2018.04.20 08:22

 本当はあまりよくないのではないかということが、世の中にはたくさんあるような気がします。ただそれを大きな声では言えない。言えないというのは、その部分に依存して生活が成り立っている要素も大きいので、一方的に断罪するわけにもいかないという感じでしょうか。
 食べ物でそうした話題が出てくることがあります。他の先進国では禁じられているものがある。しかし、日本では許可されている。私はそうした類の本も好きなので、え? と驚くこともあります。
 
 そして、なるべく食べないように飲まないようにしている食品はいくつかあります。そんなに神経質になっているわけではなく、どこかで出されれば口にしますが自分からは好んで近づかないということです。何となく避ける。
 ただあまり他人には宣伝しません。家族にもーー話したことはあったかもしれませんがーー強く薦めることはない。そもそも私は息子が喫煙していることもまったく気にしないぐらいですから、あくまでも自分個人で避ける感覚です。
 
 食べ物だけではないですね。何となく避けるものはいろいろあるのですが、どなたかに主義として主張することはありません。ただ行かない、聞かない、見ない、食べない、参加しない・・・ということです。そして、便利さを避ける傾向もあります。
 授業していて感じるのですが、近い将来「先生による黒板への板書」というのは激減するでしょう。映像でわかりやすくまとめてぼん! と出す。それを生徒がノートに書き写す(生徒のほうも書かなくなったら、ちょっと問題だと思います)。そうなる可能性はありそうです。
 
 色つきのまとまった映像だととてもよくわかる・・・となるのでしょうが、それは本当に理解したことにつながるのだろうかという疑問がないでもない。はじめからきれいにまとめられたものを見て理解するのは、すごく省略された頭の働きでしかない気がするのです。
 ごちゃごちゃしたところを指導者の助けを借りながらかきわけかきわけ進んでいって、何とかご自身でまとめていく過程こそが大切ではないか。
 
 かきわけかきわけの質感がないとどうなってしまうのだろう? と思います。私は記述の問題なども出だしの部分と入れるべき要素だけを箇条書きして、あとは自分でまとめておくようにと言うことがあります。文章化した解答をわざと書かないということです。不完全な板書をおのおのがまとめておかないといけないので生徒たちは面倒臭いとは思うのですが、その作業の繰り返しでだんだん書く力がついていくのだと考えています。
 
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

プロフィール

プロフィール画像
長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

カレンダー

<<   2018年04月   >>
01 02 03 04 05 06 07
08 09 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          

新着記事

月別アーカイブ