2019.09.23 09:01

 大人は思春期を通過してきているわけですが、そのときの微妙な感覚は忘れてしまっているような気がします。あの憂鬱さ、あの絶望感、また逆にあの高揚感、あの興奮や感激、そうしたものをほとんど忘れて子どもたちに接していれば、ずいぶん理解のない人間だと思われるのも無理はないですね。
 若さゆえ、ただでさえつらかったりする。生きていること自体がひりひり痛い。その相手にいきなり「いいから勉強しろ!」ではうまくいかないのが当然でしょう。
 
 あれは中学2年生になる春休みのことでした。私は妹や母親と一緒に夕暮れどきの商店街を歩いていました。場所まで正確に覚えています。私は友人のためにある将棋の本を買った。翌日だか翌々日だか、彼の家に遊びに行くことになっていたのです。相手の少年も将棋に興味を持ちはじめていたので、ちょうどいいと思って自分も持っている本を買いました。
 夕日を浴びながら坂道を歩いているのですが、何だかむなしくて仕方がない。憂鬱でたまらない。
 
 理由を探ってもわからない。友だちのうちに遊びに行くじゃないかと自分を鼓舞してみる。将棋のテキストだって買ったじゃないか。将棋だって指せるじゃないか。レコードだって聴けるじゃないか。あれこれ考えても、ちっとも心が弾まない。
 そのうち憂鬱の1つの原因は、さっき見た洋画劇場のせいではないかということに気づきました。当時、昼の時間帯に古い洋画を流していたのです。「春の椿事」という映画だったと思います。
 
 内容はコメディでした。それにひきこまれたことの反動が起きているような感じがしました。つまりさっきまで面白がって明るいほうに心がぐーっと傾いた。それが逆方向にまたぐーっと戻りつつあるのではないか。
 いずれにせよ、憂鬱は憂鬱なのですからどうしようもない。だんだん口数も少なくなり、その日は夕食もあまり食べなかった記憶があります。食卓に出てきたコロッケ(商店街で買ったものでした)を見て憂鬱だったさっきの思いがぶり返し、食べる気がなくなってしまった。
 
 私は中学3年生のときに自身をホンモノの鬱病ではないかと疑った時期があり(そうであったら詩人として「はくがつく」とバカなことも考えた)、両親に病院に行かせてくれと訴えて逆に怒られたことがありました。そんなことを考えるのは精神がたるんでいる証拠だ、毎朝早朝に冷水まさつをしろ! だいたい軍隊では・・・ 
 そういう大人とはもう「会話」自体が成立しないと結論づけてしまうのは思春期特有の心理でしょう。私は生徒たちに接するときに、自身の経験してきた思春期の葛藤をつねに意識しています。いまでも心の色は同じだよということですね。
 
 
 
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2019.09.22 07:11

 たとえばご自身のお子さんに対してでも暴言を吐くのはよくないという記事を読むとしますね。まあ、間違いのない真理ではあると思います。するといままで暴言を吐いてきてしまった方にはある意味で感じの悪い指摘であり、いまさらそんなことを言われても・・・という不快感は抱かれるかもしれません。
 こういうのはいい悪いではないですね。歳をとっても少しは運動したほうがいいという常識がありますが、私なんか生まれてからまったく運動してきませんでしたから、それこそいまさら言われても・・・という気持ちになります。
 
 ごくごく自然な反応であって、現在私はどなたかを責める目的で発言することはまずありません。すべての提言は「こちらの方向のほうがより豊かさが増すようですよ」という情報提供でしかなく、人さまの生き方をどうこうという大それた気持ちはまったく持っていません。
 そもそも私たち大人も幼少期にじつは相当傷ついています。傷ついた結果、ある種の偏向が生じている可能性はおおいにありえます。しかも、それに気づいていない。
 
 ご自身の傷ついている微妙な部分を他者の中に見て批判的になるということはごくごく普通のことで、異常でも何でもありません。たとえば私には、非常にだらしないところがあります。そしてそれを両親に強く叱られて育ちました。叱られたことに対する強い反発が生じ、わざとだらしないままでいたい変な気持ちもあるのです。
 複雑なことになってしまったわけですね。だらしない自分は本当はいやである。しかしそれを矯正することはそれに輪をかけていやである。
 
