2019.07.22 07:05

 何を読んだらいいですか? という質問はあまりにも漠然としすぎているので、まあ太宰治あたり面白いと思うよぐらいに答えています。何を読んだらいいですかという問いかけはどこの海で泳いだらいいですかに近いものがあり、意地悪でなく「どこでもいい」「何でもいい」というお返事になってしまいます。
 太宰治の何を読んだらいいですか? と質問されたときは、これまで「親友交歓」か「トカトントン」を薦めていました。短いというのも、ポイントですからね。
 
 最近文庫本でこの「如是我聞」を再読して、あまりのはちゃめちゃぶり(これはもちろんいい意味で)に、太宰治の真骨頂と呼べるのはむしろこの作品ではないかとも考えるようになりました。
 如是我聞は小説ではなく、評論とかエッセイの類に入ると思います。誤解を恐れずに書けば、悪口という卑俗的な範疇として分類することも可能かもしれません。芸術的悪口ということです。
 
 評論家や老大家と呼ばれるような小説家をボロクソにこきおろしているのですが、後半はすさまじい。ここまで書くかというレベルの、辛らつな文言が羅列されています。とくに文豪志賀直哉に対する攻撃はすごい。
 志賀山脈という言葉があったぐらいで、志賀直哉は膨大な信奉者を持つ大作家です。単純な愛読者だけでなく、志賀直哉に憧れて作家になったという著名作家がたくさん存在する。その志賀直哉をとことん批判する。
 
 いちばんすごいところを抜粋してみます。
「頭の悪く、感受性の鈍く、ただ、おれが、おれが、で明け暮れして、そうして一番になりたいだけで、(しかも、それは、ひさしを借りて母屋をとる式の卑劣な方法でもって)どだい、目的のために手段を問わないのは、彼ら腕力家の特色であるが、カンシャクみたいなものを起して、おしっこの出たいのを我慢し、中腰になって、彼は、くしゃくしゃと原稿を書き飛ばし、そうして、身辺の者に清書させる。それが、彼の文章のスタイルに歴然と現われている。残忍な作家である」
 
 まさしく悪口雑言ですが「カンシャクみたいなものを起して、おしっこの出たいのを我慢し、中腰になって」のたたみかけるような表現は、志賀直哉の見るからにりっぱそうな風貌(の写真)を前にすると、確かに大作家だってそわそわする瞬間は十分ありうるだろうという倒錯した説得力を与えるから不思議です。この種の洞察力や表現力はやはり天分のもので、他の作家ではなかなかこうはいかない(そもそもやらない)でしょう。
 お時間のある方は読んでみてください。「もの思う葦」という文庫本に入っています。他の作品も大変面白いですよ。
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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