2015.09.06 08:22

 先日、昔から知っている方の絵を見るために目黒まで行ってきました。この方とは三鷹教室で一緒に働いたことがあります。もう15年ぐらい昔の話です。
 当時も絵を描かれていて、展覧会みたいなのがあるたびに私はうかがっていました。こういうのは不思議なもので、1度行くと次にあえて行かないという選択肢がなくなります。行かない理由がないからですね。それで毎回必ずお邪魔するようになりました。ご本人が展示場にいらっしゃるときもありましたし、いらっしゃらないときもありました。
 
 以前はどちらかというとメルヘンチック(?)な絵を描かれていた。ところがここのところ非常にダークな感じになっています。これは悪い意味ではありません。暗いものが悪いとなると、私の好きな音楽はほとんど悪いということになってしまいます。
 そうではなく、陰鬱さの中に美的な要素を感じ取れる作品に昇華してきています。陰鬱だからこそ美的とでも言うか。パラダイス・ロストやカテドラルの音楽を連想します。細かく観察するとじつに微細に描写されている。以前のアニメ的なわかりやすい線がウソみたい。
 
 驚いたのはここからです。
 彼女がちょうど会場にいたので少し話しました。アルバムを取り出して大学卒業時に製作した大きな絵の写真を見せてくださった。するとこれが現在の作品に非常に近いイメージでした。暗く陰鬱な(これまた悪い意味ではありません)印象を受けた。
 つまりこういうことになります。もともと陰鬱→メルヘンチック→陰鬱と時を経てもとの姿に戻ったということなのでしょう。先祖がえりみたいな感じで、こちらが本質だったのだなと感じました。
 
 誤解のないように書いておくとご本人はきわめて明るいいい方です。何をもっていい人というのかその定義はなかなか難しいのですが、少なくとも私には非常に安心できる相手です。そういう方がああいう絵を描かれるところに芸術の持つ何らかの浄化作用があるような気もします。
 ある意味で毒素こそが魅力ではあるのですが、「健全な形で」その毒素を排出できる装置が芸術制作なのではないかと感じるのです。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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