2018.12.31 00:57

 本年もつたない記事をお読みいただきまして、どうもありがとうございました。来年の6月でこのブログをスタートしてからまる10年になります。私はきちんと研究(?)していないので細かい規定はわからないのですが、少なくとも次年度はまだ「会社員」という立場のままでいられそうですので、ブログも続けさせていただくつもりです。
 先のことはわかりませんが、会社員の形態でなくなったときは何かしら授業だけは続けたいと願っていますが、それ以外の露出は控えたいとも思っています。
 
 9年半ということになってくると、さすがにネタが枯渇してきますね。そして、ほとんど無意識のうちに同じことを何度か書いています。ときにはかすかに意識しながら書いているケースもありますが、まったく忘れていることのほうが多い。そのときどき感じたことを書いているだけなので、ぜんぶ1人の人間が書いている以上やっぱり重なる部分がどうしても出てきてしまう。そのあたりは申し訳ないのですが、音楽でいう「サウンド」なのですよ。
 
 今年の冬期講習は、担当している授業が午前中だけです。ですからその気になれば今日も昼には教室を出られますが、さすがにそんな勝手なことはできないので夕方になったら教室長代理のS先生にお願いして、早めに帰らせていただこうと考えています。買い物の予定があるのですよ。
 私が早く帰ると「飲みですね?」とうれしそうに質問してくださる先生がいらっしゃるのですが、いくら何でも毎回毎回飲みに直行するのはさすがに厳しい。やることをすませて、元気と時間とお金があれば結果的に飲むときがあるという程度です。
 
 活動と非活動を上手に使い分けなければいけない年齢だということをちょっと意識するようになりました。少しぐらいむりをしてもとりあえず平気は平気なのですが、休みの日数は若いころと変わらないので何となくダメージが残っているときがあります。二日酔いという意味ではないですよ。動きすぎた、考えすぎた、食べすぎた、喜びすぎた・・・すべてダメージが残りがちになる。激励しすぎたという変なときまである。
 非活動は活動のための充電期ですからね。もっと積極的な意味で上手に休もうと考えています。
 
 来年はまた、さまざまなことを深く表現できる1年にしたい。同じ「愛は大切」でも10代20代の方の概念と、私のような60代の概念とではおのずから重みや美意識が違ってしかるべきでしょう。どちらがいいかではないですよ。ただ少なくとも私が形だけ10代20代の方の真似をするのは、醜悪ですね。自分の役割はきちんと果たしていきたいものです。
 
 
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2018.12.30 00:15

 つい先日、びっくりするような夢を見ました。ものすごく大きな天狗が出てきた。それも半裸です。装束は着ていません。下着みたいな格好でした。3階建て家屋の3階部分を小槌で破壊した。ものすごい力で、小槌をほんの2往復ぐらいしただけで木造の3階部分は木っ端微塵になりました。
 もともとその部屋には悪い人たちが住んでいました。麻薬みたいなものを作っている部屋で、少なくとも2人悪そうなのがいた。私はそこから逃げてきて、川向こうから見ていたのです。
 
 そこに突然大天狗登場! です。破壊している様子を見て、一瞬正義の味方なんだなと考えた。ああやって悪者を退治しているのだろうと。
 ところが1回どこかに消えた天狗がまた飛び出してきて、今度はその建物の隣の民家を手当たり次第に破壊しはじめました。私の認識では、そのあたりは普通の人家でした。ただ大暴れしているだけじゃないかということになってきた。それを私が見物している。
 
 ひょっとして自分も危険ではないかと不安になった。こんなところでたった1人ぼんやりと眺めていて、万が一天狗と目が合ったりしたらまずいかもしれないという気持ちですね。これぐらいの細い川であれば、一発で飛び越えてきそうな勢いです。天狗自身が3階建ての建物とそう変わらない大きさなのです。
 こりゃ大変だとある建物の軒先に隠れました。隠れながら天狗の大暴れを見ている。と同時に、携帯電話でもあれば警察に連絡できるのだがと現実的なことも考えた。
 
