2015.04.30 09:01

 先日、拙著「励ます力」の表紙裏(見返しと言いますか?)の部分の黒い紙が昔の生徒の会社で作られたものかもしれないというお話を書きました。こういうことはどうしても調べてみたくなりますね。そうであってもなくてもどちらでも問題ないのですが、せっかく何かに気づいたら(あるいは気になることが出てきたら)必ず調べる・・・というのは勉強でも鉄則ではないかと思いますよ。
 で、編集者さんに調べていただきました。北越紀州製紙という会社の「紀州色上質」の黒だそうです。何だかものすごく由緒のある大吟醸酒みたいな名称で恐縮いたしました。
 
 私の本が売れているのかどうか、ときどき質問されます。私自身よくわかっていないのですが、編集者の方にうかがったところでは初期のころほどは売れていないもののじりじり動いてはいるというお話でした。
 保護者の方にはときどき近所の本屋さんに売っていないのですが・・・というお話をいただくことがあります。そんなに大量発行されているわけではないので、大きな書店さんーー紀伊国屋書店さんとかブックファーストさんとかーーにいらっしゃらないと入手しにくいかもしれません。申し訳ありません。
 
 私自身は自分をあまり「教育者」としては考えてきませんでした。先生という職種で生計をたててきたことは事実なのですが、とくに現在の私は対象の生徒が幸福になることを強く願っていても必ずしも何かを教えこもうというような強引な意志は持っていません。
 同じような意味で拙著は「教育」の棚に置かれていますが、むしろ幸福論や子育ての要素が大きいのではないかとも感じています。端的に書いてしまうと、私には幸せになりたいとかお子さんとうまく接したいという方を応援したい気持ちが強いのです。
 
 その結果としてーー副産物としてーー勉強「も」できるようになるケースはたくさん見てきました。それはそうでしょう。親子関係がうまくいっていれば、親子でご自身の幸福に感謝されていれば、自ずからお子さんの勉強も生活もうまくいくということですね。勉強は生活の一部ですから。
 そしてまたこうしたことに「手遅れ」はありません。健康法に手遅れがないのと同じことです。仮に重篤な病気にかかってしまったとしても、その時点からの生き方は無限にあります。よりよく生きることは十分可能です。
 
 「この人のまえでは輝かしい自分でありたい」と本来の高貴さを思い出させることが大切」(74ページ)。
 私自身が息子と接していくなかでそういう子育てこそが究極の目標だと考えてきました。さらにまた、そうした存在として生徒たちには接していきたいとも考えています。大げさに書くと生きる意味もそのあたりに置きたいということです。
 ただのおじさんではあるが、ただごとではないことを考えているおじさんだということです。これからですよ。
 
 
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2015.04.29 06:47

 本年度の教室目標を決めなければいけない季節になりました。数値目標なんかですね。
 基本的にこう考えています。「あのときとそんなには変わらないけどいまのほうがずっと幸せだよね」という会話がある。自分の周囲はそうあってほしいという気持ちがあります。ものすごく変わったわけではない。しかし、あきらかに幸せ感は増している。本音で言えばそういうことこそ人間生活の目標になるべきでしょう。
 もちろん生徒、保護者の方、それから一緒に働く仲間皆さん全部がですよ。働く側を含めてというところが大切です。
 
 出入りの業者さんーーコピー機関係の方とか飲料水の自動販売機の会社の方とかーーも仲間ですから、幸せが増進しているという実感を持ってもらえたらいいと考えています。
 現実問題として現在の渋谷教室の生徒数がいきなり100人増えたら私たちはパンクしてしまうでしょう。教室に入りきらない、先生が足りない、目が行き届かない、採点が間に合わない、事務処理が飛躍的に増える・・・まだまだ心配なことがたくさんありますが、要するに人数だけが増えれば幸せというものでもない。皆さんの幸せということに多少なりとも責任を持つのであれば、冷静に考えないといけません。
 
