2017.04.19 09:04

 難しいですね。数値をことさら重視する世の中になって、私は一般の人間が少しけちになったのではないかと思っています。吝嗇という意味のけちですね。お金を払う払わないというだけではなく、感情の表出についてけちになっている。
 心のどこかで、感情でさえ数値化するクセがついているのでしょう。ですから、けっこう計算はしているような気はします。気づかないふりではなく冷静に計算している。そして、ここは譲らなくていいと結論づける。
 
 譲らなくていいというのは、自分の時間や感情を使わなくてもいいということです。自分だけが親切にするのは、自分だけが支払いするのと同じであるという計算が働くのかもしれません。
 具体的に書くと、ちょっと困っているように見える級友(同僚)がいるけど、みんなだって声をかけていないのだし、まあいいんじゃないかなという感じでしょうか。
 昔よりけちけちした感じになってきたのは、数値による損得計算だらけの世の中の影響はやはりあると思います。
 
 お金を動かす(使う)ことも感情を動かす(他者に優しく接する)こともどちらもじつはすごくいいことです。血液の流れと同じです。いくら大切な血液でも、貯めこむばかりで一切動かさなければ大変なことになってしまうでしょう。
 適切にむりのない範囲で身体を動かして、どんどん循環させたほうがよほど健康的です。そうやって豊かな感情を大きく流せる人間を世の中では「心の広い人」と呼んでいますね。
 
 構造的に難しい問題というのはいくらでもありますが、基本的に狭い心ではうまくいかない。上の人間がやたらと雷を落とす。いらいらしている。ときにはヒステリーを起こす。国家間の係争でさえ、現在はそんな感じになってきていますね。まあまあ少し落ち着いて・・・と言いたくなります。
 大人が子どもにものすごく厳しいとしますね。すると子どもは命令に従うのみですからちっとも大人になれません。従順なだけで、自分で物事を考えない生活を続けます。
 
 仮に本当に勉強ができるようにということであればご本人を大人にするしか手はないのですから、やたらと厳しくて命令を聞かせるだけ・・・ということでは永遠に進歩がないですね。
 親子関係も組織も国家も同じですね。上に立つものの度量が試されている。まずは愛情の伝達にけちけちしないことです。内にも外にもふんだんに。愛情の「磁場」を個々人が意識的に形成する。そのうえで未熟な者を自立できるように助けていく。道はそれしか残されていないように感じます。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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