2013.06.30 11:57

 今日からまた教室に来ています。さきほどちょっとだけ新宿教室でお話してきました。何か久しぶりだな。これはこれでまたしっかりやろうと思います。
 休み中いろいろなことがありましたが、おとといブラック・サバスの新しいアルバム「13」を買いました。オジー・オズボーンの関係するものとしては35年ぶりの新作です。発売当日に買うのが礼儀だとは思ったのですが、発売されてから10日近くたってしまいました。こういうところに自身の老いみたいなものを意識します。

 完全に初期の音にもどった感じですね。重くて暗い。ドラムだけオリジナル・メンバーではありません。しかし、初期のころと音は似ています。
 ビル・ワードというオリジナル・ドラマーはとくに4枚目のアルバムまではやたらと手数が多く、ちょっとばたばたした雰囲気がありました。ジャズの影響を受けていたのでしょう。キレがいい感じではなかった。わざとだと思うのですが、新しいアルバムのドラムはそういう雰囲気になっています。音もちょっとこもっています。

 コージー・パウエルやヴィニー・アピスなんかだと一音一音がもっとくっきりするのですが、プロデューサーがそういう音にしたくなかったのですね。印象としては4枚目のいわゆるB面を思い浮かべました。あの世界はオジー・オズボーン、トニー・アイオミ、ギーザー・バトラーだけにしか作れないでしょうね。
 重くて暗いのですが、子どもっぽくはない。うんと過激にしてやろうという「若気の至り」みたいなものをまったく感じさせません。そういうのってちょっと鼻につきますものね。

 同じコーナーにカテドラルの新作(ラスト・アルバム)も置いてありました。こちらも買うべきなのですが、今回は見送りました。一緒に聴いてしまうと印象が薄れてしまいます。本当は先にカテドラルを聴く予定でした。ところがけっこう大きなCDショップ(2軒見ました)でも見つけることができませんでした。
 この時代、ヘヴィ・メタルをCDを買って聴く人は少ないのでしょう。昔は比較的真剣勝負みたいな気持ちで音楽を聴いていた若者が多かったような気持ちがするのですが、そういう要素は薄れてきているように思います。

 まだ深く聴きこんでいないのですが、雨のなかの鐘の音が聴こえてくる部分・・・要するに1970年2月13日の金曜日に発売されたファースト・アルバムの出だしとそっくり同じ箇所がありました。
 あのアルバムを発売直後に買った友人がいました。彼の自宅で聴いたのですが、私自身は当時オールディーズが大好きで(こんな変な洋楽、音楽のうちに入らないや)ぐらいに思っていました。その私がこうして57歳にもなって喜んで聴いているのですから、縁というのはつくづく不思議なものです。
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2013.06.29 10:40

 今日は午後から池袋の新教室でお話することになっています。私の持ち時間は20分ぐらいなのですが、保護者の方の受験生への接し方や勉強方法についてのご提案ですね。押しつけがましくならない程度にお話させていただこうと思っています。
 来月は立川教室や三島の本社でもお話をさせていただくことになりました。そのときは1時間ぐらいということですので、ちょっと詳しく具体例なども盛りこんでいこうと思っています。

 こういうお話は昔は多くの方がされていたような気がするのです。多くの方というのは有名人という意味ではないですよ。本を出したり新聞雑誌テレビに名前が出たりといういわゆる「有名人」のことではありません。
 いまの私のような「なんでもない大人」がちょっとだけ経験に富んだ話を若い方に向かってさりげなくしていた。たとえば落ちこんでいる方に「その経験も人間を磨くのだから落ちこんでいる自分を責めないことだよ」とか、受験生に「努力して得られるのは合否だけではないから安心して頑張りなさい」とか。

