2013.03.31 04:36

 けさは、勉強の話を書きますかね。
 とくに受験生の方ですね。Z会進学教室ではなくても塾の春期講習に通われている中学生は多いのではないでしょうか。中学生だけではないな。小学生や高校生の方もいらっしゃるでしょう。
 いつもいつも繰り返すことですが、復習をきちんとしてください。宿題や課題ではないですよ。宿題や課題以外に復習もするということです。

 春期講習は期間があまりにも短い。そうすると、たとえば国語でいうと文法には1日しかさけません。たった1日ですよ。たった1日で、それこそ中学3年生なら2年間分の内容を総復習してしまいます。
 文法が好き(そんな人いるのかな)で、これまで熱心に勉強してきた方には何でもないのかもしれませんが、普通の中学生にとってはそれこそ何が何だかわからない1時間になってしまう可能性もあります。

 ただ規則性のあるものですからね。何が何だかわからなくても、あとで授業でやったことをよく見直してみれば、ああそういうことなのか、ここをすべて覚えればいいだけなのかということは必ずわかります。わからなかったら、まだ講習期間中なのですから先生のところに質問に行けばいいですね。
 そうやって健康診断みたいに考えてください。診断結果に不安なところがあれば治療するということです。それが復習ですね。

 せっかく講習に通ったのに成果が上がらなかったという方は例外なく習いっぱなしなのです。塾の先生は理解させることにはそれなりに習熟していますから、きちんと説明を聞いていればその場では理解できると思います。なるほど、よくわかったという気持ちになる。
 ただそれを本当に自分のものにするためには、同じものを繰り返しやってみる必要があります。時間を置いても自力ですらすらできるようになってはじめて本当の理解に至るのですよ。

 先日の授業でこんなのがありました。「食べるとおいしい」の「食べる」は終止形か連体形か。文章が終わっていないので終止形ではない? 名詞=体言に続いていないので連体形ではない? おかしいですね。どちらでもないということはありません。どちらでもあるということもありません。どうやって見分けるか、したに「と」がついた場合どちらになるか話しました。聞いている分にはばかみたいに簡単です。でも1人になるとあれ、どっちだっけ? となる。
 復習は大切ですね。宿題や課題にプラスして、必ずやっておいてください。これはご自宅で1人で勉強している方にも言えることですよ。きのうやったところを見直してから、今日の課題に入りましょう。

 

 
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2013.03.29 05:31

 現在、右手の親指をけがしています。今週の日曜日ですね。夜、うどんを食べようとしてネギを刻んでいました。包丁で刻むのは面倒だったので、スライサーというのですか、しゃかしゃか左右に動かしているだけで下に刻まれたネギが落ちていく道具を使っていた。で、よそ見をしていたのですね。どんどんいい感じで削れていくなと思っていたら、親指まで削ってしまいました。
 それこそぐさっと(?)音がした。痛かったというよりショックが大きかった。深くえぐってしまい、大量に出血しました。

 それはそれでいいのです。しばらく待っても血が止まらない。とりあえずテープで押さえました。
 親指の爪に近い部分なのですが、これが非常に不便なのです。お香を焚くときにうまくライターが使えない。痛くてスイッチを押せないのですね。さらにワイシャツのボタンがなかなかとめられないしはずせない。漢字テストのコメントを書くのも、チョークを持つのもやはりちょっと不便です。意外なのは歯磨きなんかもしにくいんだなあ、これが。

 だいぶよくなってきました。おとといはじめてテープを貼らずに寝てみたら、表面の皮がどこかに落ちていました。血マメみたいな雰囲気ではあるものの、新しい皮膚ができはじめている。ライターはさすがに左手でつけていますが、ワイシャツのボタンは短時間でとめられるようになりました。
 しかし、今回の出来事で本当に指一本でも大切だなということに改めて気づきました。あってあたりまえ、たいして役にもたっていないぐらいに考えていたのですが、すごく役だっているのですね。「あなたの右手の親指の先が痛くないのは偉大なこと」なのですよ。

