2016.07.31 08:25

 先日、こういうことがありました。私が駅に向かって歩いていたところ、比較的若い女性が脇道から出てきてさほど広くない歩道をほぼ同じスピードで2人で並んで歩く形になってしまいました。他人同士が狭い道を並んで歩く・・・気まずいじゃないですか。で、ちょっとだけスピードを上げて追い越しました。
 しばらくすると信号があり、赤信号だったので立ち止まった。信号については以前も書きましたが、基本的には私は車が来る来ないにかかわらずいつでも守るようにしています。遊び心ですけどね。
 
 まったく車が通らないので、背後から何人もの人間が私を追い抜いて行きました。さきほどの女性もそう。私はつねに遅刻する心配がない時刻に自宅を出ていますから、そのまま歩いていった。さらに今度は少し大きめの信号にぶつかって、駅到着は彼女よりだいぶ遅れてしまいました。
 彼女がはるか前方を行くところが見えたのです。改札口で階段を上る姿が見え、こちらが階段についたところでは小走りにホームにすべりこむ姿が見えました。
 
 私がホームに着いたときは電車はゆるゆると動きはじめていました。その間、私はまったく急ぎませんでした。来ている電車に飛び乗ろうと走ったりはしないということです。
 ただホームの上でちょっと考えた。第三者の目から見るとどういうことになるのだろうかと。
 あの男は車も何も通らない赤信号でぼーっとしているから「世間の厳しさに置いてきぼりにされて」とうとう「乗れたはずの電車を逃してしまった」ということになるのかもしれないですね。
 
 しかし、私にしてみれば生きる目的はどなたかと競争することではなく、自分のペースで納得のいく生活を送ることです。とくに自分のペースというところは本当に大切に考えていて、他者がどうであるかという理由でばたばたするのはつまらないことだと思っています。
 ある意味で象徴的な出来事だと思いました。私にはある時期から人生に対する妙な焦りがないのですが、それは自分の適切なペースを熟知しはじめたからではないかと思うのです。何が適切か、何が快適かという知恵ですね。だから相対的な問題、たとえば追い抜かれて不安ということはない。
 
 他者のペースで生きようとされている方が多いように思います。他者のペースというより世間が用意したペースですね。もちろんどのような生き方も否定するものではありませんが、何かひどく息苦しい要素があるのであれば本当にご自身に快適なペースなのかどうか改めて確認されてもいいのかもしれません。
 都知事選? ちゃんと行きましたよ。期日前投票ですね。これまた完全に自分のペースです。
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2016.07.30 06:49

 昨年も書いたお話です。とくに講習期間中はお弁当箱の忘れ物が出てきます。この季節、腐りやすかったりしますからね。相変わらず見つけたらぜんぶ私自身が洗っています。ほかの方に任せるのではなく、教室長自身が洗うところに意義(?)みたいなものがあるのではないかと思っています。
 どの業界でも「お客さまを大切にする」という表現を使いますね。大切にしている感覚というのは日常の小さな行為に宿るのではないか。
 
 いろいろな時期があり、私自身が洗っていない時代もありました。けっこう長いことそうだった。昨年、いよいよ定年を間近に控えてそういうことをやらなくなったのは精神の怠慢だと感じました。年長者の私がやらなくたっていいだろう・・・という気持ちがどこかにあるのだと反省しました。
 率先してやらなくてどうするのかということです。10年前に授業中は座らないと決めたのと同じように、これ以降忘れ物のお弁当箱は自分で洗うと決めました。
 
 私が帰ってしまったあとでお弁当箱が出てきたときがあり、そのときは教務の方が洗ってくださった。こういうのも「洗う」という習慣が形成されてくると、ほかの方が「今日だけは」と担当してくださったりするので温かい感じが増していいものだなと感じます。
 教室内に細かい規則があるわけではないのですよ。それぞれの判断に委ねられている。だからこそという気持ちがあります。自分自身に試されているということですね。
 
