2016.04.28 00:38

 15年ぐらいまえの話です。男子生徒(中学3年生)2人が教室の備品をこわしてしまったことがありました。それもけっこう大きく破損させた。備品そのものがもろかったということもあります。
 ふざけて取っ組み合いのようなことをしていて、ぶつかったそうです。修理が必要ですから本部に報告した。場合によっては弁償していただく必要があるかもしれないので、双方のご家庭に連絡をとるようにという話になりました。
 
 ところが彼らが懇願してくるわけです。「お願いですからいまは言わないでください」けっこう受験が近かった。「いま、こんなことが発覚したらものすごく叱られると思うんです」「せめて受験が終わるまで待ってください」交互に懇願される。泣き出しそうな顔をしていましたよ。
 私はおうちの方を知っていました。きちんとされたそれなりに厳しいご家庭でした。確かに・・・精神面を叱られるかもしれません。
 
 そんなことが後遺症になって受験がうまくいかなくなったら困りますからね。わかった、受験が終わるまで待つからとにかく試験を頑張ってくれと伝えました。彼らは一流高校に合格したのですが、第1志望だけは落ちてしまいました。楽なところではなかったので、やむを得ない面もあります。優秀な生徒であり、不勉強だったとはいまでも思っていません。
 で、ここからが難しい。第1志望を落ちてしまった彼らのところに、これこれこういう事情で今日まで待ったので修理代を出してくださいと伝えるべきか否か。
 
 本部はそうしなさいと言う。まあ、筋ですからね。実際、弁償していただけたと思いますよ。ただいろいろ考えた末、私は自分がかぶることに決めました。かぶれる値段でしたからね。修理代は私が出す。ここで追い討ちをかけると彼らはすごく傷つくでしょう。私個人の金銭的な負担ですむのであれば何とかしたい。
 何度も何度もやりとりはあったのですが、結局上の方が、そこまで言うのなら修繕費は本部が負担しようと決断してくださった。
 
 ずーっとあとになってそのときの1人が突然教室に来てくれたことがあります。一流大学を出て誰もが知っている大企業に就職された。あのころはいろいろ迷惑をおかけしてしまって・・・と照れ笑いを浮かべていたので、覚えていたのかもしれませんね。いつ来るかいつ来るかとびくびくしていたかもしれません。しかし、とうとう連絡は来なかった。
 合理主義だけではないのですよ。幸せの提供には、まったく別の要素があると思っています。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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