2019.06.15 00:18

 勉強がきらいだからやる気がないとは限りません。ここはとても繊細なところですが、勉強を最上位に置きたがる価値観への反発から勉強をやらなくなるケースだってあるのです。
 私自身がそうだったのでよくわかります。大人たちがいわゆる優等生ばかりを称賛することにうんざりした。中学生のころ、両親に級友のことをすごいやつがいると自慢(?)したところ「落ちこぼれを評価したがるのはお前自身も堕落しているからだ」と言われて、ショックを受けたことがあります。
 
 級友は確かに優等生ではありませんでした。成績は後ろから数えたほうが早かった。ただ非常に尊敬できる特質を持っていて、私はそのことをすごいすごいと興奮して話していたのです。ところが成績を確認した途端に、会ったこともない人間を「なんだ、落ちこぼれか」ですよ。
 尊敬する級友(自分が文章による創作活動をはじめるきっかけは彼でした)を非難されて、私は内心で(何様なんだ?)と思いました。こんな価値観に毒されてたまるかとも考えた。これ以外にも、そうした事件があまりに頻繁に起きすぎました。
 
 成績がいい者だけが絶対善だという価値観に腹がたって、勉強そのもののやる気をなくした。そもそも行きたい大学もやりたい勉強もなかったので、あとは適当に恥ずかしくない程度に・・・ぐらいですよ。
 先生によっては「やればできるのだから」とおっしゃってくださったりもするのですが、もはや深いところまでは届かない。表面上穏やかさを装っていましたが、内心「やらないと決意した人間につまらないことを言うもんだなあ」です。
 
 一般的にやる気をなくすような数々の出来事が長年累積してきているのだとしたら、もはや「やる気スイッチ」も何もないですよ。私なんかスイッチそのものがこわれていた。やらないこと自体が自己の証明になっていたからです。両親から「厳しいことを言うのはお前のためだ」などと言われるたびに、私は本当に自分のためを思うのだったらもう一切放っておいてくれと考えました。どんな善意のアドヴァイスであっても、迷惑なだけでした。ぜんぶ逆をいってやるという意地だけで生活していた。
 
 万が一、過干渉で極端にやる気をそいでしまったのであれば、とりあえずは自己責任という形で「任せたよ」と改めて見守ってやれる度量の大きさを見せる以外にないと思います。いまのまま何かしらあなたの理想の形を見つけてくれてもいいし、あなたの中にある種の「気づき」が出てきたらがらりと変わってもいい。どちらでもいい。
 あなたの幸せは、あなた自身の自主性に任せたよというメッセージです。いちばんまずいのは、過干渉によるつまずきをさらに干渉することで何とかしようと焦ることだと思います。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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