2016.07.06 05:05

 ときどきブログを読んでくださっている方から「癒されます」というご感想をいただくことがあります。ことさらそうしようと考えているわけではないのですが、結果的にそうであればありがたいかぎりです。落ち着きませんと非難されることを考えたら、真逆のお気持ちを持っていただけるのは大変名誉なことです。
 書きながら、できるだけ人生の真実を見つめていきたいとは考えています。そうしたことは表現の過程で出てくることも多いですね。
 
 私はーー普通のおじさんですからーー何から何までわかって書いているわけではありません。書いているうちにふっとわかってくるときもあります。そういうものではないでしょうか。
 必ずしも遠くまでは見通せない。すぐ前が曲がり角になっているときもあります。曲がったところに何があるかはわからない。わからないけれども比較的速いスピードで曲がらざるをえない。また車を走らせて行く方向に道が無数に分かれている。どの道も同じように見える。どうしたらいいですか?
 そういうとき、どう考えるべきか。
 
 自分はこう考えています。人間は必ず自分が蒔いたものを刈りとります。間違いなくそういうことになる。であれば、日々何を蒔いているかということは相当意識しておかないといけませんね。
 それなりによいものを蒔いているのであれば、曲がり角の先もそう悪くはないはずです。またどの道を選択しても悪いことは起きないはずです。この場合、道徳的であるかどうかはあまり関係ない。蒔くという行為自体の信念が試されています。形だけゴミを拾うとか席を譲るとか寄付をするとかは本質的な問題ではなさそうです。
 
 大事なのは信念を持ってやっているかどうか。信念から親切な人間でありたいとゴミを拾い席を譲って寄付をしているのであれば、確かに種を蒔いていますから刈りとるものも大きいでしょう。
 人間関係にも言えます。親子間が非常に気まずい状態になってしまっているとしたら、何かしら蒔き方を変えていく必要があります。よかれと思って行っていることが、お子さんの心に本当に響いているかどうか。深い愛情を感じさせる類のものであるかどうか。感謝の念が自然に湧きあがってくるものであるかどうか。
 
 世間体を考えすぎていなかったか、相手のキャパシティーを超える叱責ではなかったか、どこかに憂さ晴らし的要素はなかったか、厭世観や皮肉をぶつけたりしていないか、ご自身以上の完璧さを未熟なお子さんに望んでいないか、損得だけの狭い価値観でコントロールしようとしていないか。
 まずい要素があるのであれば素直に謝られてもいいと思います。素直に謝るほうが威厳が出てきますよ。これからは良好にやっていこうよと仕切りなおす。
 
 与えたものが返ってきます。返ってきたもので与えているものがよくわかる。そういうことだと思いますよ。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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