 今年の夏はすでに3つ洗いました。おかずが残っているとやっぱり少し心配になりますね。そのうちの1つはじつは忘れ物ではありませんでした。持ち主が外出していただけでした。ときどき自習中の生徒がコンビニなどに買い物に行くことがあります。お弁当箱とテキストだけが机のうえに置いてあったので、てっきり忘れ物だと思いこんでしまいました。
 ご本人があらわれたのでびっくりしましたよ。忘れ物かと思ってお弁当箱を洗ってしまったよと私は言いました。
 
 まあ、あんまり慌てても何ですからね。ちょっと様子を見てから洗おうと思いました。最近は複雑なお弁当箱がありますね。分解してから洗うわけですが、再度組み立てるのに時間がかかったりします。これは・・・下の段だったかな・・・みたいな感じ。そんなことでも「楽しい」と定義してしまえば楽しいですよ。人生はそういうものです。
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2016.07.29 00:05

 ひどい事件が起きました。前代未聞の大事件であると海外にまで広く報道されてしまったみたいですね。容疑者が書いた手紙の全文が昨日の新聞に載っていました。繰り返し読みましたが、非常に考えさせられる内容でした。
 擁護しようという気持ちはまったくありませんが、衝動的な行動ではなかったのだということはわかりました。現場で働いていた人間だからこそ思いつめた部分もあったのかもしれません。異常者と切り捨てるだけでは本質を見失う可能性があると思います。
 
 将来人工知能にいろいろな判断を任せるとしますね。人間よりよほど優れていると考えてそうする。
 たとえば会社でどの人を働かせるかを人工知能に判断させる。あるいは年棒はどれぐらいが適切であるかを判断させる。するとーー私なんかーー60歳を過ぎて、たいしてお役にもたっていない(と堂々と書くのもどうかと思いますが)ので「即刻お引取りください」となる可能性があります。
 
 この人(私)に毎月いくらいくら払うよりは、これからのある若手講師に同額支払ったほうが会社にとってずっと得であるという長期予測がたつかもしれない。そして、残念ながらそれはある程度正しいでしょう。私は私なりに授業をしたりブログを書いたり教室の空気を穏やかに保つように努力したりはしていますが、10年後20年後の予測までたてられているわけではありません。
 偉大な(?)知性は私の無能さを一瞬にして見抜くでしょう。
 
 ただそういうことをばっさりやらないのが「人間」でした。社会のいたるところに緩衝材を用意し、思いやりという形でやんわりと包んできた。数値だけではない何か、効率だけではない何か、損得や経済だけではない何かを大切にしてきたのが「人間」です。
 その図式が急速に崩れてきています。1円でも得したほうが勝ちであるという経済の論理をすべてに適用しはじめたところにそもそもの大間違いがあり、さらに人工知能的なクールな判断こそがベストであるという絶望的な神話が加わった。
 
 親にとってはわが子はかけがえのない存在ですね。偏差値が上だからよその子のほうがわが子より大切だなどということはありえない。「お前にはお前だけの役割がある。かけがえのない存在だよ」ということが子育ての原点であるはずです。
 起きている物事にはすべて理由があり、地上に存在するすべての存在には存在するだけの意義と価値があります。汎神論です。それを独断で否定するお前は何様なのか? そういうことを教わる機会があまりにも少ない。知恵の伝道者であるべき長老でさえ、最近は目先の損得ばかり考えているからだと思いますよ。
 
 
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2016.07.28 00:01

 コミュニケーションの大部分は言葉でなされるわけです。それが人類最大の武器になっていますね。ところが、あまりにも軽々しく扱われてしまう。もったいないですよ。1つ1つの言葉にもっと思いをこめるべきだと思います。
 少なくとも大人が子どもに声をかけるときには、何らかの深遠さを示唆するものでなければいけないでしょう。その深遠さというのは深刻な何かというよりは大きな希望のようなものです。
 
 漠然とした希望を抱かせるというのは大切なことで、そんなところからしか人間は頑張れないですよ。希望なんか持たせたらうちの子は安心してしまって何もやらなくなるから・・・という考え方をなさるケースがあるのですが、厳密に言えば希望を持たせたのが悪いのではなくそのあとの何かが悪いのです。
 考えてみてください。不安だから仕方なく(でしょう)勉強するというのは、大人で言えば不安だから仕方なく働くというのと同じことです。そんな精神で本当に大きな成果が達成できるものでしょうか。
 
