2016.01.31 00:17

 20年近く耳鼻科に通い続けています。途中で名医の評判の高かった先生が引退されたりして、杉並区だけで4軒通いました。正式な病名はよくわからないのですが、おそらく「外耳道湿疹」というものだと思います。
 耳の中がかゆかったりじくじくしたりすることがあるのです。で、週に1回ぐらいお医者さんに診てもらう。不思議なのですがときどきふとよくなる時期があり、そういうときは何週間も通うことを忘れています。
 
 そこに最近耳鳴りが激しくなってきました。2年ぐらいまえから高い音が聞こえにくくなっていると指摘されていたのですが、ここ数週間ひどくなってきた。とくに左耳ですね。きーんという音がして会話が聞こえなかったりする。
 金曜日にある生徒が話しかけてきたのですが、よく聞こえない。彼女の声が小さかったりマスクをされていたりということはありますが、これは放っておくとさすがにまずいのではないかという気がして、仕事中インターネットで耳鳴りのお医者さんを調べました。
 
 偶然近くにいいクリニックがあったので、仕事を切り上げて出かけていった。ふだんかかっているお医者さんに不満があるわけではないのですが、耳鳴りは「仕方がない」と言われてしまっているので、少しでも改善する方法があるのなら・・・という気持ちでした。
 これが大正解。いろいろ調べていただいたのですが、大きく改善する余地が出てきました。いままではあきらめていたのですが、こういうのは前向きに取り組まないといけないですね。
 
 そのクリニックではモニターで自分の耳の中を見ることができます。面白かったですよ。頻繁に洗浄してきれいにしておかないといけないと言われました。お湯で洗うのが皮膚のためにはいいそうです。薬物は肌を刺激してしまう。
 飲み薬もいただいてまた来るように指示されました。確かによくなっている感触があるので、当分通おうと思っています。気さくな先生で私の保険証をご覧になって「僕もZ会の通信添削をやっていましたよ」とおっしゃっていた。「理系だったけど国語の順位が載ったりすると妙にうれしかったりして・・・」いい表現ですね。
 
 すごく上手なお医者さんでしたが、いちばん気に入ったのはそこだったりして。
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2016.01.30 07:32

 受験のときのお守りにしようと思って「励ます力」を買ってくださったという生徒がいます。受験前はそんな気持ちになるのですね。
 私は神さまではありませんから合格の保証みたいなことはできませんが、書籍の中には少なくとも「幸せに生きるヒント」だけは詰まっているように思います。進学されたあとも何かの機会にお役にたてるかもしれません。勉強法なんかは、大学生でも十分応用がきくでしょう。
 
 ブログに日々何人の方が入ってくださったかがこちらで見られるようになっています。どの記事に何人の方が・・・というところまでわかるのですが、ここのところ「人生全般」を扱った記事に多くの方がいらしてくださることがわかってきました。
 勉強のことを書いた回よりもはるかに多くの方が集まってくださる。それだけ人生に迷われている方が多いのでしょうね。世の中、迷われている方が相談される方もじつはおおいに迷っていたりする。そうするとますます迷いが大きくなる可能性も出てきます。
 
 私にしても迷いがまったくないわけではありませんが、迷いに肯定的に向き合うことはできるようになってきています。
 たとえば生徒がA校とB校どちらに進むべきかと相談にいらっしゃることがある。著しく違う校風の場合は多少コメントは違ってきますが、似たような高校だった場合は同じだから安心しなさいと告げてしまいます。全力を尽くす気持ちがあれば、どちらの高校に進んでも絶対に幸せになれるし後悔もしないから安心しなさいという意味ですね。
 
 ほかの相談事でもーー結婚しようかどうしようかとかーーご本人の、日々を頑張ろうという意志こそが大切なのであって、出来事に頼り切る態度(高校がぜんぶ面倒見てくれるだろうとか結婚したら努力しなくても幸せになれるに違いないとか)では、どこでどういう幸運が舞いこんできてもすぐにしぼんでしまいます。
 運が悪いという表現がありますが、漠然と幸運を待つ姿勢そのものが運の悪さを呼びこむのです。テレビの占いコーナーを見て東に行けばとかグリーンの服を着れば・・・程度では心もとない。
 
