2017.12.31 05:43

 2017年も今日で終わりです。今年も1年間、ブログを続けることができました。どうもありがとうございました。
 最近はまたまた調子がいいので歳のことを忘れてしまうのですが、とりあえず次年度も私は渋谷教室でお仕事を続けさせていただけそうです。ブログも例年と同じ感じで更新していきたいと考えています。
 今年は、とりあえず勉強法の記事を完結させたのが自分では印象に残っています。
 
 右側の「長野先生からの応援メッセージ」の部分ですね。
 ここにいま「どうしたら勉強ができるようになるか」という別のタイトルをつけていただこうとしている(自分ではやり方がよくわからない)ところです。77回記事を書いた。いちおう完成のつもりです。
 勉強法に迷ったら、お読みになってみてください。保護者の方対象というよりはご本人さま向けの記事になりますかね。1つでも2つでも試してみてくださったらいいですよ。
 
 勉強されるのはあくまでもご本人ですからね。
 そして勉強法を知りたいと思いついてくださっているだけで、すでにかなり前向きではあると思います。何でもそうです。ダイエットしたいと考えるだけで前向きですし、いいところで働きたいと感じるだけで前向きですし、異性にもてるようになりたいと願うだけで十分前向きです。
 このままではいけないと感じるのは大変な進歩ですから、まずそのことに誇りを持ってください。それがスタートラインです。
 
 ところが、せっかく変化しようとして第1歩でつまずく人が多いのも事実です。どうしてつまずくのか。
 だいたいは焦って雑にやってしまうので持続しないのです。気分的に(こうやって雑にやるのなら昔と同じじゃないか)と思ってしまう。変わっていく実感を持つためには、それぞれの行為を意識できる「時間や作業の重み」が必要です。流れ作業ではないという抵抗感を自覚したい。ですからとにかく丁寧にやる。丁寧にやっている自分を再確認しながら進めていくのです。
 
 何だかずいぶん手間をかけているじゃないかという感慨が自分自身に返ってくる。いずれはてきぱきできるようにはなりますが、頑張ろうと思ったばかりのときはとにかく丁寧に丁寧に進めてください。これは運動競技でもお料理でも恋愛でもすべてに共通してきます。「丁寧に生きる2018年」を合言葉にされるといいと思います。
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2017.12.30 06:05

 この時期、日に日に交通機関がすいてきますね。27日よりは28日、28日よりは29日とどんどんすいてきました。今日あたりはさらに土曜日ということもあり、閑散としているのではないか。飲食店もそんな感じで、週に1度食事に行く洋食屋さん(ふだんは休憩なしの年中無休)もお正月は5日間ぐらい完全休業になります。
 開けていても「昔のようには入らない」とおっしゃるのですが、昔はそれだけ需要があったわけで飲食店はどこも大変だなと思います。
 
 先日はこういうことがありました。
 ときどき記事にしている立ち飲み屋さんにしばらくぶりで入りました。というのも・・・年末ですごくすいていたからです。私は混んでいるとそれだけで避ける傾向があり、その日はがらがらだったのでついつい入ってしまいました。
 お客さんは数人で、私が入ってから新しく来られる方は1人もいませんでした。皆さん順番に出て行かれますから、とうとう私は1人になってしまった。
 
 その気になれば30人ぐらいは十分入れる大きさのお店なので、ちょっと困ったなと思いましたよ。
 最後まで私の近くに残っていた身なりのきちんとしたサラリーマンのおとうさんは、おそらく自分と年齢的には変わらない感じで、お店の人と懇意らしくあれこれさかんに話していました。お正月は何日から開くの? みたいな会話もあり、最後は「それではよいお年を」と丁寧に挨拶されて帰って行かれた。若い店員さんは話すのが好きそうなので、快活なおじさんがいなくなり私みたいな陰気臭いのが残ってしまってちょっと申し訳ないなと変なことが心配になりました。
 
 どなたかいらしてくださったら入れ替わりの形で帰りやすいのだが・・・と考えていたところ、10分ぐらいして誰か入ってきた。入口は背後にあるのでどなたが入ってきたのかすぐにはわかりませんでした。
 カウンターに陣取ったお客さんを見て、あっ! と思いましたよ。なんと、いま帰ったばかりのおじさんなのです。店員さんは「いらっしゃ・・・」と言いかけてから「お帰りなさい」と言い直した。
 
