2018.07.31 08:38

 夏期講習が本格的にスタートしています。何百人もの生徒が朝から晩まで出たり入ったりするのでけっこうわさわさするのですが、とりあえずは順調に進行しています。小中学生というのはいろいろな意味で繊細な年ごろなので、こちらもただ威圧的に規則を押しつけるだけではいけないですね。あるいは体力的な面でまだ子どもの要素は多々あるわけで、やる気があっても部活のあとに来てくださった日はぐったり・・・などということもある。それをやみくもに叱ったりしても仕方がない。適切に激励することが大切だと考えています。
 
 今年、ちょっとだけ気になっているのは、受験生の自習室の使用者が現在はまだ少ないということでしょうか。自宅で勉強してくれればいいのですが。とくに午前中ですね。午前中塾で授業がない場合、自宅でどう過ごしているかは気になります。あくまでも受験生のお話ですよ。
 部活はもう終わっている。午後から授業なのだから午前中ぐらいは・・・と昼近くまで寝ているとかただぼんやりテレビを見ているとかはまずいと思います。
 
 難関校をめざす受験生でそんな夏休みを送っている人間はいないのであって、午前中に昨日の復習をしっかりやっておくのは非常に大切な作業だと思います。もちろん午前中から授業のある受験生の方は、帰ってから復習をしないといけない。ただ夜は比較的勉強をするものだというイメージが定着しているようにも感じます。
 自宅で午前中からどうしてもやる気にならないということであれば、自習室や図書館を使うという手があります。まあ、そのあたりの工夫はいまから決めておくべきだと思いますよ。
 
 今年もお盆休みというのがありまして、Z会進学教室の場合教室が閉まるのは8月の10日~13日までです。9日は休講日ではありますが、教室そのものは開いています。
 今年はまさしく世間のお盆休みと重なってしまったので、自分も遠出はしにくいかもしれないですね。列車やホテルの予約がいっぱいでしょう。
 先週から私は700ページぐらいある本を読んでいます。これはお盆休みが終わるまでに読み終えようと考えているのですが、どうかな。微妙なところかもしれません。
 
 
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2018.07.30 02:13

 古典の仏教説話や禅の書籍を読んでいるといろいろ気づくことも多いのですが、いわゆる昔の偉い人と現在の偉い人の概念はずいぶん違ってきているように感じます。
 昔は「持っていないうえにその事実をまったく誇らない」人間を偉い人と規定していました。もちろん単に持っていない「だけ」ではだめなのですよ。物質的な豊かさにはあくせくせず、深い精神性を発揮している人間を聖人だとか賢者だとか呼んでいました。
 
 具体例をあげるまでもないですが、ブッダだとかキリストだとかディオゲネスだとか老子だとか・・・そうした先達に連なる系列の隠者たちですね。持っていないことをまったく誇らない。それでいて人生に対する深い洞察と慈悲の心は有している。人々は「ああいう人が偉い人だ」「ああいう心境に近づきたいものだ」と考えていたような気がします。
 そもそも聖人たちは言行を記録に残そうとさえしませんでした。弟子が書きとめた例も多かった。
 
 単純に観察していると、現在はむしろ「持っていてできるだけ効果的に誇る」人間を偉い人だと評価しているように感じます。やり手の大富豪のような方ですね。世界中の大富豪のさまざまな人生論が日本語に翻訳され大量に出版されています。そうした書籍があれだけ多いということは、当然大富豪を尊敬し近づきたいと考えていらっしゃる方が多いということでしょう。
 我はいかにして巨万の富を築いたか。誇るという表現は変ですが、積極的に喧伝されていることは確かです。
 
 一般に世間はその時代時代の価値観によって「偉い人」を指向しますから、周囲の期待や志や常識も変わってきます。より富みなさい、よりアピールしなさい、より高い位置を望みなさい・・・より多くのものを保持しているか、より特別な存在として認知されているか。常に試されています。
 現在いろいろなところで社会的に「偉い人」が不都合な事件を起こしているようですが、ある種そうした価値観の犠牲になってしまった部分もあるように感じます。
 
