2014.05.31 09:55

 最近私自身は講演会の類をやっていなかったのですが、6月の28日の土曜日に久しぶりに渋谷教室でお話させていただこうと思っています。よい受験生に・・・というタイトルで話すつもりです。
 受験や勉強についてどう考えるかということと実際の勉強方法ですね。こうすれば必ずできるようになるという具体的な方法も提示していきます。同じような講演会は何度か開いてきたのですが、今回はまたちょっと新しめの話題も入れます。
 
 ひと月後ですから空席は十分あります。本当はご本人に聞いていただくといちばんいいのですが、おうちの方がお伝えくださっても問題ないですね。どこかで何かがきっかけになって頑張れるようになるのが人生ですから、そういう機会を提供できたらと思います。
 いつも書いているように私のお話は私個人が「発明」したものではありません。長いあいだ見てきた優秀な生徒たちがやっていたことをそっくりそのままご紹介していますから、効果は抜群ですしご参考になるはずだと思っています。先輩たちのおかげです。
 
 もっともふだんからブログにも私は出し惜しみなく自分の知っていることは書いているつもりです。ここが面白いところで、私には何かのために「とっておく」という考え方がちょっと不誠実(?)に感じられるのです。
 病気に効く薬が何種類かあるとしますね。私はどなたがいらしてもよく効くほうから順番に渡していきます。友だちだからよく効く薬、知らない人だからあまり効かない薬・・・という感じにする気持ちはないということですね。ですから、ブログにもすべて書いていますし講演会でもすべてお話しています。
 
 講演会みたいなことは何度もやりました。東京以外でも関西や三島でお話しました。100人近く申しこんでくださったときもありましたし、10人ぐらいの方しか集まっていただけなかったときもありました。タイミングですね。ただ人数はほとんど気にしていません。何人いらっしゃっても聞いてくださる方はそれぞれ「おひとり」です。あたりまえですね。ですから、個に向かって一生懸命お話します。
 よい学習方法はすぐに実行できればいちばんいいのでしょうが普遍性がありますから、いよいよ頑張ろうというときに生かしてくださってもいいと思っています。
 
 おうちの方にはお子さんとの上手な接し方みたいなものですね。それもお伝えしたいと思っています。おととい、仏教の七施のことを書きました。こういうの、外だけでやっているのではもったいないのであって、自宅でそれこそお子さんに対してさえそうであってほしいとーー私個人はーー思っています。
 穏やかに、優しい表情で、力強く、つねに励ます。こわい顔で「なんだ、この点数は!」と怒鳴り散らしたりしない。大人の穏やかさこそ彼らが学ぶべき人間の財産なのですよ。その穏やかさがいずれ世界を救うのです。
 
 お申しこみはインターネットやお電話で受けつけています。興味がおありの方はどうぞいらしてください。私を見ると運がよくなるという都市伝説(?)があるそうですが(卒業生に聞きました)、それはどうなのかな。まあ、運が悪くなることはないと思っています。
 
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2014.05.29 14:03

 今日は個人的なことを書きます。少しだけブログでも触れましたが、先日ちょっとめまいがしました。ふらふらする感じ。けっこう激しかった。20分ぐらいでだいぶ落ち着きましたが。
 原因はいろいろあるのでしょうが、とにかく「あまり残されていない」のは事実だと思うわけです。いろいろな意味で、ですね。文字通りあと40年も50年も生きるはずがありませんし、いわゆる会社員、先生という立場でも残念ながらそんなには長くはないと考えるのが常識でしょう。
 
 そのことを感傷的にとらえるのではなく、覚悟を決めて生きたいということです。長くないからこそどうしたいのか。
 現実的に考えて、これから巨万の富を築くとかテレビに出て有名になるとか勲章をもらうとかというようなことはまったく目標にならなくなりました。以前? 考えましたよ。若いころの日記に「2025年にノーベル文学賞を受賞する」と本気で書いたことがあります。本気だからこそ形に残しておこうと考えた。そのときはそういうところに自分の価値観があった。
 
