2013.06.14 13:28

 長いこと教える仕事を続けてきました。50代になってだんだんわかってきたこともあります。先生と生徒といっても要するに人間同士ですから、相性のいい悪いは当然あるでしょう。生徒側には勝手にそういうことを表明する権利があるとも思っています。まだ子どもですからね。無邪気にあの先生は好き、この先生はいや・・・ぐらいは口にされるかもしれません。
 息子には「先生に対しては仮に疑問を持っても従いなさい」とは伝えてきました。いちおうの定義は与えておいたほうが彼自身も楽だろうと考えたからです。

 さまざまな世界でトップに着くような方の自伝を読むと例外なく「好き嫌いを言っていては第1人者になれない」みたいなことが書いてあります。得意とか不得意とか、選り好みしていてはいけないというのです。そういうことは日常生活の、たとえば食べ物の次元から克服していく必要がある。当然、先生も好き嫌いがあってはいけない。
 さらに勉強で言えば、理系科目は苦手だとか文章を書くのは苦痛だとか言っているようでは第1人者にはなれない。原理原則は確かにそうだと思います。

 ただ皆さんが必ずしも全員第1人者をめざされる必要はないと思います。まずまずという感じで、少し余裕を持ってやっていきたいという方も大勢いらっしゃる。少しは好き嫌いは出してもいいと思いますよ。
 ただし教える側はそれではいけません。つまり「苦手な生徒」というものがいてはいけないということです。あの子とはどうもうまくいかないということではいけない。それはこちらの責任です。自分については、私ははっきりそう決めています。

 ときに指示を守らない生徒というのも出てきます。ノートをどうしても横書きで書く。テキストに直接書きこんでしまう。授業中うつらうつらする。練習してきなさいといったものを練習してこない。
 そうしたとき、いまの自分はどうするのか。
 いちばん大切なのは、彼(彼女)もまた自分のなかに包みこもうという強い意志を持つことだと考えています。その生徒の矛盾もぜんぶ大きく包む。言うことをきかない生徒がいて困ったではなく、言うことをきかない生徒も何とかしてやろうという慈愛の精神を持つということです。

 どこかで縦書きにしたらいいよと言う。できればノートに書くといいよと言う。私はけっしてあなたの敵ではないし、あなたをむりやり従わせようとしている偏狭な人間でもない。あなたにはあなたの好みがあって構わないし、納得のいかないあいだはあなたの方法論でやり続けてもいい。
 そしてーーここがいちばん大切なところなのですがーーそれでもあなたは私の授業を受けて力をつけるだろうし、私の近くにいて幸せを感じるようにさえなるだろうということですね。

 若いころは、私も生徒がいっせいに自分の指示に従う様子を見ていい気分になっていた時期があったように思います。逆に言えば、言うことをきかない生徒を排除しようとする意志があった。外側から自分の力を確認しないと不安だったのでしょう。現在はまったくそんなことはありません。他者が自分に従っても従わなくても、できるかぎりのことはする覚悟です。
 変なたとえですが、宗教で言えばあなたは何々教の信者だからだめ・・・ではなく、どういう神さまを信じていてもいなくても救われるということを見せる感じでしょうか。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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