2019.06.09 00:16

 ときどき話題に出しますが、升田幸三という一時代を築いた将棋の名人がいました。この先生は言行が勇ましく、イメージとしては剣豪みたいでした。羽生永世七冠がいちばん指してみたかった棋士に升田先生のお名前をあげていらっしゃったことがあります。
 全盛期は最強の名人に香車を引いて(升田先生側が不利になるハンデをつけて)勝ってしまった。前代未聞の強さであったとは思います。先月「升田幸三振り飛車の神髄」という新刊書が出ています。亡くなられて30年近くたつのにですよ。
 
 じつは私はこの先生を直接見たことがありました。阿佐ヶ谷駅で着物姿の升田先生がやはり和装の奥さまらしき方と中央線に乗りこんで(乗ってではなく乗りこんでという感じ)きました。先生はもう引退されていて、おそらく70歳前後だったのではないか。若い方がさっと立ち上がり「どうぞ」と席を譲りました。すると先生軽く片手をあげてゆっくり腰を下ろした。1つ1つの所作がいかにもという感じで、役者さんみたいでしたよ。奥さまが奥ゆかしい感じで、座らずにちょっと離れた位置から先生をご覧になっていらっしゃったのが印象に残っています。
 
 豪放磊落な先生で終戦直後GHQが将棋を野蛮なゲームということで禁止にしよう(?)と動きかけたときに、これまた「乗りこんでいって」持ち駒を生かすという意味で持ち駒のないチェスのほうがよっぽど野蛮じゃないかと将棋のよさをアピールしてきたという実話があるのですが、そのときもまず「酒を飲ませてもらいたい」と要求されたという伝説が残っています。
 そんな先生ですからご自身の著書は、基本的に勇ましいエピソードや精神論ばかりです。
 
 ところが他の先生が書かれた話で、意外なものもありました。升田先生とよく飲まれたという棋士の書籍にこういうエピソードが載っていた。升田先生、いい将棋を負けて本当にいやになってしまったときがあった。将棋なんか意味がない、もうやめたいとまで落ち込んだ。とぼとぼ歩いて行くと通天閣に出た。見上げると灯りがともっている。これが文化なんだと先生は感動され、文化なんて小さな存在でいいんだ、こうやって手が届く範囲に将棋という光を投げかけていくのだと思い直されたそうです。
 
 およそ豪快な升田先生のイメージとは違った側面ですが、むしろ升田先生の天才的な能力はその種の人一倍の繊細さに宿っていたのではないかという気がします。この世には繊細な人間でないと気づけないことがたくさんある。そして、気づけないから進歩しない。そういうことは、多くの人間を見ているとわかってくるものです。体力や知力だけでなく、とことん感性も磨かないと。
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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