 では、いまの自分に目標がまったくないかというとそうでもない。この目標というのは会社の実績だとかそういうこととはべつですよ。教室だとか会社だとかの目標に関してはお世話になっているかぎり私は全面的に努力しようと考えています。それとはべつの、個人的な目標のお話です。
 自分の意識がどこまで高まるか(進化するか)ということにいまは最大の興味を抱いています。意識ですからどなたにも見えませんが、自分自身はそれなりにわかる。この先どこまでいけるかという期待もあります。
 
 たとえば政治とか法律とか、個々人があまりにもしっかりしていないから細かく必要になってくる部分が大きいと感じるわけです。極論を言えば、地球上の人間が全員ブッダだったら紛争なんかすぐにやむでしょうし、政府も信じられないほど小さくてすむでしょう。
 もちろん多様性の美というものがありますからそうなったらかえってまずいことがたくさん出てくるのはわかっていますが、あまりにも個々人が頼りないので(無力感をすりこまれているだけで、本当は頼りないわけがないのですが)、ときには乱暴な運動や過激な活動に扇動されてしまう側面は否めないでしょう。
 
 東日本大震災のあたりが1つのきっかけになっているのかな。もうちょっと見るべきものを見ないといけないという気持ちになりました。
 具体的にはーーいつか書きましたーー仏教の七施というのですか、どういう状況下でも大切にできる人間になれたら・・・ということですね。やさしい眼差しで柔らかい笑顔で心のこもった言葉をかける。相手のことを思いやり、譲れるものはできるだけ譲る。じつは授業に入る直前も、私はよくそんなことを思い出しています。
 勇ましい目標は1つもない。いい大人ですからね。
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2014.05.28 13:36

 中3のテキストに虹のなかにいる村の人々が自分たちが虹のなかにいることに気づいていないという詩が載っていました。遠くをバスで走りながら虹が下りている村を目撃している人たちは大興奮しているわけです。あななたちは虹のなかにいるんだぞ! と。
 しかし、村人は気づかない。この虹というのは「幸福」の比喩なのですね。人間は幸福のなかにいながら自分では気づいていないということがテーマになっています。あたりまえだと思っていることが他者から見ると「虹のなかなんだぞ!」ということになるわけです。
 
 昨日、お休みでしたが朝早くから歯科に行きました。定期検診みたいなやつで、ひと月かふた月に1度行っています。おととし6年ぶりに歯医者さんに行ったところ、あちこち悪くなっていて抜いたり入歯を作ったり大騒ぎだったのでそうしています。丁寧なクリーニングと簡単な処置があり毎回30分で終わります。
 昨日の東京は朝だけ妙に寒かった。雨上がりで風も吹いていました。近くのマンションで建築作業をしている方たちが「今日はえらく寒いな」と話していましたよ。
 
 歯医者さんはすぐ近くなのですが、けっこう大きな公園を通っていきます。犬をつれた方が朝夕散歩をしている。昨日の朝はまだ足元が乾いていなかったせいか全然人が集まっていませんでした。
 途中で70ぐらいのおばあさんが服を着た(?)愛玩犬(種類はまったくわかりません)と一緒に向こうから歩いてきました。ほかにはどなたもいない。私とすれ違うちょっと手前で、おばあさんは呟くようにこうおっしゃった。
「今日は本当にお友だちがいないねー」
 
 あ、と思いましたよ。犬に向かって話しかけたのですね。犬はちょっと頭を上げて止まった。それからまったくその通りだという感じで情けなくうなだれ、とぼとぼと歩きはじめました。おそらくかなり歳をとった犬なのだろうと思います。
 お友だちというのは犬の友だちということなのでしょう。犬同士のあいだに「意識的な友情」がどれぐらい成立するものなのか私にはわかりませんが、そう見えてしまう人間の幸福というものはありますね。
 
