2019.09.18 01:07

 月曜日の敬老の日、母親がお世話になっている施設に行きました。彼女は今月92歳の誕生日を迎えます。ちょうどその日、私はある小学校で講演させていただく予定になっています。お話をいただいたとき(お、母親の誕生日だ)と当然思いました。何となくご縁を感じてお引き受けしました。
 施設には妹夫婦や家内もいたのですが、帰りはーー例によってーー私だけ1人で帰りました。ちょっと歩いてみたいところがあったのです。
 
 歩いてみたいところと見てみたいもの、ですね。中野の駅前に古い「団地」があります。私が中学2年生のころ、友だちとそのあたりで遊んだ記憶がありますから大変古い建物です。それがいよいよ取り壊されそうな感じになってきていました。電車の中から様子が見えるのです。周囲が囲われはじめている。
 壊されてしまう前に行ってみたいと思いながら、なかなか機会がありませんでした。中野駅は通過するだけですからね。
 
 そこで月曜日に行ってみたところ、残念ながらもう中には入れなくなっていました。外からちらりと見えるだけです。工事の告知が掲示されていて「築67年」とありました。67年間使われていた(つい最近まで住んでいる方はいらっしゃいました)というのはすごいですよ。1952年と言えば、太平洋戦争が終わってからまだたいして月日はたっていません。二階家だって珍しかった時代に、マンションのはしりみたいな真新しいビルが何棟も建ったわけですから、当時は街の誇りだったのではないかという気がします。
 
 中野にはDという有名な居酒屋さんがあります。非常にきちんとしたきれいなお店ですが、午後の2時から開いています。午後2時というのはちょっと珍しいですよ。何でも昔中野には鉄道関係などで夜勤の方がけっこう多かったらしい。それで早い時間から開けるようになったとある本に書いてありました。
 私は中野区で生まれ育ったので、他にもちょっと気になる場所や建物があり、そこにも行ってみました。裏道に意外に古い家屋が残っていたりした。
 
 しかし、行きたいところすべてまわれたわけではありません。あそこにはいつでも行けるから・・・というところにはなかなか行けないという現実があります。また休みの日に順番に見に行こうと思っています。永遠の旅人ですね。
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2019.09.17 09:09

 大人はそれほどでもないのでしょうが、子どもの心は日々進化成長しています。外からだとなかなか見えないために、よほど意識していないと忘れられてしまったりもしますね。よく「中学時代1年間に10センチ以上背が伸びたよ」などというお話を耳にすることがありますが、当然心の身長も10センチ以上伸びているはずで、大人はそのあたりを十分配慮しないといけないと思います。
 成長に害になるようなことをしてしまうとまずいですね。さまざまなことがうまくいかなくなってしまう。
 
 ここはよく考えないといけないのですが、問題はこちらが「正しいかどうか」ではない。たとえば「子どもを厳しくしつける」という考え方があり、それはそれで正しいことだと思います。甘やかしていい加減に育てるよりよほどいいことではあるかもしれない。ただ相手によりけりでーーそれこそ小さいころの私自身のようにーーとことん弱虫であれば、厳しくしつけられて一方的に萎縮しだめになる可能性もあります。
 するとそれは健全な心の成長に結びつきません。正しく指導しても相手によっては逆効果ということもありうるわけです。
 
 毎日毎日接している大人が、相手の特性を見きわめながら与えていかないといけないでしょう。その能力こそが真の意味での子育ての能力と言えるのではないか。
 これまでも同じ話を書いていますが、月刊誌に優秀な大学に進んだ方のご家庭がどうであるかというような特集記事が載ることがあります。毎回毎回同じことが書いてありますが、ご家庭が穏やかで温和な、まるい空気を保っていらっしゃるということが書かれている。心が成長できる環境ということです。
 
 これは名人になるような棋士のご家庭もそうだという話を聞いたことがあります。亡くなられた米長元名人は将棋の強い若手棋士のご家庭を片っ端から訪問されていました。そして、まったく同じ結論を出されていた。
 そういう状況であれば、安心して心が成長できるということなのだろうと思います。要するに環境作りに成功している。
 ですから、極端に反抗的であるとか乱暴であるとか投げやりであるとかということであれば、絶望せずに「ここから」環境に修正を加えていかれたらいい。
 