 するとたとえば息子がだらしないところを見るとストレートに注意できない何かが顔を出します。ただこうやって気づいている要素があるので、彼の整理整頓がなっていなくてもそうは責めません。つまり複雑な背景を持っている自分は息子の欠点(だらしなさは欠点は欠点だと思います)を過剰に痛めつけるようなことをする可能性があるので気をつけているということです。
 気づかなかった時代は仕方がない。ただ気づいた瞬間からは十分注意する。できるところからスタートする気持ちはつねに大切だと考えています。
 
 
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2019.09.21 09:12

 実話なのでちょっとぼかして書きます。ある地方都市に立ち飲み屋さんができました。昔から何軒かあったのですが、新しいお店が開店した。非常にオシャレな感じの内装で、全体が黒です。イメージとしてぜんぶ黒で統一している。そして経営されている方(確認したわけではないですが、まず間違いないと思います)が若くてきれいな女性です。その女性も黒系統の服を着ているのは、お店の雰囲気に合わせているのでしょう。
 私は2回しかお邪魔したことがないので細かいところはよくわかりません。
 
 値段設定は安くはありません。高くはないですが、安くもない。つまりお客さんの層をある程度コントロールしたいということだったのだろうと思います。
 ところがここにお年寄りの集団が集まるようになりました。何かしら肉体労働に従事されているらしいお年寄りのグループが仕事終わりに来る。彼らはあきらかに店主のおねえさんを気に入っていて、勝手に店の奥から椅子を持ってくるとおねえさん前のカウンター席を陣取るようにして座ります。
 
 おねえさんが困惑している様子は私にも伝わってきました。噛み合わない会話を耳にしていれば私でなくてもわかりますよ。お年寄りの1人が言う。「土曜は閉まっとったな」おねえさん「土曜日はいつも開けてますよ」お年寄り「いや、閉まっとった」別のお年寄りも「しっかりせえや、閉まっとったんでわしら難儀したでー」などと言う。
 そっけない調子でおねえさんは「私が開けてるのだから間違いなく開いていましたよ」と打ち切ります。
 
 彼らは注文も甘えていて(?)、おでんがあるのですが、堂々と「汁だけ飲ましてくれんかのー」などと言う。居酒屋歴40年の私でも、そんな注文聞いたことないですよ。それを笑顔でじつにうれしそうにお姉さんに向かって大声でリクエストする。
 悪気はまったくないのだと思います。早い時間からやっているお店はそこだけなので、仲間同士でふらりと入ってみたら孫みたいな美人のおねえさんがいて、すっかり舞い上がってしまったのでしょう。
 
 ただそういう雰囲気だと、たとえば女性のお客さんはなかなか入りづらいですね。私でさえ、注文のタイミングをけっこう考えたりしました。お姉さんにしてみればはじめの予定とちょっと違うタイプの常連さんがまずついてしまったわけで、店舗経営というのは難しいものだと思いましたよ。
 なかなか行ける場所ではないのですが、次はちょっと遅い時間帯に行ってみようかなと思っています。昼間のじいさんたち、まだいたりして。
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2019.09.19 08:59

 難しいことはよくわかりませんが、それぞれの人生のいちばん小さな部分で働いている法則はおそらく大きな部分でも同じように働いているのではないかと思います。
 この法則というのは生き方のことでもあり、個々人で違ってきますね。性格というのともちょっと違うかもしれません。性格がどうであれ、どう生きるかは後天的に決められますから。
 
 どんなことであっても愛情をこめたほうがこめないよりはうまくいくような気がしますね。メニューを見て食べる料理を決める。そのとき「ハンバーグ定食でいいや」と考えたり表明したりするよりは「ハンバーグ定食がいい」「ハンバーグ定食が食べたい」と積極的に考え表明するほうが真心と愛情がこもっています。
 同じものを同じお店で同じ条件で食べるのであれば、後者のほうが注文をとる方の印象もいいでしょうし、おいしく感じられたりもするでしょう。
 