 酔っているようには見えないのですが、さきほどの会計の額からすると相当飲んでいた計算になります。ところがまったくはじめてみたいな感じで飲み物を注文し、コートを脱ぐ。そのときちょっと感じたのですが、このおじさんはひょっとするといつもこうなのかもしれません。
「んー・・・何にするかな」おつまみのメニューを見て考えこんでいます。いまさら何にするかもないものですが、大切な儀式なのでしょうね。
 
 以前、別の飲み屋さんで店員さんに「ここはどこ?」と突然質問したお客さん(年配客)を見たことがあります。はたから見るとそこまで酔っていない感じなのですが、ここはどこ? というのはなかなかすごい質問だと思います。最寄の駅名だけ聞いて、納得したように深くうなずかれてはいましたが・・・
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2017.12.29 05:10

 昨日の小学5年生のクラスのお話の続きです。いままででいちばん面白かった本は何ですかという無記名のアンケートを書いてもらいました。何冊か書きたいとおっしゃる方もいたのですが、あえて1冊だけに限定しました。14人の方が答えてくださった。
 1つだけ重なった本があった。ミヒャエル・エンデの「モモ」ですね。2人の方がこれがいちばん面白かったと書いていた。あとはばらばらでしたが、うなってしまうようなタイトルも出てきましたよ。
 
 ずらっと並べるだけ並べてみます。「モモ」以外に・・・「暗号クラブ」「多摩川に捨てられたミーコ」「赤毛連盟」「窓ぎわのトットちゃん」「岩窟王」「たんていチームKZ事件ノート」「ぼくらの七日間戦争」「車夫」「エルマーの冒険」「この世のおわり」「イワンのばか」「三国志」でした。
 感心したのは1人も何も書かない生徒がいなかったことです。無記名でも皆さん全員が書いてくださった。率直に言って、レベルも相当高いと思います。
 
 そういう要素は大切なのです。国語の勉強をはじめる以前に、これまでどのレベルの文章を面白いと感じる生活を送ってきたか。どの程度の文章であれば読みこなす力があるのか。文化的背景ですね。背景がないまま難しいものをひたすら読まされるのは、当然かなりの苦痛であると思います。何かを読まされる以前に、本当は文化による下地を作っておきたい。あまり読んだことがないという方は、まずこのレベルの近くまでのぼってきてほしいところです。
 さらに彼らにはこういうことも質問してみました。何かペットのようなものを飼っている人は?
 
 この結果は意外なものでした。
 めだかがお1人、熱帯魚がお1人、金魚とどじょうがお1人。で、終わりです。鳥も哺乳類もなし。徒然草にはそんな話がありました。人は牛馬犬以外は動物に気の毒なので飼わなくていい・・・だったかな。
 ただ小動物を飼うことはある意味で非常に勉強になるとは思います。何かを飼って世話をする。子どもの世界で他者に対して残酷な事件が多いのは、昔ほど小動物の世話をする機会がないせいもあるのかもしれません。心を育てる意味では、非常に勉強になると思います。
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2017.12.28 06:04

 くわしいコースやカリキュラムのお話は控えますが、毎年この時期瞬間的に(?)小学5年生を教える機会があります。これは必ずしも私が担当しないといけない講座ではないのですが、何年か前に「教えてみますか?」と言われ、それからは毎年どちらかといえば希望する形で持たせていただいています。
 ふだんは中学生のみですからね。小学5年生の授業がどんな感じで進行するかという体感は大切だと思いました。
 
 あたりまえのように小学生を教えていたころは5年生だからどうこうと特別なことは考えませんでした。いまはどんな感じで彼らが生活しているかあえて観察しておきたい気持ちもあるのです。勉強時間だけではなく、休み時間なんかもですね。
 今年は特別優秀だったのかもしれませんが、中学生より「疲れていない」感じが強く伝わりました。休み時間もぐったり机に伏せたりしない。私が何か注意したということではなく、おのずからしっかりしていた印象が強い。
 