 怒鳴らないとか愚痴らないとかからかったりくさしたりしないとかということは基本中の基本で、叱るにしても「話をじっくり聞く」形でとにかく徹底的に聞いてやる。かぶせるように意見したりせず、こちらの言いたいことは後日に譲るぐらいの余力がほしいと思います。
 言いたいことがあるなら言ってみろと言い、子どもがおずおずと喋りはじめるなり「そんなことだからお前はいつまでたってもだめなんだ!」と激怒するようではまったく逆効果だと思います。
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2019.09.15 00:28

 息子ももう社会人なので、めったに親子で何かを食べに行く機会もなくなりました。20歳になったばかりのころは私が飲み屋さんに連れて行ったりしていたのですが、いまは勝手に飲みに行きますからね。まあ、彼はふだんは飲まないのですが。
 ときどき焼肉屋さんに行くことがあります。西荻窪においしい焼肉屋さんがあり、息子が小学生のころから利用しています。そこに年に1回ぐらいは行く。
 
 子どもが幼稚園小学生のころはーー彼が新幹線好きだったのでーー毎年夏休みに家族で旅行していました。ひかりやのぞみだけではなく、東北新幹線や山形新幹線に乗せたりしました。いい思い出になっています。
 いまもたまには家族でどこかに食べに行こうか・・・みたいな話になることはあるのですが、ふと全員が犬のことを考えます。これは話し合ってそうなるわけではなく、それぞれが犬は留守番だなと考える。
 
 するとやはり気の毒な気持ちになります。私たち3人が焼肉屋さんかでわいわい飲み食いしているときに薄暗い部屋でじーっと自分たちの帰りを待っているのかと思うと、ちょっとどうなのかなという気持ちになります。そうかと言って焼肉屋さんに入れるわけがありませんし、焼肉屋さんの外につないでおくこともできないでしょう。それはそれで虐待みたいになってしまいます。
 すると家内がどこからか犬も一緒に入れるレストランというのを見つけてきました。
 
 私と違って家内にはいわゆる「犬友」というのがたくさんいるので、どなたかに教えていただいたのでしょう。比較的近所に何軒かそういうお店がありました。そして、そのうちの一軒に先日行ってみました。
 家内は犬を乗せて自転車で行く。息子もまた自転車で行く。私だけ徒歩で行き、帰りはバスで帰ってきました。けっこう遠いのです。昔よく歩いた道を偶然歩いたのですが、それはそれで懐かしかった。普通の洋食屋さんでした。ただ犬と入ってもいいことになっています。
 
 そもそも経営者のご主人一家が犬を飼っていて、当然その犬は店内にいます。私たちが食事をしているあいだ、犬用のおやつみたいなものも出てきたのでびっくりしました。うちの犬は他の犬に対して攻撃的なのですが、特殊な場所での秩序はわかるらしく、ご主人の犬には一切吠えかかったりしませんでした。ばかみたいに見えてもけっこう計算しているところもありますね。
 帰りは家族3人お店の前で別れ、ばらばらに帰りました。うちは個人主義なのです。
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2019.09.14 08:56

 またまた恋の話を。
 昔の話ばかりで恐縮ですが、あたりまえと言えばあたりまえで、仮に(仮にですよ)私が現在進行形で突然恋の話を書きはじめたら、それこそえらいこっちゃ! です。
 当時、20代前半で人生がいろいろと煮つまっていました。仕事も私生活も何となくもやもやしている。総合的に生き方がよくわからなくなってきている感じがしました。
 
 自信を持っている部分が、残念ながら世間的に見て価値が低そうであることは確かでした。そうかと言って、世間の価値観に合わせて生きる気持ちにもまったくなれません。どうしたものか。
 人間関係も同じような感じで、同性異性を問わず「なぜこの人たちとおつきあいしているのか?」ということがわからなくなってきた。何もかも妥協の産物ではないかという疑念に苦しめられる。
 