 自分の人生や運は自分で作り出すぞ! という強い意志を持ってください。自分自身が幸運の塊になって、あちらこちらでいいことをいっぱいしまくるぞ! と意気込んでいる方からは運の悪さなんか、ぜんぶ逃げ出してしまうでしょう。
 ということで・・・この時期、「励ます力」を受験前に購読くださった方に、改めて御礼を申し上げます。
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2016.01.29 09:46

 何だか間抜けなタイトルですね。しかし、大切なことだと思いますよ。
 何かになりたいと思う。はじめは漠然としたものでしょうが、そういうのは大切にしないといけません。他人に話すと「それは無理だ」と言われたりします。無責任なのですよ。無理か無理でないかはやってみないとわかりません。それはもちろん年齢だとかそういうことは出てくるでしょう。たとえば私がいまからプロ野球選手になろうと思ってもそれは100パーセント無理です。ただそういう望みはじつは当人も本気では抱かないものです。わかっているのです。
 
 ですから、あなたがこうなりたいと強い願望を抱く何かがあるのであれば、それは十分実現可能だということです。一般的に、なることが非常に難しい職業であっても願望は捨てないほうがあなたのためです。
 歌手になりたい、サッカー選手になりたい、俳優になりたい、お笑い芸人になりたい、国連で働きたい、脳外科医になりたい、超一流の料理人になりたい・・・中学生(小学生・高校生)の方ならいろいろあると思います。それは捨てないほうがいい。無責任な他人にくさされる可能性がありますから、基本的には黙っていたほうがいい。
 
 本当に親しい人にだけ告げたらいいと思います。夢を語ることも大切ですからね。信頼できる他者に話しているうちにさらに大きく展開していくことがよくあります。そうやって可能性をどんどん広げていく。
 と同時に夢と同じ波動にいまのご自身がいるかどうかちょっと確認するくせをつけられるといいと思います。たとえば女優さんになりたいのであれば、いまのこの生活習慣で本当にいいのかどうか。みんなに憧れられる女優さんが絶対になさらないようなことはいまからしないほうがいい。
 
 脳外科医になりたいのであれば、いまのこの瞬間そんなに勉強嫌いでいいものかどうか。受験がどうのこうのということではないのですよ。波動が違っていると夢が実現しないので、現役の脳外科医の先生がいまのあなたと同い年のときに努力されたぐらいの勉強は当然こなせるようであってほしいと思います。
 たとえ結果的に夢通りにはならなくても夢をきちんと追った人には何か高貴な香りが出てくるものです。たとえば女優さんになりたいと思っていた人が2人いるとしますね。1人ははじめからあきらめた。もう1人はやれるだけやってみた。
 
 そして2人が大人になってたとえば同じ会社に勤めたとします。2人ともテレビに出たりしていないところだけは同じですが、まとっている香りはあきらかに違うはずです。夢をきちんと追ってきた人間だけが持つ深みだとか人生観だとかは、夢が叶うこと以上に大切なのですよ。挫折でさえも輝きを持つ。
 まあ、なりたい自分になってください。いつも繰り返すようにそうありたい自分、なりたい自分こそが本当の自分なのだということです。
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2016.01.27 00:50

 2月の14日に名古屋で講演させていただくことになりました。新幹線口のTKPガーデンシティというところですね。夕方の4時から。新中2中3生のご家庭(保護者の方や生徒さんご本人)対象です。勉強方法と生活面での考え方に子育てのあり方みたいなものもお話することになっています。
 当日の午前10時からは同じホールで、あの橋野先生も新中1生のご家庭に向けてお話されることになっています。
 
 以前、大阪と京都ではお話させていただいたことがあったのですが、名古屋でははじめてです。名古屋には個人的に遊びに行くだけでお話できる機会はめったにないと思いますから、少しでもお役にたちそうな話を・・・といまからあれこれ考えています。
 とは言え、私はそういうときのためにとっておきのエピソードを隠しておくというようなことはしていません。ブログや書籍にまとめてきたことを改めてわかりやすくお話することになりますね。
 
