2019.11.13 01:14

 先日の休み、神保町の古書街に行ってきました。私はもともと古本にはあまり興味がありません。どなたかが愛読されたものであるという事実に重い畏敬の念があるのです。完全に病的な感覚だとはわかっているのですが、書籍にも何かしら感情のようなものが内在していて、かつての持ち主を懐かしく感じているのではないかと考えてしまう。にわかにあらわれた新しい主人(=古本を買った私)のことや、新しく置かれた本棚のことを心地よく思っていないのではないか。
 
 中古のCDについてはそこまで抵抗がないのですが、それは変色や傷みが書籍よりは少ないからでしょう。「いやがっているのではないか?」という妙な物語が出来にくいということが幸いしているように感じます。
 ですから、現在も流通している本であれば私は必ず新品を買い求めます。絶版になってしまったものはーーもはやどうしようもないのでーー古書店で探して入手するときもあります。
 
 神保町の古書街に将棋や囲碁の古書を専門に扱っているお店があります。いままでも何度かのぞいたことがありました。以前から探している本があるのですが、もう40年も昔の書籍なのでなかなか見つからない。中身は何となく覚えているものの、書籍のタイトルや著者名は記憶から抜け落ちていました。
 さすがにもう諦めかけていたのですが、今回まったく偶然に発見しました。他の書籍を買うつもりでしたので、結局2冊買いました。
 
 当時880円だった本に2800円の値がついています。内容を考えると安いものだと思います。古い書籍なので紙の色はかなり変色していました。青年時代にたしか新宿の紀伊国屋書店だったと思いますが、立ち読みした記憶が残っています。
 青年期の私は将棋と文学に、共通したものを感じていました。将棋に関して、私は勝負事というゲーム性より文学的な何かを求めていたような気がします。入手したもうひとつの書籍にも真検師の経験がある強豪の言葉が掲載されていました。
 
 毎日毎日会社と将棋道場を行き来していた。つまり徹夜で賭け将棋を指しているわけですね。するとある日、電車の中から外の景色が真っ赤に見えた。眠らずに目を酷使しているうちに、視神経に異常をきたしてしまったのだそうです。こういう話はもう完全に文学ですね。
 無頼派のようなアマチュア強豪の話題にひかれました。その言動を文学書のように活字で読むのが楽しかった。いまはそうした強豪が減ってしまって、ちょっと寂しいですかね。
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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