2019.06.05 03:08

 少年期の夏休みや冬休み、私はほとんどどなたとも会わずに自宅で過ごしていました。勉強も少しはしたかもしれませんが、だいたいは将棋の研究と音楽鑑賞(FEN放送を終日流して録音したり)、それに詩みたいなものをよく書いていました。英語の歌詞を訳したりもした。もともとの歌詞よりロマンチックな感じになって、おれのほうが才能があるじゃないかとうぬぼれたものです。
 ときどきおせっかいな友だちから電話がかかってきました。近況を正直に伝えると「よくそんな生活ができるな」と驚かれました。
 
 彼は私と違って部活をやっていました。だから週に何度も練習のために登校しています。さらに友だち(同性異性)に連絡をとって定期的に遊びに行く。ボーリングだの映画だのプールだの。そういう人間から見ると、誰にも会わず自室にこもっている私の生活は、信じがたいものに映ったのでしょう。
 仮に学校でいやなことでもあれば、私は長期の休暇以外もそうやって自室で過ごすようになったのではないかと思います。
 
 私の通っていた中学高校は私立のとても穏やかな学校でしたから、私のような劣等生でもいやな思いをすることはありませんでした。それと通学途上に好きになった女の子が何人もいたので、私は彼女たちに「ばったり」会うために学校を休むわけにはいかなかったのです。登校時と下校時それぞれ会いたい女の子がいたおかげで、規則正しく最後まで登下校を続けることができました。
 長期の休みに私がずっと自宅にいると、母がいやがって部活ぐらいあたりまえにできないようでは、この先見込みがないと文句を言うときがありました。
 
 母は活発な生活を送っている級友の名前をあげ、ああいう風に活動できないようでは人間としてだめだと決めつけたりもしました。
 余計なお世話だと腹がたったものです。おれはあいつみたいに誰にでもいい顔をする偽善者じゃないんだ、人間ぎらいだからこうやって隠者らしく暮らしているんじゃないか、犯罪を犯しているわけじゃあるまいし、放っておいてくれ! 
 俗世間にまみれた人間(母のこと)ごときに隠者の崇高な心情がわかってたまるかという気持ちでした。
 
 引きこもりという用語でくくってしまうからいろいろ誤解が生じてくるように思います。要するに隠者なのです。古今の隠者ーーたとえば荘子や西行や芭蕉ーーに向かって活発な経済活動に励み、人間関係を密にしなさいなどと言ったら、さすがの隠者も怒りますよ。
 とりあえずは隠者であるという認識のうえで、どの程度までなら妥協できるのか専門の方を交えて時間をかけて探っていかれるといいと思います。「今日からやめろ」などという高圧的な負荷のかけ方はそもそも大変失礼であり、隠者が隠者らしく生きさせてもらえないとしたらそれもまたどうなのかなと思います。
 
 世の中に「隠居」という言葉があるぐらいですから、私もあと少ししたら本来の隠者生活にもどりたいと思っています。まあ、最低限の社会性は周囲への優しさという一点で残しておこうかなとは考えていますが。
 お若くて若干不自由で困られている方は、隠者であることは不便ではあっても決して罪ではないのだという前提で、むりのない復帰の筋道を見つけていくのが現実的な解決策になるような気がします。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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