 特別な存在にならなければという切迫感が、もはや自分は法規を超えた存在であるべきだというところまでいびつに拡大してしまったのではないか。関係者からさまざまなチケットを別枠でとってもらうのが当然であったやり手の「偉い」青年が、やがて人生のどの状況においても自分には特別枠があってもいいと勘違いしてしまうのは自然の流れなのかもしれません。
 自分は最後の最後に天国の門に入ると言ってあとから来る人たちに道を譲りつづけた聖人の説話がありますが、現代はそんな説話とは出会う機会もないでしょうからね。
 
 事件を起こしてしまったご本人は、そんなに悪いことなのか? ぐらいに感じているのではないかと想像することがあります。自分は単に最高のやり手としてつねに賞賛され続けてきたのに、今回だけそんなに悪いのか? という困惑ですね。特殊例としてどなたか個人を糾弾するだけでは、なかなか是正できない問題だと思います。
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2018.07.29 00:06

 夏休みに作文の宿題が出る学校があります。高校生の方だと夏休みだけあって、作文用紙4枚以上5枚以内というところもありますね。いつもなら1枚半ぐらいで何とか許して(?)もらえるわけですが、長いお休みなのでもう少しじっくり考えて書きなさいということでしょう。
 さすがにそれぐらいの長さになると設計図が必要です。相当書きなれた人なら行き当たりばったりも可能でしょうが、一般的にはちょっと大変ですね。
 
 たとえばーーなんでもいいのですが「将来の夢」というタイトルで出題されたとします。いきなり将来の夢を書きはじめてしまうとおそらく字数が足りなくなるでしょう。ですからそこは構想を練る。
 具体例が増えれば増えるほど内容は濃くなりますし字数も稼げますから、まず過去からどのような夢を持ってきたか整理します。できれば3つぐらい書き出してみる。ケーキ屋さん→美容師さん→学校の先生ということにしましょうか。過去、そんな風に変わってきた。
 
 その1つ1つについて詳細に記述してみてください。下書きはいらないかもしれません。例をあげればこんな感じです。「子どものときの私はとにかくケーキが好きだった。栄養だとか健康だとかにまったく無頓着でケーキさえ食べていれば幸せだったので、どうして人間はわざわざご飯などというものを食べなくてはいけないのか不思議で仕方がなかった・・・」という流れで、ケーキ屋さんになって自分で作ったケーキをお腹いっぱい食べてやろうと思ったというようなことを書いていきます。
 
 ここでだいたい1枚使うと決めておきましょう。2つ目の例で2枚目に入る。3つ目の例で3枚目に入ります。例の中におうちの方がその夢に対してどんなことをおっしゃっていたか触れてみると、ふくらみが出てきます。読んでいるほうも楽しめますね。
 昔からの変遷を書いた直後にすぐに現在の夢を書いてしまうとーー悪くはありませんがーー若干平板になってしまうかもしれません。そこで「将来の夢」というものが少し昔とは意味が違ってきたというような大人の考察を加えてみるといい。
 
 現在の夢がたとえば海外に出て活躍することだとしますね。ケーキ屋さんとどう違うのか。他者のため・・・という視点が加わってきたのではないか。
 昔は自分1人幸せであればよかった「将来の夢」が、現在は自分だけのためではなくなっているという事実が見えてきますね。そういうことを書いてください。大人になったという自覚について書く。それで4枚目ですね。最後に、これからどんな風に努力していまの夢を叶えたいかを書く。そのための受験でもありますね。どう頑張りますか。それで5枚目に入ったと思います。いろいろと工夫してみてください。
 
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2018.07.27 02:12

 プレデターという映画をはじめて見たときは衝撃を受けました。その後、ビデオやDVDでも見ましたが、そもそも映画館で数回見たのではなかったか。アーノルド・シュワルツェネッガーが何かのインタビューで異星人が地球上で最も強い人間(=主役のシュワルツェネッガー)と闘う映画を撮っていると語っていたので、そのときはバカみたいな内容だなあと勝手に判断していたのですが、そうではなかった。
 あの手の映画としては、名作の部類に入るのではないかと思います。
 
