2013.12.31 13:30

 つまらないタイトルで申し訳ありません。今年も終わりです。
 今年は何だかすごく忙しかった印象があります。とくに後半でしょうか。なかなか休めなかった。何より精神的に休めませんでした。血圧のクリニックでも耳鼻科でも少しむりをしているのではないですか? というようなことを言われました。弱い部分にしわ寄せがくるものらしいですね。精神的に休めない理由はいろいろあるのですが、人間関係ではありません。どなたかが悪いというような俗っぽい(?)お話ではないのです。
 
 身内にしても友人にしても、私の年齢以前に亡くなった方を大勢知っています。そうなると生きていること自体があたりまえではなく幸運だという気持ちになってくる。あんなに善良な何々くんや何々さんが亡くなってしまうぐらいの歳なのだから、生かされていることに意味を見出さないと申し訳ないという感情ですかね。そういう焦りが大きくなってきました。
 自分でもちょっと大げさだとは思いますよ。
 
 世の中は対立物から成り立っています。昼と夜、男と女、暑さと寒さという具合に。対立物があるから理解しやすい。昼しかなかったら夜を想像することさえできませんし、男性しかいなければ女性のことはまったくわかりません。
 休みがうれしいのも忙しいからです。元旦たった1日だけのお休みが今年は本当に待ち遠しいのですが、忙しかったおかげだと感謝しています。要するに辛いものがあるから甘いものがよくわかる。私たちは対立物から成り立つ世界で生きています。
 
 しかし、もう1歩進むとおそらく対立物も消えるのではないか。すべてを包括した人間ですね。比喩的に書けば昼と夜から等距離にいる人間、好きも嫌いも同等に扱える人間、生と死を等価値に解釈できる人間・・・そこまでいくと悟りの境地みたいなものですが、私は本当はその境地に憧れています。しかし今回の人生でーー自分は漠然と転生を信じていますがーーそこまではついにたどり着けないだろうという予感があります。対立した世界のなかで喜怒哀楽に終始するレベルで終わるでしょう。せいぜいそこに少しでもポジティブな解釈をつける。自分の器ではそれが限界です。
 
 さきほどブログを読んでくださっている方からご連絡をいただきました。先日書いた「鶴?」という記事の鳥、あれはどうやらダイサギというサギらしい。私も記事を書く前にサギの写真は調べたのですが、ほかの種類のサギを見ていました。改めて見てみると確かにダイサギによく似ています。そのお母さまによると、習性もぴったり(単独で水辺にいる)だそうです。今度夜中に河に下りていって「きみはダイサギだね?」と確かめてみますよ。
 訂正させてください。ご連絡をいただいてどうもありがとうございました。
 
 皆さま、よいお年をお迎えください。
 
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2013.12.30 11:17

 毎日毎日、受験生たちに「1日1点だけ上げてくれ」と伝えています。偏差値を10も20も上げようと力むのではなく1点分だけは確実に稼げるような手堅い勉強を心がけてほしいということですね。手堅さと繊細さみたいなものを大切にしてほしい。もうちょっと大げさに書くと「意識が覚醒した勉強」ということになるのでしょうか。1点上げずにすますものかという気迫も必要ですね。どうですか? そういう気持ちで机に向かっていますか?
 
 たとえば長文を読んでいる。小説でも何でもいいのですが、この表現は自分は絶対にしないなというところに注目してください。使ったことがないという表現、それを見つけていく心構えが大切ですよ。
 たとえば父親との会話、普通は「買ってやろう」と父は言ったと書きますね。きわめて普通の会話です。おかしいところは何もない。ところが小説を読んでいると「買ってやろう」と父は笑顔を見せた・・・と書いてある。わざわざ「言った」と書かなくても伝わるのか! という発見がある。それをあなたの文章に活かしたらどうでしょう。
 