 あちらにもこちらにもそれなりに「成熟した大人」がいて、まだいろいろな点で未熟な方たちが参考になるような言葉を残していた。それはもちろん学歴がどうのこうのではないですよ。私なんかだとやはり将棋の道場で出合った何人かのーーいわゆる何を生業にされているのかわからないようなーー方たちからの人生訓はそれなりに役にたったように思います。
 いわく「将棋でも女でも命がけになれないものを安易に好きなどと言うものではない」。いわく「飲む打つ買うすべてに強くなってはじめて一人前だ」。

 内容はともかくとして、市井の大人の言葉に重みがあったような気がするのです。ところが、最近の大人は昔に比べてやや自信を喪失しているようにも見えます。学校の先生でさえ、自信を持っていらっしゃらない。どう指導したらいいのか悩んでいる先生がすごく多いという記事をさかんに目にしますね。
 私はもともと引っこみ思案なので大勢のまえでお話するのは苦手なのですが、人生についての対処法の発信基地数が少ないのであれば、わかる範囲で自分もやっておくかな・・・ぐらいでしょうか。

 突然劇的に人生が変わる何らかの方法を知っているわけではないですし、霊的な秘密みたいなものを会得しているわけでもありません。要するにそのへんにいる長く生きた大人にすぎない。それでも中学生の勉強については連続で35年近く見てきましたから、こうしたほうがいいよとかこう考えてみたらどうだろうぐらいはお話できます。迷っていらっしゃるのであれば、参考にしていただけたらうれしい。
 昨晩、じつは新教室を下見に行きました。さらにもう一度だけ旧教室に入りました。今度こそ本当のさよならを告げるためです。大人だからこそそういうこともするのですよ。
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2013.06.28 11:01

 夏休みに受験生の方は勉強されるでしょう。最低6時間と考えてください。あくまでも最低です。残り18時間もあります。仮に7時間眠るとしてもさらに11時間ある。テレビも見られますし十分遊べますよ。6時間も勉強だなんて・・・とうんざりしないでください。憂鬱な気持ちでは何をやってもうまくいきません。
 コツは午前中に勉強時間を「稼ぐ」ことにあります。仮に9時から3時間しっかりやれば残りはもう3時間しかありません。正午から寝るまでに3時間だけですんでしまう。

 午前中ずっと寝ていたりするから6時間という勉強時間が重く感じられるのです。そこは気をつけないと。私は怠惰な生活を必ずしも否定するものではありませんが、受験生で今年は頑張ってみようかなという方には午前中しっかり時間を使うことを提案します。なかには午前中4時間稼ぐ人もいるかもしれない。うんと楽になります。
 50分単位ですかね。で、10分休む。そのセットで1時間。この休むときにゲームなんかに手を出してしまうとセットが乱れます。勉強の休み時間はいまやったものを片づけてつぎにやるものを用意する時間にあててください。

 基本はこれまでやってきたことの復習ですね。先へ先へと1人で進むのは難しいものです。からまわりしてしまうことも多い。そうではなく、復習をしっかりやってください。声を出し、きちんと書いて。
 塾に通われている方はカリキュラムを重視されることです。どこの塾でもいいカリキュラムが組まれていますよ。それをまずしっかりこなす。塾の授業が仮に3時間だとします。帰ってきて復習、課題、予習でやはり3時間ぐらいですね。ちょうど6時間になります。

 塾で5時間という方もいらっしゃるかもしれません。その場合、当然帰ってから1時間では足りません。その場合はーー6時間は最低条件ですからーーさらに3時間ぐらいは勉強が必要です。何しろ5時間分の復習や課題、予習が必要になりますから。合計で8時間になりますね。それでもまだ1日は16時間あります。計画的にやれば好きなことをする時間は十分残るはずですよ。
 要するに学校に行っているときはそうではないですか。朝出て夕方帰ってくる。8時間以上拘束されている。でも、好きなこともたくさんしていたはずですよ。