 言葉や伝える姿勢に深遠なものをこめていくためには、こちら側にも当然勉強が必要です。人生観や子育てや生きる意味についての勉強ですね。
 人はなぜ生きるのか、人間はなぜ勉強しなければならないのか、人生の幸せとは何か、人間とは何であるかーーもちろん人それぞれで答は1つにはなりません。そうした思想を背後にたたえたものでなければいけない。少なくとも私が生徒に声をかけるときには、私という人間そのもので勝負をかけなければいけないと思っています。
 
 それがうまく伝わらないときは私自身がまだまだ弱いのです。この人が言うのなら頑張ろうという気持ちにさせない「この人」(=私)こそが悪い。
 それにしても「勉強しないとばかになるよ」とか「そんなことしていると落ちるぞ」とか「努力しないと知らないから」とか「あなたは最低ね」とか、お気持ちはわかりますが、その直截な表現が格段の効果をもたらすとはとても考えられません。
 
 お子さんから声をかけられるとします。AとBどちらがいいか。
A「お父さん(お母さん)、いつまでも昇進できないのは努力が足りないんじゃないの。いつもいつも口先だけなんだから。だれだれくんのお父さん(お母さん)なんかすごいじゃない。恥ずかしくないの? そんなんじゃこの先ずっとだめだね。反省してる?」
B「お父さん(お母さん)、どういう立場でどういう地位でも自分はお父さん(お母さん)をいつだってすごく尊敬しているよ。だって自分の親だもの。誇らしく思っているよ」
 
 子どもは絶対にAみたいなことは言いません。正しい正しくないは別にして、彼らは正面衝突を避けるからです。ところが大人は平気で口にします。やさしさに甘えているのは、ひょっとすると大人のほうなのかもしれません。
 
 
 
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2016.07.26 07:56

 私は健康食品の類に昔から非常に興味があります。ふだんは酵素を2種類とスピルリナ(葉緑素みたいなやつ)を飲んでいます。昔はさらにサメ肝油(錠剤)とかセサミンとかウコンなどを摂取していた時期がありました。お金がかかりますよ。
 効果がどうこうというより、基本的には趣味ですね。外食が多いうえにけっこう不規則な生活を送っているので、まあできることはしておきたいという感じでしょうか。おかげさまで大病もせずにここまで来ることができました。
 
 最近流行している(らしい)ユーグレナというサプリメント、ミドリムシと呼んだほうがいいのかな。これをきのうから飲みはじめました。
 前々から飲んでみたかったのですが、案外売られていない。いくつかのドラッグストアーをまわったところ、ミドリムシはあっても前面にダイエット効果を押し出したものが多かったりする。ダイエットには興味がないので、あえて飲もうという気にはなれませんでした。ネットで検索するとたくさん出てくるのですが、検索して頼むというのがわざとらしい(?)のでそのままになっていました。
 
 ところが最近新聞で「お試し価格」の広告が出ているのを見つけました。これはいいと思って電話をかけて注文した。
 一連の行動を見ていた息子が呆れたように言う。「どういう注文の仕方してるんだよ」と。新聞広告を見て電話で注文などというのは昭和の遺物じゃないかと言う。「19世紀かよ」と笑っている。「20世紀だろう」「いや、19世紀だ」とばかにする。困りますよ。
 でも、まあそういうものなのでしょう。塾の先生の募集なんかも新聞には載らなくなりましたものね。
 
 まだ2日目なのでよくはわからないのですが、けっこういい感じです。スピルリナはやめてこちらを飲むことにします。スピルリナもとてもよかったのですが、こんな緑のものばかり摂取していたら、全身が緑色になってしまいそうでこわいですよ。
 健康であるということは考えようによってはいちばんの財産で、いくら感謝してもしたりないぐらいです。お礼の気持ちで少しでも世の中のためになることを(学生さんならやっぱり勉強ということになるのではないでしょうか)していきたいものですよ。
 
 
 