 評判があまり高くなかったプレデター2も私は何度も見ました。こちらのほうが回数的にはたくさん見たかもしれません。内容に不満があってシュワルツェネッガーは役をおりたという記事を何かで見たことがありましたが、私個人はプレデターとまったく同じぐらい面白かった。
 その後、しばらくしてプレデターとエイリアンが闘う映画が2本続きましたが、こちらはまあまあでした。コンサートなんかでもダブルヘッドライナーだとソロのときよりお客さんが入らなかったりしますね。
 
 そういう散漫さは感じないでもなかった。画面全体が暗くて、何をやっているのかよくわからない部分もありました。わざとなのでしょうが、映画館ではよくわからなかったところを私はあとでわざわざDVDで確認しましたよ。
 前作「プレデターズ」は原点に返るということでその意気込みは感じましたが、自分も歳をとったせいか3回ぐらいしか見ていません。映画館で1回、あとDVDで2回・・・だったと思います。
 
 9月に新作が来るそうで予告編を見ましたが、何だかものすごい奴が出てきましたよ。もはや反則というか何というか、おいおいこんなのありかよというばけものみたいなのが出ていました。ほんの2~3分の予告ですから、あらすじはもちろんわかりません。わかりませんが、とにかくすごいのが出てくることだけは間違いない。プレデターでさえすごいのに、それを片手で軽々と投げ飛ばしてしまう存在というのは・・・もうどうしたらいいのか(私が真面目に考えることでもないのですが)わからないですよ。
 
 いつもそうですが、こういう新作が来ることがわかると「それまでは生きていよう」と積極的に考えたりします。「ハロウィン」の気合いの入った復活作も来るらしいので、そちらも楽しみです。若いころ、ホラー映画や宇宙人の映画を見に映画館に行くと現在の私ぐらいのおじさんがよくぽつんと1人で来ていました。
 こんなバカみたいな映画がその歳になって面白いのか? などと失礼なことを考えたものですが、面白いですねー。人間性ということなのでしょう。
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2018.07.26 01:19

 夏期講習の季節になりました。私自身が担当する授業は日曜日からなのですが、講習自体は一部すでにスタートしています。今年は異様に暑いので、ちょっと皆さんーー生徒だけでなく、先生や一緒に働く仲間たちーーの体調が心配です。
 今週の月曜日、新宿の電光掲示板で41℃という表示を目撃しました。41℃からすぐ40℃に変わりましたが、異常ですよ。私はこの電光掲示板を10年以上見続けていますが、こんなことはかつてなかった。
 
 いままで最高でも35℃ぐらいだったと思います。
 先生に倒れられてしまうと本当に困ってしまいます。国語であれば私が代理で入ることもできますが、他教科の場合代理で入れる先生を探さないといけない。どの先生も連続で授業が入っているので、なかなか難しいのです。夏期講習中は教室をかけもちする先生もいらっしゃいますからね。
 私自身、講師時代は多少体調が悪くても無理して授業には出てきました。まあ、いまもそうですけどね。
 
 講習に出てくださる生徒たちへの心構えは改めて書くまでもないのですが「ていねいに」「作業をきちんと実行する」に尽きますかね。いい加減にやってはいけない。あたりまえですが、無意識のうちにいい加減になっている方はたくさんいるでしょう。ご本人、悪気はないのですよ。生活の中で、いい加減に作業することが習慣になってしまっている。
 つまり食べるのもいい加減、服をたたむのもいい加減、歯を磨くのもいい加減・・・の延長線上に勉強が存在している。
 
 もちろんこういうのはすごくできるようになりたければ・・・という前提です。そんなにていねいには生活したくないよという考え方が存在していいわけで、雑に生活することが心地よいという生き方を頭から否定するものではありません。
 最近は、若い方が会社であまり出世したがらないという記事を目撃しますが、勉強に関してもそういう発想は若干増えてきているように思います。全力は尽くさず余力を十分残しておきたいということですね。それはもはや生き方や選択の問題です。
 
 ただこの夏頑張ってすごくできるようになりたいということであれば、やはりていねいさは大切です。てきぱきとていねいにやる。てきぱきとできるようになるためには、経験値を高めないといけません。つまり量的にもたくさんこなして慣れる必要があるということですね。
 計画をたててください。塾に行く前、帰ってきてからーー1人のときに、何をしているかが一番大切です。
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2018.07.25 07:06