 こうしたことを何も傷めてから考える必要はないわけで、ふだんから「順調であること」に深く感謝を捧げて生きていくべきなのでしょう。親指の先でさえこうなのですから、目だとか手足だとか頭だとかなおさらですね。無意識に使っているだけでは申し訳ない。
 小さな事故は、ふだん忘れている貴重なことを思い出させる何かなのではないかと考えるときもあります。不便さのなかに教訓が含まれている。

 そういえば花粉症もだいぶよくなってきました。ここ2日は薬を飲んでいない。それもまたあたりまえではなく、ありがたいことだと思っています。
 そうそう、うどんの話。血だらけの手を拭きながらうどんはぜんぶ食べましたよ。けっこうおいしかった。もったいないですからね。
 と・・・今日も自宅でこの時刻。春期講習3日目です。明日はやっとお休みだな。
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2013.03.28 05:30

 雑誌などでよく昭和の香りが漂う居酒屋・・・みたいな特集が掲載されていますが、本当にすごいところは雑誌には載りません。信じられないぐらいすごいところもありますよ。
 私はそういうお店もよく知っています。いくらすごくても広く人気が出てしまってはだめなのです。昭和をよくご存知ない若い方たちがたくさん押しかけてきて(お店側は喜ぶかもしれませんが)「昭和だ、昭和だ」と騒いでしまったら、それはもう昭和の香りではなくなってしまいます。

 適度に不人気なのがいいのです。一見のお客さんに何となく(場違いかな)と感じさせる雰囲気。そうしたとっつきの悪さが遺跡的な昭和性(って何だ?)を保持するのです。
 そのお店は山手線のある駅(あえて名を秘す)の近くにあります。渋谷とか新宿とかではないですよ。もっともっと地味な駅。いわゆる立ち飲み屋さんですね。雑誌の類にはほとんど紹介されません。出てしまったことがある程度。ご近所の方以外はどなたもご存知ない。

 入口はいつも薄暗い。やっているかいないかわからない。わざとそうしているのでしょう。お客は男の人しかいません。ほんの二三度、女の人が男の人に連れられて来ているのを目撃したことがあります。奥の目立たないところに立たされていました。お店全体の雰囲気が崩れてしまうからですね。
 いわゆる肴類は異常に安い。百円台のものが複数あります。駄菓子ではないですよ。調理して百円台。ただしクーラーなんかはありません。扇風機です。

 年配のご夫婦がやっている。最近はおばあさんだけが出ている。つい最近こういう光景を目撃しました。店内は私がいちばん若く、あとは70歳ぐらいの男の人が数人いました。1人がポケットから携帯を取り出して両手でメールを打ち始めた。
 するとどよめきが起きた。「**さん、メール打てるの?」続けて「あんたは打てる?」「いやー、わかんないよ」「それ、要するに電気なんだろ?」という信じがたい会話が飛び交っている。2013年の3月にですよ。うーむ・・・ここはホンモノだと感心しました。

 十年ぐらい昔、私がその店にいるときに友人から偶然電話をもらったことがありました。しかも海外から。いわゆる現地のテレホンカードが余ってしまったので、知り合いのどなたでもいいからかけてみようと思い立ったのだそうです。残念ながらそのときは気づかずにあとで留守番電話で知ったのですが、遠い外国と昭和丸出しの店が一瞬でもつながったということに私は何となく感動しました。
 というつまらない話を・・・また早朝に書いています。春期講習2日目です。
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2013.03.27 05:48

 早くから自宅で記事を書いています。今日から忙しくなるのですよ。春期講習。午前中はぜんぶ授業が入ってしまいました。ぜんぶふさがるのは久しぶりです。
 じつはーーおかげさまでーー想像以上に生徒がたくさん来てくださって、あるクラスが増設になりました。急遽増やしたクラスなので国語の先生がいない。そこで私が入ることにしました。本当は少し時間を空けてブログなんかも書きたいのですが、しばらくそれができなくなりました。