 理想というのは何だろうということを考えました。たとえば大金持ちになるということを自分は理想として堅持できるだろうか? 世間的に偉くなるということを理想として本気で掲げることができるだろうか? 権力は? 所属したいグループは? 恋愛は? 
 恋愛に関して何が理想なのかわからなくなってきました。好きになるというのはどういうことか。この人なら自分程度でも相手にしてくれるかもしれないという打算だけできたのではないか。
 
 そんなある日、友人から共通の知り合い(女性)に偶然会ったという話を聞かされた。いまでも覚えています。都営バスの乗り場でばったり会ったそうです。その女性とは私は「挨拶ぐらいはしたことがある」程度の関係でした。
 ところが、何日かたつうちに「これは啓示ではないか?」と変なことを考えるようになった。同時に、自分は彼女のことが世界でいちばん好きだったのではないかと強く思うようになりました。
 
 彼女は、確かに知的で魅力的な女性でした。ただ現実は何も知らないに等しい。ところが何も知らないからこそ、未知の世界へ踏み出していけという啓示を受けているのではないかと考えたのです。彼女こそが夢の世界への扉なのではないか。
 この考えがとんでもない勘違いであったことはその後明確になるのですが、この勘違いの過程で自分が経験したことは非常に大きく、現在のある種原点になっています。啓示というものに対する反省自体も財産です。
 
 恋することは受験にちょっと似た側面があり、成就(合格)するかどうかとは別に「何を学ぶか」という要素があります。逆に成就(合格)したことで何かを失う可能性もある。成就するしない以上に学ぶ姿勢に価値があるということだと思います。己を知るということですね。
 
 
 
 
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2019.09.13 09:06

 火曜日に昭和女子大学人見講堂でフランキー・ヴァリの東京公演を見てきました。いやあ、いろいろと感じるものがありました。コンサートが終わって出口に向かって歩いているとき、背後で年配(これは声だけで判断したものです)の女性が、お友だちに「これだけたくさんのコンサートに行っている自分だけれども、泣いちゃったのは今回がはじめてよ」とおっしゃっていた。
 この女性のひと言がすべてをあらわしているようにも感じます。
 
 私はーーブログのコメントで教えてくださった方に感謝いたしますーー早くチケットをとることができたので、2階席の最前列でした。ほぼ満席でしたが、非常に見やすかった。5年前の日比谷公会堂のときはそこまでよい席ではなかったので、多少窮屈だったことを覚えています。
 圧倒的に年配の方が多かったですね。考えてみれば、ザ・フォー・シーズンズに関しては自分は末期のファンだと思います。私が好きになったのは1970年で、彼らの人気が一段落してからでした(その後、復活しましたが)。
 
 中学時代は友人にレコードを聴かせても「古くさい」と言われました。音が軽くて聴いていられないぜとひどいことを言った級友もいました。グランド・ファンク・レイルロードの信奉者でしたから、そういう感想になるのも無理はないかもしれません。
 2階席から見下ろした感じでは、70代以上の方も相当数いらっしゃった。女性だけではなく男性もです。ステッキ姿の方も複数目撃しました。
 
 そもそもフランキー・ヴァリ自身が85歳です。85歳でしたが、非常に元気そうに見えました。昨年のアメリカ公演の映像では「君の瞳に恋してる」を歌うときに腰かけていたのですが、今回椅子はあったものの座らずに歌っていました。全曲、1度も座らずに、ときには軽くステップを踏みながら歌っていた。
 ザ・フォー・シーズンズの曲はほぼ全曲知っています。今回もいつごろヒットしたものかということも含めて、ぜんぶわかりました。1曲だけ意外な曲があったな。
 
 13曲目ぐらいまでは数えていたのですが、途中からそんな細かいことはどうでもよくなってきて、あとはひたすら引きこまれて見ていました。宣伝物には「最後の日本公演」とあります。「最後の」が意味するところは重いものがありますが、お客さんの質を見ていて、ひょっとしたらこれならまたすぐに戻ってもいいとフランキー・ヴァリ自身が判断するのではないかとも感じました。
 授業と同じですね。双方向で空間を作っていく要素は大きいと思います。
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2019.09.11 09:46

