2018.03.24 06:40

 私はそれなりの年齢ですからおつきあいのある友人知人も、だいたい私ぐらい歳をとっています。中には私より年上の方もいます。すると調子が悪いというお話を聞くこともありますね。ふらふらする、気分が悪い。
 それは彼(彼女)が常用している薬のせいだったりもするのです。何かしら持病を持たれていて、常にたくさんの薬を飲まなければいけない。医学的なことはわかりませんが、こっそり飲まないのはまずいのでしょう。
 
 すると副作用でふらふらする。だからあまり遠出はできない。
 そうした話を聞かされると、多少何かしら傷んではいても自分は幸せだなとつくづく感じます。マイナスのお話を聞かせていただいたおかげで、マイナスになりつつあると感じていた自分の状態がまだまだプラスもプラス、テストで言えば十分合格点らしいということがわかるのです。
 私は私なりに多少の不調は感じることがある。悪いほうの足の疼痛とか。そういう類の何かを感じることはあります。
 
 軽い痛みを感じるたびに「この程度ですんでいる」ことを心から感謝するようにしています。必然的に痛む回数が多ければ多いほど、感謝する回数も増えます。医者にかかるほどではない。本当に運がいい。
 痛みがひどければ多少は脚をひきずる日はあるかもしれません。しかし歩けなかったことは1度もない。授業のときに座らずにはいられないというケースも1度もない。100点ではないかもしれませんが、落第することはない。そうしたことに「いちいち」感謝する姿勢は、確実に幸福感を抱くコツだと思いますよ。
 
 勉強がいやだ、サイアクだという中学生高校生の方もいらっしゃるでしょう。でも、どうですか? 食べるものはある。お菓子だってある。着るものもある。オシャレをすることもできます。おうちもある。雨風にさらされて眠る心配はまずないでしょう。
 勉強するしないはともかく、恵まれた状況に感謝することは悪いことではありません。世界には食べ物やきれいな水がなくて、いますぐ生命を落としそうな方が約8億人もいらっしゃるそうです。社会科で習いましたか? 自助努力ではどうにもならないところまで追い詰められている。助けられるのは多くを持っている人間です。
 
 しかし、手当たり次第に物を送るだけでは根本的な解決にならないでしょう。すると科学や政治や環境問題、社会機構、経済、情緒的な発想、有効な広告宣伝・・・すべてを総動員させてやっと解決の糸口がつかめる程度かもしれません。その勉強ができるのは恵まれている側の人間だけです。ひょっとすると義務ではないかとまで考えるときがあります。
 あなたが持たれているよきものすべてに感謝を捧げてください。受験結果云々はともかくも、あなたは勉強する自由と権利を依然として有しています。その自由と権利を次の受験や資格試験のためだけに使っていては、あまりにももったいない。全世界の幸福のために使いはじめてくださったらいいとは思いますよ。
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2016.08.23 07:15

 これまた臨時です。
 昨日台風上陸で流れてしまった分の授業の補講を本日実施いたします。詳しくは「Z会の教室」のホームページをご確認ください。Z会進学教室(首都圏高校受験・公立中高一貫中学校受験)だけに関していえば、昨日の授業がそっくり今日に移動すると考えてくださってけっこうです。私もこれから教室に向かうところです。
 
 
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2016.08.22 09:46

 臨時の記事です。
 本日8月22日首都圏の教室の夏期講習は、台風接近のためすべて休講になってしまいました。あとのことは今夜の9時ごろにホームページに告知される予定です。自習室も開放されていませんのでご注意ください。
 残念ですが自然相手では仕方がないですね。私は教室に来ています。じつはいろいろと忙しくて、今日の夕方分の授業の予習がまだできていませんでした。授業はありませんが予定通りに予習はしようと思います。受験生の皆さんもどうか講習のある時間帯は勉強をなさってください。淡々といきましょうね。また明日の記事でお目にかかりたいと思います。
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2013.08.07 12:12

 先生方が日々報告書を書いてくださるので、できるだけ毎日ーーなかなか難しいのですがーー目を通すようにしています。面白いことに気づきますよ。今回、はじめて気づいたわけでもないのですが。
 初日2日目ぐらい、各先生は「うえのクラスとしたのクラスはそれほどの差はない」という意味のことを書かれています。そういう実感があるのですね。あるいは「今年のしたのクラスはけっこうできる」と書いてある。私もそういう印象を持つことがよくあります。
 