 先日、非常に感心したことがありました。ある教室の教務の方の日報に忘れられたお弁当箱を簡単に洗ったと書いてありました。これ、なかなかできることではないですよ。私は昔自分でやっていたのでよくわかります。洗剤を買ってきて、生徒の忘れたお弁当箱を私が洗っていた時期があります。
 いろいろな感情が渦巻きました。こんなことをされてかえって彼らは恥ずかしがるだろうという気持ち。さらに他人の家をのぞきこむような変な感じもありました。であれば、このままにしておいたほうが親切ではないか? そうした考え方も一理あります。一理ありますが、そのほうが楽なので理屈めいたものを作って寄りかかっている自分を感じます。
 
 すぐに取りに来てくださればいいのですが、仮に1週間あいたとすると中に残された食材は腐るでしょう。そのお弁当箱をご家庭で開く瞬間の心理的ダメージも想像できます。そのことを考えると彼らが恥ずかしがっても洗ってあげたほうが親切ではないかと思います。
 ところが私自身そうしなくなってしまった。正直に書くと(これは自分の仕事ではない)という心理が働いた。アルバイトの方に任せていいのではないか。しかし、アルバイトの方にも心理的圧迫を加えるかもしれないので、忘れ物のお弁当箱を必ず洗っておいて・・・とは言えませんでした。
 
 日報の方はじつにさりげなく洗ったと書いていた。59歳にもなって(私のことです)、そんなことがまださりげなくできないのかと恥ずかしくなりました。今後はすべて自分で洗います。世の中のいいことはぜんぶ自分の仕事だぐらいの気概を持てなくてどうする? ですよ。年齢は関係ないですね。学ぶべきことは、まだまだたくさんあります。そのこと自体は幸せに感じています。
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2015.04.27 08:44

 Z会進学教室は今週一杯授業があります。つまり5月2日の土曜日までですね。ここまでは授業。そして3日~9日はお休みになります。とくに4日~8日までは休室日といって教室も完全に閉まります。だれも来ていない。間違えて自習にいらっしゃったりしないようにお願いします。
 私自身はひょっとすると3日からお休みをいただくかもしれません。教室に来ていない日はブログをお休みしますが、おそらくーー例年のようにーー何日かは更新すると思います。
 
 休みの期間、今年も歩いてみたいところというのを何ヶ所か用意してあります。行きたくて行けていないところですね。
 あそこはどうなっているだろう? という感情は何なのか。知っていたところをもう1度見てみたいと考える。先日もそんなことを考えながら中井から東中野方面に山手通りを歩いてみました。
 昔、西武新宿線沿線の塾に勤めていたことがあります。バスで通っていたのですが、遅くなるとバスがなくなる。西武新宿線に乗り、中井駅で下りました。そこからタクシーで帰ると最短でした。歩くこともあった。
 
 当時は開発されていなかったから寂しい感じでした。昼間でさえ寂しかった。山手通り沿いですから車はびゅんびゅん走っていますが、人がいません。
 途中小さなマンションがありました。マンションとは呼べないような木造アパートなのですが、ある苗字のあとにマンションと書いてあります。長野マンション・・・みたいな感じですね。その苗字が大学で憧れていた女の子の苗字と同じでした。ああ、そんなことがあったなという感慨を持ちました。それから通るたびにその看板を見てうなずいたりしましたよ。
 
 30年ぶりぐらいでしょうかね。歩いてみてびっくりしましたよ。歩道の幅が倍以上になっています。お店やスーパーがたくさんできている。巨大なビルがにょきにょき建っていました。
 周囲がビルの壁になっていて内側がのぞけない。内側には民家がたくさんあるはずなのですが、生活の気配は感じられません。通り沿いを歩きたかったのでわざわざ内側には入りませんでした。苗字のマンションも跡形もない。位置すらわかりませんでした。
 