 コミュニケーションというのは面白いもので、文字だけでご覧になるのとお聞きになるのとでは微妙に伝わってくるものが違うものでしょう。声だとか顔つきだとか動作などから、もっともっと大きなものが伝わってくることがあります。逆に魅力が減じてしまうこともありますから気をつけなければいけないと考えています。
 コンサートでも経験ありますよ。CDがすごくよかったのでコンサート会場に足を運んでみたら「なんじゃ、これ?」みたいなコンサート。1990年代、中野サンプラザで見たLというロックバンドのコンサートは学芸会みたいでした。床一面に歌詞のカンニングペーパーが貼られていましたよ。
 
 ちょっと心配なのは当日の天気です。いちおう日帰りで行くことになっています。夕方からなので前泊の必要はない。ただ雪がちらついたりすると東海道新幹線はすぐに止まってしまいます。先日も東京は晴天だったのに名古屋より西側で雪が降っていたらしく新幹線が止まっていました。
 講演にいらしてくださったら講演者が来ていないではお話になりません。2、3日前の天気予報を見て、場合によっては前日に名古屋に入ってしまおうかと思っています。
 
    こちらをご覧ください。真ん中あたりに出てきます。
 
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2016.01.25 09:03

 受験生の方はいろいろ不安な時期だと思います。思いますというより・・・私のところにもさまざまな方がやってきます。もちろんストレートに「不安です」とは来ないですよ。ただ話を聞いていると、要するに心配なのだなというところに行き着く。
 ただ、もしあなたがこの瞬間にベストを尽くしているのであれば、それ以上のことは絶対にできないわけですからどういう結果が出てもベストだったと受け止めるべきです。それはもう合否を超えた何かがありますよ。ベストを尽くした結果がその人にとってベストでないわけがないと思いませんか。
 
 冷静に考えてください。過去を悔いるということは現時点でのベストの過ごし方ではないですね。もちろん1つの反省材料として大切にしてもいいことはいい。しかし、悔いだけで貴重な時空間を無為に過ごすのはもったいないですね。前を向いて前進するしかありません。
 そして結果が出たときに「少なくともある時点からはベストの過ごし方にチェンジしたのだからその延長の『ここ』もまたベストの通過点だ」と自分自身に言い切ることです。
 
 この学校になっちゃったのかぁ・・・ではない。そこでまた日々ベストを尽くすという決意を新たにしてほしいと思います。よく考えてみてください。あなたが幸せになるためには現時点から限りなくベストを尽くし続ける以上の方法は1つもないですよ。
 人間ですから喜んだり悲しんだりはするでしょう。喜べる悲しめること自体が人間として生まれた幸せです。どういう状況でもベストを尽くさなくていいという道理はないはずです。それこそ天気と同じで、晴れの日も雨の日も全力を尽くすべきです。
 
 人間、いつかは死にますね。私もそういうことをかなり意識する年齢になりました。そして、死への不安というのは生き切っていないところから起きてくるものだとつくづく感じます。本当はこれをやりたかった、本当はこうしたかったということが大量に残っていたらそれは死にたくないですね。逆にやりたいことやるべきことはきちんとやり終えたという感覚があれば、終末もまた別の要素が出てくるように感じるのです。
 お話がそれました。ともかくここからベストを尽くす。やれるだけのことをやる。その生き方でいいのだと全面的に肯定する。
 
 問題なのはあきらかに「いま」はベストを尽くしていないなとご自身がわかっている場合です。いまがベストではないということは、理屈のうえからは仮に合格してもベストの結果ではない可能性があります。得るものは肩書きだけではないですからね。
 わかりますね? やれるかぎりのことをーー勉強に限ったことではないかもしれません。早起きだとか正しい食事だとか部屋の整理だとかいろいろあるでしょうーーすぐにはじめることです。
 
 
 
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2016.01.24 06:51

 昔、将棋の大棋士の内藤九段がエッセイに書いていらっしゃったのですが、対局中ものすごく難しい局面にぶつかった。タイトル戦だったと思います。相手は当時の常勝名人だった中原誠先生ではなかったか。記憶が少し曖昧ではあるのですが、大切なことはこの先なので続けます。
 いくら考えてもわからない。難しい局面だということは対局相手も同じです。いったいどれほど苦しんでいるだろうと思ってちらりと相手の表情を見て愕然とした。
 
