2019.07.17 00:07

 先日ユーチューブであれこれ見ていたら、川端康成と三島由紀夫、伊藤整(敬称略でいきます)の対談番組が出てきました。1968年ごろでしょうか。川端康成のノーベル文学賞受賞決定直後らしい。貴重な映像資料ですね。カラーではなく、白黒でした。
 川端康成だけ着物、三島由紀夫と伊藤整はスーツ姿でした。対談の途中で川端康成も三島由紀夫も当然のようにタバコを吸っていたので、そう言えば私が小学生中学生のころは職員室でさえ煙が充満していたなと思い出しました。
 
 川端康成は作品が翻訳されたものであることをちょっと気にされていました。要するにすべてがご自身の手柄というわけではない。そこで辞退もちょっと考えた・・・というようなことを話されかけて、三島伊藤両先生がそれはあまり気になさることはないとおっしゃっていました。
 映像を見ながらいろいろなことを感じましたが、とくに印象に残ったのは三島由紀夫のスーツです(そこかよ!)。
 
 伊藤整が着ているものは、要するに昭和の背広であり、当時の原風景を感じさせるものでした。ところが三島由紀夫の着ているダークスーツは非常に洗練されたオシャレなもので、オーソドックスなスーツとは違っている。極端な話、いま画面を抜け出してそのまま銀座の街角に立っても古臭いどころかとびぬけてオシャレな人という印象になるでしょう。ファッションに敏感な方がご覧になったら、なおさらそう思われると思います。
 自意識の高さがこういう形でもあらわれるのかと感心しました。
 
 さらにすべての動きが、どなたよりもカメラを意識されているように感じられた。一瞬横柄に見えたりする瞬間があるのですが、それは動きだけのことで川端康成に対する丁寧な敬語は大変気持ちのいいものでした。突然自分のことを書きますが、私はきちんとした敬語を自然につかえるのですが、それは幼少期にかなり厳しく両親に躾けられたからだと思っています。幼稚園児のときから「父」とか「母」とか言わされるというのは、周囲では珍しかった。玄関先で「母からことづかってきました」というセリフを何度も練習させられたことがあります。
 
 三島由紀夫のリラックスしつつも敬意に満ちた話し方を聞いていて、こういうのは本当に幼いときから躾けられていないと難しいだろうという気持ちがしました。勉強した後天的なものというより、身体にしみついている何かだと思います。
 途中でつい先日亡くなられたドナルド・キーンの名前が出てきたりもしました。対談はむしろ明るい感じで進んでいくのですが、この対談から数年もたたないうちに3人とも亡くなられている。この時点では、おそらくどの先生もそこまでは予想されていなかったでしょう。そうした事実もまた、いろいろ考えさせられるものがありました。
 
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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