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2016.07.25 07:42

 更地とも新地とも書くみたいですね。
 いま現在、実家があったところがそういう状態になっています。さら地というより家がなくなった状態と書いたほうがいいですかね。先日、どうなっているのかなとちょっと見に行きました。で、表からも裏からも見た。思ったよりも狭かった。私は27歳ぐらいまではその土地で生活していました。人生全体から見ればすでに50%以下になってしまっています。
 
 ぼんやり見ていると何だかすべてが夢みたいですよ。この狭い空間で泣いたりわめいたり笑ったり喧嘩したり仲直りしたりしていたわけで・・・何をばかばかしいことをやっていたのだろうと苦笑が漏れてしまう。私だけではないですよ。家族全員、ペットも含めてもうちょっと落ち着いて生活すればよかったという気持ちになります。
 もっともいまだからこそそんなことを考えるのでしょうね。生活している当時はあれで精一杯だった。
 
 考えてみれば地球規模でもそういうことになりますか。宇宙全体から見たら地球は本当に「点」にすぎません。そこで仲よく暮らしている分にはいいのでしょうが、憎みあったり中傷しあったり大規模に殺しあったり、いたるところで年がら年中そんなことをしてきたわけですから冷静に考えると病的です。
 こうした状況を改善していくために、いままであった何かを調整していくだけでは難しいように感じます。まったく新しい視点を持ちこまないとだめかもしれませんね。
 
 自分には自分なりに考えがあるのですが、ここではそうしたところまで踏みこまないでおきます。ただ私は、中学生の方でも(もちろんそれ以上の方でも)こういう視点を失わずに勉強を続けてくださったらいいと思っています。
 要するに何々高校(大学)合格だけでよしとしないという意気ごみです。漢字1つ覚えるにしても、いずれはこの延長線上で地球を救えるようになるのだ、自分が救うのだぐらいの気概を持っていただきたいですかね。
 
 格差についてあれこれと言われています。さまざまなシステムに問題があることはあるのでしょうが、人類や地球が病んでいることを衣食住に恵まれ知的な訓練を受けられる人間が気づかない、あるいは気づかぬふりをしているということはもっと大きな問題だと思うときがあります。
 そう言えば、庭にあった柿の木はまだ切られていませんでした。私が生まれたときに曾祖母が植えたものだそうです。さよならを告げてきましたよ。
 
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2016.07.24 06:57

 最近何かの記事で読んだのですが、日本に住んでいる大人の5パーセント近くがギャンブル依存症で苦しんでいるのだそうです。そのうちの8割がいわゆるパチンコやパチスロ関連だと書かれていました。
 自分はまったくそうではないのですが、その理由は私が特別強靭な精神力を持っているからではなくただ単にギャンブルの類を一切しないからです。選択的に手をつけなかった。面白いことではあるのでしょうが、必ずしも必要ないと判断しました。まったくやらないものが依存症になるわけがありませんね。
 
 パチンコ好きの知人は過去たくさんいて、若いころ何度か連れて行ってもらったことがあります。べつに悪い印象は受けませんでした。ですからパチンコを悪く言いたいわけではありません。
 同じようによく「オリンピック期間は極端な寝不足になって困る」というお話を聞きますが、私はまったくそうなりません。オリンピックに無関心なので中継もまったく見ないからです。これまた個人の選択の問題であり、何が正しいということではありません。
 
 ただこういうことはありますよ。何か結果を出したいときにーー受験に合格したいとか成績を上げたいとかもそうですねーー何をやろうかではなく、何をやらなくてすむかということを考える。わかりますか? 塾に通いはじめる、新しい問題集を買う・・・これは何かをやる方法です。効果はあるでしょう。
 ただ別の発想もある。たとえば塾へは通わないし新しい問題集も買わないかわりに「四六時中見ていたテレビを見ない」と決めたら大きな効果があるでしょう。
 
 やらなくてすむことはやらないというのはじつはものすごく大きなことです。大人の私たちだってそう。以前もブログに書きましたが、将棋の大山康晴永世名人がおっしゃっていました。対局が終わり「ちょっとみんなでどこかに寄って帰ろうか」となったときに「私は用事があるので失礼します」と帰れるかどうか。そこに大きな違いが生じてくると書かれていた。
 自然にできるかどうか。確かに優等生と呼ばれるような人は、やらなくて「も」いいことはやりません。結果として時間ができ気持ちも安定します。
 