 夜更かしをしてもいいのですが、午前をつぶすような生活はよくない。そういうのはまたべつの機会にやってください。
 ときどき「何もやることがない」という方がいます。そんなわけがないのですが、もし本当にやることに困るということであればせめて読書の時間にあててほしいと思います。読書にはそれほどの価値があります。黙って1人で理解を進めていくというプロセスが勉強によく似ているのですね。読書好きの人が勉強し出すと伸びていくのが非常に速いのですが、同じような行為だからなのでしょう。

 夏休みまでまだ少し時間がありますね。ちょっと練習してみてもいいかもしれません。1日2時間ぐらい。何かやってみてください。こんな感じか・・・ということが体感できるはずです。
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2013.06.27 09:54

 無事帰りました。
 結局、いつもと同じようなことをしていました。私は非常にお喋りなのですが、それはちょっと気を遣いすぎる側面もあるのです。仕事場でもそうですが、ずーっと黙っている方がいらっしゃると何か心配事でもあるのではないかと気になって仕方がない。それでついつい話しかけてしまうのです。
 1人旅だとそれがない。いくらでも黙っていられます。その部分は非常にいい感じでした。

 ただ独り言を呟きますね。とくにホテルの自室で夜景を見ながらずいぶん独り言を呟いているのを意識しました。飲みながらですけどね。20代のころの思い出なんかを・・・あのときはさー、若かったから仕方がないと言えば仕方がないよなとか、あの時点からやりなおせたら面白いかもしれないなとか、ぶつぶつ呟いた。ちょっと危ない人みたいですね。
 あるお店に入った。じつは目的にしていたべつの店が閉まっていたのです。これは予定外でした。そこに入るのを旅の目的の1つにしていたのに。

 シャッターに貼り紙があり、店主体調不良と。しばらく休みますみたいなことが書かれていた。えーっ! という感じで、もうどこでもいいやと適当な居酒屋さんに入った。ある意味で、ここがすごかった。
 まず、私以外にどなたもいない。本来なら人がたくさんいてもいい時間帯です。店主はカウンターから出てきて野球を見ている。私が入ってきたのでだるそうにのろのろとカウンターに戻りました。手書きのメニュー(ホワイトボード)を見て驚いた。「さば缶」とある。「さば」ではないのですよ。「さば缶」です。

 うーむという感じできょろきょろしていたら、ほかの貼り紙が目に入りました。店主が近々入院されるということが病名とともに書かれています。そういうわけで、あまり頑張りがきかないのですね。
 ということであれば・・・こちらも気を遣って、簡単な料理とビールを注文した。長居しては気の毒みたいな気持ちもしたので早々と退散しました。私がいるときに突然倒れられたりしたら、こちらも焦りますからね。最後に「お大事に」と声をかけたら「どうも」と笑顔で返してくださいました。

 ホテルの部屋番号が2221でした。以前、書いたことがあったかもしれませんが、私は2という数字に強い縁があります。フロントの方が手許の紙に222と書かれた時点で当然最後も2が来るだろうと思ったら、最後のひと桁は1でした。
 その瞬間、少し人生が変わってくるかもしれないなと思いました。もちろんいい方向にですよ。何も変わらないということは造花みたいなものですからね。変化があったほうが好ましいと思っています。そしてまた、こんな予感が実際に人生を変えたりもするのですよ。
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2013.06.23 13:01

 本日からZ会進学教室は授業がお休みです。今日はこうして教室に来ていますが(面談の予定が入っています)、明日から29日まで渋谷教室は閉まっています(閉まるのは高校受験の「進学教室」だけですから、マスターコースの方は勘違いなさらないでください)。
 以前書きましたように、私はしばらく蒸発します。つぎに記事を書けるのはーーコメントのお返事も含めてーーおそらく27日か28日になると思います。

 私が蒸発するのを知って、息子が自分もいずれ同じようなことをしてみたいと話していました。「旅の少し先」ですね。行きたいところもあるそうで、話を聞いていると親子は似てくるものだとつくづく感じます。
 私は私のような人間が非常に「生きにくい」ということを身をもって知っているわけです。当事者ですから。うまくいかないことがどれほど多かったか、それは必ずしも環境や能力や体力によるものだけではなく、いちばんの原因は気質的な障壁にあるということもよーくわかっている。

