2019.07.16 00:17

 言葉に対する感覚というのは人それぞれで、たとえば私は子どものころ「おでん」という名称をなぜか非常に恥ずかしいものだと感じました。「おでんを食べる」とか「おでんが好き」とか口にするのは、全裸で銀座の三越前を歩くのに近い羞恥心を抱いたものです。
 語感の問題でしょうね。その当時の感覚をなくしてしまったので細かい事情は自分でもよくわかりませんが、とにかくおでんという用語だけは聞きたくない使いたくない。母親が今日はおでんよと告げると、赤面して失神しそうになりました。
 
 時代とともにその感覚がなくなり、いまでは普通におでんを食べますし、好きか嫌いかと訊かれたら、むしろ好きなほうだと答えると思います。名称を聞いても赤くなることはありません。
 同じように子ども時代、半分休める日や土曜日のことを「半ドン」と呼ぶ習慣がありました。この半ドンも私は非常に抵抗があった。恥ずかしい用語という気持ちがするのです。「土曜日は半ドンだ!」などと大声で話している同級生が近くを通ると、ぞぞぞーと鳥肌がたちました。
 
 半ドンは現在でもあまり好きな言葉ではありません。つい最近息子が使っていて(いまも死語ではないのか!)と意外に感じましたが、私自身が使うことはまずないと思います。
 他者を何と呼ぶかというところにも私はこだわりがあり、唯一「お前」と呼ぶのは世界中で息子だけで、あとはすべて「きみ」です。家内も二人称ならば「きみ」です。息子に対してはまったく抵抗がないのに、その他の方(もちろん生徒も含めて)に対しての「お前」はむしろ私自身が不快になるのです。
 
 これはもちろんその呼び方が悪いということではなく、語感は人によって年齢によって著しく違ってくる面白い例だと思います。
 地名なんかでも好きな地名と恥ずかしさを覚える地名がありますが、昔、ある人に「枇杷島」という地名(愛知県にあります)を素晴らしいと思わないかと告げたところ、相手が自分はとくに何も感じないとおっしゃったので、とても意外だったことがありました。袖ヶ浦(千葉県)とか四日市(三重県)とか須賀川(福島県)なんかも意見がわかれました。私はすべていいと思った。うん? すべて三文字ですね。
 
 感性の違いみたいなものでしょう。
 横文字の表記を自分は恥ずかしいと感じることが多々あります。カフェとかスイーツとかアティテュードとか。ただ横文字がぜんぶだめというわけでもないのです。レストランとかリサイクルとかアイスクリームとか。食べ物と同じで、子どものときに使用していた横文字は抵抗がないのかもしれませんね。
 
 
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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