 クラスには10人ちょっとの生徒がいました。休み時間になると4~5人の方が本を読みはじめた。タイトルが見えてしまったのですが、完全に大人の「文学」も混じっていました。黙々と読んでいる。
 何もしていない子も姿勢は崩しません。足を投げ出したりしない。そのあたりは非常に高いエネルギーを感じました。万が一ゲーム機の類を出す生徒がいたら、やんわりと「3日間だけなので教室内では我慢してみないか」と提案するつもりだったのですが、1人もいらっしゃらなかった。
 
 中学生ですとすぐにスマホを出す子がいます。休み時間に入ると同時に画面を見る。それを禁じたいわけではないのですが、見たいというより見ないではいられない感じなのがちょっと気にかかります。気になって気になって仕方がないのでしょう。授業中も頭の中では気にしている可能性があります。
 そういう生徒がときどきぐったりしていることがあります。生活に適度な隙間がなくなって疲れているのではないか。漠然と疲れているという方は、ちょっと意識的に隙間を作ってみてください。
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2017.12.27 06:08

 いろいろ考えさせられることがあります。私はーー何度も書くのも変ですがーー足が悪いので靴の選択には若干苦労してきました。で、ここ10年ぐらいは毎回毎回同じ革靴を買っていました。まったく同じ靴です。同時期に3足持つようにしていた。
 特殊な形(見た目はよくわからないと思います)で、負担がかからない。これは助かったと思っていたら今年ついにその靴の製造が終了してしまいました。
 
 困ったなとは思いましたがそんなに深刻にはなることはないですね。何かしら似たような靴があるだろうと思って、同じ靴を買い続けてきた量販店に行きました。いつものセリフは「これとまったく同じ靴をください」だったのですが。
 量販店ですからアルバイトの方がたくさんいらっしゃる。どなたでもいいと思ったので、お若い女性に「この靴と同じタイプの靴はありますか?」と質問してみました。すると彼女は私の靴を脱がせて裏返し、この型はうちにはほとんどないですねとあっさり答えました。
 
 ほとんどないです、その棚のあたりにいくつか・・・でも、ほとんどうちには入ってこないですね。 
 そんな感じだったでしょうか。そりゃ自分と同じ足の不調を持っている方が世の中に大勢いらっしゃったら大変です。私にぴったりの革靴が店頭にあふれていたらそのほうがおかしいはおかしいでしょう。
 理屈ではわかるものの、笑顔で「うちには入ってこない」と返されると面倒な注文はしないでねと釘をさされているみたいで、あまりいい感じは持ちませんでした。
 
 その後、私はそのお店には行かなくなりました(そもそも靴がない)。通販で2足、別のお店で1足購入してみたもののやはりどれもぴったりこない。
 月曜日年内最後のお休みに、同系列の新宿店に行ってみました。すごく感じのいい販売員さん(中年の女性)がいらっしゃった。あれこれ探してくださろうとするので、これで十分ですとはじめに教えていただいたもので決めてしまいました。
 販売員の方ご自身の想像力だとか人生観、思いやりの深さみたいなものが大切ですね。接客のマニュアルは同じ感じですが応対が全然違う。
 
 こういうことは自分の仕事でも大切なことなので、改めてご本人の気持ちをもっともっと考えるようにしなければと思いました。私はこれまでもじつは生徒によって言うことを微妙に変えてきている(ただし方向性はぜんぶ同じです)のですが、そうした配慮はやはり価値のあることだと思いましたよ。
 
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2017.12.26 07:52

 今月の12日、アマゾンに新しい方が拙著「励ます力」についてレビューを寄せてくださっていました。どうもありがとうございます。
 ちょうど3年前ですね。私は連用日記というのを使用しているのでつねに数年前のいま時分、自分の生活に何が起きていたのかということを把握できるのです。以前は5年連用日記を使っていましたが、いまはちょっと自信(?)がなくなって3年連用日記になっています。
 
 3年前の年末、生まれてはじめての本が送られてきたと書いてありました。「励ます力」の見本が10冊(だったと思います)送られてきた。編集者の方が富士山と新幹線のイラストが入った絵葉書をつけてくださった。完成した書籍ももちろんうれしかったのですが、私にはその絵葉書が何だかものすごく懐かしくーーじつはいまも私の部屋の壁のいちばん上に貼ってありますーー何となく幸福な旅にいざなわれているような気分になりました。
 富士山と新幹線・・・象徴としてとてもいいことがありそうじゃないですか。まあ、事実本を出していただいたのですからいいことなのですが。
 