 目が覚めて、あまりにもリアルだったのでどなたかに話そうと思い、卓上のメモ用紙に「天狗」と書いておいた。どんなに鮮烈な夢でも、もう1度眠ると忘れてしまうことがあるのです。いままでもそういうことは何度かあった。思い出せるときのほうが圧倒的に多いのですが、思い出せないこともありました。
 ただ朝になって「天狗」という殴り書きを見つめながら、自分は少し疲れているのではないかとも思いました。身体ではなく、心が疲れているような気がしないでもない。
 
 いろいろ理由があるとは思います。今月は身内が死に、来月は家族が入院します。さらに受験シーズンを迎えて、もちろん忙しい。
 精神のバランスというのは、微妙なところで均衡を保っているものでしょう。夢はこちらの変調を知らせてくれるよいきっかけのように感じます。ちなみに夢占いで「天狗」を調べてみたのですが、吉凶いろいろ出てきます。ただ私の夢は、あんまり吉だとも・・・思えないですかねえ。
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2018.12.29 06:22

 私立高校の推薦入試を受ける生徒が毎年います。志望校に提出しなければならない書類の作成の相談を受けるときがあるのですが、いろいろと考えさせられることがありますね。
 高校側から指定された書類はもちろんご本人が書きます。以前、何を書いたらいいのかわからないのでうまいこと適当に書いてほしいとおっしゃってきた生徒がいたのですが、さすがにそんなことではだめだよと諭しました。添削ならもちろんできるのですが、丸投げは困ります。
 
 するとその生徒はこういうことを相談してきました。印象に残った書物を書けという欄がある。ところが本をほとんど読んでこなかったので、何を書いたらいいのかさっぱりわからない。どうしたらいいだろう。
 そういうことであれば・・・と、そのときは可能な範囲でアドヴァイスしました。ただ読まない生活を選択してきたのであれば、合格だけのためにとりつくろおうとする姿勢自体が少し間違えているかもしれません。
 
 逆にこういうケースもありました。これはいい例です。
 その生徒は一流の大学附属校に推薦入試で合格しました。私は受験前からきみなら絶対に受かるよと伝えていた。経験が長いので、合否の想像がつくのです。彼を落とすような間の抜けた試験官がいらっしゃるわけがないと感じていました。
 彼の志望校の書類にも、印象に残った書籍を複数書きなさいという欄がありました。彼は相談に来た。「ジャンルを変えたほうがいいですか?」私はどういう意味かねと質問した。
 
 小説をよく読むのですと彼は答えた。夏目漱石ならたくさん読んできたので、それでいいですか? さらにこういうことも口にしました。「新書もけっこう読んでいるのですが、全部小説にしないで1つはそういうものを入れるべきですか?」しかも、訊いてみるとジュニア新書ではなく、岩波新書とか中公新書とかを読んでいるそうです。
 主に親が読んでいるやつなので、介護とか認知症とかそんなのも多いのですが・・・と照れくさそうに呟いていました。
 
 要するに可視化できない部分で、そうした生活を送っているわけですよ。学校でみんなと遊んでいるときは見えないでしょう。ただそうした要素はある種の教養となって彼の内側に蓄積している。夏目漱石を愛読し新書を読んでいる人間が、改めて教科書なりテキストなりに向かっている。
 勉強ができないわけがないでしょう。また大人にならないわけがない。さらには、人間がしっかりしてこないわけがありません。そうした背後の文脈を豊かにしていく気持ちを持たれるといいと思います。
 
 
 
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2018.12.28 00:40

 最近、事情があってしばしば話を交わす昔の優等生がいます。わざわざ「優等生」と書いたのは、そうなりたがっている生徒が多いので彼らのために書いているだけで、全員の方にそうなるべきだと強制したいわけではありません。
 世の中、ロックン・ローラーや吟遊詩人や格闘家なども必要なわけで、あるテレビ番組で世界的に有名な日本人ギタリストが「いいロッカーになりたいのなら学校の勉強をあまりやるなよ」とおっしゃっていましたが、それもまた至言だなと感じています。
 
