2014.11.08 08:34

 マカロンというお菓子があります。昔はなかったですよ。自分が子どものころは1度も食べたことがありません。
 なかなかおいしいですね。先日、誕生日にある先生から箱に入ったものを3ついただきました。私に・・・ということでしたので、教室では食べず自宅に持ち帰りました。その日はお酒を飲む予定もなかったので、食後にコーヒーと一緒にいただこうと考えた。まあ、3つぜんぶ食べなくてもいいなと思ったので、現物を息子に見せておまえにもやるよと言いました。
 
 すると彼は少し考えた。そして「お父さん、おれが3つとも食べていいかな?」と訊いてくるではありませんか。
 もともとそういう子ではないのです。どちらかと言えば自分のものを他人に差し出してしまうタイプなのです。遠慮するのですね。それをぜんぶくれというのはよほどのことだと思い、好きなのか? と質問してみました。「ものすごく好きなんだ」と彼は答えましたよ。「悪いけど3つともくれないか」と改めて言うので、苦笑して3つともあげました。
 
 何でもアルバイト先でどなたかにご馳走していただいたそうです。それが気絶するほど「衝撃的に」おいしかった。それからマカロンが食べたくて食べたくて仕方がない。「でも、あれ高いだろ? 荻窪だと1つ200円もするよ」と値段までよく知っています。
 母親のお見舞いをかねて家内がマカロンを買ったことがあるそうです。母親のところにいくつか置いて帰った。そのいくつかのマカロンを食べられなかったことが悔やまれて悔やまれて眠れないというのですから、こりゃちょっと病気だぞと思いましたよ。
 
 そこで私はこういう作戦をたてました。
 昨晩、マカロンを15個買って帰って「好きなだけ食ってみろ」と言ってみました。こういうことって、やるべきとき(?)にやらないともう興味がなくなってしまいますからね。私も小学生のころ、アイスクリームを好きなだけ食べてみたいと考えていた時期があります。いつか必ずやってやると心に誓っていた。ところがそれぐらいの財力ができたときには、もうアイスクリームにさほど興味がなくなっていました。生きるというのはそういうことですね。
 
 はたして大喜びでしたよ。きのうは惜しいからと言ってじろじろ「見るだけ」にしていた。家内が「1つちょうだい」と言うと「だめ」と拒否していました。
 子どもに思い出を残してやりたいという気持ちがあります。小さな灯ですけどね。小さいからこそ価値があります。大きな光源ばかりではまぶしくて仕方がない。人生の感懐は「大は小を兼ねる」というわけにはいかないのです。彼が大人になって(もう半分大人ですが)何かつらいことがあったときに、そういえば父親(=私)が大好きなマカロンを突然15個買ってきてくれた晩があったなあ・・・としみじみ思い出してくれたらいいと考えるわけです。なぜか、そんな切ない思い出だけが心の支えになる日が・・・人生にはあるということを私は知っているのです。
 
 
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

プロフィール

プロフィール画像
長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

カレンダー

<<   2014年11月   >>
            01
02 03 04 05 06 07 08
09 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            

新着記事

月別アーカイブ