 いままではいつもいつもセリフのところは「と言った」と書いていた。それが「と笑顔を見せた」だの「と笑った」だの「とこちらを見た」だの、あれこれ工夫することができるということがわかったとなればこれはもう1点上がるどころではないですよ。今後のあなたの人生において大きな財産になるはずです。作文だけではない。手紙にもレポートにも応用できます。
 新しい何か、自分にまだ備わっていない何かを見つけていく。それを可能な限り取り入れていく。
 
 1日1点上げるというのは人生にも応用できることだと思っています。そういう気概で生きているかどうか。
 たとえばきのうの昼はあまりおいしくないものを食べてしまった。お店が悪いとも言えるでしょうが、お店選びを失敗した自分に原因があるとも言えます。適当に(このへんでいいか)と入ったのがまずかった。ということであれば、今日はきちんと行くお店や食べるものを決めてから動く。そうすれば何となくまずいものを食べてしまったという後悔はしなくてすむはずです。1点プラスです。
 
 お子さんと大喧嘩してしまった。30点なんて! こんなんじゃ受かるわけないじゃない! 恥ずかしくないの? と大声で怒鳴ってしまった。しかし、お子さんだってとりたくて悪い点数をとっているわけがありません。すると少なくともむやみに相手を傷つけないほうがいいということ、30点という現実からスタートするしかないということ、その方法は無数にあるということ、さらに大人の自分がいきなり怒鳴らないほうがいいということがわかってくる。これで1点。そういうことですね。きのうの自分よりつねに進歩するということです。姿勢が大切ではないでしょうか。
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2013.12.29 11:27

 まあ、たまには軽い話題でいきます。
 私は基本的にきちんと食事をとるのが昼だけなのですが、行くお店は何となく限られています。そういうものなのでしょうね。4~5軒をうろうろ順番にまわっている。池袋時代もそうでした。ときどき記事にも書いている向かいの洋食屋さん、そこだけは回数を記録しています。2011年の3月に渋谷教室勤務となって以来ぜんぶで152回お邪魔しています。だいたい週に1回通う感じでしょうか。
 
 けっこう遠くまで出かけていくこともあります。ハチ公を超えて井の頭線のほうまで行く。C&Cのカレーは相変わらず食べています。はじめて行ったのが1974年でした。そうですね・・・年平均25回は食べているでしょうから(もっとかな)25回×40年で1000食は食べている計算になります。人生で、外食したものとしてはC&Cのカレーがいちばん多かったことになると思います。
 昔の渋谷のC&Cは穴倉みたいな場所にありました。立ち食いでしたよ。女の人はめったに入ってきませんでした。
 
 井の頭線の改札口近くに非常においしい中華屋さんがあります。大衆的なお店で、安くてじつにおいしい。昔の中華屋さんという感じですね。Kというお店です。
 カウンターから作っているところが見えるのですが、これがものすごく豪快。そういう大将がいるのですよ。まさしく大将。大将としか呼びようがないですね。それぐらい大将。
 大将は大きな中華鍋をいっぺんに2つ振ります。つまり両手で料理する。まさに全身全霊という姿勢が伝わってくる。火の勢いが強くてときどき炎が腕をあぶっています。しかしまったくひるまない。
 
 すごいですよ。片方の鍋はレバニラ炒め、もう片方の鍋は肉野菜炒め、炒める時間も違うわけでよく混乱しないなと思うのですが、流れるように豪快にばんばん作っていく。ひっきりなしにお客さんは来ますが、注文が「たまる」ということがない。ひたすら無表情に全身全霊で鍋を振り続ける姿は本当に人間か? と感じさせられるぐらいです。
 大将の作業が見たくて通っている面もあるのですよ。ですから、大将以外の方が作られているとーー味はどなたでもおいしいーーちょっとだけがっかりする。
 