 この構図はーー歯医者に向かいながら考えたーー相当重層的に幸福が積み重なっていますよ。おばあさんは元気である。早朝の散歩は空気がきれいで気分がいい。犬は家族同様の存在でおばあさんも犬も孤独ではない。犬が幸せを感じていることまで把握でき、自分の存在のかけがえなさも認識できる。
 ほかにも戦時中ではないとか疫病が大流行しているわけでもないとか、大きな枠組みでの恵まれた状況についても考えました。虹のなかにいる。もう少しだけ意識してもいいのかもしれませんね。
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2014.05.27 18:13

 今日はお休みですが、ちょっとだけ教室に来ています。火曜日はいつもお休みにしているので万が一何か話したいと思っている生徒や先生がいらっしゃるといけない。ときどきこうやって様子を見に来ようと考えています。授業がはじまったら帰ることにします。
 午前中は歯科と耳鼻科に行きました。先週の土曜日、ちょっとひどいめまいに襲われ(生まれてはじめてでした)困惑したのですが、いろいろ考えた末今日のところは何も伝えませんでした。様子を見ます。
 
 せっかく来たので記事も書くことにしました。
 今日のお話は私から直接生徒諸君に伝えたいことを書きます。こういうのってご家庭の方に注意されると何だかやたらと腹がたつのです。ですから、先生から生徒にという形がいい。私の言うことを聞く聞かないは自由ですし、自分の担当している生徒が私の指示を守らなくても私はまったく腹をたてたりはしません。
 ただ私の言うとおりにやってくださったら間違いなく成績は上がります。逆に言えば思うように点数が上がらない人にとっては、大きなヒントになると思います。
 
 Z会進学教室では月例テストというのがあります。本科生は最近の問題を持ってきてください。べつの塾に通っていらっしゃる方はご自身の通われている塾の問題でけっこうです。
 塾に通われていない方は学校の定期テストでいいですよ。なるべく新しいものを用意してください。それ、解いてみてくれませんか。答を覚えていてもいいですからとにかく1教科か2教科、真剣に解いてみてください。何点とれていますか? まさか前回受けたときと同じぐらいということはないと思いますが、100点まではいかないにしても90点、せめて80点はとれているでしょうか?
 
 テストの復習は十分したというので何をしたのか見せてもらったら、正解を丁寧に写しただけという生徒が過去たくさんいました。たしかに間違えたところを丁寧に書き直してある。「画策」とか「しおさい」とか書いてある。
 それはそれでりっぱです。ただし写した「だけ」であれば復習とは呼びません。「完全に自分のものにして」はじめて復習です。国語だけのお話ではないですよ。間違えたところをうんうんうなってうんと時間をかけてやっと正解・・・という状態であれば、かわいそうですがやはり復習が足りないのです。
 
 できなかったところをどうするか。①解答を見て理解する。②正解を正しくノートに書き記すーーそこで終わりではないということです。
 ③もう1度まったく何も見ないで同じ問題を解く。④時間がうんとかかるのであればさらにもう1度何も見ないですばやく解く。中にはこういう生徒もいました。⑤自分のミスした問題だけをコピーして集めた問題集的なノートを作る。そして⑥ときどき覚えているかどうか解き直して確認してみる。
 ①~⑥まであります。あなたはこのどこかにいるはずです。⑥に近づけば近づくほど確実にできるようになります。
 
 じつは①もやっていないという生徒もいますね? 大丈夫、見捨てませんよ。まず①と②からはじめてください。人間、1歩1歩です。おうちの方に言われるより私に言われたほうがよかったと思います。「これからは」頑張ってください。
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2014.05.26 13:31

 勉強に限りません。趣味でも仕事でもそうですね。大切なのは「何をやるか」以上に「どうやるか」です。どのようにやるか。
 世間ではよくいい塾に通ったりいい指導者についたりいい問題集をやったりしたので成績が伸びた・・・という言い方をされますが、それはご本人が塾や指導者や問題集を通して「どうやるか」ということを習得してきた結果でしょう。要するに、やり方がわかってきた。だから成績が伸びてきたのであって、塾、指導者、問題集などは所詮触媒に過ぎません。
 