 以前、メニューが豊富なお店で「おれは常連だからここにはもう食べたいものがない」と苦笑されていた方がいらっしゃった。それは事実なのかもしれませんが、そもそもそうした姿勢でお店に来られること自体がご自身の食欲を減退させてしまうのではないかとーー余計なことですがーー考えました。
 若いころの私は、食器を洗うのがあまり好きではなかった。性格的なこともあるかもしれません。で、けっこう乱暴に洗ったりしました。
 
 やりたくないという気持ちが腹立たしさにつながるのです。1人暮らしのときでさえ、こんなつまらないことさせやがって! と腹がたった。させやがっても何も、他にどなたもいないのですから自分で洗うしかない。ところが洗い出すといらいらする。お皿が欠けたり割れたりしたとき、心のどこかで(いまのはわざとだったかもしれないな)と感じたものです。
 ただ、そういう感覚は完全に矯正できますね。
 
 性格そのものはそうは変わらないかもしれません。昔もいまも私は怠惰な人間ではあると思います。それでも、小さなところに心をこめる喜びやコツはつかめてきました。洗い物をしているときも「いやな作業」とは考えずに「人生の一部が稼動している」と意識できるようになってきました。
 勉強や仕事でもそういう要素はあると思います。いやな作業と定義するからよくない。それは生きる過程の何かでしかなく、人生という連続性の中に存在しています。
 
 作業の中で何かを発見していく。何かというのは自分自身の長所や短所であり、忍耐力や持久力であり、作業そのものに対しての興味や面白みであり、深い意味では人生そのものに対する感謝や愛情でもあるでしょう。そしていずれは、どう生きるかという生き方自体を最小の単位(行為や作業)の中に見つけていくことになるのだと思います。
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2019.09.18 01:07

 月曜日の敬老の日、母親がお世話になっている施設に行きました。彼女は今月92歳の誕生日を迎えます。ちょうどその日、私はある小学校で講演させていただく予定になっています。お話をいただいたとき(お、母親の誕生日だ)と当然思いました。何となくご縁を感じてお引き受けしました。
 施設には妹夫婦や家内もいたのですが、帰りはーー例によってーー私だけ1人で帰りました。ちょっと歩いてみたいところがあったのです。
 
 歩いてみたいところと見てみたいもの、ですね。中野の駅前に古い「団地」があります。私が中学2年生のころ、友だちとそのあたりで遊んだ記憶がありますから大変古い建物です。それがいよいよ取り壊されそうな感じになってきていました。電車の中から様子が見えるのです。周囲が囲われはじめている。
 壊されてしまう前に行ってみたいと思いながら、なかなか機会がありませんでした。中野駅は通過するだけですからね。
 
 そこで月曜日に行ってみたところ、残念ながらもう中には入れなくなっていました。外からちらりと見えるだけです。工事の告知が掲示されていて「築67年」とありました。67年間使われていた(つい最近まで住んでいる方はいらっしゃいました)というのはすごいですよ。1952年と言えば、太平洋戦争が終わってからまだたいして月日はたっていません。二階家だって珍しかった時代に、マンションのはしりみたいな真新しいビルが何棟も建ったわけですから、当時は街の誇りだったのではないかという気がします。
 
 中野にはDという有名な居酒屋さんがあります。非常にきちんとしたきれいなお店ですが、午後の2時から開いています。午後2時というのはちょっと珍しいですよ。何でも昔中野には鉄道関係などで夜勤の方がけっこう多かったらしい。それで早い時間から開けるようになったとある本に書いてありました。
 私は中野区で生まれ育ったので、他にもちょっと気になる場所や建物があり、そこにも行ってみました。裏道に意外に古い家屋が残っていたりした。
 
 しかし、行きたいところすべてまわれたわけではありません。あそこにはいつでも行けるから・・・というところにはなかなか行けないという現実があります。また休みの日に順番に見に行こうと思っています。永遠の旅人ですね。
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2019.09.17 09:09

 大人はそれほどでもないのでしょうが、子どもの心は日々進化成長しています。外からだとなかなか見えないために、よほど意識していないと忘れられてしまったりもしますね。よく「中学時代1年間に10センチ以上背が伸びたよ」などというお話を耳にすることがありますが、当然心の身長も10センチ以上伸びているはずで、大人はそのあたりを十分配慮しないといけないと思います。
 成長に害になるようなことをしてしまうとまずいですね。さまざまなことがうまくいかなくなってしまう。
 
