2014.10.04 06:05

 まだ早いですね。今日は午前中から保護者会があり教室でブログを書く時間がなさそうなので自宅で書いています。
 昨日はお休みをいただいて法事に出ました。故人がカトリックだった関係で、会場は教会でした。司祭の方がこうおっしゃっていた。「死ほど平等なものはない」私もそう思います。お金持ちにも貧乏な人にも、いい人にもいわゆる悪いことをする人にも、死は平等に訪れます。もちろん私にも訪れる。
 
 そうした「得体の知れないもの」に対して意味もなくおびえるというのがいちばんよくないやり方だと考えています。そこはさほどの根拠はなくてもいいですから、死に際して「自分ならきっとうまくやれるだろう」という気持ちを持つことが大切です。どこでどういう形でこの世とお別れすることになるか、現時点では自分にはよくわかりません。ただ私はものごとを慈悲深くエレガントに乗り切っていこうという意志をつねに持っていますから、その延長線上で死ぬときもきっとうまくやるでしょう。
 
 台風が近づいている。直撃を受けるかもしれないし受けないかもしれない。きちんと授業ができるかどうか不安です。しかし私まで(どうしようどうしよう)ではいけない。仮に直撃を受けてもそのときは皆さんと協力して「やはり落ち着いてエレガントに」乗り切るでしょう。うまくいくかいかないか結果をあれこれ心配する以上に、自分の特質を信頼する気持ちのほうが強いということです。問題は物事にあるのではなく、対処する人間のほうにあるのです。
 法事のあとで80代の後半になる母のところに行ってきました。彼女は今月大きな手術を受ける可能性があります。お見舞いを持っていった。
 
 当然、母親にも言いました。いやだろうけれども手術そのものはいいも悪いもない。淡々とこなすしかない。それに対してどうふるまうかというあくまでも個人の選択だけなのだと。
 降りかかってくる災難と言えば災難に、どう向き合うか。個人としての質だけが求められているということです。一般論で言えば・・・みたいなことで個人の尊厳を落としめたらつまらない。一般的には・・・ではなく、「私は」です。母はそう考えるようにすると笑っていました。
 皆さんの受験も同じですね。落ちたらどうしようと右往左往するだけではいけません。
 
 自分ならどういう形でも、あるいはどこに進んでも、きちんとそれこそエレガントにやっていけるはずだという自己信頼を持ちましょう。周囲の大人(私もその1人です)は不安がっている子どもに「おまえならどこでもやれるから大丈夫だ。そういう人間になることを何よりも目指しなさい」と落ち着いて伝えられないといけない。大人まで一緒におろおろして「落ちたら何もかも終わりだぞ!」「台風が来たらパニックだ!」「手術するなんてどうしよう!」「死ぬのがこわくて仕方がない!」では、あとから来る者たちは困ってしまいます。いいお手本にならないと。
 
 ・・・というようなお話でも保護者会ではしようかなと思いながらこの記事を書いています。
 そうそう、きのう「ジャージー・ボーイズ」を見てきましたよ。いい映画でした。映画はやっぱり1人でじっくり見るのがいいですね。フランキー・ヴァリ役の俳優がホンモノのフランキー・ヴァリに似ているところがよかった。あとクリストファー・ウォーケン。あれもまた「演技」というより「人間」ですね。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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