2017.06.30 03:01

 社会人になった息子がきわめて勤勉に働いてくれるので、親としては非常にありがたく感じています。ときどき休みの日にわざわざ出かけていって現地調査みたいなことまでやっているのですが、やらなければいけないとどなたかに言われたわけではないそうです。
 仕事が円滑に進むようにと自主的に行動しているというので、いやまあ予習復習とかめちゃくちゃだったあの中学生がよくそんなことまで考えられるまで成長したものだと思いますよ。
 
 時機を待つというのは、大切なことですね。
 息子を見ていて私は少年期に大きくそれてしまった自分を感慨深く思い出すのですが、私は勉強そのものがきらいだとか学校がいやだとか感じたことはありませんでした。むしろ、好きなほうだったかもしれません。
 ただ両親が絶対化している価値観の中で生きることだけはごめんだと強く思いました。点数のいい子を見て「ああいう子は『偉い』」と無条件に賛美する。点数の悪い子を「劣等生はだめだ」と言い放つような人生観ですね。
 
 中学生のとき父親に「ラジオの深夜放送のDJになるにはどうしたらいいのか」と訊いたことがありました。当時、糸井五郎さんとか八木誠さんとかラジオで活躍されていたDJに私は漠然と憧れを抱いていました。父親の答は「猛勉強していい大学に入れ」でした。
 なんだよ、それ? ですよ。私はまたしばらくして「それでは音楽評論家にはどうしたらなれるのか」と訊いてみました。父親は即答しました。「猛勉強していい大学に入るしかない」
 
 何を質問しても同じ答ばかりが返ってきます。他のことは何も考えるなとでも言いたげで、そんな浅薄な人生観ではまともな会話をする気になるわけがありません。そのうち私は、もう両親にだけはどんなことも相談するのはよそうと考えるようになりました。お経みたいに「猛勉強して・・・」を繰り返されても不快になるだけだからです。
 親子の会話というのはじつは大切なもので、そこに何かしら夢だとか希望だとか愛情だとか人生に対する深みだとか、せめて予感のようなものだけでも含まれていてほしいものだと思います。
 
 一般的に考えて、大人(親に限りません)は子どもたちのガイドと言えるでしょう。そのガイドが人生の豊穣さや深遠さを示唆してやれないようでは、そもそもガイドとしてどうなのかなという気持ちがあります。
 いまは行きづまった感じかもしれないが、可能性というのは内側からひとりでに開いていくものだから他者に何か言われてもいいとも悪いとも決めつけないほうがいいーー私は息子にはそう告げてきたつもりですが、もちろん生徒に対しても何かしら希望を与えられる存在でありたいという気持ちを持っています。
 
 
 
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2017.06.28 00:31

 新聞でも第1面に載っていました。もはや社会現象と呼んでいいのかな。中学生棋士の藤井四段。ついに将棋界の連勝記録を塗りかえてしまいました。
 月曜日は私はお休みをいただいていました(将棋中継を見るために休んだわけではないですよ)。例によってクリニックをはしごして(定期健診みたいなもので体調は万全です)、その後は時間があったので自宅でときどき中継を確認していました。夕方ぐらいからはけっこう見ていたかな。
 
 途中、はっきり相手の方がよくなったような気がしました。これは28連勝で止まりそうだなと思った。具体的に書くと先手が▲2二歩と指したあたりです。藤井四段の飛車は確実に詰んでいます。相手の陣形は厚みがあるので細工をしても、角と桂馬では手が作れないような気がしたのです。
 何しろ相手も相手ですからね。同じ10代のすごく強い棋士です。師匠の森下先生(森下先生のことは以前ブログにも書きました)が「モノが違う」とおっしゃるぐらいなので、ちょっとどうかなあという気持ちでした。
 
 藤井四段の活躍に比例していろいろ便乗したような記事も増えてきているので、私はそろそろ控えようと思っています。ご家庭の教育がいい、ご両親がいい、盛んにそんな話が出てきます。ご本人の落ち着いた雰囲気を見ればそれはすぐにわかります。対局中の食事も話題になっていますが、ああしたところにこそご家庭の文化が色濃く出てくるわけで、一般の都会の中学生のようにファーストフード系に飛びついたりしないのは、つまりはそういう生活を送られているということでしょう。
 お母さまが読書家で書籍がたくさんあったので自然に読書家になったというインタビュー記事も読みましたが、それもまた活字を好む習慣を持つご家庭に共通した要素です。
 