 ここはよく考えないといけないのですが、問題はこちらが「正しいかどうか」ではない。たとえば「子どもを厳しくしつける」という考え方があり、それはそれで正しいことだと思います。甘やかしていい加減に育てるよりよほどいいことではあるかもしれない。ただ相手によりけりでーーそれこそ小さいころの私自身のようにーーとことん弱虫であれば、厳しくしつけられて一方的に萎縮しだめになる可能性もあります。
 するとそれは健全な心の成長に結びつきません。正しく指導しても相手によっては逆効果ということもありうるわけです。
 
 毎日毎日接している大人が、相手の特性を見きわめながら与えていかないといけないでしょう。その能力こそが真の意味での子育ての能力と言えるのではないか。
 これまでも同じ話を書いていますが、月刊誌に優秀な大学に進んだ方のご家庭がどうであるかというような特集記事が載ることがあります。毎回毎回同じことが書いてありますが、ご家庭が穏やかで温和な、まるい空気を保っていらっしゃるということが書かれている。心が成長できる環境ということです。
 
 これは名人になるような棋士のご家庭もそうだという話を聞いたことがあります。亡くなられた米長元名人は将棋の強い若手棋士のご家庭を片っ端から訪問されていました。そして、まったく同じ結論を出されていた。
 そういう状況であれば、安心して心が成長できるということなのだろうと思います。要するに環境作りに成功している。
 ですから、極端に反抗的であるとか乱暴であるとか投げやりであるとかということであれば、絶望せずに「ここから」環境に修正を加えていかれたらいい。
 
 怒鳴らないとか愚痴らないとかからかったりくさしたりしないとかということは基本中の基本で、叱るにしても「話をじっくり聞く」形でとにかく徹底的に聞いてやる。かぶせるように意見したりせず、こちらの言いたいことは後日に譲るぐらいの余力がほしいと思います。
 言いたいことがあるなら言ってみろと言い、子どもがおずおずと喋りはじめるなり「そんなことだからお前はいつまでたってもだめなんだ!」と激怒するようではまったく逆効果だと思います。
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2019.09.15 00:28

 息子ももう社会人なので、めったに親子で何かを食べに行く機会もなくなりました。20歳になったばかりのころは私が飲み屋さんに連れて行ったりしていたのですが、いまは勝手に飲みに行きますからね。まあ、彼はふだんは飲まないのですが。
 ときどき焼肉屋さんに行くことがあります。西荻窪においしい焼肉屋さんがあり、息子が小学生のころから利用しています。そこに年に1回ぐらいは行く。
 
 子どもが幼稚園小学生のころはーー彼が新幹線好きだったのでーー毎年夏休みに家族で旅行していました。ひかりやのぞみだけではなく、東北新幹線や山形新幹線に乗せたりしました。いい思い出になっています。
 いまもたまには家族でどこかに食べに行こうか・・・みたいな話になることはあるのですが、ふと全員が犬のことを考えます。これは話し合ってそうなるわけではなく、それぞれが犬は留守番だなと考える。
 
 するとやはり気の毒な気持ちになります。私たち3人が焼肉屋さんかでわいわい飲み食いしているときに薄暗い部屋でじーっと自分たちの帰りを待っているのかと思うと、ちょっとどうなのかなという気持ちになります。そうかと言って焼肉屋さんに入れるわけがありませんし、焼肉屋さんの外につないでおくこともできないでしょう。それはそれで虐待みたいになってしまいます。
 すると家内がどこからか犬も一緒に入れるレストランというのを見つけてきました。
 
 私と違って家内にはいわゆる「犬友」というのがたくさんいるので、どなたかに教えていただいたのでしょう。比較的近所に何軒かそういうお店がありました。そして、そのうちの一軒に先日行ってみました。
 家内は犬を乗せて自転車で行く。息子もまた自転車で行く。私だけ徒歩で行き、帰りはバスで帰ってきました。けっこう遠いのです。昔よく歩いた道を偶然歩いたのですが、それはそれで懐かしかった。普通の洋食屋さんでした。ただ犬と入ってもいいことになっています。
 