 ですから、ある生徒にとってはA先生は成績を上げてくれたとてもいい先生なのですがべつの生徒にとってはB先生のほうが成績を上げてくれる先生であったりします。塾もそうですね。A塾で成績を伸ばす人もいればB塾で伸ばす人もいる。触媒から適正な刺激を受けて「どうやるか」が見えてくると例外なくできるようになります。
 どうやるか。何より環境は大切です。物理的、心理的に片づいているかどうか。部屋のなか、机のうえ、きちんと片づけてから勉強してください。音楽を聴きながら? うーん、どうですかね。ざわざわした環境は「どうやるか」の根幹にかかわります。
 
 心理的な問題もそうです。以前、ある生徒の成績が急速に落ちてきた。本人にいろいろ訊いてみたのですが、とくに以前と変わったところはないと答える。「スランプなのだと思います」と言うのですが、何かおかしい。はたして友だちが教えてくださった。「いま、異性のことですごく悩んでいてかわいそうなのです」と。
 1つの事例のようにして書きましたが、じつは何件も同じような話を知っています。心の中が片づいていないとやはり「どうやるか」の根幹にかかわってくる。
 
 大人の方の仕事もそうですね。どんなに頑張りたいと思っていても私生活に心配事があったり決められた方針に反発があったり早く遊びたくてうずうずしていたりするとうまくいかない。
 やっていることは同じなのにうまくいっている人との差がだんだん開いてしまう。同じマニュアルに従って同じように作業しているにもかかわらず結果に大きな差が出てくる。心から打ちこんでいないからです。心の力は本当に大きいですよ。まず打ちこめる状況を作ってから、実際の作業に入りましょう。
 
 勉強の方法はいつも書く通りです。しつこくなるので簡単に。
 「ていねいに」「五感を使って」さらに「自力ですらすらできるまで繰り返す」。
 趣味でも仕事でも同じですね。ていねいに臨める時点で半ば勝っています。ていねいにやれるということは、心の準備が整っている証拠ですから。
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2014.05.25 10:54

 昔も読んだある書物で人生についての皮肉な定義がなされていました。
 現代は生きることが持っているものをすべて忘れ、持っていないものだけを追い求める苦行になってしまっているというのですね。今回改めて電車のなかで走り読みしていてはっとしました。
 あるがままをよしとしない。あるがままでないことだけをよしとする。いまの自分ではだめだと決めつけ、べつの自分を手に入れようと悪戦苦闘する。
 
 本当にその通りだとすれば、人生は非常に神経症的なものになってしまいます。持っていなくてやっと手に入れたものも持った瞬間に忘れてしまう。そして、つねに持っていないものばかりをほしがり続ける。どこまで行ってもきりのない欲求不満状態が続きます。
 目標を持つことが悪いというお話ではないですよ。目標は持つ。しかし同時にいま得ているものに対しても改めて心から喜ぶ。味わう。感謝する。
 たとえば10万円貯めようと目標をたてたとします。本当に10万円貯まったらたいしたものですよ。
 
 ところが10万円貯まった時点で次の目標額は20万円になっている。そういうものでしょう。するとどうなりますか? 貯まった喜びより目標に到達できないという焦燥感にさいなまれる。情熱を燃やし1度は目標を達成したのに、その喜びなんかすべて吹き飛んでしまう。いらいらしながら毎日毎日「なかなか貯まらない」残りの10万円のことばかり考える。これほど頑張っているのに、こんなに倹約しているのに、もっと楽に儲けている人間だってたくさんいるじゃないか・・・そしてやっとの思いで20万円貯まったときは、すでに次の30万、いや50万円という目標が重くのしかかってきます。その連続で生きる。
 