 お店はいつも大繁盛です。ここのところ2回満員で入れなかった。昨日も年末の土曜日なので今日こそ大丈夫だろうと行ってみたら満員でした。小さな行列ができているときもありますが、私はあまりそういうのに並ばないのです。きのうは結局中華屋さん近くの回転寿司屋さんに変更しました。
 そこで「キャーリフォルニア巻きくださーい」と頼んでいたお客さんがいました。そこまで気取らなくてもいいじゃないかと思ってよく見たら、西洋系の方でした。なるほど「キャーリフォルニア巻きか」と思いましたよ。
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2013.12.28 11:28

 ブッダやキリストが現代に突然よみがえったとしますね。偉い方は世界中にたくさんいらっしゃると思うのですが、とにかく代表選手としてお名前をあげてみました。するとおそろしく何もできないと思います。現代のテクノロジーにまったく着いてこられないですね。
 だいたい地球が丸いことだってわかっていないかもしれません。宇宙の仕組みも万有引力の法則も何もご存知ない。高い建物を見てびっくり! そういう状態です。
 
 そのとき「そんなこともわからないのではお話にならない」ということになるのかどうか。到底そういう流れにはならないですね。要点はそこにはない。彼らの偉大さはその視点からではまったく把握できないと思います。それがわからないのであれば、わからない人間のほうに問題がありますね。
 私は宗教のお話をしたいわけではありません。こういうことが私たちのふだんの生活で頻繁に起きているような気がするのです。
 
 点数だとか偏差値だとか成績だとかーー子どもの世界だけではありませんーーいろいろな形の数値的評価があります。それはそれでいいのですが、現代人は数値によりかかりすぎているとも感じます。そこに弊害が起きる。
 ひとつは他者の価値を判断する自分自身の目が曇ってしまっている。わからないというよりわかろうとしない。それこそ偏差値だとか成績だとか出身校、年収だけで安易にいい悪いを決めてしまおうとする。他者の美点を見抜く眼力が衰えている。
 
 もうひとつは自身の美点をすぐ数値化できるもので表現しようとむりをする。ブッダの慈悲深さを偏差値で表現できるものでしょうか。何かしら美しいものはどなたも絶対持っていらっしゃるはずなのですが、いわゆる「資格」にならないことであれば磨こうという気にもならない。ならないというより周囲がそれを摘んでしまうことさえあります。
 以前、ある女子生徒が不登校気味の同級生を励まし続けていたところ「劣等生(とご両親はおっしゃった)と親しくしているからお前の成績も上がらないんだ」とご家庭で叱責された。困っている人を助けたいだけなのに・・・と彼女は涙を流していました。
 
 現在私はーーブッダを尊敬しているぐらいですからーー生徒に対して徹底的に美点を見る気持ちを持っています。点数がまだ伸びていなかったり勉強をサボっていたりする子ももちろんいますが、それを致命的な何かとはまったく考えていないということです。
 そもそも昔のそうした偉人たちがいまいきなり渋谷教室に来られたらものすごく成績は悪いと思いますよ。英語はわからない。数学は解けない。国語も読めない。理科はちんぷんかんぷん。社会も知識がない。それでもわかる人は「この人はすごい」とわかるでしょう。他者の尊厳を重んじられるということは、本当に大切なことだと思います。それこそ品格ですね。
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2013.12.27 10:21

 鳥の話を書きたいのですが、詳しくないのでよくわかりません。私がぱっと見て確実にわかる鳥類はニワトリ、カラス、スズメ、フラミンゴぐらいです。白鳥もわかりそうだな。インコや文鳥なんかは飼っていたにもかかわらずよくわかりません。
 今回書きたいのは「鶴」ではないかと思われる鳥についてです。非常に感動していることがあるのです。孤独であるということについて。
 
 私はーー講習中は少し早く帰れますがーーふだんは真夜中自宅にもどります。授業が終わるのが9時30分、それからあれこれやっていて場合によっては教室を出るのが11時台になってしまう。するとどうしても自宅近くで日づけがかわります。
 深夜バスに乗ればもう少し早いのですが、値段が2倍になるので何となくもったいないような気がして駅から20分ちょっと歩くことが多い。すると途中に大きな川があります。
 