 ただ、漠然と優等生になりたいという方のためにはこうしたお話も役にたつと思うので、さらに続けます。
 優等生の定義はいろいろあって難しいですからもう少し書いておくと、その生徒は都立のトップ校から有名な国立大学に進んでいます。まあ、どなたがご覧になってもしっかりした優秀なお嬢さんという印象を持たれるはずです。
 今年彼女のご家庭では、現時点で大掃除はだいたい終わったとおっしゃっていました。
 
 現時点というのは、26日に話した時点でということです。家族できちんと役割分担して、大掃除を少しずつ進めてきた。あとはお父さまの分担された箇所が残されているだけだというお話でした。くわしくは聞いていませんが、お父さまはおそらく年末にお仕事を終えられてから掃除をされるのでしょうね。
 とにかくーーここが大切ですーーご家族全体がきちんと計画的に物事を進めている。そういう文化をご家庭が持っているのは、非常に心強いことだと思いました。
 
 さらにすごいなと感じたことは、こういうことでした。毎年、おせち料理はご一家総出で作っているそうです。全種類ちゃんと作る。もちろん彼女も毎年毎年お手伝いしてきた。若いせいか、力がいる料理を任される。ご兄弟も全員手伝う。和気藹々としたムードの中でおせち料理を毎年作る。そうした光景もまた大変文化的に成熟した環境だと思いました。
 優秀さはその種の文化的背景の中で熟成されてきたもので、単純に勉強時間がどうのこうのという次元ではなさそうです。
 
 勉強法だけをあれこれいじってもなかなか成績が上がらないという場合、こうした文化的背景の見直しが必要かもしれません。きちんと計画をたてるとか手作りの生活を大切にするとかご家族が落ち着いて仲よく物事を進めていくとか、何のテキストをやるかどこの塾に通うかよりそうしたことのほうが大切なのは確かでしょう。
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2018.12.27 06:40

 冬期講習がスタートしています。昨日からは私自身も午前中の授業を担当しはじめました。年内6日連続で授業があり、元旦だけ完全休養、2日3日はお正月用の授業、4日からはまたまた冬期講習という流れです。
 お正月のお休みはどこでとるのですか? と質問されることがあるのですが、代休のような期間はとくにありません。塾の先生をやっているとこれはあたりまえの状況で、私自身とくに不満を感じたことはありません。
 
 首都圏の中学入試は、年明けすぐにはじまりますね。埼玉県は1月上旬からスタートする。受験生にとってはお正月の期間はなかなか難しいですね。世間につられてのんびりしてしまってはいけないわけですから。
 私が中学受験生のときも、お正月勉強をしていた記憶があります。ただ私の場合は、叱られるからというだけの見せかけ勉強だったので全然身が入っていなかった。それではだめなのであって、やはり自分から進んでやれるようになるといいですね。
 
 お正月にZ会進学教室では「特訓授業」をやっています。これはお弁当がつく講座で、なぜかそのお弁当の評判がいい。とくにおいしいものというわけでもないのです。いわゆるお弁当業者さんの千円ぐらいの普通のお弁当なのですが、きっとみんなで食べるのが楽しいのでしょう。アンケートをとると、お弁当がおいしかったという記述が目立ちます。
 特訓授業を受けていなくても自習に来る受験生(本科生や講習生)がいて、自宅でのんびりしているよりよほどいい環境だと思います。
 
 ただ1年生や2年生はさすがにお正月までは自習に来ないですね。人生、めりはりが大切ですからそれでいいと思います。受験生になったら来てくださったらいい。
 私は講師時代からお正月の特訓授業は持っていました。そのあと家庭教師に行ったりもしていました。高級マンションの最上階のお宅で、高校受験生でした。塾は残念ながらZ会ではないところに通われていた。事情があってふるさとの東北地方ではなく、東京の難関高校を受験されることになっていた。ちょうどマンションの窓から東北銘菓の大看板が見えました。
 
 なぜかあんな看板が・・・と驚くほどきれいな顔をした彼は、ぼそりと呟いていました。生まれ故郷を離れてしまって、心細かったのかもしれません。
 彼は受験に全勝されて、私の自宅に電話をくれました。2回いただいたのですが、どちらも留守で話せませんでした。そのことはちょっと心残りです。
 