 隙間の時間を見つけて書けるだけ書きます。そういう気持ちが大切ですね。忙しいからできないではない。忙しいからいままでの方法をどう変えるか? です。皆さんの勉強も同じだと思いますよ。部活や行事で忙しいからできないではなく、どこをどう工夫すれば勉強「も」できるだろうと考えてください。
 頭脳のいい悪いではなく、そういう工夫が自然にできるかどうかで成績のよしあしは決まってきます。こういうことを何度強調しても、私(ぼく)は頭が悪いから・・・みたいなことを言って逃げてしまう人もいる。頭ではなく、工夫しようという意志を持たないところが悪いのです。

 Z会進学教室の春期講習は3日まで続きます。30日の土曜日だけはお休みです。学校で何かあったりして1日か2日休んでしまう生徒がいます。それぐらいなら仕方がないですね。3日4日休むということになってくると、ちょっともったいないかな。
 問題は、休んだところをまったくやっていない生徒がいることです。それでいいという心がけがいけない。休めてしめしめ・・・みたいな感覚から早く脱してください。休んだところは必ず個人でやっておく。わからないところは解答解説を読むか先生に質問に行く。

 こうして書いているとあたりまえみたいなのですが、全然できていない人もいます。休む前日は漢字の練習すらしない。なぜしないの? と訊くと、明日のテストは受けられないのでと答える。漢字練習は漢字を覚えることが目的であって、テストで瞬間的にいい点数をとることが目的ではありません。
 これまたあたりまえなのにそうは考えられない。まだ子どもだからですね。悪気はない。だから「早く大人になろう」と言うのです。

 昔、こういう生徒がいました。中3のときに面接練習をした。何も心配なさそうなので途中から雑談になりました。彼(彼女)がこういうわけです。「中1のときはサボって得をしたと思いこんでいたけど、中3になってサボったら損だということがよくわかった」大人になるというのは、要するにそういうことですよ。
 ご自身をこの一点で試験してみてください。こっそりサボれたのは得か損か? 得と思うようであればまだ大人になりきれていない。損をしたなと痛感できてはじめて大人と言えるでしょう。
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2013.03.25 12:55

 教室に来てくださっていろいろ学びますね。学んだことについて「瞑想」してみてくださいよ。瞑想などと書くとちょっと宗教的ですか。でも、復習だとか見直しだとか書いてしまうと軽い感じになってしまう。私が言いたいのは、もうちょっと色濃くあなたの人生に取りこんでくださいということです。
 先日、あるクラスで「お為ごかし」という言葉が出てきました。当然、どういう意味だか解説しました。相手は中学生ですからね。

 いちおうの意味はわかった。ご自宅で見直してくださったらいい。そのときに、できれば(自分もこの言葉をどこかで使えないだろうか?)ということを考えてみてください。どんな場面で? だれに対して使いますか? そういうことをしばらく考えてほしいのであえて「瞑想」と書いたのです。
 ことばを覚えるというのは、表面上の意味だけを覚えるのではなくて、その言葉を自分のものにするということです。使えるようにする。実際に使ってみる。

 まあ、中学生同士の会話のなかに「お為ごかし」などという用語が出てくるとは私も思いませんが、大人相手であれば使用してもおかしくない。相手の大人だってずいぶん高度な表現力を持った中学生だと感心すると思います。
 ことばだけではなく、概念についても瞑想してほしいのです。同じ授業中「礼は心の花」という言葉が出てきた。お為ごかしと違って意味はどなたでもわかるはずです。ただ、この表現の持つ意味はすごく深いですよ。

 礼儀正しいことがどういう意味を持っているのか。礼儀なんか知らなくてもいいという考え方もある。そういうなかで礼儀正しい人というのがいますね。
 礼儀正しい人が大嫌いという話はほとんど聞きません。礼儀正しい方は、だいたい尊敬されます。なぜなのか。心に花がたくさん咲いているというわけです。たくさんの花が咲いている。その花が他者にも見えるので、いい感じを与える。「礼儀についてどう思いますか」などという作文はすぐにでも出題されそうですが、少しでも「礼は心の花」について考えておけば、比較的楽に書けると思います。何より礼儀正しく生きたくなりませんか?