 橋がいくつもある。そのなかのある橋(決まっているらしい)の真下にいつも鶴らしき鳥がたたずんでいます。最近気づいた。寝ているのでしょうね。鳥ですから立ったままです。浅い河の流れにつかりながらじーっとしている。
 はじめて見たときは灯りも乏しいので一瞬白鳥かと思いました。それにしては少し小さい。人通りのまったくない場所(私がそういう道を選んで歩いている)なのですが、橋の上から観察しているとすぐに気づいてこちらを見ます。おおげさに首を傾けるので見ていることがわかる。
 
 今晩もいるだろうか? と妙に気になるのですね。で、わざわざ橋の下をのぞく。すると姿勢を正して(?)立っている。少し早い時間帯だといないこともあります。
 不思議なもので(こっちのことも気づいてほしい)とちょっと感じるのです。で、身振りを大きくしてのぞく。すぐに気配でわかるのでしょう。首を傾ける。あちらはあちらで(こいつ、毎晩来るな)と思っているかもしれません。見ているといかにも「選んでひとりでいる」感が伝わってきます。群れない潔さというか。
 
 同じ1人でも「他者の不在」と「ひとり在ろうとすること」とでは微妙な違いがありますね。人間の話ですよ。「他者の不在」の場合、寂しくて仕方がない側面もある。英語でいうと「lonely」と「alone」の違いということになるのでしょうか。いま辞書で調べてみたところ、aloneのほうは「寂しさを含意しない」と書かれていました。
 自分は高校時代ーー昔、ブログにも書きましたーー日記に「大勢でわいわい成功するぐらいなら失敗してもいいからひとりでいたい」と書いた人間ですからね。鶴の姿には心ひかれるものがあります。
 
 日常生活の慌しさのなかで、ふとあの鶴の姿を思い浮かべる瞬間があります。
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2013.12.26 09:40

 今日の朝刊に小中学生の学力テストと生活習慣の相関関係について掲載されていました。もちろん例外はあるでしょうが、一般的にインターネットやゲームをたくさんしている子ほど成績が悪いという・・・まあ、あたりまえですね。そういう結果が出ていました。また新聞をよく読む子は全然読まない人よりよくできる・・・これまたあたりまえでしょう。
 とくに「えっ!」とぴっくりするような結果は出ていません。考えておくべきなのは、インターネットやゲームをたくさんしている人も塾に通って猛勉強している可能性があるということです。
 
 つまり原因を断たないと何をやっても効果がないということです。大人でもいますよ。たとえばお医者さんから禁酒禁煙を命じられている。ところがそれは守らない。で、薬を飲んでいるのに治らないと文句を言う。薬を飲むまえに原因を断たないといけない典型例でしょう。①まず、原因を断つ。②そのうえで治療をはじめる・・・というのが正しい手順ではないでしょうか。
 インターネットも日に1時間未満であればとくに悪影響はないと出ていました。ゲームもそんな感じだと思います。
 
 要は成績をどんどん上げたいのであれば、そうした類は気分転換程度にとどめておきなさいということです。
 時間がどうのこうのというより刺激が強すぎるのです。インターネットにしろゲームにしろテレビにしろ。映像からスタートするものはーーいつも書いていることですがーー人間にとって刺激が強すぎる。微妙な何かを学んでも刺激と刺激のあいだに勉強がはさまっているような生活だと繊細さはどこかにふっとんでしまう。層になったケーキを考えてみてください。濃厚なチョコレートのあいだにかすかな甘みの何かをはさんだところでぜんぶチョコレートの味になってしまいます。
 