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2018.12.26 02:07

 何かの記事で見たのですが、現在はクリスマスよりハロウィンのほうがお金が動くそうですね。私が子どものころはハロウィン自体を知っている人間がいなかったぐらいですから、時代は本当に大きく変わるものだと思います。
 中学時代クリスマスがすごく楽しみだと語っていた友人がいて、ひどく感心したことを覚えています。街の様子にわくわくする・・・というのですが、そうした感覚自体子どもの私にはなかったので、これは洗練された大人の世界観だぞと思いました。
 
 いわゆるバブル期のクリスマス・シーズンはすごかった。どこもかしこも大混雑していた。テレビではよく高級ホテルが満室になったというニュースを流していました。何ヶ月も前から予約で一杯になってしまう。私自身はクリスマスにホテルに宿泊した経験はないのですが、よく行くお店(飲み屋さんやスナックですね)がだいたいパーティーみたいなことをやっていて何度かお邪魔したことはありました。
 まあ、大騒ぎでしたね。いま思い返してみて、本当に楽しかったのかどうかよくわからないのですが。
 
 この話は以前も書きました。
 バブル期の浮かれた風潮に反発みたいなものが出てきて、1度クリスマス・イヴの日に思いきり人のいなそうなお店に入ってみようと思いついたことがあります。熟考を重ねた(?)結果、回転寿司の店はどうだろうと思いついた。普通のお鮨屋さんでは逆にお客さんが増えてしまう可能性がありますね。しかし、回転寿司ならむしろお客さんは減るのではないか? と考えて、わざと繁華街ではない回転寿司屋さんに行ったところ、お客さんは私1人でした。おお! と感動して、しばらく滞在していたのですが最後まで1人でした。
 
 大晦日にも私はどなたもいないお店に入ってみたいと考えたことがあります。いわゆる31日の夕食ですね。どなたも行かないお店で食べてみようと考え、ある商業施設の洋食店に入ったところ残念なことに西洋人のお客さんが1名だけいらっしゃった。なるほど西洋の方はこういう日は不便なのかもしれないなと思いました。
 ただ私が入ってからは誰もいらっしゃらなかった。お店の方もこういう日はどうしようもない・・・とあきらめムードだったのでおかしかったですね。
 
 ふと目が覚めてこの記事を書いています。今日から大晦日まで毎朝授業があります。ブログも毎日更新しますよ。
 
 
 
 
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2018.12.24 06:26

 受験のことを考えてみます。難関校の問題は半分以上「わかりにくい」ですね。選別するわけですから、それが当然なのです。わかりやすいものばかりだったら、難関校を受ける生徒はほぼ全員優秀ですからみんな高得点をとってしまいます。すると選別が難しくなる。
 というわけで、これはほとんどの子ができないだろうという問題もいくつか混じっています。平均点が60点ぐらいになるように作られているのです。
 
 そういう試験を突破して入学するわけですから、わかりやすさみたいなものだけを求める生活態度では難しいと思います。もっとわかりやすくしてくれ、もっと簡潔にしてくれ・・・では対応力がつかないでしょう。何が何だかごちゃごちゃしているけれども、粘って粘って突破口を見つけてやるぞ! という前向きなファイトはどうしても必要になってくるでしょう。
 わかりません。どうしたらいいですか? 正しい方法を指示してくださいとすぐに泣きつく精神状態から脱却しないといけないということです。
 
 ときどき教室などがわからなくてまごまごしている生徒が出てきます。もちろん案内します。教室がわからない生徒を放置したことはありません。ただ私は内心では「落ち着いて自分で探せるようになりなさい」とは思っています。
 他の多くの生徒が難なく見つけている。ご自身の名前の入っている部屋番号のところに行けばいいだけで、複雑なことは1つもない。部屋がわからないというのはごくごく少数派なのですから意地悪ではなく、見つけられるところまで自身を鍛えなくてはいけないとは考えています。
 