 ときどきご自身の物語を完結させてしまわれる方がいらっしゃいますね。老若男女を問わずです。完結させてその中に安住している。たとえば、あんな親に育てられたからこんな人間になってしまった。学校が悪かったからこういう生活になった。信じていた友だちに裏切られたので人間不信になった。
 実例はいろいろありそうですが、たとえば私であったら「左足が生まれつき悪かったので、数々の不自由な思いをした」という物語を作ることは可能だったかもしれません。
 
 そうやって物語の中に住んでしまうと最終結論みたいなものまで出来上がってしまいがちです。しかも最終結論は「だから自分は何をやってもだめだ」とか「この不幸はぬぐい去れない」とか「いまさら何をやっても取り返しがつかない」とか、非常にネガティブな方向に傾きがちです。
 しかし、じつは人生はそういうものでもないのです。あなたがいくつでどういう立場であったとしても「ここから幸せを構築するぞ!」と強い気概を持てば、十分盛り返すことが可能です。
 
 一生ネガティヴな物語の中で萎縮して生活するのは、非常につらいことです。にもかかわらず見慣れた景色ではあるし、こんなものだという諦念みたいなものもあってただぼんやりしているのは非常にもったいない。
 これは繊細な問題で、私は疲れ果てるほど大転換しましょうと提案しているわけではありません。いちばん小さな単位、それこそ次の食事は何を食べるか、磨り減ってきた靴のかかとを直して外出したらどうだろう、入浴剤を少しよいものに変えてみたら? そんな工夫の連続だけで、生きる価値は確実に変わってくるという事実を伝えたいのです。
 
 小さなことからできる範囲で少しだけ向きを変える、苦闘している世界中の人間の生活に思いをめぐらしご自身の有利な点は感謝する・・・そうしたことをたったいまからスタートさせてみてはいかがでしょう。少なくともいままでよりは確実に幸福を感じられるはずです。
 先日コメント欄にも書きましたが、私は自分にとってうまくいかなかったこと(つまりその時点では「失敗」と認定されたこと)はすべて救いに近いと思っています。
 
 それは私はいくつになっても「ここ」から少しでもよい方向に、幸福に、落ち着いて生きようという意志を持っているからです。この地点に来たからこそそんな意志を持つことが可能になった。あそこで「うまく」いってしまっていたら自分はここにはいないでしょう。仮に現在より物質的に豊かであったとしても、ここからスタートするぞという強い意志は持てたかどうかわかりません。
 現在ここにいる自分は「最強の」自分なのであって、私はここに導いてくれた数々の失敗にも感謝しています。
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2019.09.09 08:54

 けさがたの台風はすごかったですね。午前3時過ぎにあまりにも風の音がすごくて目を覚ましてしまいました。私の部屋は外とは廊下を隔てた位置にあるので、ガラス窓に風が直撃することはないのですが、それでもひょっとすると割れるかもしれないという危険を感じました。
 去年も似たような晩があったように記憶していますが、あのときよりはるかにすごかった。大きな被害が出ていないとよいのですが・・・
 
 渋谷教室の日曜日の授業は午後6時20分ですべて終了します。私自身、ぎりぎりまで中1生の授業を担当していました。その段階では雨さえ降っていなくてどうということもありませんでした。ただ7時半ぐらいから電車の本数を減らしていくという話でしたから、すぐに生徒を帰しました。自習の方も午後6時の段階で昨晩だけは帰っていただいた。台風のときは急変しますからね。
 私が帰宅したのはだいたい8時ぐらいでしたが、ぽつりぽつりと雨が降りはじめていました。
 
 帰宅したのと家内が犬の散歩からもどってきたのが偶然同時になりました。犬の気持ちはよくわかりませんが、そうやって偶発的に出会うと異常に喜びます。定時に帰って来たときはこちらをちらりと見るぐらいで寝たままなのに、イレギュラーの時間に帰ってくると飛びついてきます。スーツが毛だらけになるのでちょっと気にはなったのですが、まあ無視するのもかわいそうなのでとりあえず撫でてやりましたよ。
 のろのろ着替えていたりすると、彼女の「喜びのポイント」をはずしてしまうので。
 
