2019.08.20 00:15

 あおり運転のことがあちらこちらで話題になっています。私は現在車を運転していない(最後に運転したのは1980年代でした)ので直接的にはあまり関係ないのですが、見ていていろいろなことを感じます。
 追い抜かれたことに腹をたててあおったりするケースが多いようですが、逆上する本当の原因は「追い抜かれたこと」ではないでしょう。追い抜かれたことが「きっかけ」となってもともと内在していた怒りが爆発したということだと思います。
 
 ですから、仮に追い抜かれなくても他の何かで怒りが爆発する可能性はあったと思います。怒りがきっかけを求めてうろうろしている状態なわけですから。
 こういうのは私たちも注意しなければならないところで、自分はかつて生徒から「うちの人(ご両親のことが多い)がしょっちゅういらいらしていてすぐに怒り出すので、落ち着いて生活していられない」という訴えを聞く機会がありました。
 
 何でも怒る、静かに言えることを怒鳴る、本当に何をやらせてもだめなんだからというような感想をいちいちつける・・・というのです。蒲団を畳んでいない。それぐらいの小さなことで「まだ畳んでいないの!」と威嚇するように大声を出す。書くと笑い話みたいになってしまいますが、中学生のころの息子と家内のやりとりにもいくつかそんなのがあったように思いました。
 早く起きなさい! 起きてるよ! ちゃんと起きなさい! だから起きてるって言ってるだろう!
 
 そんな怒鳴り合いが聞こえてきて、おいおいと思って私が起きていったことがありました。何時に起きるという合意事項があり、それを可能な限り遵守するためのやりとりが怒鳴り合いに発展してしまうのだとすれば、それは各々の心の中に蓄積している何かが原因であって、起床が円滑にいっているかどうかが原因ではないですね。
 当時私が息子を起こしたときも何度もありますが、怒鳴り合いになったことは1度もありません。「起きろよ」「うん」「そろそろまずいんじゃないか」「そうだね」程度でした。
 
 私たちが何かでかっとなったときに、本当の原因は「そのこと」ではないのかもしれないという洞察を持つことは大きな進歩ではないかという気がします。私は現在生徒にまったく腹をたてませんが、それは彼らが突如として礼儀正しくなったわけではなく、私自身の中に別の要素が蓄積されてきたからですね。本当に理解しあいたいのであれば、強い思いこみはすべて邪魔になるでしょう。そのあたりの智慧ですね。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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