 それより、私は現在の藤井四段の活躍を見ていて、こう考えている方がいらっしゃるのではないかと考えました。「自分もはじめからやり直せるのであればああなれたかもしれないのに・・・」
 全員の方がそう考えるという意味ではないですよ。ほんの少数の方かもしれない。現状何か思うようにならないことがある。こんなはずではなかった。こんな自分ではなかった。もっと大きな、正しいことができたはずなのに・・・
 それは運動競技かもしれませんし勉強や仕事かもしれません。人間関係や趣味の何かかもしれません。
 
 藤井四段の活躍は、そうした方たちに「もう1回やってごらんよ」と語りかけているようにも感じられます。過去なげやりになったことはもういいから、夢を捨ててしまったご自身を責めなくてももういいから、とにかく一生懸命やってみたらどうだろう? 
 大切なのは「はじめからやり直せるのであれば」の「はじめから」の部分です。いまのあなたの「はじめ」ってどこですか? 14歳だろうと35際だろうと50歳だろうと80歳だろうと「ここ」しかありません。
 今日、ここから一生懸命やり直してみたらどうでしょう。
 
 藤井四段、さきほどの▲2二歩を指したあと前傾姿勢でずーっと考えているので、一瞬手番がどちらだか混乱しました。私は立ったり座ったり席をはずしながらちらちら見ていたので、はじめは、あれ? 相手はとれる飛車をとらずに別の手を指したのか・・・と思ったほどです。
 するとそうではなかった。相手がどう指してくるかわからないまま自分の手番のときのように没頭していたのですね。一生懸命生きることに尽きると思います。ここからまた全力で生きることだけが人生の正解であると思います。
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2017.06.27 00:25

 リッチー・ブラックモアのバンド(レインボー)が今年もイギリスでライヴをスタートさせています。ロック・フェスティバルに出ているのですが、初日17日のステージの模様はすでにYoutubeにたくさん投稿されていました。前座が「フォックス・オン・ザ・ラン」のスイートでしたよ。
 メンバーは昨年度と同じです。ベースとドラムスについてはいろいろ言われていましたが交代はありませんでした。もっとも指摘されていたベーシストの服装とドラムセットは圧倒的にロックバンドらしくなっていました。
 
 ドラムセットはバスドラが2つ。コージー・パウエルが叩いていた曲を再現するわけですから、やっぱりこうじゃないと。
 興味深いシーンがありました。私がいちばん好きな「スターゲーザー」という曲、今年はレコード通りドラムソロから入っています。もともとそういう曲なのです。コージーのど派手なドラムソロからスタートする。
 ところが昨年はその部分が省略されていました。アマチュアでもちょっと頑張れば叩けるはずなので、どうしてだろうと不思議に感じたものです。
 
 その部分をドラマーが再現して見せた。ところがベーシストが明らかに不快そうにやめろやめろと反応しているではないですか。さらに馘首だぞみたいな動きまで見せました。右側にいたリッチーもさっと腕を伸ばして「そこまで!」みたいなアクションを見せた。あれは何だったのだろう? 
 ドラマーは立ち上がって、観客にどうだ! と両腕を広げていました。まさかとは思いますが、独断? 演出? 大丈夫かな。
 
 シンガーのロニー・ロメロという人はとにかく歌が上手です。昔のレインボーのシンガーたちがさかんにリッチーと再演したがっていましたが、これだけの逸材が見つかるといまさら他の人間とやろうという気分になれないのもよくわかります。ルックスが若干地味めではあるのですが、昨年度のステージと比べると今年のほうが数段リラックスしていて、笑顔も自然な感じでした。それだけ大舞台に慣れてきたのでしょうね。そういえば「銀嶺の覇者」を演奏しているとき背後のスクリーンにはロニー・ディオが大きく映っていましたよ。
 