 目標にとりかかるまえにまずは感謝です。よくここまで頑張ったと自分と周囲の環境に感謝する。10万円も貯めたんだぞ! ですよ。すでに達成できたものをじっくり吟味する。それこそ人生の豊かさです。
 持っても持っても欲求不満(お金だけではありません。愛情だとか健康だとか)という人がいますが、まず現在の状態まで来られたことに対する正当な喜び、正当な誇りを大切にしてください。ちぇっ、ベスト10内に入れなかった・・・ではなく、すでにベスト20位以内に入れた自分に誇りを持ってください。
 
 自分の得るものを選ぶのが幸福の秘訣だともありました。深遠な言葉です。選ぶものを得るのでなく、得るものを選ぶ。得ないものは選ばない。それができないのであれば、せめて深刻にならない。感謝しながら進んでください。
 何点であろうと学校に通えている事実に喜びを抱いてから次の勉強をはじめる。この水準で生活できることにお礼を言ってから新たな目標にとりかかる。これぐらいのものは食べられるという現実に感謝してから今日の食事をはじめる。
 あるもので喜ぶ。ないものでいらいらしない。あれもこれも成し遂げていないではなく、あれもこれもーー生きる過程でーー達成してきているではないですか。
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2014.05.24 06:54

 今日は午前中から忙しいので自宅で記事を書いています。
 太田和彦さんとか吉田類さんのテレビ番組は有名ですね。居酒屋に行ってあれこれ飲んだり食べたりしてウンチクを語る。自宅では放送が入らないので、ときどきYoutubeで自分の知っているお店の回を探して見ることがあります。
 名古屋の名店Dも吉田類さんが探訪されたときの記録が残っていました。偶然吉田さんが座られたあたりに自分も座りました。そうそう、あんな感じ・・・と思い出しましたよ。
 
 いろいろ見ているうちに新しく面白い番組を見つけました。「どやメシ紀行」という番組。出演されている男性を私はまったく知らないのですが、個性的な面白い方です。
 関西圏だけを扱っている。おいしいお酒を飲んだりおいしいものを食べたりするたびにコップやお皿を持ち上げてちょっとこわい顔を作って「どや!」と言う。「ビール、どや!」「お刺身、どや!」「盛り合わせ、どや!」「エビフライ、どや!」という感じ。まあ、変なことを思いつく人がいるものだと感心しましたよ。
 
 この「どや!」というのは見ていて真似したくなります。私だけがそう感じるわけではないらしく、番組で隣に座っていた女の人がふざけて一緒に「どや!」と叫んでいました。最近の私は自宅でも息子に向かって飲み食いしながら「どや!」と言ったりしているのですが、クセになってしまいそうでこわい。さすがに飲み屋さんで「お刺身、どや!」なんてひとり言を呟いていたら病気だと思われます。無意識のうちに口走らないように気をつけないと。
 夕方のニュース(休みの日はこれだけ見ることがあります)の特集番組でも感じますが、人さまがおいしそうに何かを食べているとつられて幸せな気分になりますね。
 
 どや! と言うときに一瞬こわい顔をするのではじめはこわい人なのかなとも思ったのですが、見れば見るほど優しい人だということがわかってきました。周囲にとても気を遣う。
 お皿を持ち上げて「何とか、ど・・・」と言いかけたときにお店の人に話しかけられて、慌ててお皿を戻したりしていました(結局、どや! は言えず)。またシロウトっぽいところもあり(広い意味でシロウトなのかもしれません)、コメントのまえに「(コメントは)もう1つ食べてからでもいいですか」とディレクターさんにお願いしたりしていました。相当おいしかったのでしょうね。
 
 まあ、わざわざ探されなくてもいいとは思いますが、興味のある方はご覧になってみてください。いままで全然知らなかったのですが、いつから放映しているのでしょう?
 最近まで関西に住んでいらっしゃった英語の先生が教室にいらっしゃるのですが、しかしどう間違ってもこの番組はご覧になっていなかっただろうと思います。どや! というタイプでは・・・上品な女性の先生ですし・・・間違っても・・・ないなあ・・・
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2014.05.23 14:15