 人間、ぼんやりしながら「さっきの長文難しかったなあ」とか「昔の人は小さなことで感動したんだな」とか「計算って工夫次第であんなに簡単になるのか」とか、思い浮かべる時間もすごく大切なのです。昔の将棋の名人が寝ているときでも将棋盤が浮かんでくるぐらいになると強くなるという意味のことを書かれていましたが、無意識のうちに対象を頭に浮かべている時間が大切です。物事を得意にする鍵はそのあたりにあります。
 それを「勉強時間は終わった!」とあとをすべて刺激で埋め尽くしてしまうからなかなか定着しない。
 
 で、あなたはどうしますか? はっきり数値で因果関係が出てきています。あとはどうするかということだけですね。
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2013.12.25 12:35

 昨日は本年最後の休日でした。どんなに少なくてもその月の日曜日の数だけはきっちりお休みしなさいという決まりがあります。今月は日曜日が5回でしたのでぎりぎりでした。昔はもう少し融通がきいたようにも感じるのですが、今年はとにかく慌しかった。
 それだけお役にはたてているのだろうと信じて頑張っていこうと思っています。授業数を減らそうかとも考えるものの、アンケートに「もっと授業に入ってほしい」と書いてくださったりする奇特な生徒もいらっしゃるのでけっこう難しい。
 
 昨日はたまっていたことをぜんぶやろうと思い、早くから動きました。具体的に書くとクリーニング屋さんに行く、靴の修理、耳鼻科、複数の買い物、見たかったDVDを見る・・・という感じですかね。夜は自宅で食事する予定でしたので、暗くなるまえに片づけないといけない。
 予定をあれこれたてていたものの耳鼻科だけで1時間半もつかってしまったので、ちょっとばたばたしました。それだけいい先生なのです。患者さんが殺到します。私がうかがったときには待合室の椅子はぜんぶ埋まり、立ち待ちの方も複数いらっしゃった。
 
 先生(女医さんです)も相当忙しいと思いますよ。それでもじつににこやかに、テンポよく処置していきます。いろいろ不思議なお喋りをしたがる患者さんもいらっしゃるのですが(聞こえてきます)大前提として「にこやかに」と決めているのですね。決して言葉や表情がきつくなることはありません。あくまでも穏やかに、淡々と診察を続けていく。
 見ていて大変勉強になります。患者さんがどんどんたまっていっても、先を急ぐような感じにはならない。自分もこうでなければいけないと思いましたよ。
 
 買い物もとりあえず予定のものはすべて手に入れました。帰りはけっこう大荷物になった。大荷物でDVDを借りてきた。「パシフィック・リム」ですね。息子が「すげーばかばかしいけど面白かった」と言うので、いちおう見てみようかなと。
 何というか・・・子どものころの「鉄人28号」をちょっと思い出したりしました。面白いことは面白いのですが、さすがに少年期のようにのめりこみはしませんね。女優の菊地凛子さんが魅力的に映りました。西洋人のなかに混じると日本人(東洋人)はとても神秘的に見えますね。
 
 息子は冬休みに入っているのですが、ときどき勉強しに大学の図書館に行きます。レポートだか何だかをまとめる必要があって出かけていくらしいのですが、小中学生のころに比べるとまともになってきましたよ。
 心配されている保護者の方によくお話するのですが、男の子は女の子よりも少し遅れて高校生になってから見違えるようにしっかりするケースが多いのです。私も家内も息子が小中学生時代少しぐらいいい加減でも人格まで否定するような強い叱責はしませんでした。つねに「ひとりでにしっかりしてくるよ」と本人にも伝えていた。時期を待つ、時期を待てるということは本当に大切なことだと思います。
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2013.12.23 10:11

 私が現在担当しているクラスは非常にレベルの高い生徒が集まっています。ですから何も問題はない。記述であるとか論述であるとか作文であるとか、内容的には全員甲乙をつけがたい。よくできます。そうするとどこかでどうしても差をつけなければならないとすると、どこで差をつけることになりますか。
 内容に問題がないのであれば外側でしょう。外見。文章における外見というのは、文字の丁寧さみたいなものですね。上手下手ではなく、丁寧に書かれているかどうか。句読点まで含めてです。
 
