2014.10.26 08:09

 この2週間、珍しくちょっと忙しい。休みの日もじつは教室に来ていたりしています。進路指導会議という大切な会議があります。受験生1人1人の志望校を各教科の先生方と吟味する会議で、Z会進学教室ではどこの教室でも実施されています。
 こういう会議にまさか自分は教室長なのだから、他のすべての先生が私の休みに合わせて出るべきだというわけにはいきません。教室長だからこそ、逆に皆さんにむりのない日時を設定しなければいけませんね。
 
 するといつもの休みがつぶれてしまいますが、それは毎年のことであり不満はまったくありません。
 ただ今年はちょうどその期間に母親の入院と手術(予定)が重なりました。何もピンポイントにこの週でなくてもいいのに・・・とは思うのですが、そういうことになった。見舞いに行くのも仕事を早めに切り上げて・・・という形になってしまう。金曜日の晩ーー仕事場の人数が少なかったので本当は最後まで教室に残っているべきだったのですがーー病院の面会時間に間に合うように教務の方にお願いして18時すぎに退出しました。
 
 物事はなかなか予定通りには進みませんが、こういうのはいらいらしないことです。できることだけを落ち着いて1歩1歩進めていく。できないことは進めようがないので「それでいい」とすぱっと割り切ることです。「それでいい」ではないな。「それこそがいちばんいいのだ」と考える。
 私はよく「全体」と「部分」ということを考えます。世界が全体、私が部分ですね。部分の私は全体から独立しているように見えても全体の一部に決まっています。ということは全体の流れのなかで振舞うことが大切なのであって、全体と対立する考え方はおかしいということです。
 
 全体が、私の多忙な時期と母親の入院や手術を同時期に計画(?)したのであれば、現在の私にはその理由がよく見えないもののやっぱり「正しい」ことになるはずなのです。部分がそれに抵抗するのはたとえて言えば目だけが全身に抵抗しているようなものでしょう。
 全身が海に来たのであれば海が見えるのが当然であって、都会のネオンが見えないと焦るのは全体を信頼していない証拠です。都会のネオンが必要なときは全体(全身)が都会に行きますから、安心してそのときを待つ。
 
 変な焦りをまったく感じないというだけで、人生はかなり楽になります。中学生(に限りませんが)の皆さんもやるべきことが山積していて精神的にばたばたされることもあるでしょうが、それこそが「全体の計画」であると信頼して生活されるとよいと思います。全体を信じられない部分は不幸ですよ。この問題は非常に深いものがありますね。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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