2017.11.19 01:07

 今月号の「将棋世界」誌にタイトル保持者同士の対談が載っていました。棋界では少数派である振飛車党の先生同士でしたのでちょっと興味があり、久しぶりに買ってみました。非常に興味深いことが語られていた中でとりわけ驚いたのは、両先生とも研究するときの心構えの質問に対し、ほぼ1手目から考えていると答えていた部分でした。厳密に書くと3手目前後からということになるのかな。とにかくそんなところから「何かないか」と研究されているそうです。
 
 これは非常に驚くべきことでーー将棋には長いあいだに蓄積されてきた定跡手順というものがあり、弱いアマチュアの私でさえはじめから20手ぐらいまではほとんど何も考えずに駒組を進めることができます。それでも絶対に悪くはならないのですが、それは定跡というものがそれだけの重みを持っているからです。
 コンピュータの進化でいままでの定跡に疑問点が・・・ということはときどき話題になりますが、部分部分の問題であって根本的に定跡が否定されたわけではありません。
 
 ですから、一般的には研究するのであれば中盤近くからということになるでしょう。駒と駒がぶつかり合う少し手前ぐらいから研究する。プロアマ問わずそういう発想が大多数ではないかと思います。
 それを初手から研究しているタイトルホルダーがいらっしゃるというので本当に驚いた。驚いたと同時に、野球の広岡監督の昔のお話を思い出しました。あまり成績のよくなかった時代の西武ライオンズの監督になられた広岡さんは、絨毯の上をころがした野球ボールを素手で選手たちに受けさせたと自著に書いていらっしゃいました。
 
 これには選手もさすがにむっとします。プロ相手にこんなことをやらせるのはいったい何のためかという質問が出ます。監督の答は「素手のどこで確実にボールをつかんでいるのかじっくり味わってほしい」というものでした。どの部分がどう動くと確実さが増すのかということを改めて体感してもらおうと考えていた。
 その後、広岡監督のもとで西武ライオンズは日本一になり常勝軍団とまで呼ばれるようになるわけですが、将棋で言えばこれは1手目からの基本を重視したということでしょう。
 
 タイトルを持っている棋士や日本一の野球チームが最初の最初から、とにかく注意深く真摯な態度で取り組んでいる。そうさせるのは勝ち負けを超えた将棋や野球そのものへの畏怖の心ではないかという気がします。
 ひるがえって私たちはどうか。仕事や勉強に対して(やりゃあいいんだろ)程度の気持ちで向かってしまっているのではないか。偏差値を手っ取り早く上げたいではなく、初手から考えこむようにあるいは絨毯の上をころがってくるボールを素手で受け止めるように真剣に向き合っているかどうか。
 
 ときどき「だいたいやりました」「いちおう終わらせました」という生徒がいます。全然やっていないよりははるかにいいでしょう。しかし1手目から真剣に研究(勉強)する人に評価させたら、ずいぶんいい加減に見えるかもしれません。
 超一流と呼ばれる人たちになかなか届かないのは、そのあたりの心構えにいちばん原因がありそうです。
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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