 ですから、息子が生まれたとき私みたいにならないようにということをまず考えました。ゆるくゆるくのんびりと、ある意味でむしろだらしないぐらいに育てた。躾は最低限のところだけでしたし、勉強もたくさんやらなくていいという形をとりました。遊びには一切の制限を設けず、友だちと遊ぶことをすべてに優先させました。
 要するにのびのびと社会性を持たせるということですね。実際、彼が小学生のころは「友だちが家に来るからお父さんは外に行っててくれよ」などということもありました。

 面倒でしたが、男の子らしくなってきたとある意味ではうれしかった。それがあるときからふっつり友だちを自宅に呼ばなくなり、ついには友だちはいなくていいなどと言い出した。まさに私そのものですよ。
 育て方だけではないということが身に沁みてよくわかりました。それならそれで生きていくしかない。いまはもう息子の偏屈(?)なところも全面的に肯定しています。おまえはそうやって生きていけばいいと思うよ、と。

 地方に行くと地元密着みたいな電車によく乗ります。で、けっこう大きそうな駅で下りる。そして適当にぶらぶら歩いてみます。するといろいろ発見があって面白い。
 以前、ある小さな町を歩きました。大手のコンビニエンスストアに入ってびっくりした。レジにいた女の子がタトゥーだらけなのです。自分はヘヴィ・メタル好きですからタトゥーに対して偏見があるわけではないのですが、東京ではその手のお店で「タトゥーだらけの」アルバイトの方はあまり見かけません。

 そういうことが妙に心に残ります。何年もたって「あのときの店員さんはすごかったな」と前後の脈絡なく思い浮かべたりします。
 関西のある県の山の中のひなびた食堂からは、突然傷痍軍人の格好をした人が出てきたびっくりしたことがありました。しかも、昼間なのにかなり酔っている。どう考えても年齢的にも不自然なのです。しかし、旅の光景としてはこんなのもありかなと思いましたよ。
 それではしばらくお別れです。

 
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2013.06.22 12:58

 うなぎが大嫌いという方がいますね。気持ち悪いというお話を聞くこともあります。蒲焼を裏返すと気持ち悪いというのです。裏返さなければいいのにとも思うのですが、わざわざ裏返す。で、やっぱり気持ち悪いとなる。
 Z会進学教室の卒業生で教室でアルバイトをしていただいていた優秀なお嬢さん(Sさん、社会人生活は大変かね?)のいちばん好きな食べ物はうなぎでした。べつの優秀なお嬢さん(Mさん、また元旦に)はいちばん嫌いな食べ物がうなぎでした。

 このMさん、お友だちの家に遊びに行かれたときによりによってうな重が出てきた。まさかうなぎが食べられないと思っていらっしゃらなかったのでしょう。さて、困りました。
 頭がいいですからね。工夫しました。ご飯の中にうなぎを固めて隠す作戦に出た。で、ご飯だけ残ってしまった風を装った。正直に苦手だとおっしゃれない雰囲気だったのでしょう。むりに食べて具合いでも悪くなったらもっと迷惑をかけてしまいますからね。

 うなぎは稚魚をつかまえてこないと基本的に養殖できないそうですが、その稚魚が年々つかまらなくなっているという話です。加速度的に減ってきている。
 私はどちらかと言えばうなぎ好きだと思いますが、食べられなくなったら死んでしまうほどではありません。子どものときのほうが好きだったかもしれないですね。