 いまは営業しているのかどうか。昔、相当大きなお店だと思っていた店舗がすごくみすぼらしく見えたりもした。そこはお酒を飲ませるお店でーー入ったことはありませんーー1970年代の終わりごろ新聞折込のちらしが入っていたことを覚えています。
 東中野まで来ると大きく変わっていることは電車内からも見えているので予想通りでした。昔は大久保のほうがにぎやかでしたが、完全に逆転していますね。大江戸線のおかげ(?)でしょう。来週はもうちょっと遠くを歩いてきます。
  
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2015.04.26 00:38

 この話はまだ事実確認がとれていません。金曜日の夜に聞いたばかりです。確認がとれていないもののとても不思議な気持ちなので勘違いかもしれませんが書いてしまいます。
 いまもときどき拙著「励ます力」にサインを求められることがあります。はじめの黒いページに金色の「マッキー」を使って書くことが多いですかね。色として映えるのですよ。陰影礼賛みたいな・・・なんて不遜なことを書くと叱られますね。
 その黒い紙。ひょっとすると昔の生徒が勤めている会社で作られているものかもしれないということがわかりました。
 
 その生徒とはなかなか複雑な関係(?)です。三鷹教室で私が授業を担当していたのはもう15年以上昔でした。大昔ですね。受験相談でお母さまと複数回お話したこともあります。
 大学時代は池袋教室でアルバイトをお願いしていました。何を頼んでもてきぱき処理できる子で非常に助かりました。ただーー女の子とはどうしても疎遠になりがちですーー密に連絡を取ってきたわけではありません。現在はご結婚もされていてどこに住まれているか私にはわからなくなっています。それでも共通の友人(?)がいるので、1人、2人と伝言ゲームみたいな形で話が伝わるときがあるのです。
 
 何かで私の書籍を見てくださった。そして黒い紙を触って「うちの会社で作っている紙だ」とおっしゃっていたという話を聞きました。
 私としては本当にそうであったら楽しいという気持ちがあります。万が一勘違いであったとしてもどなたかが大損害を被るようなお話ではないので彼女のことを思い出せたのは喜ばしいことです。
 たかが紙ではあるのですが、いろいろな思いが出てきますね。紙を作っている方の気持ちを自分はこれまであまり考えずに生きてきましたが、それはよくないことだとも思いました。
 
 彼女と最後に会ったのは3年前です。結婚式で会った。そのときは彼女のお勤めしている会社についてとくに尋ねませんでしたし、そもそも自分が書籍を出すことになるなどとは夢にも思いませんでした。そういう意味でもいろいろと不思議です。
 主婦と生活社さんの「励ます力」特設ページに、読者からのお便りの一部が掲載されていました。丁寧に読んでくださっている方がいらっしゃることをとてもうれしく思います。まだまだこれからですね。
 
 
 
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2015.04.25 00:41

 自分はこうやって直接きみに話したりするほうがいいんだ。気が楽なんだよ。親御さんと話すときはやっぱり気を遣う。どういう風に気を遣うかというと、自分が話したことできみが叱られたりしないかということを気にする。私はどういう形であれ、きみが不快な思いをするのがいやなんだ。
 厳しいことを伝えるのでも不快な思いをさせないで伝える方法があるはずなんだ。それがわかっていない大人(先生?)にはなりたくないと思ってさ。
 今日はざっくばらんに話すよ。
 
 私はきみが勉強をしてもしなくてもどちらでもいいとは思っているんだ。すごくいやならしないという選択肢はもちろんある。昔、知人で一流大学を中退しておそば屋さんになったのがいたが、そういう「変更」も人生には多々あるしね。
 ただきみ自身が何かのきっかけで勉強のほうで少し頑張ってみよう、人生の勝負を肉体よりは頭脳に賭けてみようというのであれば応援したいと思っている。私は本当はきみが頭を使うことで世の中全体のためになりたいと考えてくれたらもっといいなと感じている。きみが偉くなるだけではなくてね。
 