 あなたがどうであるかということは、冷静にご自身をご覧になればだいたいわかるものです。細かいところまでわからなくても何となくは判断できるはずです。かなり昔ですが、好きな女の子にふられたという昔の生徒が相談に来たことがありました。成人ですよ。きちんとした会社に勤めています。
 彼の仕事が終わってから待ち合わせ、ある酒場で飲みながら話しました。会ったのは彼が学生時代以来でした。そのとき私には、何となく彼がふられた原因の1つが想像できるような気がしました。
 
 ただストレートには伝えにくい。そこで「きみ自身はふられた原因で思いあたることはないのかね?」と質問してみました。少し考えて彼は「まあ、いろいろありますねえ」とため息をつきました。
 いくつかあげてくれと言うと、私自身が想像した理由も入っていましたがそれ以外の理由も出てきました。正確ではありませんが、こんな感じですかね。「愚痴っぽくてよく会社や仲間の悪口を言うから」「けっこうけちなところがあるから」「デートのときに自分勝手だから」「身なりにだらしがないから」・・・
 
 私自身がぱっと見て感じたのは靴のことでした。革靴なのですが、疲弊してひどく傷んでいる。しかも何週間も磨いていない。あきらかに油断がありますね。勤めはきちんとしたところなのですから、新しい革靴ぐらい用意できるはずです。彼が何も思いあたらないと答えたら、ちょっと指摘してみようかなと思っていました。
 いろいろ出てきたところで、謙遜もあるのだろうけどそんなにすぐに思いつく欠点がたくさんあるのなら少し変えていったらいいかもよと私は言いました。
 
 聡明な人間ではあるので、彼は「結局、自分自身を見つめることに飽きてしまうのでしょうね」とおっしゃっていた。「話しているうちに、どれだけの欠点を放置してきたんだよという気持ちになりました」
 これは別に異性のことに限らないですね。成績が悪いと嘆いている生徒に理由を考えたことがあるかと告げるとだいたいは「勉強していない」と答えます。けっこう時間をかけているけれども、じつはあまりやっていないと非常に鋭い分析をする生徒もいます。
 
 つまりーーいつも書くようにーー五感を駆使した作業をしていないというのです。声に出して読んでいない。覚えるまで繰り返し練習していない。解きなおしを紙に書いていない。あるいはスマホの操作をしながら音楽を聴きながらの「ながら勉強」で集中できていないなどという報告もありました。
 それでは成績は急伸しないでしょう。もてるようになりたいとか点数をあげたいとか運動競技を上手になりたいとかが切実な願望であるのなら、ご自身で正直に何が悪いのか考えてみてください。そしてわかったことはどこかに書き留めておき、すぐ実行に移すことです。
 
 
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2018.07.24 07:20

 日差しが強いのでそういうことになってしまったのではないかと思うのですが、犬が影ばかり追いかけるようになりました。地面の、だいたいは自分の影ですね。噛みたいのか口を近づけて威嚇する。威嚇するといっても所詮自分の影ですから威嚇しようがありません。
 目まぐるしく頭をあっちにやったりこっちにやったり、影と闘う。「それ、自分だろ」と声をかけるのですが、人間で言えば完全にノイローゼ状態に見えます。
 
 外で影に気づいたせいか部屋の中でもそんなことをやっている。玄関から上がってきて、足を拭いたりしたあとで影を求めてまた玄関に下りてしまう。フッ、フッ、フッと息を荒くして影を追い求めているので、うちではときどき影キ〇ガイと呼んでいます。ペットショップの店員さんにさえ「見たことがない」と言われてしまいましたよ。
 少し前までこんなことをしなかったので、そういう時期なのでしょうね。子どものときより落ち着いてきてはいるのですが、変なことをはじめるものだと感心しました。
 
 暑いですからね。家内は早朝と日が暮れてから散歩に連れていっているようです。ときどき帰ってきてぐったりしているときもあるそうで、犬なりに熱中症みたいになるのでしょう。道路も熱いですからね。犬は靴をはかないので大変だと思います。
 たまに息子が来ると、相変わらずクールではあるのですが、甘えてぴったりくっついたりします。昔は毎日いた人間が2週間に1度ぐらいしか顔を見せないわけで、そのあたりはどう考えているのかよくわかりません。
 
