2014.10.25 06:50

 鍋屋横丁についてコメントをいただいたのでびっくりしました。ローカルな話題で申し訳ないのですが、どうしても鍋屋横丁の思い出を書きたくなってきました。
 中野坂上から新中野駅方面に青梅街道を歩いてくるとやがて鍋屋横丁にぶつかります。ほぼ新中野駅の真上ですね。大昔、鍋屋というお店があったそうです。地元では略して「鍋横」と呼ばれていました。私の実家からは10分ぐらいでした。コメントをくださった方は八百屋さんの看板について書かれていて、確かに八百屋さんの記憶はあるのですが看板のことは忘れていました。時期的に私は目撃しているはずなのですが。
 
 角地に書店があり、ときどき立ち読みしたことを覚えています。繊細な少年期で、背後に人がいないのを確認してグラビアアイドル(当時もそれっぽい方がいました)のセミヌードのページを盗み見たりしていましたよ。年齢的に思い切って雑誌を買うだけの勇気はないわけです。店頭でちらちら見るしかない。情けない限りですが、自分にとっては大切なよき思い出になっています。やがて大人になる過程でヌードが掲載されているような雑誌も堂々と買えるようになったわけですが、どきどきしながら店頭で盗み見ていたころのほうが幸せだった(?)ように感じます。
 
 ケーキ屋さんがあり、小中学生のころお客さんが来るときにケーキを買いに行かされました。「アマンドブッセ」という名称のケーキを買って来いと。この歳になるまで名称を忘れていません。
 お釣りがなくなって慌てたことがあります。ケーキ屋さんで受け取ったはずの500円札が見あたらないのです。1960年代の500円でしたからちょっと深刻でした。自宅に帰って母親にすごく叱られると思ったのですね。通ったところを何度も歩きなおしてみました。通りに面したお店のご主人にーーそこが八百屋さんだったような記憶もあるのですがーー500円札が落ちていませんでしたか? と訊ねたりしました。
 
 じつは買い物をしたあと私は例によって電話ボックスに入っていたずら電話をかけたりしていたのです。当時は本当にそんなことばかりしていました。そうこうしているうちに落としてしまった。
 ほとんど泣きそうになりながら自宅に帰って母親に寄り道をしなかったのに(とわざわざウソをついた)なぜか500円札がなくなってしまったと告げました。母親はこわい顔でポケットをぜんぶ探してみなさいと言った。さんざん見ていますからね。何度も見たんだと言いかけて、ふと胸ポケットが残っていたことを思い出しました。
 
 はたしてお札が入っていました。いたずら電話に夢中になっていて、いつもは使わない胸ポケットに押しこんだのですね。
 鍋屋横丁は今年も1度だけ歩きました。ときどき様子を見に行きたくなるのです。書店もケーキ屋さんももうなくなっています。歩いていると、うろたえながら500円札を探し回っている12歳の少年がいまにも飛び出して来そうな変な気持ちになります。いまはこうしてもっともらしい顔をしていますが、私の本質はそんなところにあるのです。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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