 そりゃ偉くもなるだろうし収入も増えるだろうよ。ほかの人があまりできないようなことを頭を使う分野でやっていればそうなるだろうけど、それはあくまでも結果だと考えてほしい。成功するかもしれないがあくまでも結果。むしろ成功のみを追い求めると見失うものがある。
 やりたいことをやればいいとは思うが、可能性を高めるために各段階ーー中学なら中学、高校なら高校ーーで足元は固めていかないといけない。勉強しろという言葉は無責任だからもう少し具体的に言うよ。
 
 面白がる気持ちを持て、「素直に」習って覚えろ(あるいは練習しろ)、教わったことは確実に自分ひとりでできるようにしておけ・・・それだけだよ。
 丁寧に繰り返したほうがいいですかだって? きみさ、丁寧に繰り返さないで確実に自分ひとりでできるようになることなんか世の中にあるのかね? そういうところは冷静に考えないといけない。
 いまの世の中くだらないことも多い。私みたいな世捨て人に言わせれば、ある意味便利さと娯楽は境界線が非常に曖昧になってきている。いざとなったら邪魔なものはすべて捨てられるよ。すぐにそうしろと言っているのではなく、気づいておけということだ。捨てられるものが大量にあるとは気づいておきなさい。
 
 すべてオーケーだ。人生はお祭りだからな。きみはこれから一生きみという人間を盛大に祝い続けないといけない。こういうことは直接話したいと前々から思っていた。
 まあ、またな。私がいてよかっただろう? ところが私もまたきみがいてくれて本当によかったと思っているんだ。そういうものだよ。
 
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2015.04.24 05:55

 たまには勉強の話題も取り上げないと本当に「変なおじさんの昭和思い出ブログ」になってしまいますので、今日は高校受験のお話に戻します。
 過去問というのがありますね。いつごろからやったらいいでしょう? と質問されたときは大雑把に秋になってからと答えています。好奇心があって見たいということであれば見てもいいですよ。どんな問題が出ているのかのぞいてみる程度であれば役にたつと思います。それでも真剣に解いたり点数を出したりするのは秋口で十分です。
 
 自信がないという生徒にはそれこそ11月12月からはじめても大丈夫だよと答えています。慌てることはない。基礎力をしっかりつけてください。
 ところが中にはいまの時期から過去問をやってしまう生徒がいます。真剣に解いてしまう。すると全然できない。30点もいかない。それで自信をなくしてしまう。この志望校はちょっと自分には敷居が高すぎると決めつけたりします。
 何でこんな早い時期にそんなものを解く気になったのかと訊いてみると答はだいたい決まっています。
 
 入試問題というのは3年生のときに習ったものだけでできているわけではありません。1年生の分野2年生の分野もたくさん出てくる。先生方は授業のときそういう話をなさるはずです。これも入試に出るよと。1年生2年生で習ったことが場合によっては入試問題の「半分以上」を占めている・・・という話をされる。
 すると真面目な生徒ほどそうか、いま(2年次が終わった)の実力で半分以上の得点をとることが可能なんだなと考えてしまう。1~2年生の範囲はしっかり勉強してきたという自負もあるのでしょう。
 
 それが20点台がやっとだったりするのでショックを受けるのです。1~2年生の範囲の実力もこんなものだったのか・・・
 こう考えてください。コーヒーが大嫌いでミルクが大好きという人がいたとします。この人にカフェ・オレを飲んでもらう。コーヒーは嫌いでも好きなミルクの部分が50%は混じっているわけだから半分までは絶対に飲めるはず・・・とはならないですよ。コーヒーの味が嫌いであればやはりおいしく感じないと思います。
 つまりすべて混じっているのです。部分部分に分けられない。
 