 昨年度よりディープ・パープルの曲が減り、レインボーの曲が増えました。72歳になったリッチーは相変わらず気難しそうですが、ディープ・パープルの末期みたいにうんざりしている感じはまったくありません。
 最近のインタビューでは飛行機に乗りたくないので日本には行かない・・・みたいなことを語っていましたから、もう来日はむりかもしれないですね。
 知的でシャイな大人がどう振舞えばいいかということを、この人ほど体現してくれている人間はいないような気がします。
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2017.06.25 07:40

 人間の生活は知力だけで成り立つものではないですね。知力の枠には学力が含まれますし、学歴みたいなものも当然関係してくるでしょう。ただそれがすべてかというと、そういうものではない。
 知力以外にもたとえば体力は必要ですし、感性の力も必要です。人間であれば泣いたり笑ったりが自然に適切にできるというのは、やっぱり大きな力だと思います。できないようではどこかで行き詰る。
 
 それでは知力、体力、感性の力が揃えば安心かと言うと、まだ何か足りないような気がしないでもない。あったほうが好ましいという程度かもしれませんが。
 それが品性ではないかという気がします。上品とか下品とか。上品なほうがよさそうです。しかし、上品さの獲得はひょっとすると知力や体力や感性の力を身につける以上に難しいのかもしれません。
 
 最近の世の中を見ているととくにそう感じます。全体的に私は現代人がーー知力は向上しているにもかかわらずーー昔より下品になってきているのではないかと思います。
 具体的に有名などなたかの話題を持ってきて面白おかしく説明するのは難しいことではありませんが、他者を貶めるようなことはあえてしないで抽象的な書き方に終始しておくというのも私が伝えたい上品さの要素であり、そうした種類の柔らかな配慮があらゆる場面でできるかどうか。
 
 知力は発達していますから、定義としてどういう振る舞いが上品であるかということはどなたでもわかるはずです。根幹で、何をどれぐらい大切にしているかが日常の挙措ににじみ出てきますね。
 世の中には、きちんと生活できればそれで十分であると鷹揚に構えていらっしゃるりっぱな生活人がたくさんいます。法外な欲求や拡張はいささか強欲であると考える。必要があれば贅沢もするものの、そのときは必要な贅沢を満たす範囲にとどめておく。
 
 無限に膨張していくほどの冨、無限に拡張していく自己主張、無限に要求できる権利をかき集めるような姿勢は、明らかに全体のバランスを崩すものです。足るを知るというのともちょっと違っていて、自己の拡張そのものをあるレベルで抑えておくことが全体の利益につながるということに気づいている。自己が全体を支配してやる! では、それこそ不穏な細胞の増殖になってしまいますよ。
 全体の一部が自己なのだと落ち着いて認識できるかどうか。自分が何かをつかんでいるのではなく、つねに全体につかまれているのが自分なのです。
 
 品性への渇望はそのあたりが出発点になるのかもしれません。今回の記事はあくまでも自戒のために書きました。まあ、最近はそんなことを考えているというお話です。
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2017.06.24 01:29

 右側の「応援メッセージ」から入れる学習法の記事ですが、担当してくださっている方にお願いしてそろそろ終わりにさせていただこうかと考えています。現時点で69回目まで来ました。きりよく70回でとも考えたのですが、もう少し増やして77回で終わろうかと思います。
 さすがに正しい学習法が無限に出てくるということはない。するとどうしても同じ内容の繰り返しになってしまいますね。音読のこと、丁寧な作業のこと、時間の使い方のこと・・・延々と繰り返すわけにもいかないでしょう。
 
 学習法の記事を担当してくださっている方はブログをスタートさせるときにもお世話になった方です。このブログはもともとは通信で頑張ってくださっている中学受験生を応援する目的でスタートしました。書き手がどなたかいらっしゃらないだろうか? というときに彼女が私を推薦してくださったのです。あの人なら書けるかもということを進言してくださった。
 私が本当に適任者だったかどうかはわかりませんが、彼女がそうおっしゃってくださるのであれば、こちらはきちんとやろうと思いました。自分にはいろいろ考えることがあって、仕事に限らずできそうなことでも遠慮することがよくあります。
 
 これは個人的な美学なのです。できそうだなと思っても引いておく。小学生中学生にたとえれば一切挙手しない生徒と同じ。「これがわかる者?」と先生が教室でおっしゃいますね。わかっている。わかってはいるけれども絶対に手は挙げない。そういう生徒は評価が下がりますね。私はそれでいいのです。それが評価ということであれば、私個人は評価が低いままでいいのです。
 もちろん内申をとりたい受験生の方はそれではだめですよ。先生が授業を円滑に進行しやすいように協力的に手を挙げてください。一緒に授業を作る温かみが大事です。
 