 相手はすごく楽しそうな表情をされていたそうです。複雑な局面を考えるのが楽しくて仕方がないという顔をしている。
 そこで内藤九段はこういう相手にはかなわないと負けを覚悟したそうです。内藤九段は非常に強い棋士ですから、少なくともその一局に関してはかなわないと感じたという意味でしょう。確かに好奇心を持ち面白がって取り組むのは物事に関わる姿勢としては最上だと思います。やたらと生真面目に処理するよりもーーそれもりっぱなことですがーー得るものははるかに大きいはずです。
 
 努力しましたという人がいますね。今日も精一杯努力しました。それは大変なことで高く評価できるでしょう。しかし、こんなに努力しているのになぜトップに立てないのだろう・・・という原因はこのあたりにあるような気がします。
 ある人が「すごい努力」と感じることを、楽しくて仕方がないと考えながら取り組んでいる人もいる。確実にいますよ。ダイエットですらそういう話を聞くことがあります。お腹がすいて苦しいとおっしゃる方もいれば、ダイエット体験そのものが楽しいとおっしゃる方もいる。
 
 作業するのであればあくまでも「楽しもう」という意志を持ってくださるといい。それがたとえ勉強でもです。1人で勉強するのが楽しくないのであれば、塾の自習室や図書館を使ってもいい。自室よりおうちの方が団欒しているところのほうが安心して集中できるという生徒もいました。とにかく少しでも楽しめるように演出していくのです。
 ここまで終わったらお菓子を食べて休憩しようというのでもいい。いやでいやで仕方がないのを「歯を食いしばって努力している」状態では何をやっても効果は乏しいと思います。他者から見れば努力に見えることを本人は楽しんでいるというのが理想的です。すごくうまくいっている人は、みんなそういう傾向がありますね。
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2016.01.23 01:37

 私は大人も大人ですが、子どものころの家庭のいやな思い出というのはまだ心に残っています。こういうのは消えないですね。消えないまま勝手に消化されていきました。恨んだりということはないですよ。
 ただ、いやだった感覚をわが子には押しつけるわけがありません。私はかなり多くの部分で息子に対して、自分自身が育てられたやり方とは真逆に接しました。それは功を奏したように思います。私はこの歳になっても努力してやっと「普通」を装える(?)状態ですが、息子は自然と普通に生活できているように思います。
 
 明るくというのは大きなテーマでした。うちはいつも明るい。身内が亡くなったときも依然として明るい。大切なことです。子ども時代の私がうちに帰りたくなかった大きな理由の1つが、私のせいでーーつまり自分の成績が悪かったりするせいでーー家の中が暗くなるということでした。
 どうでもいいのにと小学生の私自身は考えるわけです。成績なんかどうでもいいからみんな仲よくしようよと考える。ところがそれは許されない。模擬テストの成績が悪ければ父は激怒するし母は延々と嘆くし、電燈はついていても真っ暗闇みたいな雰囲気がありました。
 
 他人に向かって自分の子どもを徹底的に褒めました。それは本当に真逆にした。昔はどこのご家庭も、あまりよその方にご自身のお子さんを褒めたりはしなかった。ただ私は両親の私への評価を耳にして(そこまで言わなくてもいいだろう)と何度も思いました。そこで私自身はいいメッセージが息子に伝わるようにした。
 生徒もそう。彼らは褒められる方向に伸びていくものです。しっかりしてきたなと言うと本当にしっかりしてくる。落ち着いてきたねと言うと本当に落ち着いてくる。息子のこともそうあってほしい方向にーーまだそうなっていないうちからーー他者の前で褒めました。彼は赤い顔をしてじーっと聞いていましたよ。
 
 体罰はあの時代は仕方がなかったのだろうと思います。学校でもけっこう乱暴な先生がいらっしゃった。ただ体罰を受けながら自分はこうはなるまいと固く誓った。と同時に、当時は受けた暴力を弱い者に向けたがった事実もいまは認識することができます。
 なぜ自分のように非暴力的な人間が小学生のころはやたらと誰かを叩いてみたいと考えたのか。私自身が体罰を受けなくなってから、私はそういう感情を持たなくなりました。連鎖が断ち切れたということなのだと思います。
 