 そうしたたくまさしこそ財産なのですよ。たくましい精神が勉強にも生きてくる。
 保護者の方もそこのところは、時期が来たらある程度突き放せるようにならないといけないでしょう。
 以前も書いた話ですが、都立高校のいわゆるトップ校、受験時に1人で来た生徒のほうが保護者の方といらっしゃる生徒より合格率が高いと・・・これは応援に行かれた先生方が皆さん異口同音におっしゃっていることです。自立しているからです。
 
 トップ校の高校生になるのだから1人でしっかり行って来いという姿勢ですね。万が一入口がわからなかったらどうしよう、交通機関が遅れてしまったらどうしよう、忘れ物をしたことに現場で気づいたらどうなるのだろう・・・大人側が心配しすぎるといつまでたっても「ご自身で地図を判読できない(これはもちろん比喩です)」状況が続いてしまう。
 ましてうちの子は特別扱いされないとできませんから、などとリクエストしてしまうのはまずい。入試問題は個々人を状況によって特別扱いしてはくれません。愛情があるからこそ、守りすぎずに見守る精神が大切だということです。
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2018.12.22 00:16

 何年かまえにこういうことがありました。その生徒は成績的にはまあまあというところでしたが、素直でいい子なのでいずれは必ず伸びてくるという予感がありました。何の世界でも同じだと思うのですが、やはり素直なところがないとなかなかうまくいかないものです。
 ただ高校入試に間に合うかどうかは別問題ですね。志望校がすごく高かったりすると、短期間でそこまで上がれるかどうかは運などの不確定な要素もたぶんに介在してきます。
 
 第一志望校には残念ながら落ちてしまいました。そしていわゆる「すべり止め」の私立高校に入った。それからの件はずーっとあとになって彼自身から聞いた話です。
 すべり止めの高校か・・・としばらくはがっくりきていた。ところが、新しい高校に通ってみると相対的に成績がいい。それはそうだと思います。彼にとってはすべり止めでも、第一志望にしていた生徒だってたくさんいるわけですから。
 成績がいいのでクラスメイトも先生も一目置いてくれる。
 
 1度なんか、校長先生から廊下ですれ違いざま声をかけられた。「きみがよくできると評判の何々くんだな? わが校の代表として頑張ってください」と言われ、大感激したそうです。そもそもそんな風に校長先生が自分の存在を知っているということ自体が驚きだった。
 授業中もみんなが停滞していると、先生が「お前はどう思う?」と必ず彼に質問してくる。彼がよくわかりませんと正直に答えると、お前がわからないのなら自分の説明の仕方がまずいのだろうと苦笑されたりする。
 
 また行事のときなどは優先的にリーダーの役割をあてがってくださったそうです。中学時代はあまりそういうことを好まなかった。それを「優等生なのだからこういうこともできるようにしないといけないよ」と行事ごとに先頭に立つように導いてくださった。
 数々の経験が、彼に自信をつけさせたのですね。「ぼくにとっては本当にはじめてのことばかりでした」と彼は話してくださった。「自分にもけっこういろいろなことができるんだなという自信ができました」
 
 一流大学に合格したという報告に来てくださったときいろいろ話したのですが、もし第一志望校に運よく合格していたら優等生たちにあっという間に置いてきぼりにされ、いじけてしまったかもしれないですねと語っていた。確かにそういう話は、あちらこちらで聞くことがあります。
 進学校なので塾にもほとんど通わず放課後の補習授業で実力がついたとおっしゃっていた。本当は塾としては困ってしまうのですが、中堅の私立高校には放課後や長期休暇のあいだ塾顔負けの指導をしてくださるところがありますからね。
 
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2018.12.21 00:23

 これは残酷なお話でもあるのですが、ただ「机の前で勉強」だけをしていてもなかなかできるようにはなりません。そういうものです。その人間がふだんから何を考えているのか、どういう人物なのかということこそが本当は大切なのであって、勉強という行為はその次にくるものです。
 行為だけ真似しても本体のほうに何かしら変化が起きなければ、ある程度のところで伸びは止まってしまうでしょう。
 