 じつは彼女は私がはじめてZ会進学教室の講師として三鷹教室に出講したときーー20年以上昔の話ですがーー教務や教科の社員としていろいろなことを教えてくださったのでした。その時点で15年以上中学生は指導していましたが、やっぱり新しい塾だと心細いですからね。緊張していた私にあれこれアドヴァイスしてくださるので本当に助かりました。そういう意味で、私は恩義を感じています。
 学習法の記事に関しては、とにかく「あなたが実践する」ことがすべてです。健康法をたくさんご存知でも、実践されなければまったく健康にはなれません。それと同じです。冷静に考えてみてください。
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2017.06.23 09:21

a5c5e9b0b196c4d39159171ac746c095a54fe2f1.jpg 何をいまさらという感じなのですが、犬を見ているとやはり人間とはずいぶん違うものだなという気持ちになりますね。
 犬もすっかり馴れてきました。私と家内は息子を育てるときもあまり厳しいことは言いませんでした。生活についてもそうでしたし、勉強についても本人任せで放任主義というほどではないのですが、好きにやれという感じで育てました。
 犬に対しても極端に厳しいことは言っていません。
 
 先日も家内の蒲団に間違えてオシッコをするという事件が起きました。夜中に起きてきて寝ぼけたみたいですね。私は隣室にいたのですが、家内が慌てて騒いでいる。間に合わなかったみたいですよ。それでもとくに厳しく叱っている感じはありませんでした。私も顔を出して何か言ったりはしなかった。
 枕元で動物にオシッコされるというのはーー松尾芭蕉の俳諧にそんなのがありましたがーーなかなか風流でいいかもしれないですね。
 
 ともかくそうやってのびのび育っているのですが、犬はとにかく遊びたがりますね。遊びたがるも何も、遊ぶこと以外まったく考えられないみたいです。もちろん食べたり飲んだり寝たりはするのですよ。食べたり飲んだり寝たり、生命を維持するための最低限のことは確実にする。
 そして、あとは「さあ、遊ぼう!」となる。何かに噛みついたり振り回したり飛びついてきたりします。生物というのはまあ、みんなこんなものなのかもしれないですね。
 
 人間の場合、ある程度豊かでーー世界全体から見れば日本は何だかんだ言ってもそれなりに豊かなほうだとは思いますーーだらだらできる環境にあるとき、ただひたすら遊ぼう・・・という「だけ」にはなかなかならないような気もします。
 はじめは喜んでだらだらしていても、何かしら意味のあることをやりたいという気持ちを持つことが多いですね。自分はこのまま漫然と個人的に「遊べてうれしい」という感情を蓄積していくだけで死んでしまってよいのだろうか? そんなことを考えられるのはやはり人間だからでしょう。
 
 子どもたちにもそうした部分を自覚させることは大切であるように思います。もともと芽があるわけですよ。芽があるなとご自身で気づけることは、価値のあることですね。
 
 
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2017.06.21 10:19

 志望校に入るために何をしたらいいのかとよく聞かれます。とくにーー私が担当している科目は国語ですからーー志望校の入試問題で手っ取り早く合格点をとるためには何をしたらいいのかと質問されます。
 ときと場合によって私の返答は変わってくるのですが、極端な言い方をすれば「志望する学校にふさわしい人間になりなさい」と表現するしかない部分が出てきます。「手っ取り早い」方法なんてじつはないのですよ。
 
 わかりやすいので、恋愛で考えてみてください。どなたかを好きになったとしますね。憧れている彼(彼女)と親しくなって、それこそ将来一緒に暮らせるようになるためにはどうしたらいいのだろうと考える。仮に彼(彼女)がクラシック音楽が好きだとしますね。自分もこれまでほとんど聴いたことのないクラシック音楽を好きになる? 彼(彼女)がエスニック料理が好きだとします。自分も苦手だったエスニック料理が好きになるように努力する? そんな部分部分の集積だけで、あちらにも「夢中に」なってもらえると本気で思いますか?
 