 だれかのことを好きになる。恋をする。憧れを持つ。自然ですね。私自身もよくそういうことがありました。しょっちゅうどなたかを好きになっていた。10代のころ友人に「きみはどんな相手でも好きになれるからうらやましいよ」と呆れられたことがあります。
 憧れた人とできれば親しくなりたいものだと思う。あんなステキな女の子と話したり歩いたりできたらどんなに幸せだろうと考える。あの子が目のまえで自分のために微笑んでくれたら夢のようだと毎日毎日想像する。
 
 万が一、実現していたら私は大変幸福だったでしょうが、こういうことはあります。
 彼女のほうは? 怠惰で勉強もできず身体を動かすのも億劫がり授業をサボって毎日昼すぎまで寝ていた陰気な私(いまもろくな人間ではありませんが、昔はもっともっとひどかった)が相手で幸せでしょうか? 幸せなわけがないですね。彼女には彼女にふさわしい夢や憧れがあり、変な男の子の「おつきあいできたら儲けもの」などという願望は弾き飛ばさなければいけません。
 好きになる女性がステキな方であったのはいいとしても、私自身がその相手にふさわしい努力をまったくしていなかったということです。
 
 夢とその夢をもつ人間の関係もこれに似ています。何かしら夢を持つ。志望校でも何でもいいですよ。どこどこ高校(中学、大学)に合格できたら夢みたいと考える。それはいいでしょう。しかし(楽して受かれば儲けもの)ではいけません。そんな気持ちではーー昔の私が相手の女性に失礼だったようにーー志望校に対して失礼です。
 どこの学校もこれこれこういう生徒がほしいということを発表しています。つまり恋愛で言えば、これこれこういうタイプの人が好きだということを発表している。
 
 もし当時の私が勉強ができてリーダーシップがあり明朗で心身ともに鍛えているような人間であれば、ごくごく自然に憧れていた女性ともご縁があったかもしれません。あちらが「憧れてくださるような要素」を身につけていたからですね。
 擬人的な書き方をすれば、どのような夢にも「こういう人間につかんでほしい」という要素があります。名門校であれば当然「学ぶことが大好きなしっかりした人間で入学後もますます勉強に打ちこんでくれる生徒」に来てほしいと考えています。残念ながら、楽して入れたら儲けもの・・・という発想の生徒に来てほしいとは考えていないでしょう。
 
 すべての夢に自分をつかませるのだと大きく考えてみてください。あなたがつかみに行く以上に向こうに来させるのです。夢にふさわしい人間に自身を創りあげていく。
 大きな希望を持つ。それとこの瞬間のあなたとの落差。そこを埋める努力が大切です。だらしない格好で1日の大半を寝ころがって音楽ばかり聴いていた昔の私は、大切なのは「女の子と顔をあわせるときだけ」ではないという事実に気づかなかった。同じように「受験勉強のときだけ」「就職活動のときだけ」「テストのときだけ」が勝負だと考えていたら何かがうまくいかなくなります。
 結局はあなたという人間のすべてがあなたの夢に試されているのです。
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2014.05.21 14:31

 わかりやすい例をあげます。(若くして亡くなられた)レッド・ツェッペリンのドラマーのジョン・ボーナム。彼は迫力のある独特のドラミングで絶大な人気を誇っていました。
 彼の息子さんのジェイソン・ボーナムもツェッペリンのナンバーを演奏するときはお父さんそっくりに叩いています。リスペクトの気持ちからでしょう。完全にコピーしている場合もある。ところが、私には少し違って聞こえます。お父さんの叩いていた「はっとする感覚」が少しだけ後退している気がするのです。行間が違うとでも表現するべきかな。
 
 現在はそれこそYoutubeでたくさんのドラマーが「ジョン・ボーナム講座(?)」みたいな映像を発表しています。こうやって叩いていたのだよというところをーーグッド・タイムズ・バッド・タイムズとかーー克明に再現して見せている。ところがやはり何かが違う。どうやって叩いていたかということははっきりわかっても印象が相当違う。
 言葉でもそういうことはありますね。ある人が「大切なものは愛だよ」と言ったとします。べつの人がそっくりそのまま同じことを言っても受ける印象は全然違う。
 
