2018.04.16 00:43

 人は理想の姿を自分だけで見つけられるものではないですね。何かしらモデルというか分身というか、そうした存在が必要になってくるものだと思います。ああなりたい。すごくかっこいい。憧れる。
 で、真似をしはじめたりします。中身まではいきなり真似できません。中身まで真似できるのであれば、もはや憧れの人そのものになっています。中身までは真似できないので、形ーー髪型だとかファッションだとかーーをなぞる。意味のあることで、周囲は温かく見守ってあげられるといいですね。
 
 よく大人が、アイドルに憧れている少年少女に向かって「あんなちゃらちゃらした人間に憧れるなんて」と嘆いたりしますが、まずはそういうわかりやすいところからスタートしていくものです。こんな素敵なおにいさんおねえさんになりたいというところからスタートする。
 彼らは大好きになった人間のインタビュー記事を真剣に読みますし、発言の1つ1つを吟味して一喜一憂します。その結果、べつのタレントさんに興味が移行していくこともあります。
 
 自分も10代のころはミュージシャンや映画俳優なんかに憧れた時期がありますが、必ずしもルックスのよさだけではありませんでした。ルックスだけならもっとよさそうな人間はいた。それでも他の誰かではなくその人が好きなわけで、そこには明確な理由があり、憧れの人間のエピソードなりインタビュー記事なりが心を動かす大きなものを持っていました。この人はすごい! と思わせるきっかけがあった。
 歌詞に感銘を受けるということもよくありました。洋楽しか聴いていなかったので、自分で訳して感動する。
 
 いま思うといわゆる「クサい」歌詞だったりもするのです。ただそのときはそうは思わない。繊細ですごいじゃないかと思う。
 ギルバート・オサリバンの「アローン・アゲイン」なんかもそうでしたよ。「ミュージック・ライフ」誌に訳詞が出ていましたが、自分でも訳したくなって試してみました。いまはもう忘れてしまいましたが、訳しながら涙が出そうになった。「また1人になったな、やっぱりね」と訳した記憶があります。専門家の方の訳とは違っていたのですが、私は自分の訳のほうがいいと思いました。
 
 外の世界を見ていくことです。どの世界の人間でもいいので、憧れの対象をさがしてみてください。そして、どうして憧れるのか? ということまで考える。それもまた大変いい勉強になるはずです。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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