 ・・・というように、得たものをどれだけ拡大できるかということが大切ですね。同じテキストで同じ先生から同じ授業を受けていても、1人1人違ってくるのはこのあたりの事情です。違いはいずれ成績の差になって出てくるでしょうが、私が言いたいのは点数や偏差値のことではありません。得るものが少ないと、あなた自身が人生で損をしてしまいますよということだけです。
 勉強の目的は人間が文化的に向上していくことであって、本来はいいことばかりです。「受験勉強」と小さな枠で囲ってしまうとつまらないですね。大きく大きく考えてみてください。
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2013.03.24 12:11

 私は自分の1年間365日をすべて何かの記念日にしてから死のうと考えているのですが、3月24日にはふたつの思い出があります。ひとつめは中学生のとき。私がいちばん好きなアーティストであるフランキー・ヴァリ&ザ・フォー・シーズンズを知ったのが今日でした。以前書いたような気もするので詳しい話は省略しますが、けっこう衝撃的な出会いでした。本格的に洋楽と恋に落ちた記念日ですね。
 もうひとつは、息子の誕生日なのです。19歳になりました。けさも軽く話してきました。

 彼はなかなか生まれてきませんでした。本当はもう少し早く生まれる予定でした。出てくるのがいやだったのでしょうね。私には彼の気持ちがよくわかります。私自身もなかなか生まれなかったという話を母から聞いたことがあります。慎重(?)な家系なのです。
 19歳の誕生日と聞いて、私はあることを思い出した。19歳の誕生日に自分は何をしていたか。

 当時浪人生だったのですが、勉強は全然せずに恋ばかりしていました。近隣の女子高生を好きになったのですね。彼女はピアノを習っていました。その音が夕方寝ていると(勉強しないだけではなく寝てばかりいた)聴こえてくる。じつにロマンチックな感動的な調べで、私はその音色だけで恋をしました。
 おまけに何かの拍子に見かける機会があった。すごくかわいい人でした。これはどうしても話してみたいと思った。

 そんなある日、母から彼女が身体をこわしたという話を聞きました。「根をつめてピアノを猛練習しているからね」と母は言うのですが、私にしてみればそれどころではない。
 で、19歳の誕生日にともかく電話をかけることにしました。実家近くの、実践学園脇の電話ボックスから思い切ってかけた。番号? 電話帳(タウンページ)で調べました。「誕生日なのできみと話したいと思ったんだ」と正直に告げた。

 その後、両家を巻きこんで大騒ぎになりましたよ。あちらにしてみれば、大切なお嬢さんのところに突然電話をかけてきた不良はだれなのだ? ということになります。母親は出かけていって謝っていました。「どこまでばかなの?」と嘆かれました。「浪人生のくせに勉強もしないで恥ずかしいことばかりして」
 問題にはなりましたが、私は平気でした。生きられるようにしか生きられないですからね。親しい友人にその話をしたところ、きみは特別だなと呆れられました。

 しかし、こうして振り返ってみると「よくやった」と言ってやりたいような気もしてきます。彼女とは何回か会いました。渋谷の街を歩いたこともあった。すぐ脇の、いまはビア・バーになっている建物の地下にあった面白い喫茶店に入った思い出があります。
 ショーケン(萩原健一さん)の話をしました。とても寒い日だったな。ビア・バーのまえを歩くたびにそのときのことを思い出します。
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2013.03.23 12:58

 うまくいかないのはなぜなのか? 
 ときどき特定の分野がうまくいかないというご相談を受けることがあります。勉強であったり趣味であったり恋愛であったりするわけですが、本質的にはご本人のどこかに隠された何かがあるのでは? と感じるときがあります。そういうものだと断言してしまってもいいかもしれません。もちろんーー肉体的な諸条件などーー例外はありますよ。

 他人からいろいろ言われるのは気分が悪いでしょう。ですから、ご本人が真剣に(どこがいけないのだろう?)と自己と向き合わないといけませんね。それが第一歩です。外の世界にばかり原因を求めているうちは、なかなか解決策も出てきません。
 たとえば、勉強ができないと相談してくる生徒がいます。ところが、ご本人が明らかに勉強嫌いだったりする。それではできないのが道理です。そのあたりまえさに気づいていない。気づけば手当ての手段はいろいろあるのに。