 明るい、徹底的に褒める、体罰や極端な叱責はない。そうやって育てた彼もいよいよ就職です。世の光となれよぐらいですね。親の私のアドヴァイスは。生徒にも一貫してそうですけどね。
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2016.01.22 08:15

 結婚するときはお互いに幸せにしますというようなことを約束しますね。瞬間的に幸せにしますではない。ですから結婚後に粗暴になったりすれば、約束が違うということになります。つまり大切にする「ふり」でしかなかった。
 上級の学校に進学するということを根本的に考えてみると、要するに合格後うんと勉強しますという約束です。それはそうですよ。小学校から中学校に上がる。中学校から高校に上がる。高校から大学に上がる。基本はすべて「勉強を頑張ります」の約束です。
 
 行き先の先生方は手ぐすねひいて「さあ、勉強してもらうぞ」と待っているはずです。のんびりしてもらいたいとは本音の部分では思っていないはずですよ。部活だとかサークル活動とかももちろんいいのですが、勉強だけはしっかりやってもらいたい。上位校であればあるほどそうです。うんと勉強、それからずーっと順位が下がってさまざまな活動や娯楽になります。
 覚悟のある人にどんどん入ってもらいたい。運よく合格というのは、さきほどの例で言えば結婚後粗暴になる可能性もあるのでできるだけ排除したい。
 
 試験というものはそういうことを念頭に置いて作られます。それでもうまくいかない(=あまり勉強をしない)人が混じってしまうので、もっともっと本気でやり続ける人を選別しようと次々と改革を進めているのが実際のところではないでしょうか。
 大切なのは「本当に勉強を持続できるか」という部分ですね。瞬間的な学力より、つねに勉強を続ける意志と習慣ははるかに大切です。本当に持続的な努力をしてきたか、これからもしていけるか。
 
 受験生とか受験勉強とかという用語がありますが、この名称はとりあえずのものです。相手がほしがっているのはずーっと受験生と同じように勉強を続けられる人です。よく非常に難しい高校に進学した1年生が「中3の受験期より勉強時間が延びました」と報告にきてくださることがあります。6月ぐらいですか。高1の6月の時点でもうそんなことを報告してくれる。
 そういうことが本当にできるかどうか。
 
 入学試験を特別な催し物のようにとらえて、短期の集中的な勉強だけで乗り切ろうとしている方が多いように思います。それは結婚する直前だけやさしくしておけばいいやという発想と同じで、あちらはそういう発想を決して奨励しないでしょう。
 人間の数だけ道があり、はじめから競争に参加しない生き方ももちろんあります。それが悪いという意味ではないですよ。ただ試験の心はどこにあるかということは意識しておいてもいいかもしれません。
 
 単純に瞬間最大風速的にできる人を選別したいわけではない。努力し続けられる人を見つけたいというのが試験の心ですから、自分がそういう方向に進めるのかどうか考えてみるのは悪くないことですね。
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2016.01.20 04:44

 月曜日は都心にかなりの雪が積もりました。私は自宅を出るのがだいたい11時台ですからだいぶ溶けていましたが、それでも道が凍結していて歩くのが大変でした。そういう日に限って父親の入院先の病院にあるものを届けなければいけなかったりして、スーパーで買い物をしてからいつもなら歩いて行ける病院にバスと電車を乗り継いで出かけて行った。父親はいつもだいたいリハビリ中で、今年は3、4回たずねて行ったのですがまだ本人には会えていません。置手紙だけを残しています。
 
 今回も留守でした。食堂にいるかもしれないと思ってのぞいてみたのですが、そこにもいなかった。
 駅までまたつるつるすべる道をいらいらしながら歩いていると、親子連れとすれ違いました。お母さんと小学生ぐらいの息子さんですね。お母さんはーー私と同じでーー傘をさしながらまったく歩きにくくてかなわないという風に歩を進めているのですが、息子さんは大喜びであっちの雪を踏んだりこっちの雪を踏んだりしていました。はっとしましたよ。問題は雪ではないのだなと。
 