 もう何十年も昔、例によって1人で名古屋に行きました。「ひつまぶし」を食べてみた。今みたいな情報化社会ではないですからね。思い切って頼みました。
 地元の方はふつうにうな丼とかうな重とかを食べられているわけですよ。そこにひつまぶしが運ばれてきた。小さな子どもが大きな声で「お母さん、あれなーに?」などと言う。露骨にこちらを注視している団体客もいる。周囲の目が気になって気になって、味わうどころではありませんでした。私にしては珍しく途中で残して逃げ帰りました。

 どじょうというのもいますね。どじょうもまた昔はいくらでも獲れたそうです。「田んぼのうじ」と呼ばれていた。そういえば私が小学校低学年のころ、親戚のおじさん(眼科医)がどじょうを川から獲ってきて自分で料理して食べていました。数匹もらってきてしばらく飼った記憶があります。最近はうなぎより高いぐらいだという話を聞きました。
 どじょうは大人になってからおいしいと感じるようになりました。めったに食べないですが、苦味がいいのですね。

 飼っていたどじょうは非常に丈夫でした。適当なエサしか与えていないのに大きなビンのなかでいつまでも生きている。水をかえるとき、何度かつるりと逃げられてしまいました。当時は洗面所の排水口がすぐまえの川につながっていました。夜寝るとき、いまごろあのどじょうはどのあたりを泳いでいるだろうと想像しました。どじょうの孤独について私は考えたのです。

 
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2013.06.21 12:05

 今日は自分の人生のお話を。
 勉強法についてはいちばん大切なのはこれこれだという語り方が可能なのですが、人生についてとなると当然それぞれの方の人生観がありますから、一概に何が大切だと決めつけることはできないですね。
 ある人はお金が大切だとおっしゃるでしょうし、ある人は家庭が大切だとおっしゃるでしょう。仕事、権力、地位、宗教、愛、趣味・・・場合によってはスリルやスピードなどという方もいらっしゃるかもしれません。

 異性間(同性間でもいいのですが)の性愛とか親友との交流、あるいはグループの固い結束、親子兄弟の深い絆、ペットへの惑溺などは愛情という類まれな感情を垣間見させてくれる貴重な瞬間だと考えています。どんなに好きであってもそれが愛のすべてではない。しかし、愛というものが世の中に存在するという予感は抱かせてくれる。
 色があることがわかったということですね。具体的な愛情生活を体験することによってとにかく世の中は有色らしいということがわかった。

 色彩全部が愛というものなのだと私は思っています。それぞれが体験している具体的な愛情は、たとえばショッキング・ピンクだったりだいだい色だったり深紫だったりする。しかし本当に大切なのは、自分が住んでいる世界には無限に色が存在するということであって、その無限さこそが歓びの根源でしょう。
 ずばり、自分の目指す世界は無選択の愛情の世界です。私個人の目的は「つねに」無選択の愛情を持つことにあります。

 私は音楽が好きなのですが、昔からカントリー&ウエスタンとかクラシック音楽とかはあまり聴いてきませんでした。以前はむしろ「好きではない」と思っていました。しかし、その発想自体が音楽全体への接近を阻んでいるということに気づきました。
 ポップスやソウル・ミュージックとはべつの観点から聴いてみるとーー大好きにはならないにしてもーーそうした音楽もそれなりに面白い。そう見ることが音楽全体に対する愛情ではないかと考えるのです。要するに世の中に存在するものは無選択に愛するということですね。

 ・・・というようなことをけさ「奥さまは魔女」のテレビ番組を偶然見ながら考えました。私がこの番組をはじめて見たのは昭和40年代、まだ高校生のころでした。昭和期の鬱屈した男子高校生にとって「奥さまは魔女」の世界は夢のように見えたものです。この生活こそがーー大きな家に住み都会的なオフィスで働いて家庭があり頻繁にホームパーティーを開いてーー人生の幸せなのだと真剣に考えたりしたものです。
 それがいまはこうです。長く生きるというのはそれなりに意義のあることなのだとも感じます。
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2013.06.20 13:12

