2017.03.08 09:05

 今年の受験でいちばんの志望校までは届かなかったという生徒が何人か報告に来てくださっています。皆さん、それなりにいい高校に合格しているのですよ。ただいちばん行きたいところだけは残念な結果が出てしまった。
 わざわざいらしてくださるぐらいですから、もう落ち着いています。私も大げさに慰めたりはしません。実力そのものは合格者と変わらない。そのことが何よりの財産ですね。
 
 あとはここからのご本人の覚悟次第です。どうにでもなるでしょうし、覚悟ができていなければ逆に合格していても困ったことになるかもしれません。高いレベルの高校に合格したのに、1年生のときから「落第しそうです」と青くなって相談に来る生徒は過去何人かいました。もちろん知能の問題ではないのですよ。受験時と同じような気持ちを取り戻してくだされば、絶対にうまくいくはずです。覚悟の問題ですね。
 落ちたことが恥ずかしいとおっしゃっていた方もいましたが、そんな風には考えないことです。
 
 人間、恥ずかしいのは「100%の自分になりきろうとしない」ことだけでしょう。100%の自分というのはなりたい自分、憧れている自分、夢を叶えている自分のことです。その大きな目標から見れば、すべての試験は一里塚でしかありません。大学受験でさえそうです。
 大切なのは、きちんと夢に向かって「いま」歩んでいるかということだけです。それに比べたらどこの組織に所属するかということは小さな問題です。どこの組織であってもその中で「あなた」個人が実力をつけなければ意味がないわけですから。理想が現実化するようにとにかく努力しないと。
 
 なりたい自分というのは、職業名ではありません。医師とか先生とか政治家とか料理人とか世間はひとくくりで呼びますが、全員同じではないですね。すべての医師が同じことを話し、同じ振舞いをするわけではありません。
 ですから職業名ではない。精神性や人間性、もちろん外見や財力や知力、個性、協調性というようなものが渾然一体となって人間を作ります。あなたはどうなりたいのかということを真剣に考え、そちらに向かって「いま」も歩いていると宣言できますか。
 
 宣言できるのであれば、それほどの大人物が何を恥ずかしがることがあるのかという問題ですよ。
 精神が怠惰になってくると理想を求めるのが面倒になり、職業名や所属組織名で安易に表現したりしますね。医師と言っておけば、とりあえずエリートかなとか。職業名の前にたくさんの好ましい形容がーー誠実で知的で情熱的で努力家で冷静で慈悲深いというようなーーつかないのであれば、どのような職種もむなしいかもしれないですよ。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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