 こういうことは案外大切です。そして、わざわざ教室まで来てくださるような生徒はだいたいにおいて問題ありません。それでも僅かな温度差は出てきます。男子でも女子でも。
 世間一般にはものすごく乱暴に急いで書く人がいます。どちらかといえば男子に多いですね。乱雑なつづけ字みたいなのを書いてしまう。草書体というわけではないのですよ。ただ乱暴なのです。句読点などはあるのだかないのだか判然としません。
 料理にたとえて考えてみてください。内容は同じなのだからと欠けたお皿にめちゃくちゃな盛りつけで出てきたらやっぱりあまりおいしくは感じられないですね。
 
 文字の乱雑さというのは多くの場合書き方だけに原因があるわけではありません。ご本人のなかに非常にいらいらしたものがたまっているケースが多い。それを抑圧しろというのではないですよ。まず、気づきなさいということです。気づくだけで変えることができます。自分はいらいらしているなと気づくだけで大きな1歩になります。
 乱雑に文字を書くということは・・・ひょっとすると服もきちんと畳んでいないのではないですか? 靴は脱いだあと揃えていますか? 挨拶をするときにきちんとお辞儀をしているでしょうか? 食べ方はどうでしょう。大急ぎで飲みこんだりしていない?
 
 すべて同根なのです。心のどこかに「そんな面倒なことやっていられるか!」という怒りや不満のようなものがある。そこに気づかない限り文字だけを丁寧に書く人生というのは難しい。問題は文字のことだけではなかったのだと気づいてください。いらいらがどこから来るのか、その感情を超えていくためにはどうしたらよいのか、自分のことなのだから自分で変えられて当然なのだという意識を強く持ってほしい。
 文字の乱雑さを責めているのではないということはくれぐれもわかってください。あなたの生活全体を良質なものにしていくために大きなチャンスとして利用してくださったらいいということです。
 
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2013.12.22 10:30

 今朝、渋谷駅の山手線ホームで「四日市工業」と大きく書かれたお揃いのジャンパーを着た少年たちがいるのを見てちょっとどきりとしました。私もじつは同じ電車に乗っていたのですが、ブログに何を書こうかと迷っていて(来るときはだいたいそればかりです)、今日は四日市のことでも書くかなと漠然と考えていたからです。
 四日市について意識しはじめたのは1990年代初頭です。具体的にはある棋士の四日市についてのエッセイがきっかけでした。
 
 雑誌に掲載されていたのですが、私はそれを偶然近鉄特急のなかで読んでいました。大阪から名古屋に向かう「アーバンライナー」というやつ。例によって新幹線ではなくわざとそんな特急で移動していた。四日市といったらいま走っているあたりじゃないか・・・と窓の外を見た。
 夜中になると工場の煙突から昼間よりたくさん煙が出ると書いてありました。電車のなかからも煙突は見えます。東京に帰った直後、今度はある生徒から「いま学校で四日市公害について勉強している」という話を聞きました。何かがつながったような感じがした。
 
 それでふと行ってみました。よくわからないのでJRで行った。ものすごくさびれていると思ったのですが、近鉄の駅に近づくにつれて華やいだ感じになります。街全体がせまいのですね。うろうろしていると「あ、さっきも見た」と同じ人に何度も遭遇します。将棋の道場にも行きました。たしか1勝1敗でした。
 当時はインターネットなんて普及していませんでしたから、夜はガイドブックで見た居酒屋さんに寄ってみました。とてもいい感じのお店です。「お仕事ですか?」と訊かれたので、いや・・・とあいまいに返事をすると「つぎにいらっしゃったときも是非寄ってください」と笑顔で見送ってくださいました。
 