 先日血圧のクリニックに行ったとき、お医者さんからこう言われました。ちなみにその先生は見るからにりっぱな方で、私はもう20年以上その先生に診てもらっています。診察が大変丁寧なのです。1人1人の患者に多すぎるぐらい時間をかけ、的確なアドヴァイスをされます。シロウトにもわかりやすい言葉で丁寧に説明してくださいます。
 その先生がこうおっしゃった。中高年になるといろいろ具合いの悪いところが出てくる人が多い。気をつけるべきことは1つだと思ってください。

 1つだけなら守れそうですね。体重を増やすなと言われました。いま私の体調がいいのは中高年であるけれども太っていないからだ。このまま健康のために体重だけはしっかり管理するように・・・と言われました。
 お酒を控えろとかあれを食べるなとか週に何時間運動をしなさいとか、いろいろあると思うのですが、ずばり「体重管理のみ」せよと言う。感心しました。そう言い切ってしまえるところが名医なのでしょう。

 ある神秘主義の本を読んでいたら悟るためのいろいろな技法ーー座禅とか瞑想とかありますねーーについて述べられていたのですが、要するにすべての技法は自分自身を外から見つめるためのものであるということが書かれていました。
 観照という用語が使われていたのかな。それだけが目的で、技法はじつはどうでもいいとも書いてあった。クリニックで先生のお話を聞きながらふと似ているなと考えました。

 勉強でもただ1つだけということであれば、とにかく授業をしっかり受けることに尽きます。学校でも塾でも、授業そのものを真剣に受ける。わからなくても宿題をやっていなくても、あるいはつまらなくても、とにかく真剣に受ける。そういうクセをつけることです。
 ときどきあの授業は・・・と周囲のせいで授業が面白くないと主張する方がいますが、そういう気持ちそのものがすでに危険なのです。授業を「場合によっては」真剣に受けなくてもいいと考える隙が、少しずつ人間をむしばんでいくのです。

 よく留学生の方が中学時代は日本語にさんざん苦労されながらも、結果的に非常に難しい大学に大量に合格されたりしていますね。真剣味の違いが露骨に出てしまっているのです。言葉がわからない。わからないからどの授業でも真剣に聞かなければならない。よくわからないところは先生に質問するでしょうし、復習だってしなければとても周囲の日本人にはかなわない。
 そうやって真剣に授業を受けるクセがつくのですね。もちろん寝たりしませんよ。外国の授業で寝ていたら、あっという間に置いていかれますから。

 授業を真剣に受ける。その1点です。1つだけということであればそういうことです。心がけてみてください。
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2013.06.19 11:46

 昨日と今日はお休みをいただけたのですが、昨日は教室長会議というものがあり、御茶ノ水教室に行きました。休みの形にして会議だけ出席したのですね。そのあとで血圧のクリニックに行き、さらに池袋教室に寄りました。
 教室移転の時期が近づいています。最後にもう一度だけ見ておこうと思った。つまらない感傷ではあるのですが、私は57歳にもなってそういうところだけがいいのです(自分で褒めていますが)よ。

 生徒さんがいらっしゃったのでぜんぶの教室には入れませんでしたが、601と602、あと604だったかな。その3教室はのぞいた。そこから見える外の様子も把握しました。トイレも入ってみた。懐かしいですね。
 階下の警備の方も私のことを覚えていてくださった。ちょっとだけ会話を交わしました。引っ越しのことをおっしゃっていた。「そうなんですよ。2004年からお世話になっていたのですが」今年が2013年ですから約10年ですね。

 個人的な引っ越しというのは何度もしたことがあります。そのたびに感傷的な気持ちは持ちました。変な話で、家というか建物のほうも何か感じているのではないかと思ったときがあります。
 小さなアパートから大きなマンションに移ったときのことです。いよいよ引っ越す日に突然蛍光灯が切れ、チャイムが鳴らなくなった。まさに引っ越し当日ですね。あ、これは建物が拗ねているのだなと思いました。