 そもそも経営者のご主人一家が犬を飼っていて、当然その犬は店内にいます。私たちが食事をしているあいだ、犬用のおやつみたいなものも出てきたのでびっくりしました。うちの犬は他の犬に対して攻撃的なのですが、特殊な場所での秩序はわかるらしく、ご主人の犬には一切吠えかかったりしませんでした。ばかみたいに見えてもけっこう計算しているところもありますね。
 帰りは家族3人お店の前で別れ、ばらばらに帰りました。うちは個人主義なのです。
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2019.09.14 08:56

 またまた恋の話を。
 昔の話ばかりで恐縮ですが、あたりまえと言えばあたりまえで、仮に(仮にですよ)私が現在進行形で突然恋の話を書きはじめたら、それこそえらいこっちゃ! です。
 当時、20代前半で人生がいろいろと煮つまっていました。仕事も私生活も何となくもやもやしている。総合的に生き方がよくわからなくなってきている感じがしました。
 
 自信を持っている部分が、残念ながら世間的に見て価値が低そうであることは確かでした。そうかと言って、世間の価値観に合わせて生きる気持ちにもまったくなれません。どうしたものか。
 人間関係も同じような感じで、同性異性を問わず「なぜこの人たちとおつきあいしているのか?」ということがわからなくなってきた。何もかも妥協の産物ではないかという疑念に苦しめられる。
 
 理想というのは何だろうということを考えました。たとえば大金持ちになるということを自分は理想として堅持できるだろうか? 世間的に偉くなるということを理想として本気で掲げることができるだろうか? 権力は? 所属したいグループは? 恋愛は? 
 恋愛に関して何が理想なのかわからなくなってきました。好きになるというのはどういうことか。この人なら自分程度でも相手にしてくれるかもしれないという打算だけできたのではないか。
 
 そんなある日、友人から共通の知り合い(女性)に偶然会ったという話を聞かされた。いまでも覚えています。都営バスの乗り場でばったり会ったそうです。その女性とは私は「挨拶ぐらいはしたことがある」程度の関係でした。
 ところが、何日かたつうちに「これは啓示ではないか?」と変なことを考えるようになった。同時に、自分は彼女のことが世界でいちばん好きだったのではないかと強く思うようになりました。
 
 彼女は、確かに知的で魅力的な女性でした。ただ現実は何も知らないに等しい。ところが何も知らないからこそ、未知の世界へ踏み出していけという啓示を受けているのではないかと考えたのです。彼女こそが夢の世界への扉なのではないか。
 この考えがとんでもない勘違いであったことはその後明確になるのですが、この勘違いの過程で自分が経験したことは非常に大きく、現在のある種原点になっています。啓示というものに対する反省自体も財産です。
 
 恋することは受験にちょっと似た側面があり、成就(合格)するかどうかとは別に「何を学ぶか」という要素があります。逆に成就(合格)したことで何かを失う可能性もある。成就するしない以上に学ぶ姿勢に価値があるということだと思います。己を知るということですね。
 
 
 
 
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2019.09.13 09:06

 火曜日に昭和女子大学人見講堂でフランキー・ヴァリの東京公演を見てきました。いやあ、いろいろと感じるものがありました。コンサートが終わって出口に向かって歩いているとき、背後で年配(これは声だけで判断したものです)の女性が、お友だちに「これだけたくさんのコンサートに行っている自分だけれども、泣いちゃったのは今回がはじめてよ」とおっしゃっていた。
 この女性のひと言がすべてをあらわしているようにも感じます。
 
 私はーーブログのコメントで教えてくださった方に感謝いたしますーー早くチケットをとることができたので、2階席の最前列でした。ほぼ満席でしたが、非常に見やすかった。5年前の日比谷公会堂のときはそこまでよい席ではなかったので、多少窮屈だったことを覚えています。
 圧倒的に年配の方が多かったですね。考えてみれば、ザ・フォー・シーズンズに関しては自分は末期のファンだと思います。私が好きになったのは1970年で、彼らの人気が一段落してからでした(その後、復活しましたが)。
 