 ほかの方の例を書くわけにはいきませんから、自分のことを書きます。私は昔、異性にとてももてたいと思っていました。何とかもてる方法はないものだろうかとあれこれ研究(?)したのですが、なかなかうまくいきませんでした。容姿、ファッション、話題ーーそういったこともまた一因だったのでしょうがーーあれこれ苦心してもうまくいかなかった。
 そのうち私はもてたいというこの感情は、自分があまりにも空虚なので何かで他者に自慢したいだけなのだということに気づきました。

 かわいい女の子を連れて街を歩き、みんなをうらやましがらせたい。私自身が、友だちがステキな女の子と一緒にいるとうらやましかったからですね。自分ばかりうらやましがるのは惨めなので、自分も他人をそんな気持ちにさせたいと考えた。
 これは、もてたいという感情とちょっと違わないか? と思ったものです。女の子を利用して見栄をはりたいだけなのでは? そんなことより、本質的に自己を充実させて信頼されるようになったほうがよほど解決策になりそうです。

 現在の私の人生にもあと一歩うまくいっていないことがいくつかあります。本当にあと一歩という感じ。
 それは私が現時点で気づいていない内面の何かによるものなのだろうと思っています。仕事が忙しいからとか歳をとったからとか両親が病気がちだからとか収入がどうこうだからでは絶対にない。間違いなく、自分の内側に原因があるのです。見つけたらすぐに改めることができます。ただ見つけるまでが難しい。真剣に向き合う必要があるからです。
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2013.03.22 13:30

 1980年代後半から1990年代初頭にかけて、チャネリングというのが流行りました。バシャールがいちばん有名ですね。バシャールは多くの人の人生を変えたと言われています。
 大昔はチャネリングなどというシャレた用語はありませんでしたから、霊媒師だとかいたこさん(?)だとか呼んでいたのでしょう。要するに私たちの日常とは違う世界から、言葉や概念を持ってくる存在ということです。バシャールの場合は宇宙人になっていました。

 そうした存在が本当かウソかということにはほとんど興味を持ちませんでした。要するに情報源はどうでもいい。宇宙人でもハイアーセルフでも守護天使でも何でもいい。とにかく情報が自分にとって役立つかどうかということだけが問題でした。
 私にはその手の情報が生きていくうえでかなり役立ったと思います。裾野のほうでは宗教的なものや哲学的なもの、神秘主義的なものにつながってくる部分もありました。

 結果として、何かあるということはよくわかりました。不思議な何かがある。そして、それはいいものであるというところも理解できました。この世界には、非常に不思議ないいものがある。完全にこちらの味方である。
 ただそことつながらない人生を選択する自由もあるのです。あえてつながらない生き方を好むというのも完全に自由である。つながったほうが楽なのですが、つながってしまうと何もかも「自分の手柄」ではなくなってきます。そのつまらなさにあっさり耐えられるかどうか。

 大昔の経典なんかで、どなたが書いたかのかわからないようなものがときどきあります。また残された経典は後々弟子だけが関与したものであって、開祖は何も残していないというようなケースもあります。ああいうのはやはり個が全体に溶けてしまった感覚だったのでしょう。
 現在私はチャネリングの本は読んでいないのですが、昨日教室のまえの本屋さんで、長らく絶版になっていた「バーソロミュー」という書物が再発行されているのを見つけてふと買ってみました。

 情報として、やはりとてもいいことが書かれています。この種の本は他人に薦めることはないのですが、読んでいて90年代初頭のころを懐かしく思い出したりします。
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2013.03.21 13:39

 桜が咲いていますね。電車のなかから神田川沿いの桜並木を確認するのが習慣になっているのですが、昨日よりあきらかに大量に咲いていました。毎日毎日光景が違う。なかなか面白いですよ。
 桜の花が好きという人は多いですね。以前、たしか歌手の沢田研二さんが「いちばん好きな花は桜」と発言されているのを知って感心したことがあります。いちばん好きな花に桜を挙げることが盲点みたいな気がしたのですよ。薔薇とか菊とか挙げがちですよね。