 結局その人なりの内なるリズム、メロディーみたいなものがあって、言葉や行為とともに流れ出すのですね。香りみたいなものかもしれない。
 香りが少しでも好ましいほうがいいのであって、そこに人格だとか品性だとか能力だとかが滲み出てくるのではないかと思います。ジェイソン・ボーナムはお父さんのジョン・ボーナムほど過激な人間ではないのでしょう。
 この香りは個々人の意志で変化させられるようにも思います。
 
 最近、私は斜めに土地を横切ることをやめました。もちろんはじめから個人の土地を斜めに横切ったりはしていませんよ。
 直角三角形の直角を含む2辺よりもう1辺のほうが短いことは常識です。ですから、昔はたとえばバス停に行くときにスーパーの駐輪場なんかを斜めに横切っていました。皆さんもそうしていることですし、警備の方も何もおっしゃらない。しかし、そうやって横切る精神は若干よくないのではないかと感じるようになりました。
 
 いまはバスに乗り遅れることがはっきりわかってもあえて直角に歩くようにしています。真夜中、車が走っていなくても信号を守るのと同じです。
 これをはじめてから自分の中のリズムやメロディーが微妙に変化したことを意識する瞬間があります。あまりにも微妙なので言葉で表現できるほどの変化ではないのですが、何か変わってきています。
 真似してくださいということではないですよ。それぞれの方が気がつかれたことをいろいろ試されると、より豊かに楽しめるのではないかと思います。
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2014.05.19 13:49

 さきごろ亡くなった将棋の米長邦雄元名人が面白いことをおっしゃっていました。光の部分が大きくなればなるほど影の部分も大きさが必要になる。人間の話ですよ。
 大活躍しているような人間には裏の部分が相当ある。それはある程度容認されるべきものだというのですね。
 そういった要素は確かにあるのではないかと思います。最近は政治家でも宗教家でも何でもかんでも昔に比べて「スケールが小さくなった」的なことを言われますが、影の部分に対する認識の違いが1つの原因ではないかと感じます。
 
 つまりこういうことです。花がきれいである。すごくきれいな花を咲かせているということでどうせなら根っこの部分もうんときれいにしたいと太陽のもとにむき出しにして洗ったり剪定したりしたら、たちまち花はしぼんでしまいます。樹木が枯れてしまう。
 根っこの部分というのはあえて観賞せずにそっと闇の中に置いておかないといけないわけです。変な形で広がっているかもしれない。みっともない生物が寄生するかもしれない。虫が大量に湧いているかもしれない。それはそれでよしという「飲みこみ」がなければ地上の美しい花は存在しません。
 
 これはさすがに作り話だとは思うのですが、以前読んだある書物にこんなことが書かれていました。
 昔のりっぱな政治家(総理大臣だったかもしれません)が非常にいい演説をしていた。野次が飛んだそうです。「おめかけさんが4人もいるくせに」という野次だった。するとその政治家は野次のほうをきっとにらんでこう言った。「失敬な! 5人だ!」
 さすがに事実そのままとは思いませんが、何かしら巨大な影の部分を支えていく力がそのまま実体の強靭さにも及んでいたのかもしれません。何もかも白日の下にさらして生きるべきであるという発想だと、なかなか大人物は育たないのでしょう。
 
 私は自分の息子が小中学生のころよく言っていました。おまえの何もかもを把握しようとは考えていない。お父さんやお母さんに隠しておきたいことは当然隠したままでいい。ただ隠していたことが困ったことになってしまったら、そのときだけは正直に相談してくれ。
 息子を「大物」に育てようと考えたわけではないのですが、すべてが把握されているのを当然であると安心し続けるような生活では、本当に弱々しく育ってしまうと考えたのです。私の両親は心配のあまり少年期の私の日記を盗み読んでいましたが(あるときから気づいていました)、そういうことまではしないほうがいいぐらいのお話ですかね。
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プロフィール

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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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