 夜中にもときどき小さく吠えていました。おそらく風の音におびえたのでしょう。
 今日は今日ですごく暑くなるらしいですね。まあ、自分は暑いぶんにはいくら暑くても大丈夫なので、台風の跡をじっくり観察しながら教室に向かおうと思います。
 現在、私は月曜日か火曜日によくお休みをいただいています。明日の火曜日は例のフランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズのコンサートがありお休みします。台風とぶつからなくて幸いしました。
 
 ある方からフランキー・ヴァリのインタビュー記事をいただいた。そこに「ラブソングこそが音楽だ」という意味の彼の言葉が載っていました。85歳のフランキー・ヴァリが言うと重みがありますね。「恋こそが人生」ですからね。63歳の私が言ってもあまり重みがないな。
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2019.09.08 01:03

 先日ある商業施設を歩いていたら、大昔好きだった曲が流れていました。プレジデンツというソウル・グループの1970年ごろのヒット曲で、タイトルがめちゃくちゃに長い。1回書いておくと「5-10-15-20-25-30イヤーズ・オブ・ラヴ」という曲です。
 私は当時中学生で毎日FEN放送を聴いていた(音楽のためだけですが)ので、日本ではまったくヒットしなかったこの曲を知ることができました。
 
 典型的なソウル・バラードで、5-10-15-20-25・・・とそのまま歌っていくというのはすごい発想というか何というか。のちのち日本でもLPレコードが発売されたのですぐに入手しました。いまは手もとにないのですが、確か対訳もついていたような記憶があります。細かいところは忘れてしまいました。
 当時、通学途中のバス停に好きな女の子がいました。
 
 人目をひくとても美しいお嬢さんでーーそういうことはだんだんわかってくるものですがーー私より1つだけ年上でした。前年の秋にはじめてバス停で会い、中学2年生だった私はひと目で恋に落ちました。とは言え私は年がら年中恋ばかりしていましたから、そんなに深刻なものではありません。ただ彼女の存在が私を感化したのは確かです。
 友だちに、その子と話せるようになったという作り話をよくしました。願望を、そのまま事実みたいに話していたのです。
 
 彼らの多くは私の作り話をうのみにして、うらやましそうな反応を見せました。この曲を知って、私は自分はまだ1年間しか恋していないが、30年後も好きでいるだろうか? と真剣に考えたものです。15歳の自分が45歳になるまで好きというのはどういうことなのだろう。
 その女性の名前も住まいも、結局何ひとつわからないまま別れ(?)ました。バス停で会うだけですからどちらかがその時刻のバスに乗らなくなれば、あっという間にさよならです。
 
 30年どころかあれから50年になります。
 先月だったかな、バス停にいた彼女のことをちらりと思い出した日があります。どこかでばったり会えたり話せたりする日が来るのではないかと考えていた時期もあった。人生はそういうものではないかと期待していたわけです。そうではありませんでした。残念であるような気もしますが、救われている気もします。
 いま会ってもお互いにわからないでしょう。それもまた救いということになるのだろうと思います。
 
 
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2019.09.07 03:20

 人生において不満が皆無というわけでもないのですが、いまの私はほとんど乱されなくなりました。不満の内容を見つめていくと、いろいろなことに気づきます。外部に原因があったとしても、100人中100人全員が不満に感じるということはめったにありません。
 子育てにもそういう要素があり、お子さんが何をするかということ自体より、それに対するこちら側の「反応」が問題であるように思います。
 
 息子が中学時代学校の定期テストの勉強さえほとんどやらなかったときに、私はそれもありだなという気持ちがしました。私自身は反抗しながらも多少はやった。やりたくないのに「多少やった」のは、変な見栄があったのです。仲間にばかにされたくないという気持ちを持っていました。
 それは小学校時代の価値観の残滓で、中学受験のころは父親がこわいのでひたすら勉強をしたわけですが、いい成績をとることにけちくさい優越感もありました。
 