 憧れている方がいわゆる快活な人気者で優秀で質量が高い人間なのであれば、あなた自身も同じ方向性で質量を高めていくしかない。お若い方の恋愛のうまくいくいかないは、このあたりの仕組みにどれぐらい気づけるかということで決まってくるように思います。尽くしても尽くしてもうまくいかない・・・というのは、お相手に合わせようとする努力は十分でも、ご自身の質量を高めるための努力が残念ながら足りないケースが多いように感じます。
 あなたがお相手を追いかけたくなるように、お相手もあなたを追いかけたくならなければいけないということです。そういう自分磨きをされていますか?
 
 志望校の国語の問題を読んでみてください。論説文、すらすら読めますか? 内容について「これは面白い」と思えましたか? あなたご自身の知的好奇心がそこまで来ていますか? 小説はどの部分で感動しましたか? 出題されていた作者の作品をさっそくあれこれ読んでみようと思っていますか? 自然にそう考えられましたか?
 もしこうした要素がまったくないのだとしたら、あなたの波動がまだ志望校にふさわしいところまであがってきていないのです。何をしたらいいという手順以上に、自分の波動を変えるぞという覚悟を決めてください。
 
 面白がって対処できるところまで自己を高めていく。勉強や恋愛に限らず、何の世界でもそういう人だけが大きな成果を出せるのだと思いますよ。
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2017.06.20 01:42

 将棋実況というのが流行っているみたいですね。Youtubeにたくさんの方が投稿されています。ものすごく強い方から級位者の方までいらっしゃいます。数は少ないですが、女性もいらっしゃいますね。
 これがけっこう面白い。面白くて休みの晩はーーだいたいは飲みながらーーずーっと見ていることがあります。もちろんやるべきことがないときですよ。級位者の方だと本当に「うっかり」みたいなのが出てくる。申し訳ないのですが、そこにまたスリルがあったりします。
 
 初心者の方が数か月でだんだん強くなっていく過程もけっこう感動しますね。短期間でずいぶん強くなったなあ・・・と私でも何となくわかる。コメント欄のコメントを見ていると皆さん同じ気持ちらしく、応援されています。とくに指している方が女の子だったりすると、情緒的に応援したくなるのかもしれません。
 昔、ある有名な女性のアマチュア棋士がいました。有名というのはアマの女流タイトルをとられていたのです。非常にきれいな方でした。
 
 前世紀はインターネット対局なんかありませんでしたからね。女性も道場で指すしかなかった。私が行っていた新宿の道場は、やわらかい雰囲気で女性客もたくさんいらっしゃった。もっとも私はいろいろなところに通っていたので、そこにうかがうのは年にほんの数回でした。
 あるとき、そのきれいな方と指す機会がありました。彼女の存在は将棋雑誌で知っていたのでちょっと緊張しました。ただあんまり馴れ馴れしいのもどうかと思いますからね。有名な何々さん?  みたいなことは一切口にしませんでした。
 
 私の振り飛車に彼女の棒銀という戦型になりました。途中で彼女のほうに大きな勘違いがあり、こちらの銀とあちらの飛車の交換になってしまいました。それからほどなくして終局を迎え、彼女は丁寧に頭を下げられてから笑顔で「うっかりしちゃって・・・」とおっしゃっていました。
 私はまだ多少(なのかな?)若かったので美貌のお嬢さんと将棋を指せたことがとてもうれしかったのですが、こんな風に戦型まで覚えているのはやはりお相手がお相手だったからだと思います。困ったオヤジだな。
 
 いまは・・・午前1時40分か・・・さっきふと目が覚めたので、この記事を書きました。これからちょっとだけ将棋実況を見て寝ることにします。
 
 
 
 
 
 
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2017.06.18 05:56

 通ってくださっている生徒があまりにも大人しいとちょっと心配になります。やはり活気はあったほうがいい。あったほうがいいどころか、本当は「教室に来ると元気が出る」とまで感じてくださるといいなという気持ちがあります。
 お通夜みたいなムードでは楽しいとはなかなか思えないものです。休み時間ぐらいは多少はじけてもいいのかもしれません。ですから、授業時間外に生徒が多少はめをはずしていても私はあまりうるさくは言いません。
 