 翌2015年のお正月に出版していただいたわけですが、私自身の生活や気分にはほとんど変化はありませんでした。そのこと自体はひそかにうれしく感じています。どこでも騒ぐことはなかったですし、逆に変に神経質になることもなかった。私はまったく同じままでした。
 印税をいくらかいただいたので、当時緊急に必要があった実家の改築にほとんどまわしました。助かりましたよ。ところが翌年事情があってあっけなく実家は取り壊すことになります。しかしそれもまたよしという気分でした。
 
 何だ、損したじゃないかとは感じませんでした。人生における短絡的な見方はどこかで落ちています。
 2回だけ見知らぬ方に街中で「『励ます力』の長野先生ですね?」とお声をかけていただく機会がありました。書籍のことをおっしゃってくださいましたが、もともとブログも読んでくださっていたのかもしれません。
 日常生活も家庭生活もまったく同じでした。行きつけの飲み屋さんでも同じ。私は私でしかないなとつくづく感じます。
 
 これからもいろいろ面白いことがあるかもしれないですね。最近は人間本来の「徳性」ということをよく考えます。正確な意味を説明(?)するのは難しいので、生きる過程で少しずつ表現していければと思っています。
 ブログもそうした一環ですから明るく続けていくつもりです。ここから6日連続勤務で1日(元旦)だけ休み、さらに少なくとも再度6日以上連続勤務なのでちょっと大変ですよ。ブログは必ず更新していきますね。
 
 
 
 
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2017.12.24 07:25

 今年も冬期講習がスタートしています。渋谷教室、例によって前年度より多くの方が集まってくださいました。予定のクラス数が増え、自分が急遽担当することになったりもした。ありがたいことです。
 渋谷教室の7階だけでも(Z会の教室は9階にもあります)400人ぐらいの方が動いていますからね。講習時は本当に大騒ぎです。まごまごされている方全員に目が行き届かない恐れもあり、こちらも気をつけていますがときどき小さなアクシデントが起きることがあります。
 
 と同時に、私は自分が直接担当している生徒にはあえて言うのですが高い志望校に堂々と入っていくような先輩たちは、皆さんご自身がしっかりしているのは事実です。まごまごしたとき(まごまごしてしまうのは自然な反応です)に、どうするのがベストかということをきちんと単身で考えられる。自分自身を助ける術を考えられる力を持っている。例外なくそうです。何もできないよ! ではない。
 わからないことがあれば正面から質問する。表示されているものは自力で探し出す。未知の物事であったとしても、いままでの自分の経験を総動員して知恵をしぼる。
 
 そういう力がじつはいちばん大切なのです。漠然と助けてと言われればーー実際そういうケースも出てきますーーまず何について困っているのか? というところからこちらは丁寧に訊きますし、はっきりしたことがわかればそれなりに対処はしますが、ご自身にもしっかりしてもらいたいという期待はつねにあります。
 机の上(勉強という意味です)で次から次へと降りかかってくる難題をてきぱきと処理できるようになるためには実生活における処理能力がどうしても必要になってくるからです。
 
 ときどき「帰りのお金を忘れてしまったので明日まで貸してくださいますか」と窓口に来られる方がいます。食事を1日我慢したり寒空を何駅もとぼとぼ歩いて帰ったりするよりは、はるかに賢い選択であると思います。また緊急の用事が出てきたのか「自宅に連絡したいのですが、電話を貸してもらえませんか」といらっしゃる方もいます。事務所の電話を使っていただくようにしていますが、これまた気になることをそのままにいらいら授業を受けるよりは、はるかに賢い選択だと思います。
 実生活をたくましく切り抜けていける知恵がそのまま勉強の知恵に直結してくるのです。
 