 中学時代は友人にレコードを聴かせても「古くさい」と言われました。音が軽くて聴いていられないぜとひどいことを言った級友もいました。グランド・ファンク・レイルロードの信奉者でしたから、そういう感想になるのも無理はないかもしれません。
 2階席から見下ろした感じでは、70代以上の方も相当数いらっしゃった。女性だけではなく男性もです。ステッキ姿の方も複数目撃しました。
 
 そもそもフランキー・ヴァリ自身が85歳です。85歳でしたが、非常に元気そうに見えました。昨年のアメリカ公演の映像では「君の瞳に恋してる」を歌うときに腰かけていたのですが、今回椅子はあったものの座らずに歌っていました。全曲、1度も座らずに、ときには軽くステップを踏みながら歌っていた。
 ザ・フォー・シーズンズの曲はほぼ全曲知っています。今回もいつごろヒットしたものかということも含めて、ぜんぶわかりました。1曲だけ意外な曲があったな。
 
 13曲目ぐらいまでは数えていたのですが、途中からそんな細かいことはどうでもよくなってきて、あとはひたすら引きこまれて見ていました。宣伝物には「最後の日本公演」とあります。「最後の」が意味するところは重いものがありますが、お客さんの質を見ていて、ひょっとしたらこれならまたすぐに戻ってもいいとフランキー・ヴァリ自身が判断するのではないかとも感じました。
 授業と同じですね。双方向で空間を作っていく要素は大きいと思います。
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2019.09.11 09:46

 ときどきご自身の物語を完結させてしまわれる方がいらっしゃいますね。老若男女を問わずです。完結させてその中に安住している。たとえば、あんな親に育てられたからこんな人間になってしまった。学校が悪かったからこういう生活になった。信じていた友だちに裏切られたので人間不信になった。
 実例はいろいろありそうですが、たとえば私であったら「左足が生まれつき悪かったので、数々の不自由な思いをした」という物語を作ることは可能だったかもしれません。
 
 そうやって物語の中に住んでしまうと最終結論みたいなものまで出来上がってしまいがちです。しかも最終結論は「だから自分は何をやってもだめだ」とか「この不幸はぬぐい去れない」とか「いまさら何をやっても取り返しがつかない」とか、非常にネガティブな方向に傾きがちです。
 しかし、じつは人生はそういうものでもないのです。あなたがいくつでどういう立場であったとしても「ここから幸せを構築するぞ!」と強い気概を持てば、十分盛り返すことが可能です。
 
 一生ネガティヴな物語の中で萎縮して生活するのは、非常につらいことです。にもかかわらず見慣れた景色ではあるし、こんなものだという諦念みたいなものもあってただぼんやりしているのは非常にもったいない。
 これは繊細な問題で、私は疲れ果てるほど大転換しましょうと提案しているわけではありません。いちばん小さな単位、それこそ次の食事は何を食べるか、磨り減ってきた靴のかかとを直して外出したらどうだろう、入浴剤を少しよいものに変えてみたら? そんな工夫の連続だけで、生きる価値は確実に変わってくるという事実を伝えたいのです。
 
 小さなことからできる範囲で少しだけ向きを変える、苦闘している世界中の人間の生活に思いをめぐらしご自身の有利な点は感謝する・・・そうしたことをたったいまからスタートさせてみてはいかがでしょう。少なくともいままでよりは確実に幸福を感じられるはずです。
 先日コメント欄にも書きましたが、私は自分にとってうまくいかなかったこと(つまりその時点では「失敗」と認定されたこと)はすべて救いに近いと思っています。
 
 それは私はいくつになっても「ここ」から少しでもよい方向に、幸福に、落ち着いて生きようという意志を持っているからです。この地点に来たからこそそんな意志を持つことが可能になった。あそこで「うまく」いってしまっていたら自分はここにはいないでしょう。仮に現在より物質的に豊かであったとしても、ここからスタートするぞという強い意志は持てたかどうかわかりません。
 現在ここにいる自分は「最強の」自分なのであって、私はここに導いてくれた数々の失敗にも感謝しています。
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プロフィール

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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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