2019.05.14 09:21

 たとえばある生徒が私に対して反抗的だとします(あくまでも例えであり、ありがたいことにいまはそういうことで困らずにすんでいます)。ところが、それは必ずしもその子が私が嫌いということではないのです。私がいやで反抗するという事例ももちろんあるでしょうが、それよりは「先生」とか「大人」とかという権威に対して反抗したいという気持ちを持っていることが多い。
 だいたいは父親との関係でそうなるみたいですね。「権威」みたいなものが許せない。
 
 以前も書いたように私自身そうでした。中学3年のあるとき、これからは大人全員に挨拶をしないと決めたことがありました。大人は自分勝手でずるいから・・・というのが表立っての理由でしたが、もちろんすべての大人の生活を私が知っているわけがありません。どうしてそんなことになったかというとーー細かい事情は忘れてしまいましたがーー要するにいつも両親から強く叱責される。ただその理由の多くに自身ではまったく納得がいかない。納得がいかないけれども力でねじ伏せられてしまう。そのことに対する無念さみたいなものが鬱積して反抗的になりました。
 
 両親は言ってみれば「大人代表」みたいなものでしかない。そして、ぜんぶの大人と挨拶なんかするものかとなった。ただ現実問題として、いい大人というのもたくさんいるわけですよ。そちらのほうが多いぐらいです。先生なんかも理解のあるいい先生がたくさんいました。それを軒並み無視というのはけっこう難しいものがありました。気がつかなかったふりをしたり、徹底的に視線をそらしたり、ばかみたいな努力を重ねてそれでも一時期は徹底して頑張ったように思います。
 
 反抗的というのは、要するに何かでひどく傷ついている可能性があるということです。仮に私に反抗的であるとして、私自身がどうこうではなく私の背後に透けて見える「大人の世界」の理不尽さに抵抗しているだけかもしれない。
 ご家庭でも同じですね。あることでばーんと反抗するのは、そのこと自体が問題ではないのかもしれません。積年の恨みつらみみたいなものがいま出てきて爆発した。ですから、一点にしぼって「この内容のどこに文句があるのだ」などと話してみてもらちがあかないこともあるでしょう。
 
 大人は、その子の反抗をはぐくんだ土壌みたいなものにまで想像をのばす必要があると思います。少なくともまったくこちらに挨拶をしない昔の自分みたいな子がいても、私はその子と自分との関係だけに原因があるのだとは考えないようにしています。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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