2013.06.15 07:08

 今日は午前中から保護者会があり、教室に着いてからは非常に忙しくなりそうです。というわけで・・・自宅で書いています。
 世の中全体で「効果的に」視覚に訴える社会を作ってしまいました。どなたでもちらりと見ただけですぐ理解できるように送り手側が用意してしまう。善意でやっているわけですが、難しいものであまりにも親切すぎて受け手側に(集中しなくても理解できる)という思いこみを与えてしまう弊害も出ていると思います。

 要するに、集中して見ていないし聞いていない。集中なんかしなくても理解できますから。それどころかわからないとすべて送り手側の「サービス不足」のせいにしてしまう。もっとわかりやすく伝えてくれないと理解できるわけがないじゃないかと不満に感じるわけです。
 勉強に関して言えば、その姿勢のままですと心配です。自分から出向いていって物事の核心部の秘密を徹底的に解明する気概は何より必要でしょう。そうした秘密は、必ずしもわかりやすく整理されているとは限りません。

 勉強法についてずいぶん多く話してきました。そうしてあまりにもわかりやすくまとめてしまうと逆効果かなとも感じています。わざとわかりにくくお話する必要はないのですが、わかりやすすぎてもいけない。ご自身(生徒さんのことです)が少し考える余地を残さないといけない。いまの話はどういうことなのかな? と心配になる部分を与えられてはじめて、人は「真剣に」聴くようになります。必要であれば、自分自身で積極的にメモもとるでしょう。

 あとでいいやというスキを与えてはいけない。大きな会場ではマイクを使いますが、本当はマイクも使わないほうがいいのかもしれません。肉声が届くぎりぎりのところで「1つも聞き逃さないように」という気持ちで聴いていただくのがいちばんいい。
 人はご自身の姿勢によって得たいものを得ます。何が何でも得たいという感情。渇きが何より大切なのです。

 渇くのはかわいそうだということで渇きのない環境、渇きのない社会、渇きのない空間を作り出してしまう。しかし、そもそも「物事をもっとよく知りたい」(=勉強)ということだって強烈な渇きであるべきです。
 楽ができるようにとすべての移動を車で送り迎えしていたら、子どもなのに脚が衰えてしまったなどというのはあきらかに本末転倒です。そうならないように与える便利さの程度には十分注意しなければいけないと思っています。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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