 合計で3回行っています。20年間に3回ですからたいした回数ではないですね。最後に行ったのが2年まえの夏。1泊だけして帰りました。
 非常に暑かったことを覚えています。尋常な暑さではなかった。例の居酒屋さんはまだ営業していました。メニューの片隅に小さな文字で「トンテキ」と書いてある。いかにも(頼まないでほしい)というオーラが出ています。正統派の居酒屋さんですからね。あまり出したくないのでしょう。とはいうもののトンテキはここ数年四日市名物で大評判ですから出張してくるお客さんのためにも置かないわけにはいかないのかもしれません。
 
 もちろん頼みませんでした。JRのほうは相変わらずちょっと寂しい感じでしたが、街全体が大きく変わろうとしている感じも受けました。
 90年代ある文芸誌に「四日市」という小説を掲載していただいたことがあります。くだらない話でしたが、いい思い出です。死ぬまでにあと1度ぐらい行く機会があるかもしれません。
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

2013.12.21 10:51

 今日から私自身も冬期講習の授業に入ります。読んでくださっている小中高校生の皆さんもひょっとするとどこかに通われるかもしれませんね。塾ははじめてという人もいらっしゃるでしょう。宿題も出たりして大変だと思います。
 ちょっとしたコツを書いておきます。自宅に帰られて明日の準備(多くは宿題ですね)をするまえに、少しでいいですから今日やったことを振り返ってみてください。何を学習したか確認しておくクセをつけるのです。
 
 すごくできるようになりたいというのであればやはりどうしても緻密な復習が必要になりますが、そうでなければーーそれなりに成績を上げたいぐらいであればーーざっと見直すだけでも効果があります。ここはわかりにくかったなあというところは時間をとって。単元によりますね。学校であまりやっていない単元は必ず見直してください。
 出された課題だけをやれば「勉強した」ことになると思いこんでいる中学生が多い。しかし本当の勉強は「あなたがよくわからないところがわかるようになる」ことです。
 
 帰ってからはどうにも時間がとれないということであれば、授業と授業のあいだの小さな休み時間にやったばかりのことを確認してください。5分か10分で何ができるのかと考える人もいるでしょうが、何もしないよりはるかに効果があります。意識のなかにこういう勉強をしたという印象がすりこまれていく。ぜんぶは覚え切れなくてもつぎに出てきたとき非常に楽です。
 新しいノートを用意してはどうでしょう。冬期講習用にわざわざ作る。で、きれいに書く。いままでは雑に書いてきた人も「ここからは丁寧に書く」と決めてください。
 
 冬期講習が終わると当然ノートは残ります。どの教科もそれなりに頑張ったことが形に残りますね。(自分はこれだけやってきたのだ)ということが心にも残ります。ある種のプライドですね。それが人間を内側からだんだん変えていきます。
 逆に形が残っていないと心にも残りません。心のほうに残さないと本当の変化は出てこない。こんなに丁寧に書いてきたんだ、いままでとは違うんだ・・・という気持ちが大切ですね。
 
 ご自宅で1人で勉強する人もいらっしゃるでしょう。そういう人もノートを新しくすると気持ちが変わると思います。だれも見ていないから雑でもいいじゃないかと油断しないでください。だれも見ていないどころか、この世でいちばん大切なあなた自身がじーっと見ていますよ。心をこめて丁寧に書きはじめたことを世界中の人間は知らなくても当事者のあなただけは知っている。それで十分なのです。
 この冬は丁寧に頑張ったという形を残しておきましょう。自分を変えられるのは自分だけです。
 
 
Tags :
幼児・小学生
中学生
高校生
高校受験
ソーシャルブックマーク:

プロフィール

プロフィール画像
長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

カレンダー

<<   2013年12月   >>
01 02 03 04 05 06 07
08 09 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

新着記事

月別アーカイブ