 ところが4、5日たつと「やっぱり差があった」「続かなくなってきた」「したのクラスの子たちは集中力に欠ける」となってしまう。
 具体的に。国語は毎日漢字テストをやっています。40題暗記してもらって20問テストする。けっこう大変ですよ。大変ですが、初日、2日目ぐらいはどのクラスでも満点をとる人がたくさんいます。「おおっ! 今年はどのクラスも優秀だ」といつも思う。ところが4日ぐらいたつとしたのクラスは満点の人ががくんと減ります。
 
 満点をとらなければだめということではない。満点はとれなくても8割ぐらいはとっていますから、合格と言えば合格。ただ「それでよし」と満足できない人たちがうえのクラスにはたくさんいて、その人たちは満点を取り続けているという構図ですね。 
 したのクラスには突然1桁の点に落ちたりする生徒も出てきます。要するに完全にサボってしまう日が出てくるのですね。できる子は「完全にサボる」ということをまずしません。そこははっきり違ってくる。
 
 要するに、続かない部分があるのです。頭が悪いのではなく、気持ちを新鮮に保つ工夫が足りないのです。そこに気づかないと空回りしますよ。どこでどのテキストでどの先生に習っても、日々気持ちを新たにできないとどうしても停滞してきます。
 私はときどき生徒に話すのですが、1日が終わったらとりあえず「死んだ」と考え翌日が来たら「生まれた」と考えるぐらいでちょうどいいのです。何もかも「またか」ではなく、今日が初日、すべて初体験だと考える。過去を引きずらない。新鮮さを保つ努力をする。
 
 ヨガだか何だかの技法に「世の中をはじめて見るように見る」というのがあるそうですが(聞いた話なので違うかも)、気持ちをリフレッシュさせようという意志とテクニックは必要ですね。
 考えてみれば楽器を弾くのもスポーツに興じるのも友だちと遊ぶのも、ぜんぶ新鮮な気持ちがないとうまくいきません。本来の力の差はそんなにはありません。しかし、気持ちの持ち方の差はとてつもなく大きい。本来自分をコントロールできるのは自分だけなのですから、心のありどころについては各自が努力を心がけてくださるといいですね。
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2011.05.15 11:27

 ときどき思うのですが、小中学生はともかくとして高校生になったら一人で勉強すること「も」できるようにならないといけません。いつもだれかに手取り足取りで教わらないとうまくいかないという状態は、先に行ってちょっと心配です。
 じつはある私立中堅高校の話なのですが、いい大学に合格した生徒が一人で勉強できず、かと言って大学生向けの塾もなく、夏休みにわからないところを教えてほしいと高校に来るのだそうです。

 ちょっと調べればわかることばかりなんですけどねと先生はおっしゃっていましたが、小中高とすべて他者に直接教わるという形態をとり続けてきたために、自学自習ができなくなっているのではないかと思います。実際に何をしたらいいのかわからないという意味でもできなくなっているのでしょうし、精神面においても「一人じゃむり」というものがあるのかもしれません。社会に出てからちょっと大変ですよ。

 そういう意味でーーとくに高校生の方ですねーー全教科ではなくても何かしら通信添削を利用されたらいいのではないかと思います。自分で何とかする姿勢を身につけることは単純に点数や偏差値がどうのこうの以上の大きな価値があります。
 いまはたとえばZ会の通信添削なんかも相当に生徒に寄り添う側面はありますが、それは学習内容やサービス関係であって机の前で一人で意志を持って学習するというスタイルは昔と同じです。「一人」「意志を持って」というところに価値があるのがわかりますか。

 春から塾や予備校に通いはじめたもののどうもしっくりこないという人たちが出てくる時期です。塾や予備校を替えてみるのも一つの手段ではありますが、そうやってあちらこちらに「手取り足取り状態」を安易に頼るのではなく、一教科だけでも自学自習を心がけてみてください。
 逆に通信添削をはじめたけれども続かないやという人は、それこそ自学自習ができなくなっている可能性もあるので、ここで踏みとどまってください。私がただの宣伝でこういうことを書いているのではないということはあなたにもわかると思いますよ。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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