 1~2年生でしっかり勉強してきたことが活きてくるのは、3年生の単元学習がある程度進んでからだと考えてください。
 きっと全国に「入試問題をこっそり解いてみたけれども全然できなくて唖然とした」現3年生の方がたくさんいらっしゃるのではないかと思います。意気消沈することはありません。合格点が60点台なのに30点もいかない? 心配ないですから日々の学習を堅実に進めてください。くれぐれも志望校をいまからあきらめたりしないように。
 
 
 
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2015.04.22 10:07

 だんだん思い出ブログみたいになってきていますが・・・
 まあ、何も書かなくなるよりいいのかな。勉強法につきましては「とっておきの学習方法」に、子育てにつきましては「子どもへの接し方」にまとめてあります。拙著「励ます力」でも2章を割いています。
 私はどうすれば勉強ができるようになるかだけではなく、どうすれば勉強ができなくなるか、あるいはどうして勉強をしなくなるのか(それが必ずしも悪いという意味ではありません)ということまでいちおうはわかっているつもりです。ご参考になさってください。
 
 私がまだ幼いころですね。母親が果物をしぼる変な道具を購入してきました。どこで買ってきたのでしょうね。ジューサーという表記ではなかった。ジュウーサーという不思議な表記でした。実際に「ジュウーサー」と発音してみると「欧米かっ!」みたいな感じでちょっとだけ笑えます。
 仕組みはじつに簡単で、ひたすら力を入れてハンドルを押してしぼる。果実そのものをしぼるよりは格段に楽ですが、子どもの力ではなかなかつぶれない。そういう機械でした。ぜんぶ人力というところが時代を感じさせますね。
 
 物珍しさだけでたいして使用していなかったように思います。私もしばらくはみかんのジュースを作ったりしましたがうんと力を入れないといけないので敬遠するようになりました。商品が悪いわけではなくコツをつかむまえに飽きてしまったのがよくなかった。うちは一家で飽きっぽいところがあり、ホットサンドの道具もけっこう早い時期に持っていたもののあまり活用しなかった記憶があります。
 最近(でもないか)、その「ジュウーサー」という表記を発見してどきりとしたときがありました。ときどき乗るバスの窓からI製作所という建物と「ジュウーサー」という文字と製品の写真が見えた。
 
 正確に書くとはじめは忘れていたのです。しばらくたって(あれ? これ、どこかで知っているぞ)となった。そのバスに乗るのはせいぜい月に1回か2回。気にとめたりとめなかったりということを繰り返しているうちに、だんだん記憶が蘇ってきて「あの、ジュウーサーじゃないか! 」ということになりました。
 ところが最近その製作所が突然なくなってしまいました。もしかすると建物だけが残っていたのかもしれません。
 通販ではまだ扱っているみたいで、自宅にあったものと型は違いますが原理は同じ製品が掲載されていました。相変わらず電気仕掛けではありません。昭和28年発売。昭和の名品(?)というところなのでしょう。
 
 ジュウーサー・・・
 
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2015.04.20 09:22

 私は東京都の中野生まれの中野育ちですから、あの街の変遷についてはずっと見続けてきました。駅周辺はやはりすごく変わりましたね。私が子どものころは中野サンプラザという建物は存在しませんでした。現在サンロードと呼ばれている駅からブロードウェイまで続く商店街も「美観街」という非常に昭和的な名称でした。
 この商店街現在は飲食店が多いですが、昔は洋装店なんかもけっこうありました。それこそ幼児のころ(?)母親が黒っぽいワンピースを買っていたのを覚えています。昔のことはだいたい忘れてしまうのですが、どうでもいい記憶だけは残っているのが不思議です。
 
 珍しいところで入って少し行った右側に蛇屋さんがありました。商店街に面したウインドウから蛇が見えるのです。あれはーー現在の両親に訊いてみても正確な記憶がありませんーーおそらく食用にしていたのではないか。ペットショップという概念はまだありませんでした。昭和30年代の中ごろ、日本人の普通のご家庭が爬虫類や両生類をペットに・・・という発想はまったくなかったと思います。
 ウインドウの中にはたくさんの蛇がいました。母親が買い物するあいだ、私はよく蛇をながめて時間をつぶしました。好きというより、物珍しかったのですね。
 
