2020.01.04 07:02

 経済界が先導してあれこれ注文をつけるようになってから、教育がどんどんだめになっていくとおっしゃっている偉い先生がいらっしゃって、ある意味でなるほどという感じがします。こうした大きなお話は私自身好むところではないので、私はその考え方が絶対的に正しいのかどうかはよくわかりません。
 ただ先生のおっしゃりたいことは何となく理解できますし、本当の人間教育や学びというものは、必ずしも最大の金銭的な利益と直結しないものだとも思います。
 
 たとえば大きな企業の要請で、もうけられる人だけをどんどん育ててくれ教育してくれということになるといろいろと不都合は起きてくるでしょう。
 昔からそういう傾向は多少あり、たとえば私は哲学科出身ですが、哲学科はあまり就職がうまくいかないと言われていました。実学を勉強してきた方たちみたいには大企業から求められない。なるほど「人間とは何か」「人は何のために生きるのか」という命題を振りかざしたまま会社に入られても経営陣はちょっと困ってしまうのかもしれません。
 
 お金というのはあっちへいったりこっちへいったりします。経済とはそういうものですね。国と国の関係でもそう、個人と個人の関係でもそうです。たとえばあるときはAさんのところに一定のお金が集中し、Bさんにはない。AさんはBさんよりとりあえず「有利で」「偉く」「力がある」ということになります。ところが何年かのちに今度はBさんがお金をたくさん所有し、Aさんはすっかり落ちぶれてしまった。すると今度はBさんがAさんより「有利で」「偉く」て「力がある」ことになる。
 
 その偉さというのは、お金の問題だけじゃないかという気がすることもあります。人間のりっぱさというのは、その人自身がどう考えどう振舞うかということに尽きるでしょう。それこそお金が不足しているときでもどう振舞えるのか。そうした見識をきちんと蓄積してきたのかどうか。
 都立高校推薦入試の集団討論のテーマを見ていると「リーダーはどうあるべきか」「リーダーをどう支えるべきか」という問いかけがあちらこちらで出ています。
 
 生徒たちはじつにまともな意見を展開していくのですが、それでは現在の世界のリーダーが理想的かというと、どうなのかなという気持ちもします。恫喝や搾取や好戦的な人気取りやごまかしが理想的なリーダーの条件であるとは中学生でさえ誰も指摘しません。
 源流になっているのが、やはりもうかるかどうかという部分だけになってきているのではないか。正しいことをしたいがもうからない。ならば正しいことは封印して、とにかく利益を出そうじゃないか。
 
 人間の弱さですね。もっともっと強く豊かでありたいと際限なく祈念するのは、どこか弱さや劣等感の裏返しであると思います。つねにもっともっともうけて・・・とどこまでいっても安心できないのは、別の側面の何かが足りないのではないかということに気づくべきかもしれません。
 私はーー隠者として生きたいのでーー社会に何か提言したいとはまったく思いませんが、個人的には「貧しいときも豊かに振舞える人間」でありたいと考えています。
 
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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