 科学がこうやって発達してくると、近い将来犬の感情を言語化する機器みたいなものが発明されるかもしれないですね。表情や脈拍や血液の流れなんかで感情を読み取って「うれしいよ」「不安だよ」「怒っているよ」「お腹が空いた」「あやしい人がいる」・・・ぐらいであればけっこう正確に言語化できるような気がします。
 こういう変な機械というのは、どうでもいい面があるだけ必死になって作ろうとしている方がいらっしゃるような気がします。
 
 犬が影を血まなこになって追いかける姿を見ていると、ふと人間と重なる部分もありますね。
 人間もまたこんな風に影におびえているのではないか。影=不安はあることはありますが、つかみようがない。ここは影があるという認識だけにとどめておいて、やるべきことに打ちこむというのが正しい生き方でしょう。受かるかどうか心配で勉強が手につかない、相手を失うのがこわくて恋愛がままならない、負けるのがこわいから練習できないなどというのは・・・本来、本末転倒だと思いますよ。
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2018.07.22 06:39

 自分の生き方は私にとってこれしかなかろうと感じていますが、他の方にはとてもお薦めできたものではないとも思っています。昨日コメント欄にご質問をいただいて正直な気持ちでお返事を書いたのですが、よかったのかなとちょっと心配になりました。
 複雑な要素があるのですが、私は子どものときから常識的というか良識的な生き方に相当な敵意を抱いて生きてきました。そこはやはりしつけだとか環境だとかの影響が大きくあらわれているように思います。
 
 とくに両親の価値観には疑問を持っていたので、少年期になると彼らがよいということは絶対にやらないようにしようとねじまがってきました。その試みが正しいことだったのかそうでなかったのか、いまはもうわからないですね。ただ下地ができたことだけは確かです。
 日々先生の心証をよくしなければならないとか、成績の悪い級友とは口をきく必要はないとか、何でもでしゃばって積極的にやってどんどん自分を売りこまなければだめだとか・・・冗談じゃないですよ。
 
 仲間を作れない人間は偉くなれないという不思議な話も聞いたことがあります。コミュニケーション能力の大切さを伝えたかったのでしょうね。仲間と言ったって大前提が成績の悪い級友とはつきあうなですから、自由に選択できる余地はありません。優等生とだけつきあえなどという大人の指示には、うんざりですね。
 基本的に私はどこでも孤立していました。性格的にかなり楽観的で明るいのでトラブルを起こしたりはしていませんが、単独行動を好みます。
 
 単独だと先輩も後輩もありませんから、なるほどどなたの上にもならず下にもならない。偉くなりようがないですね。また仲間や組織のようなものを作りたいという気持ちもまったくありません。どなたかと会うのであれば1対1がいちばん安定します。
 少年期にはよく「みんなで集まろう」というのがあるじゃないですか。あれは苦手でした。群れると人間は個々の感性が著しく鈍くなるように感じるのです。1対1であれば鋭く賢い人物が、すごく愚かで低俗なことを喋ったりしたりしますね。
 
 もちろん私の周囲にも小さな社会はありますが、すべて1対1の関係です。人が集まっている場所でも自分の意識では1対1なのです。説明会のような場所でも私はあくまでも「個」に対してお話しているつもりです。
 
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2018.07.21 08:14

 東京の最高気温が連日35℃のあたりをうろうろしています。昨日、あえてかんかん照りの中を自宅から西荻窪の駅まで20分ほど歩いてみました。バスに乗ればいいのですが、どんな感じになるのかちょっと興味がありました。
 やっぱり途中で何か飲まないとふらふらしますね。ふらふらしてもいいのですが、仕事場について何もできずに寝こんだというようなことになったら申し訳ないので、とりあえず自動販売機の清涼飲料を買ったりしました。
 