 引っ越すときはだれもいない空間に向かって、ありがとう、いままで本当に楽しかったよということを呟くようにしています。ばかみたいですが、儀式のようにそうしてきました。一度住んだところには、二度と住む可能性がないですからね。
 きのうは人がたくさんいらっしゃってさすがに呟けませんでしたが、心のなかでお礼を言ったつもりです。私のことを覚えていてくださったSさんという生徒にも偶然会えてよかった。

 そのあと? 年下の親友U教室長と飲みに行きましたよ。教室とのお別れよりそっちが目的だったりして。
 U先生、昔は理科のお話がよく出ましたが、教室長になられて生徒指導についてのお話が多かった。こんな風に考えてやっているということを話してくださったのですが、簡単に表現すると私とまったく同じ方向性でした。それでいいと思いますよと伝えました。栄養は甘さのなかに隠しておくということです。わかりますか。U先生も私もじつはけっこう厳しいのです。しかしそれは甘さのなかに隠してあるので、彼らが傷つくようなことはありません。
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2013.06.17 14:00

 このブログがスタートして丸4年がたちました。長いことありがとうございます。最近では、もう書くことがなくなってしまって(勉強の仕方だとか子育ての方法だとかが次々と「更新」されることはないように思います。大切だと考えていることはおおむね書き切ってしまいました)、引き際というか散り際というかある程度意識していますが、まだやめなさいという具体的な指令(?)は来ておりませんので、もう少し続けさせていただくことになるかなと思います。

 私からはわかるようになっておりますのでちょっと確認してみたのですが、昨日は2000人を超える方が訪問してくださいました(ページビュー数です)。多い日は3000人以上の方がいらしてくださる。はじめは100人ぐらいだったと思います。それでもずいぶんたくさん来てくださるものだなと思っていました。
 いまランキングを確認してみたら、ブログ村が2位、人気ブログランキングが4位になっていました。Z会ブログのランキングも2位。たいした記事は書けていないのにいつも応援していただいて、ありがとうございます。

 4年前の6月16日ーーつまり前日ですねーー仕事はお休みで、明日からブログというものをはじめるのだなとぼんやり考えていました。ミッキー・ロークの「レスラー」という映画を吉祥寺で見た帰り、ある公園で傘をさしながらベンチに座ってビールを飲んだことを覚えています。
 雨の公園にはどなたもいらっしゃらなかった。そこでいまの映画について考えながらビールを飲みました。そういうことをしたくなるような映画なのです。

 今日はこれから渋谷教室の「目標」をたてないといけません。すでに腹案はできているのですが、期日をうっかりしていました(K代表、O副代表、申し訳ありません)。
 私は目標というものをこう考えています。勉強や仕事においては1つの指標として大切ですね。しかし、人生では目標を持つことは私個人はもう何年もしていません。人生においては、ですよ。
 目標があるということは「いま」と「ここ」はベストの場所、タイミングではないということになります。天国は他にあると宣言して生きるのと同じです。

 そういう生き方が大切な日々をうつろなものにする危険性を持っている。人生の焦点はいつでも「この瞬間」に合わせるべきでしょう。ですから、授業や面談なども一期一会の気持ちでやっています。もう2度とおとずれる可能性のない瞬間として大切に考えているということですね。
 瞬間瞬間を大切にすることとそういう自分を少し離れた位置から確認する感覚を持つということ。そうしたクセはつけるようにしています(忘れてしまうこともあります)。

 さて、渋谷教室の目標。人数がどうのこうのというより、やはり皆さんにどう満足していただくかということになりますね。生徒さん、保護者の方、先生、一緒に働く仲間、出入りしてくださる業者さん、管理会社の方・・・すべての方の幸福を祈る形になりますが、それをそのまま書いてもつかみどころがないのでちょっと考えないと。
 しかし、私個人の仕事における目標はつねにそこにあります。つまり、あなたの幸福を祈るということです。渋谷教室だけではないですが。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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