 上品な身なりのいい中年の男性たちで、地位のある雰囲気が伝わってきました。私が注文したときにはもう半分ぐらいは食べ進めていました。
 
 ところがあるところで箸を止めた。皆さんほぼ同時に止めた。ちらりと見ると、あと少しなのです。海苔巻きが2つとか、その気になれば食べられるじゃないかという僅かな量を残しています。
 私がちらちら見ていたせいか、あちらもこちらを観察しているような気がします。ふと視線が合って気まずかったりしましたが、確実に見ているなと思いました。私の状況はーー外では食べ物を極力残さないようにしているのでーーちらしずしのご飯をそれこそ最後の最後まで丁寧にさらったりしていました。
 
 そのうち彼らは中国語で静かに話しはじめました。それで突然、私はそう言えば中国ではご馳走を少しだけ残すらしいという話を思い出したのです。
 私のようにぜんぶきれいに食べてしまった人間は、相当礼儀知らずということになるのかもしれません。あちらが見ていたのは、そのせいだったのか。
 こういう礼儀作法は、なかなか難しいですね。長いことすりこまれてきた価値観は、なかなか変えられません。このケースで言えば、自分はどこの国にいたとしても食べ物を残すことにどうしても罪悪感を抱いてしまうということです。
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2019.02.08 09:25

 都立高校の推薦入試の結果が出ています。うまくいかれた方は素直に喜ばれていいと思いますが、うまくいかなかった方は毎年そういう受験生のほうが圧倒的に多いわけですから、やみくもに動揺することなくしっかり生活を送ってください。
 都立高校の推薦入試は学科試験はありませんが、小論文だとか作文だとかが課されています。中には何をどう書いたらいいのかわからないような作文が出される高校もあります。抽象概念をぽんと出してくるので、子どものマインドではどう対処したらいいのかわからない。
 
 それが普通だと思います。成績が優秀な生徒でも「あの作文はやりにくい」とおっしゃっていたのを聞いたことがあります。書くのが好きであればけっこう面白く遊べる課題ではあるのですが、全員がそうとは限らないですからね。国語が得意でも、自由に創作するのはあまり好まないという方も当然いらっしゃるはずです。
 そこへいくと小論文は少しだけ書きやすいかもしれません。文学的な創作能力はあまり必要とされないですね。細かく分析して丁寧にまとめれば何とかなる。「そこに映し出されてくるのは未来の私自身の姿ではなかろうか」みたいな終わり方をしなくてもいい。
 
 首尾よく合格されたある生徒とちょっとだけ話をしました。残念だった方も大勢いらっしゃるので、私はまだ合格した子たちとあまり話していません。作文のことが話題に出た。彼はなにげない感じでこうおっしゃった。「父に添削してもらっていました。父の目だけを通しての評価だったので、ちょっとだけ不安はありました」非常に穏やかな、大人びた口調でした。
 彼がお父さんを尊敬している感じが強く伝わってきました。そういう落ち着いたご家庭を築かれていること自体が価値のあることだと感じます。
 
 自然に、ちょっと見てやろうか? じゃあ、見てくれる? という流れになるのでしょうね。私も以前息子が就職活動の際に、何かで必要な書類を「ちょっと見てくれるかな」と持ってきたことがありました。「見せろ」とか「指導してやる」とか「チェックさせなさい」ではない。あちらから、どうだろうと持ってきたのです。
 そうしたことに自分が適任かどうかはある意味どうでもいいことで、親子関係として自然にそうあれたこと自体は誇らしく感じました。
 
 以前、将棋の故米長邦雄先生が「名人になるような少年のご家庭はすべて丸い空気を持っている」とおっしゃっていたのを思い出します。谷川先生、羽生先生、森内先生、佐藤先生・・・すべて名人のタイトルをとられた方ばかりですが、そのあたりのご家庭を米長先生はさかんに訪問されたりしていました。面白いところに目をつけられたものだと改めて思います。
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2019.02.06 02:29

 おとといコメントのお返事を書いてから、このことについてちょっと考えています。もう1度整理して書いてみます。
 現在はどうなのかよくわかりませんが、私の小学校中学校(どちらも私立でした)時代はときどき担任の先生が「これから何々をするから、好きな者同士で班を組みなさい」とおっしゃったものです。
 この件に関しては、以前も記事に書いています。確か湯川秀樹先生も、同じ状況でご自身だけが余ったお話をどこかで書かれていたように記憶しています。
 
 ノーベル物理学賞をとられた大学者の湯川博士とそのへんの酔っ払いオジサンの私とでは、もちろん余った理由は根本的に全然違うことはよくわかっています。わかっていますが、湯川先生がダメージを受けられたように私もそれなりにダメージを受けたものでした。
 とくに中学に入ってからは、私は相当用心して生活していたようにも思うのです。タイプの違う友人も何人かできた。ところが「班を組め」となると、彼らはみんな所属集団を持っていて自分の手の届かないところに行ってしまう。
 
 友人がそれぞれ班を作ってしまっているとなるとーーまさかよく知らない人間と班を組むわけにもいかないのでーー私は何となくぐずぐずしている。しばらくして先生が「でははじめるぞ!」と声をかける。これはまずいともじもじしているうちに次の段階に移ってしまう。だいぶ時間がたってから「は、班がありません」などとしどろもどろになって訴えてときには怒られ、ときにはクラスのみんなに爆笑(好意的な笑いではあるのですが)される。そうした経験は湯川博士でなくても確実に私の中に何かを育てたという気持ちがあります。
 
 そして、いまとなってしまうとそれが育ったから自分なのだという確信もあるのです。あの「班がありません」はじつにみじめなネガティヴな経験ではあったのですが、そうなってしまうところこそが自分の本質ではなかったのか。
 私は基本的には「普通に生きられるのであればそうしたほうがいい」と考えています。息子はそうだったので、ほっとしたものでした。ですが普通に生きられないのであれば、罪悪感や劣等感を抱かずに何かしらその不自然さの中に面白さを見つけるべきだとも思います。子どものときからいっつも余るんだなあ、でいいのではないかと思うのです。
 
 好きな者同士で班を組めというタイトルで、繊細な中学生高校生の小説を書いたらけっこう売れるかもしれないですね。ライ麦畑でつかまえて、みたいに。
 
 
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プロフィール

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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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