 もちろん程度によるのですよ。程度によっては、ちょっと静かにしてくれというときがあることはあります。強く注意しなくても彼らはちゃんと聞いてくれます。
 生徒たちが楽しそうに廊下で交わしている会話を私は黙って聞いていることがあります。単純に好奇心がある。特別に聞き耳をたてているわけではないのですが、自然に耳に入ってくるのです。やっぱり賢い子は、面白いことを言いますね。
 
 それだけ頭の回転がはやいのでしょう。ネタ帳みたいなものが用意されているわけではない。ぱっと何かを言う。それに対してぱっと返す。そこでまた第三者がすかさずコメントをはさんだりする。
 そういうことがてきぱきできる子は成績も優秀です。もちろん親しい仲間がいなければ喋る回数も少ないですから、大人しくて口数が少ない子にも優等生はたくさんいます。強調したいのは、絵に描いたような優等生タイプではなくても優秀な子はたくさんいるということです。
 
 先日、こういうやりとりがありました。私は聞いた瞬間非常に面白いと思いましたが、あとになればなるほどよくできた会話だと感心しました。
 仲のいい集団がいるのですが、そのうちのある生徒が友だちに「スマホ男!」と言った。スマホばっかりいじっているというからかいなのでしょうね。悪口と言うより、明るい冗談みたいな口調でした。言われた少年も笑顔で「スマホ男じゃないよ」と言った。その次のセリフは、私にはまったく予想できませんでした。
 
 はじめの少年が「じゃあ、スマホ女!」と言ったのです。すると仲間の少年が「おい、そっちかよ!」とうれしそうに突っこみました。そのまま何となく笑いあっておしまいになってしまったのですが、瞬間的にこんな会話ができるのはすごい能力だと思いましたよ。
 全員キレ者です。スマホ女と返せる機知もすごいですが、そっちか?  とまぜっかえせる才能もたいした言語感覚だと思いました。結局はコミュニケーション能力なのですね。
 
 だれとどんな会話をしているときもーー会話だけではないですねーーある意味で健全で快活な「勝負」です。毎回毎回、楽しみながら全力で関わってくださったらいいと思いますよ。
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2017.06.17 07:56

 本日6月17日はこのブログがスタートした日でした。2009年のことですから、もう8年になりますね。記事は合計で2300本を超えています。ここまで続けてこられたのはひとえに読んでくださる皆さんのおかげです。いつも本当にありがとうございます。感謝いたしております。
 だいたい私はきわめて飽きっぽい人間なのです。何かを決めてスタートしても続かない。3日坊主という言葉がありますが、3日ももちません。日々坊主(?)ぐらいです。
 
 それが奇跡的に8年間続きました。この記事を書くにあたって確認したのですが、ブログランキングもーーおかげさまでーー外部のものは両方とも2位に入っていました。社内のものも運よくトップになっていました。トップはできすぎとしても、しばしばベスト3内には入れていただいているのでこちらもありがとうございます。
 学習法について右側の応援メッセージから入っていただくと、現時点で68回分の記事があります。こちらは、勉強なさるご本人に読んでいただきたいかな。
 
 ちょうど3年前のいまごろでした。主婦と生活社の編集者の方からご連絡があり、ブログを書籍化しませんかというありがたいお話をいただきました。形になるまでに半年かかりましたが、いまでもときどき読んでくださった方から「愛読しています」とお声をかけていただくことがあります。
 私はもういい歳ですし、何か大げさな形でいまから自分を証明する必要はほとんど感じていませんが、せっかく35年間以上蓄積してきた知恵みたいなものは、お若い方に伝えられたらいいのだが・・・と思っています。
 
 ブログ、書籍、講演会などで多少なりとも皆さまのお役にたてれば本当に幸せに感じます。
 何かお祝いするかな。
 ときどき思うのですが、本当は読んでくださっている方とお話できる機会があるといいですね。講演会ではなく歓談みたいな形で。
 ただ、物理的にちょっとむりだろうなあ。ホンモノの私は、けっこういい加減で面白い人間なのですよ。堅苦しい人間ではありません。でもあれだな、そんなことをして読んでくださる方が1人もいらっしゃらなくなっちゃったりして。
 
 今後ともよろしくお願いいたします。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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