 ですから「勉強はしているはずなのになかなか・・・」という方は、あなた自身の人間的成長や進歩を意識しないといけません。文化的にグレードアップするという感覚でしょうか。
 先日、ある優等生と教室で話す機会でありました。もう少し正確に書くと面接練習みたいなものをやった。面接用の授業はありませんから、面接練習はご本人から申し出ていただいてそのつど実施しています。
 そのときにこんな話が出てきました。
 
 彼はある哲学的な書籍のことを話題にしました。さらりとその話が出た。彼の言葉をまとめます。「科学は出された問題に解答を出し哲学は問題そのものを創るとその本には書かれていました。ぼくは理系に進みたいのですが哲学的な発想は非常に重要だと思うので、科学でも問題を自分から創れるような研究をしていきたいと考えています」
 ふだんの彼は饒舌というわけではありません。ですからそういうことを考えていると周囲は気づいていないと思います。彼自身、いちいち他人に発表することでもないという気持ちを持っているでしょう。
 
 ただそういうしっかりした人物なのですよ。背景がそうなのです。そのうえで生活し、勉強もしている。単純に「勉強」という作業をしているわけではない。当然「問題そのものを創れるような」意識で勉強されていると思います。
 そういった人間的な深みがあるのとないのとでは、全然違ってきてしまうのです。ふだんの生活で、哲学的な本を娯楽のために読んでいるというところからして文化的背景が違う。できる人はどんな勉強をしているのか? ではない。どこの塾に通っているのか? でもない。できる人はふだんから何を考え何を読み、どんな生活を送っているのか? ということだけが本当は大切なのです。
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2018.12.19 00:57

 電車とバスとどちらが好きかと訊かれたら(いまの私にそんなことを質問してくる方は皆無ですが)、圧倒的にバスということになります。昔、Z会進学教室の教材にガリレオか誰かの言葉の引用で「人間は馬の速度で移動しているときがいちばん幸せだ」というのが載っていましたが、そういう要素は確かにありますね。
 電車は正確で便利ではあるものの、くつろぐには速すぎるのです。外を眺めていてはっきりそう感じることがあります。
 
 外を眺めるという行為そのものが趣味みたいなところもあり、私はバスでは座りますが、電車では座りません。座ると外がよく見えないからです。向かい合う人間の上部に展開する景色しか見えないのはむしろ苦痛なので、うまく空いていればドア脇にたたずんでずーっと景色を眺めています。
 バスの場合、座席は進行方向を向いていることが多いですからね。空いていればすぐに腰かけて窓の外を見ます。
 
 長距離バスには何度か乗ったことがありますが、あれはいいですね。椅子も普通のバスに比べるとゆったりしていてリラックスできる。東京から静岡や名古屋に向かったのですが、ぜんぶ昼間でした。夜行だと景色が見えないのと早朝目的地に着いてもやりたいこと(観光など)がないので、時間をもてあましてしまうという事情がありました。
 さらにバスの中で眠れるのかなという心配(?)もあった。徹夜は大丈夫ですが、できれば避けたい。
 
 ところが最近、ぜんぶが個室というゴージャスな夜行バスが出てきました。いわゆるユーチューバーの方が動画をアップされているのですが、これが非常に気持ちよさそうで、乗ってみたい。東京と大阪を結んでいるようです。
 夜行ですからもちろん外は暗いのですが、夏の明け方だんだん明るくなっていく外を眺めていたら相当いい気分ではないか。この予感はただごとではないですよ。乗るとしたら絶対に夏至のころがよさそうかな。
 
 ただ大阪に朝着いて何をするかという大きな問題が残ります。そういうお店があるらしいのですが、早朝からいきなり酒場で飲みはじめる気持ちになれるかどうか。さらに連休はとれないと仮定すると、そのまますぐに新幹線で帰らなければならない。ゴージャスなバスは値段も新幹線よりは高いので、では次の休みに・・・という気持ちにはなかなかなれません。
 まあ、宝くじでも当たったらということになるのかな。ブログを続けている期間に乗れそうでしたらまたご報告しますよ。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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