 自分でも捨ててしまいたいのに捨てきれない当時の価値観がどこかに残っているという感覚を抱きながら、中学時代は勉強をテスト前のみちょっとだけしました。まあ、真ん中ぐらいにいればとことんばかにされることはないだろう程度のあいまいなプライドでしたよ。
 ところが息子ははじめから優等生でも何でもなかったので、できないことがまったく苦痛ではない。じつにのびのびと不勉強を貫くので、私は自分もこんな風に生きたかったとうらやましく感じたほどです。
 
 やる時間は十分あり、近所の塾にもいちおう通わせたりしてそれなりの環境は整えているのにテスト勉強すらしない息子を見ていても、まったく腹がたちませんでした。高校選びのときも彼は「自転車で通えるところ以外は進学しない」と言い出して、これまた自転車に乗れない私(幼いころ自転車なんかに乗るものではないと両親から禁じられていた)からみるとじつに斬新なものの見方で、そういう切り口からの高校選びもありだろうという気がしました。
 
 彼が高校2年生の終わりぐらいから勉強したいとか大学に行きたいとか言い出したときはそれこそ「コペルニクス的転回」で意外には思いましたが、私自身はそれまでの息子もその後の息子も同じように大切に感じていました。不満はまったく持たずに来たということですね。そしてそれは、いまもそうです。
 外部的要因は常にあれこれ出てきますし、その多くはこちらでコントロールできるものではありません。私たちがコントロールできるのは内側だけですが、その事実は相当考えるべきことではないかという気がします。
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2019.09.05 00:02

 ブログを10年以上続けてきて、ある意味書くことがなくなってきています。同じ内容を繰り返して気づかなかったりということがだんだん頻繁に(?)なってきた気がします。個人でひたすら書いているだけで、チェックしてくださる編集者さんがいらっしゃるわけでもないので、多少の混乱は仕方がないのかなと感じています。
 ただあたりまえですが、私が永遠に会社員を続けられるわけではありません。そのときはブログも終了になると思いますので、もうしばらくご辛抱ください。
 
 勉強法については、右側の「どうしたら勉強ができるようになるか?」にまとめてしまいました。ここに77回分記事があります。そちらを読んでくだされば方法論そのものはわかっていただけるでしょう。ただ実行するかどうかは人それぞれですから、読んでくださった「だけ」では効果は薄いと思います。実践できるかどうかがカギになってきますね。
 最近は勉強法以外のことを主に書いていますが、各ランキングを見る限り、それでも楽しんでくださる方がいらっしゃるみたいでほっとしています。
 
 先日、危ない運転でつかまってしまった方の記事がある週刊誌に出ていました。私はその週刊誌を月曜日に皮膚科の待合室で読みました。「あおり運転」ですね。印象に残ったのは、その容疑者のおうちの方がやはり大変ないわゆる「クレーマー」であったというところでした。
 つまり彼は、幼いときからおうちの方があちらこちらに文句を言うところを目撃しながら育ってきた。幼いころのご両親というのは絶対ですからね。世の中はこうするものなのかと確信したに違いない。
 
 代々伝わっていく文化遺産というものがあります。それは子育ての過程でかなり意識されてもいいかもしれません。DVなんかもそう言われていますね。親に暴力をふるわれて育つうちに、そういうものなのだと思いこむ。そしてお子さんにも暴力をふるうケースが多いそうです。負の連鎖が起きてくる。
 もっとも私のように、意識しているから子どもを叩かないという選択もできる。自分が木製の棒で叩かれたり蹴られたり全裸で外に立たされたり(どれも誇張ではないですよ)して育ったからこそ「同じようなことは絶対にしない」と強く意識しました。
 
 よい文化は黙々と受け継ぐ。悪い文化は意図的に断ち切る。そうしたことは人間だけができることで、ここからよいことを自分がスタートさせるぞという気概は絶対に必要だと思います。まあ、気負いすぎてもよくないですけどね。
 
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プロフィール

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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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