 できる生徒のことはどの先生も「あの子はしっかりしている」と評価するものです。それは決して勉強だけではありません。「しっかりしている」人格(器)にこそしっかりした内容物が宿る。器がぺらぺらではせっかくの内容物がこぼれ落ちてしまう。
 もっとも赤ちゃんのときはどなたも器は頼りないに決まっています。それをどれだけ意識して大きく鍛えていけるかというですね。生活の場がすべて勉強に関係している。あなたの次のひと言次の行為が、実はあなたの次の勉強なのです。勝つも負けるもすべては日常にあります。
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2017.12.23 04:49

 自分の考えていることを他者におしつけようとすることはまずありません。意見を求められれば述べることはありますが、自分の意見がベストであるとは当然考えていないので参考にしていただければそれでいいですし、無視されても気に病むことはまったくありません。
 強く「どうしたらいいでしょうか?」と求められないかぎり、そんなに強く意見を言わないということです。
 
 先日、ちょっとそんな機会がありました。悩んでいる方からご相談を受けた。
 くわしくは書けませんが、要するに外の世界を見てどう生きてもある意味希望がないではないかという状況に陥っている。
 簡単に書くとこういうことです。Aという方向に進みたい。そこでちょっと調べてみると、Aにはこれこれこういう問題点があることがわかる。これはひどいということでBという方向なら希望があるだろうと思う。ところがやはり調べてみるとBにも問題点があることがわかってくる。
 
 真面目な方なので、考えれば考えるほど突きつめれば突きつめるほど道がなくなっていく感覚がある。これでは人生行き場所がないのではないか。簡単に書くとそういうご相談でした。
 私はご自身の充足だけを考えるようにとお話した。外の世界は一切気にしなくていいから、ご自身を鍛えることだけを考えてみてくださいと。
 鍛えるというのは単純に強くなるなどという浅薄なお話ではありません。世間で言うところの自己啓発ではない。
 
 もっともっと深い部分でご自身を見つめる。深い部分での愛情の確認であるとか慈悲の持ち方であるとか弱いものに対する責任だとか他者の幸福に対する影響力であるとか・・・結果的に世の中はあなたがそうあることでよくなっていくのでしょうが、世の中をよくするために何かをするというよりはその人間の特質が「偶然」世の中を救ってしまうな強力な力。それだけを充実させてほしいと伝えました。
 何をするかではない。誰がするか、誰がするかの延長線上にはどのようにするかという問題が出てきますが、じつはそれがすべてではないか。
 
 仮にどうしようもなくて不正なことをするとします。罰を受けるのは同じでしょうが、誰がやるかで被害の形も相当変わってきます。無力ではないのですよ。大きな力の前では何もできないではない。自分だからこそ最小限の被害で抑えられるということがある。
 徒然草の法然上人ではないですが、たとえば昔の聖人であれば「やむをえぬ悪いことはできるだけ少なく、それ以上にいいことをするがよろしい」とでもおっしゃると思いますよ。人によるのです。その「人」になる。その「人」をご自身の中に作るということです。
 
 
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2017.12.22 09:21

 突然、来るものですね。じつは今週息子が高熱を出しました。会社に行くときにお医者さんに寄ったら幸いインフルエンザではなかった。ただの風邪ですね。気の毒にと思っていたらこちらにうつってしまったらしく、水曜日の夕方突然具合が悪くなりました。発熱と嘔吐とお腹の調子も極端に悪かった。
 結局、何も食べられないまま午後の8時に寝ましたよ。そのまま翌朝の10時まで起きられず。ところがそもそも水曜日の夕方の時点では、私は西荻窪まで平然と出かけています。
 
 ライフという映画(見たかったものです)をレンタルしてきた。さらにワインと焼鳥なんかを買いこみました。要するに休日で絶好調で、飲む気満々ですよ。ところがライフという映画を見ていたら・・・これは相当絶望的な映画だと思います。いい映画で面白いのですが、最後の最後までまるで救いがない。
 ワインを飲みながら自室で見ていたのですが、こりゃ全然救われんわという感じで暗澹たる気分になった。そのことも若干影響していたのでしょうか、どんどん具合が悪くなってきた。
 