 何が好きかというのは本当に好みの問題で、勝ち負けではないですね。
 1年間大学受験のために浪人していた昔の生徒がふらりと報告を持ってきてくださいます。中学のときの塾に報告してくださること自体、ありがたいですね。
 彼らはうちの息子と同じ歳だったので、とくに印象深いのです。息子も昨年第1志望の大学は落ちてしまったわけですが、浪人していたらどうだっただろうとちょっと考えました。

 一度、彼にそんな話をしたことがありました。すると言下に「そこまで受験勉強を続ける気持ちはまったくなかった」とあっさり答えたので、自分のことがよくわかっているなと思いました。好きではないことをむりに続ける必要はないわけで、生き方はそれぞれですね。こういうのもまた勝ち負けではないのでしょう。
 なかには1浪で決まらなかったという方もいらっしゃるかもしれません。それはそれでいいと思います。私は19浪(!)という人の話を同僚から聞いたことがありますが、本当に単純な勝ち負けではないですね。

 来るとき、西荻窪のスーパーでコーヒーを買いました。豆ではなく、挽いてある真空パックのやつです。若干のこだわりがあり有機栽培のものを買っています。私はコーヒーをよく飲むのですが、家族はまったく飲みません。紅茶だとか緑茶だとかを好んでいる。逆に私は紅茶や緑茶はまったく飲みません。もちろんこれまた勝ち負けではない。
 つまらないことに勝った負けたと一喜一憂しすぎないようにしないといけないですね。つまらないことというと語弊があるかな。よく考えれば勝ち負けではないこと、です。アツくならない冷静さを保つということでしょうか。
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2013.03.20 12:21

 歳をとって角がとれてきたと自分でも思うのですが、私は本質的には「いい人」ではありません。現在は「一見」いい人ですが、いい人として生きようという努力を払っています。人間はある年齢からはいい人であるべきだという根本思想があり、つねに注意深く振舞っているとでも言えばいいのでしょうか。
 現在の自分はよほどうっかりしないかぎり、他者を不幸にするようなことはないと思っています。ただそれは私の本質ではないのです。修行(?)のたまものです。

 自分がそういう人間ですから、過去は非常にクセのある友人知人が多かった。いわゆるはぐれ者みたいな人間もいました。群れから孤立したーーとくに同性ですねーー連中との交流は、しかし面白かった。
 その男は非常に変わった男で、私は彼のことを信用していませんでしたし、彼もまた十代の私を信用していなかったと思います。私たちは中学高校と同じ私立学校に通っていました。お互いロック音楽が好きで親しくなりました。接点はそれだけでした。

 私は彼が大切にしていたクリームの「ホワイト・ルーム」のシングル盤を借りたままいまでも持っています。はじめからもらってしまうつもりでした。返さなくていいだろうと思っていた。
 このシングル盤の写真はとても奇妙なもので、ヒッピーみたいなかっこうでソファーに座っているエリック・クラプトンの組んだほうの脚までが地面に届いています。なかなかできないですよ、こんな座り方。音楽よりその写真がほしかった。

 後年、彼の結婚式に私は呼ばれました。事前に何も知らされていなかったのですが、彼は絶対突然私にスピーチさせようとするだろうと予想していました。恥をかかせようとするだろうと。私は2種類の対策を考えました。何もなかったように流暢に話す。もう1つは「事前に聞いていなかったもので・・・」とあっさり終わらせる。
 現在の私なら前者を選ぶかもしれません。ただそのときは彼に対するーーというより人間に対するーー愛情がそこまで深くありませんでした。申し訳ないのですが・・・と曖昧に終わらせました。

 読めてはいたのですよ。彼が大勢の人間がいるところでちょっとした意地悪をするだろうということは。「ホワイト・ルーム」のシングル盤を借りたまま知らん顔をしているあの男には、これぐらいのことはしてもいいだろうという感情があったはずなのです。
 当時の交友関係はぜんぶ途切れてしまいました。私自身が自分のダークな感情を思い出したくない気持ちもあるのです。もう死ぬまで彼らと会うことはないのでしょうが、彼らとのつきあいもまた間違いなく自分の一部ではあるのです。
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長野先生
35年以上、中学生を教え続けてきました。生徒たちが日々の学びを通じて大きく成長できますように明るいヒントを発信していけたらと思います。

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