 おとといの晩、うちの息子が「前の公園にカイロスがいる」と言ってきました。きのうの朝自宅を出ると複数の大人がスマートフォンを片手に公園をうろうろしていました。バス停でもおそらく塾に通う中学生の方が、夢中になってスマホを操作していました。渋谷の街のいたるところで同じような光景を目撃します。すごい人気ですね。微笑ましくは思いますが、時間も意識や神経(こちらがこわい)もずいぶん食われるでしょう。そうした中で1秒も食われない人もいます。参加しないことを選択された方ですね。すべては選択だと思いますよ。
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2016.07.23 01:58

 JR中央線のある駅のホーム、工事中で一部が狭くなっています。歩きにくいのですが、1日中どなたかが見張っているわけにもいきません。構内は広いので巡回している方はいらっしゃるもののなかなか難しいですね。
 そこでどうしたか。センサーで人の流れをキャッチして自動的にアナウンスが流れるようにした。そのアナウンスが面白い。面白いなどと書いてしまっては失礼なのですが、でもかなり面白い。
 
 緊迫した若い女性の音声でこう流れます。
 お客さま! 危険ですよ! このへんはホームが大変狭くなっております。お気をつけください。
 出だしの「お客さま! 危険ですよ!」のところは命がけみたいな声です。これ、真面目な職員の方が一生懸命録音されたのだと思います。電車も何も接近していない昼間ののんびりしたホームの上でこの声を聞くと、申し訳ないのですが何となく笑いたくなってしまいます。
 
 私はなぜか積極的にこのアナウンスを聞きたくなるのです。どうしても聞きたい。ところが、ただ機器の下を歩くだけではだめなのですよ。レールに近いところ、黄色い線の外側を歩かないとセンサーがキャッチしてくれない。
 そこで周囲にどなたもいらっしゃらないのを確認してから1人ですれすれのところを歩く。するとがーっと変な反応音がして「お客さま! 危険ですよ!」となります。おおっ! と感動して何往復かします。そのたびに「お客さま! 危険ですよ!」
 
 人がたくさんいらっしゃると内気な私(?)は遠慮して録音を聞けません。そういうときは非常に寂しい。アナウンスの最後のほうはのんびりした感じになっています。「お気をつけください」のあたりですね。
 出だしの緊迫感はおそらくそう録音しなさいと言われてけなげにも相当頑張ったのだと思います。ちょっと録音された方の顔を見てみたいという気持ちを持っています。ただ現実問題としてむりでしょう。
 
 駅員室に行って「『お客さま! 危険ですよ!』の録音をされた方にお目にかかりたい」などと言ったら、このご時勢警戒されてひょっとすると通報ものです。通報されなくてもあとで監視カメラで駅員さんたちに間違いなく確認されるでしょう。この男に気をつけようと。マークされたくはないなあ。
 親近感なのですけどね。また聞きたくなってきましたよ。
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2016.07.21 00:06

 いよいよ夏休みですね。とくに受験生の方にお願いしたいのですが、午前中勉強してください。午前中どれだけ頑張れたかで夏の成果が違ってくると思います。だらだらといつまでも寝ているなどというのはサイアクです。
 これは生き方の話ではありません。あくまでも受験対策として書いています。私は学生時代ほぼすべての夏休みをだらしなく過ごしましたが、受験は全滅という覚悟であればそれはそれで有意義な青春でした。
 
 ですからだらだら過ごす方を人間としてだめだと決めつけるつもりはまったくありません。ただし成績を上げる、勉強ができるようになる、受験を成功させるという側面から見た場合、夏休みの午前中をだらしなく過ごすというのはやはりサイアクです。
 午前中に最低で2時間、可能な限り3時間以上勉強してください。塾などの講習がある方はもちろんそこで学習しますね。授業が仮に2時間しかなかったら、少し早めに起きて1時間分は自宅で稼いでみてください。
 