 あとはもう一直線ですね。寒気がひどくなって蒲団にもぐりこみました。熱があるときは変な幻覚みたいなものを見ますね。幻覚というより、理屈に合わない考え方が頭の中を駆け巡る。
 汗をかくので水を補給していていたのですが、よく言われるように汗で失っていくのは水分だけではないのでしょう。そのうち喉は渇いていないものの何か飲みたいという不思議な感覚に苦しんだ。ミネラル分とかがなくなっているのでしょうね。翌朝、家内にその手の飲料を買ってきてもらいました。すごくおいしく感じましたよ。
 
 こういうとき、ただ大事をとってじっとしているとますます具合が悪くなることがあります。精神力の問題なのでしょう。連休をいただいてずーっと寝たりしているとかえって悪くなるかもしれない。
 そうかと言って暴れすぎるのもよくありません。大丈夫大丈夫と「納豆オムレツ」を食べに行ったりするのは絶対によくない。
 たとえばこのブログもそうです。書く前より書きかけのいまのほうがはるかに調子がいい。書く前は「今日は体調不良のため」と短くご報告だけしても、そうは怒られないだろうと考えていました。
 
 ところが書き始めると、こんなこともあんなことも入れようと元気が出てきます。中学生高校生の方の部活なんかも同じ側面があると思いますが、あまりにも大事をとりすぎて自粛していると「私は徹底的に弱い人間です」と宣言してしまっているようなところが出てきて、はじめから気分負けしてしまう要素が強いと思います。
 ともかくライフを返却しないといけないな。おかげさまで仕事は休まずに行けています。今日は西荻窪まで歩けるのでしょうか。
 
 
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2017.12.21 10:19

 何十年も昔の話です。
 ある塾で夜の時間帯に緊急の会議がありました。いい先生が揃っていて、中には世間にかなり顔が売れている先生もいらっしゃった。会議が終わってから経営者の方が、当日参加していた宴会部長(?)的な先生に「これで今晩は皆さん何か食事でも・・・」と廊下の隅で何枚かのお札をさっと渡していました。宴会部長の先生は恐縮してさかんに頭を下げています。
 私はトイレに行こうとしていてーーまったく偶然にーー遠くから目撃してしまったのです。
 
 これはおいしいものを食べられるぞ・・・とはまったく期待しませんでしたよ。むしろ面倒くさいなと思いました。若かった私は、大御所の先生方と一緒に飲んだり食べたりするのは気を遣うので遠慮したい気持ちがあったのです。当時からとにかく単独行動を好んだのですね。総勢おそらく10人ぐらいの集団で飲み食いするのはできるだけ避けたかった。
 もちろんどの先生もいい先生ばかりでした。場が苦手というだけのことであって、個人のどなたかがいやという意味ではありません。
 
 洗面所で手を洗いながら、しかしこういう形(経営者の方がお金を出してくださるという意味です)になってしまうと、1次会だけでも参加しないと礼儀的にまずいだろうなという気持ちになりました。何かーーくわしくは忘れてしまいましたーーつまらない用事があったのですが、まああきらめようと覚悟した。
 皆さんでだらだら建物を出ました。いつもそんな感じなのです。大御所のどなたかが「飲みに行こうか」と言い出して、だいたいは決まったお店に行く。ふだんの勘定は割り勘で、その点はすっきりしていました。
 
 するとその日に限って宴会部長の先生が「今日は大人しく帰ろうじゃないか」と率先して提案するではないですか。「ちょっと風邪気味なんだ。今日は帰って寝たほうがよさそうだ」
 私はさきほどのシーンを目撃していたので「え?」と思いました。次の瞬間、そうかこの先生は受け取ったお金をぜんぶ自分のものにしようと考えたわけだ! と気づきました。もちろん黙っていましたが。
 どなたかが「それもいいな」と答えた。そのあとのことは覚えていません。少人数で飲みに行った先生はいらっしゃったのかもしれませんが、私はおかげでさっさと帰れました。
 
 この晩のことを自分はよく思い出します。何か法律に抵触するような事件ではありませんし、犯罪みたいなものではない。と同時に、すごくりっぱな行為というわけでもないでしょう。
 宴会部長の先生は生徒に多大な人気がありました。人間らしいからでしょうね。私が何十年も昔のこんな事件について細かく覚えているのも、そういういわゆる「せこい」ことでも気づかれないのであれば自分もしたいとどこかで考えているからかもしれませんね。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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