 現在、サンプラザが建っているあたりはどうなっていたのか正確に覚えていません。将棋の道場が1つありました。元アマチュア名人が開いていた道場だったのですが、ずーっとあとになってその道場によく通っていたといううんと年上の方から当時はごく普通に賭け将棋をやっていたというお話をうかがったことがあります。殺伐とした感じではなく、ごくごく穏やかな日常的な雰囲気で50円とか100円とかやりとりしていたという話でした。昭和30年代(40年代?)の100円というのはそれなりに大きい(バス代が大人20円でしたから)ような気はします。
 
 そのサンプラザがいよいよなくなってしまうのでは? という噂がありますね。ちょっと寂しい感じがします。あそこでは本当に多くのアーティストのコンサートを見ました。音響がいいですからね。モーターヘッド(私が見たのはブライアン・ロバートソンがギターを弾いていた時代です)でさえいい音。ほかにもホワイトスネイクとかイアン・ギラン(ソロのときです)とかグラハム・ボネットのアルカトラス(若き日のイングヴェイがギター)とかロバート・プラント、ジェイク・E・リーのバドランズなども見ましたね。
 唯一、アーティスト側の都合で中止になった公演があります。イギリスのUFO。前日、ギターのマイケル・シェンカーが精神的に突然おかしくなった。
 
 6月にそのマイケル・シェンカーとグラハム・ボネットのそれぞれのバンドのカップリング公演があるのですが、どうするかなあ。マイケル・シェンカーは私とほぼ同世代なのでもう突然中止はないとは思います。
 大学の校舎がたくさんできたのでこれからも発展していくでしょう。いずれは渋谷みたいになるかもしれない。ただそこまで大きくなるころは、さすがに私は生きていないでしょうね。
 
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2015.04.19 00:34

 教室にコピー機がありますが、しょっちゅう故障する。問題かなと感じるのは、たとえば金曜日の夜業者さんが点検に来てくださったのに土曜日の朝からおかしかったりする。業者さんが点検してくださったあとこちらで使用したのは事実ですから何か不都合はあったのでしょうが、特別乱暴に扱っているわけではあるまいしたったひと晩で使用不可能なほど故障してしまうのはいくらなんでも不自然ではないかといぶかりたくなるわけです。定期点検が本当の意味で点検になっていなかったのではないか?
 
 ただ寛容さは何より大切な資質で、万が一相手に非があるのであればなおさらだとも思っています。そういうところで試されるのです。自分が世の中をどうよくできるかというところまでじつは試されている。
 遠い昔ーー大学生のころーー喫茶店でアルバイトをした経験があります。そのときこういうことがあった。自由業者風の中年男性が紅茶を注文しました。厨房にそのことを告げたのですが、先輩の社員は何かに腹をたてていて厨房全体の掃除をしていました。そんなことはあとでやればいいじゃないかと思うのですが、アルバイトの立場ではせいぜい「紅茶を急いでください」程度しか言えません。
 
 注文の品が出ないまま10分以上経過したところで頼んだ男性はレジのところに来ました。「いくら?」と言うではないですか。すみません、お代はけっこうですと頭を下げたのですが「いいよいいよ、そっちだって困ってんだろ」と笑顔でむりやり代金を置いていった。さらに「兄ちゃん、大変だろうけど頑張ってな」と声をかけてくださった。
 この歳になって思うのですが、自分も息子が相手の立場だったら・・・と考えるとあまり強く出たくないことがよくあります。
 
