2015.09.16 00:22

 将棋の名人のエッセイを読んでいたら好き嫌いを言う子は棋士として大成しないという意味のことが書いてありました。じつは(以前どこかで書いています)大昔の名人もまったく同じことを力説されていたので、第一人者になってくるとどなたも(それこそ棋風は全然違うのですが)同じ考察に行き着くのだなと感心しました。
 そもそも食べ物からしてそうだと書いてある。きらいな食べ物があるようではいけない。そこで内弟子(師匠のお宅に住みこんで修業する弟子のこと)には嫌う食べ物をあえてごっそり出すそうです。
 
 残したりしたら次の日は倍にして出す。意地悪みたいですが、そうではない。圧倒的に強くなるためにはそういう配慮も必要だというのです。
 対局というのは、プロであるからこそ好きな人とばかり指すわけにはいきません。善人悪人という意味ではなく、人間的に合う合わないは当然出てきます。合わない人ともそれこそ1日中向き合っていなければならない。そのとき(この人は嫌い)などとちらりとでも考えたら心が乱れてきちんとした将棋が指せないというのです。
 
 逆に好きな相手だからと気安く指してしまっても油断が生じていけない。要するに好き嫌いを超越した気持ちになれないといけない。戦法に関しても同じですね。これはいやな戦型だと嘆いてはいけない。
 それを生活のもっとも根本の食事レベルから徹底して矯正していく。時代錯誤みたいですが、非常に理にかなった考え方だと感じました。
 勉強でもやたらと好き嫌いを口にする生徒がいます。嫌いだからやらない。嫌いだからまったく読まない。それで読解力をつけたいと頼まれても・・・。
 
 好きになれとまでは言いませんが、心を騒がせずに取り組める状態にはなってもらいたいというのが本音です。
 その場合、生活の基本分野で好き嫌いが激しいのに勉強だけは一切好き嫌いが生じないという奇跡みたいなことが起こりうるでしょうか。ご家庭の文化の一貫として、好き嫌いがない食卓というのを目指されるのもいいのかなと思います。
 まあ、現実問題として好き嫌いが激しい場合はせめてこういうことを意識してみてください。気づいてさえいれば何でも「解決」できますから。
 
 第一人者になるためには好き嫌いがあっては確かにだめでしょうが、自分はそこそこにできればいいのだという考え方だってもちろんあります。私自身の家庭がそうですよ。やたらと厳しいことを要求しているわけではありません。ご安心ください。責める意味ではなく、状況に応じて進化してくださったらいいというお話です。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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