 私は暑いのが好きは好きなのです。汗をかくのでちょっと気になりますが、汗をかくこと自体も好きではあります。
 以前も書きましたが、高校1年生のときは夏場もぜんぶ冬服を着て学校に通いました。7月のいまぐらいの時期だったと思いますが、なぜかバスを乗り間違えて変な車庫まで行ってしまった日があります。いつも乗っているバスを乗り間違えたりするのが私の信じがたい才能(?)で、お金も持っていなかったのでしょうね。車庫から自宅まで炎天下を歩いて帰りました。
 
 2時間近く黙々と歩いた記憶があります。いわゆる詰襟の学生服ですから暑かったですよ。ただ感覚的にはひたすら楽しかった。どこかのお宅からシェリー・フェブレーの「ジョニー・エンジェル」という曲が流れてきていたのを覚えています。
 帰ってテレビをつけたらアラン・ドロンの「太陽がいっぱい」をやっていました。通して見たのはそのときがはじめてだったかもしれません。海がすごくきれいでした。ちょうどカラーテレビを買った直後で、感動したことを覚えています。
 
 アラン・ドロンという俳優はとにかく日本で人気がありました。洋服のコマーシャルに出ていましたが、そのコマーシャル中のアラン・ドロンがどんなに素晴らしいかということが大新聞のコラム欄に堂々と掲載されていたので、びっくりしたことがあります。日本ではそれぐらい高い支持を誇っていたということですね。
 昔のアラン・ドロンの映画を見るとやたらとタバコを吸っていますね。部屋でもレストランでも街中でもみんなタバコばかり吸っている。それがあたり前でした。
 
 夏でも私は基本的に上着を着ています。ワイシャツだけで外出ということはまずないですね。スーツかジャケットを着ています。仕事ならネクタイもしめている。旅行先でもネクタイはともかく上着だけは着ている。
 真夏にそんな人、あまりいませんね。真夏に学生服を着ていた16歳の私がいまの私を見たら(お、一生続けたのか!)と感動するのではないかという気がしますよ。
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2018.07.20 02:08

 それほど多くはないのですが、ときどき塾をやめられる方が出てきます。事情はさまざまで、部活動が忙しい、やる気がなくなった、成績が思うように伸びない、遠すぎた・・・などですかね。転居という方もけっこう多いかな。
 部活動が忙しい場合、いずれ戻ってくださる方もいらっしゃいます。1年生の途中で1回抜けて3年生でまた戻ってきてくださるケースがけっこう多い。塾そのものがいやだったわけではないことがわかり、こちらもほっとします。
 
 通塾時間というのはーー渋谷教室の場合ーー平均して40分ぐらいでしょうか。けっこう遠くからもいらしてくださる。東京都以外の生徒も毎年在籍されているので、30分というのはむしろ恵まれているほうだと思います。
 別の教室に勤めていたときには、毎週新幹線で来てくださる方もいました。行きも帰りも新幹線。そうされるだけの価値があると考えてくださったのでしょう。ご本人を見ていてもそんなにつらそうではありませんでした。
 
 やる気がなくなったというのも私は悪いことではないと思います。そういうことであれば、ちょっとご自身を冷静に見つめなおしてみるとよいでしょう。こう考えてください。とりあえず塾の勉強はひと休みして、自分は何をするつもりなのか。
 部活動に打ちこむのであればそれもいい。他にやりたいことーー楽器や水泳やダンスなどを習っている方がけっこういらっしゃいますーーに打ちこむというのもいいことだと思います。
 
 心配なのは、単純に(これで勉強しなくてすむぞ)というケースでしょうか。自由時間が増えてだらだらできると喜んでいる場合ですね。ご本人が一生そんなものでいいと思っているのならそれはそれでいいのですよ。どのような生き方も他人に迷惑がかからずきちんと選択されたものであれば、否定されるべきではないと思います。
 ただご本人の志望校や将来の希望の難易度だけは相変わらず非常に高かったりした場合、ひたすらだらだらしたがるいまのあなたのままでは届かない可能性があります。
 
 いまのあなたとさまざまな夢を実現させたあなたは紛れもなく同一人物なのですから、「いま何をしているか」ということはいちばん大事になってくることを理解してください。
 また塾に限らず習い事そのものは全員同条件ですから、教室に通うだけでは相対的な順位は上がりません。習い事から帰ってきてからの練習は人それぞれ違います。そこで差がつくことにも気づいてほしいと思います。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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