 先日の夜自宅に帰るとき、息子がアルバイト先の駐輪所で大慌てで作業していました。何か液体をこぼしてしまった様子でした。「おい」とちょっとだけ声をかけたのですが、パニック状態でよくわかっていなかったように感じました。
 いつもより1時間遅く帰ってきた。オイルの瓶を割ってしまって、あとかたづけをさせられていたそうです。「明日も開店前に行って掃除だけしないといけない。洗浄用のスポンジある?」と家内に訊く。家内が予備のものはないと答えると「じゃあ、そのまえにコンビニにも行かなくちゃいけないのか・・・」としょげていました。
 
 話を聞いていただけで、私は何も言わない。そのほうが落ち着くでしょう。
 少したって真夜中のコンビニに行きました。ビールを買うついでにスポンジを3種類買ってきた。どれを使うかよくわからないですからね。寝ようとしていた息子に「さっきビールのついでにスポンジも買っておいたから」と言った。「うん・・・ありがとう」
 息子だってスポンジを買うついでにビールを買ったということはわかっていますが、そういうところを云々するのは粋じゃないですね。
 
 思いやりだとか優しさだとか粋にやらないといけない。野暮な善意というのはかえって相手を傷つけることさえありますね。粋とか野暮とか死語みたいになりつつありますが、そういう文化がじつは心の交流においてはものすごく大切な要素ではないかと考えることがあります。
 こんな風に文章化していること自体が、野暮と言えば野暮の極みなのでしょうが。
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2015.04.18 08:01

 保護者の方に「先生のブログは実家の両親が愛読しています」と告げられたことがありました。要するにおじいさまおばあさまですね。あきらかに私より年上です。
 こういう静かな先生の教室に通っていれば安心だとおっしゃってくださったというので、「うっ」っとなりましたよ。私はあまり静かではないと思います。
 私より年上の方も読んでくださっている可能性がありますので、ちょっと最近考えていることーー加齢による体力の衰えについて書いてみたいと思います。
 
 昔、私は休みの前日はほとんど寝ませんでした。ブログを書きはじめたころもそうです。明日は休みだというのに寝るのはもったいない。休みの日はうとうとしてもさしつかえないわけですから、ずーっと起きていようと考えた。読書したりインターネットで将棋を指したり映画を鑑賞したりしていますかね。空が白みかけたころ、いちおう蒲団には入りますが2時間ぐらいで飛び起きる。そのままどこかに遊びに行くということを繰り返してきました。
 仮にどなたかと約束していたとしてもーーどうせ「部活」みたいなもので飲みに行くだけなのでーー寝ないで行く。それでまったく不都合を感じませんでした。
 
 あるいは薄着。数年前まで普段着は真冬でも2枚と決めていました。雪が降ろうが北風が吹き荒れようが、2枚です。革の下にシャツ1枚ですね。それをここのところ3枚にした。風邪ばかりひいているのでセーターだけは着るようになりました。しかし、それでも寒く感じることがあります。
 休みの日にじっくり寝るとか厚着をして表に出るとか、自分の衰えを自覚するのがいやなのですね。そういう心理が働く。いまの自分でもどこまで無理がきくか確かめたいという変な気持ちになるのです。
 はたして今週、私はまた発熱しました(いまはもう大丈夫です)。理由はわかっていて、休みの前日1時間程度の睡眠で薄着で活動したのがまずかった。
 
 たとえば授業中、絶対に座らないというのももう10年以上続けています。説明会や保護者会があったときはーーそういう会でも座らないと決めているのでーー1日に6時間ぐらい立って話しています。するとちょっとだけくらくらする瞬間がある。若いころは絶対になかった。そういう事実を、ある程度認める勇気も持たないといけないのではないかと考えるようになりました。
 歳をとることはいいと考えればいいことですし、悪いと考えれば悪いことになってしまうと感じています。少なくともこの年齢にふさわしい形で皆さんのお役にたつことが大切なのであって、若いときとまったく同じことをするのが目的ではないですね。
 
 熱のために変な夢をたくさん見ましたよ。そのお話はまたいずれ・・・
 
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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