 午前中、大切なことをやりましょう。計画をたててください。ただ「勉強」などというのは計画のうちに入らないですよ。何をどれだけやるか、仮に1学期の復習にあてるのであればどの教科の何を何時間やるか、そういうことも計画しておかないといけません。
 学校の宿題をまずやってしまうでもいいですよ。午前に稼ぐのと同じ発想で、夏休みの出だしにうんと稼いでおくといいと思います。あとに残さない。攻撃的な気持ちで宿題は制覇してしまうのです。
 
 学校に行くときに7時台に起きているのであれば、そのまま夏休みも早く起きればいいですね。つまり夜もある程度早く休むということです。もし何かの関係で夜更かししてしまっても翌日はーーつらいでしょうがーーやはり早く起きてください。1日ぐらいいいやと起きる時刻をずらしていくと、どこまでもずれていきます。ふと気づくと昼前にのこのこ起きてくるはめになりかねません。
 つらくてもすぐに矯正することです。
 
 優秀な方たちから、夏休みは朝の5時に起きていましたという話を聞く機会がありました。なぜか皆さん5時でした。4時でも6時でもなかった。で、勉強した。その気になれば午前中5時間勉強できます。
 それだけ稼ぐとかなり楽になります。アクシデントがあってもすでに5時間は勉強している。自分は夜型なので徹夜で勉強して昼まで寝ているという方がときどきいます。すべて自由選択ではありますが、私個人は午前中の空気がベストだと思っています。
 
 鳥も獣も花も樹木も、さあ明るくなったぞと希望を燃やす。そういう時間帯なのですよ。相乗効果が大きいのです。わかりますか?
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2016.07.20 01:00

 本科の授業が一段落して少しだけ余裕があるものの、21日からいよいよ夏期講習(単科ゼミ)がはじまります。自分の休みも不定休みたいになっていくのですが、記事を書かなかった日はお休みだと思ってください。半休で出たときは記事を書きます。
 ときどき「大丈夫ですか?」と心配してくださる方がいらっしゃるので、念のために文字にして残しておきますね。確かに私も若者ではないのでーー万が一連休をとっているようなことが出てきたらーー倒れたかも・・・とお考えください(冗談ですよ)。
 
 夏休みは8月の9日から4日間です。9~12日までですね。そこは休室日と言って教室自体が閉まります。そのときは本当にゆっくりできます。
 1日ぐらいは風のようにさっと旅に出たりするのですが、私は夏が好きなのですよ。暑いところを歩き回るのが好きなのです。埃っぽい田舎道を黙って(1人で騒いだら病気ですが)歩く。歩きながらいろいろなことを考える。そういう時間は非常に贅沢に感じます。
 
 子どものときのこともふと思い出すことがあります。私の記憶はけっこうまだらになっていて、よく覚えている時期とあまり覚えていない時期がある。昔の友人なんかでも覚えている人間とほとんど記憶にない人間がいます。そういうものですね。
 仲たがいしてしまった、あるいはふと縁が途切れてしまった友人というのがいます。男でも女でもいますね。彼らとの交流が自分にとって大きなものであったということは途切れた後でわかりました。彼(彼女)と話せなくなったことで、少しだけ自分自身がわからなくなった。
 
 要するに彼らとの交流が楽しかったのは、自分自身のことがよくわかるからだったのですね。さほどおつきあいがなかった相手も含めて、こちらの姿を映し出すある種の鏡だった。
 ただ私はそれを直接発言することで鏡を割ってしまうことを恐れました。つまり「もう1度会って話しましょう」とおよそそういう提案をしたことはありません。自分らしさを捨てて接近していくことで、繊細な何かが失われてしまうことを恐れたということです。
 で、どうしたか。
 
 何年も何年も彼らが住んでいた土地を歩きました。ばったり会うかもしれないという思いで。ほとんどの方は別の場所に移られているでしょうが、そういうことは気になりませんでした。もっとこう・・・形而上の何かがある。
 そして現実にはどなたとも1度の偶然すらありませんでした。何十年もそんなことをしていた私には交流という形の友情は残らなくても、彼らに対しての詩が残りました。
 
 それは私のかけがえのない財産です。ひょっとすると実際の交流以上の財産を得たのかもしれないと思うことがあります。
 
 
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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