2015.08.01 00:07

 それぞれの発する気のようなものが存在するのかなと思っています。昔はあまりそう考えなかった。しかし、いまは経験的に感じます。
 先日、こういうことがありました。埼京線に乗っていた。昼の3時ごろです。私はいつものようにドアのところにもたれかかっていました。幼稚園児ぐらいの女の子がお母さんと座席に座っていました。こちらを見てさかんににこにこするので、私も少しだけ微笑みました。挨拶みたいなものですね。
 
 ずっとにこにこしているのは間が抜けているので、適当なところで打ち切って再び外を眺めていた。するとさっきの子が席を立ってとことこやってくるではないですか。私の顔をのぞきこんで「こんにちはー」と言う。やけに人懐っこい子だなと思いながら、私も「こんにちは」と答えました。無視はできないですよ。
 お母さんが心配そうにこちらを見ている。それはそうでしょう。隣に座っていたお嬢さんが知らないおじさんのところに行ってしまったのですから。それ以上何も話すつもりはなかったのですが、女の子はさかんに合図を送ってきます。とうとうお母さんがこちらにいらっしゃった。すみませんと笑顔でお辞儀されましたが、本音のところは心配で仕方がなかったのだと思いますよ。
 
 昼の埼京線内は座席がない程度には混んでいて、おじさんは私以外にもたくさんいました。しかしその子は安心して私のところに来た。それは現在の自分の気がそういう状態であり、子どもにはストレートに伝わるからなのだと解釈しましたよ。
 穏やかにあるというのは生徒に対しての礼儀として自然に醸成されてきた資質ではあるのですが、副作用として犬などの小動物に好かれたり小さな子どもに慕われたり・・・という現象が増してきているように感じます。
 
 先日いただいたコメントのお返事に、街中で不要なちらしを渡されそうになったときどの程度の拒絶反応を見せたらいいのか、自然に振舞えるようになってきたと書きました。それはここ1年ぐらいです。以前は自分の状態によって若干拒否の仕方が違いました。受け取ってもまったく読まないちらしをお断りするのはやむをえないとは思いますが、拒絶にもまた独特の礼儀作法があるのではないか。
 相手だって真剣に配っているのでしょうから、あまりにも冷たいのは感心しないですね。敬意と愛情を抱いてお断りする。昔はこういうことをまったく考えなかった。その状態の私であれば、電車の中の女の子は決して近づいて来なかっただろうと思いますよ。
 
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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