 前回ブログに「幸福の鍵は自分自身にあります」と記事を書いた自分にしてこうですからね。心のありどころみたいなものは常に見つめていないと危険だなと思いました。
 で、電車も遅れていたのですが、こういうときこそ雪景色をじっくりながめながら教室に行こうと気持ちを切り替えた。私は西荻窪か荻窪から新宿を経由して最後は山手線で渋谷に出るのですが、あえて逆方向の吉祥寺に回り井の頭線で立ったまま雪景色を楽しもうと思いたちました。通勤だって楽しまなくてはね。
 
 井の頭線も遅れていましたが、ドア脇のいい位置に場所をとることができた。進行方向右側をずーっとながめていたのですが、雪の白さがくっきり浮き立つ感じでいい気分でしたよ。急行通過駅の周囲の商店もそれなりによく見えて(あ、あそこに入ってみたい)というようなことを何度か考えました。私のことですから、焼鳥屋さんとかそんなのばかりですが。
 駒場東大前駅の近くに小さなレストランがあります。少なくとも私が中学生のときからあった。中1のとき私はそのレストランに友だちと3人でこっそり入ったことがあります。
 
 学校帰りにそんなところに寄ってはいけないという規則になっていたのですが、どうしても入ってみたかった。ミートソースだかナポリタンだかを食べたようなかすかな記憶が残っています。
 現在はどういう形態になっているのかはわかりませんが、レストラン自体は残っていたので死ぬまでに1度は入ってみようと改めて考えました。
 すべて雪のおかげです。雪とあの小学生のおかげだな。心をリセットできたのですからね。
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2016.01.18 00:42

 変なタイトルだな。
 昨晩、教室で希望する受験生に集まっていただいて小さな会合を開きました。「壮行会」というおおげさな名称はつけましたが、要するに激励会ですね。頑張って受験に臨んでくださいというお話を先生方にお願いしました。
 そのとき私はこんな話をしました。受験生の方に向けたお話としては若干不自然かもしれませんが、彼らは受験が終わったあともずーっと生きていかなければならないわけで、何かしらヒントになればいいと考えました。
 
 私たちの多くは基本的に幸せになりたいと考えています。幸いーーこれはものすごく恵まれた状況でしょうーー現在の日本は戦争に巻きこまれているわけではありません。内乱もない。疫病の大流行もない。為政者による極端な弾圧もない。それどころか衣食住好き勝手はできなくても、何とかなります。教育を受けることもできる。水道水も飲める。
 すでに相当恵まれてはいませんか。恵まれてはいるけれども、人々はさらに幸福行きの特急列車を探して焦っているように見えます。列車というより列車の発車駅を探しているような感じですね。
 
 発車駅はしかし外にはありません。現在の自分こそが発車駅なのだという事実に気づかないといけない。過去のことはもういい。あのときこれこれこうだったら自分はもっとうまくいっていたというような過去のことはもういいですよ。確かにそうだったかもしれない。だからこそより幸福を目指しましょう。その出発駅はいまのご本人以外にありえないのです。明日ではない。用事を片づけてからでもない。あくまでもこの瞬間のあなたが出発点です。
 未来ではないのです。何々高校(中学、大学)に合格したらではありません。そんな漠然としたものが出発点では心もとないかぎりでしょう。
 
 いまが出発点だと考えて日々しっかりと取り組むことです。たとえば周囲の方は、何々高校(中学、大学)に入れたら夢のようだとか何々の職業につけたら最高だとかおっしゃるかもしれません。それもウソではない。
 ただどの組織であれ全員が幸福ということは絶対にありません。幸福になれない理由を人間はすぐに「作る」からです。「いやなやつがいる」「忙しすぎる」「本当の自分をわかってもらえない」「体調が崩れる」「あまりに遠い」・・・
 いま幸福を選択しなければ、駅そのものを間違えているわけですから永遠に幸福にはたどり着けません。列車が来ません。
 
 現在のあなたが若干方向性を間違えていても、ここでリセットすれば幸福への列車に乗れるはずです。どの瞬間もどの瞬間も変革のチャンスでしかない。
 そういうお話をしました。合格したら勝利者だぞ! とはあおらなかった。彼らは私のことをよくわかってくれています。それはあなたがわかってくださっているのとまったく同じです。
 
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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